ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
街が静まり返る、朝5時。
薄暗い自室で、葉巻の火だけが静かに揺れていた。
ソファに深く腰を沈める姿は一見すると穏やかだ。だが、その内側には確かな決意が満ちている。
本来、肺に入れるものではない煙を深く吸い込み――ゆっくりと、吐き出した。
「……行くか」
小さく呟き、立ち上がる。
そのまま広間へと足を向けた。
「……寝坊したやつはいないな?」
返事はない。
広間には、すでに全員が揃っていた。
普段見ることは無い完全装備の姿で、それぞれソファに腰掛け、黙ってこちらを見ている。
俺はその間を通り抜けながら、短く告げた。
「……行くぞ、お前ら」
その一言で十分だった。
YSMの面々は無言のまま立ち上がり、俺の後に続く。
75層・コリニア 転移門広場前。
この地に降り立った瞬間、目に入った光景に思わず息を呑む。
「ざっと……40人はいるな」
通常のボス攻略は30人前後。
それを上回る人数が集まっている時点で、今回の相手の異常さは明らかだった。
周囲のプレイヤーたちが生産ギルドである俺たちの存在に気づき、ざわめきが広がる。
だが、それを気にする様子もなく、ボウが口を開いた。
「アインクラッド解放隊に聖竜連合、風林火山……オールスターやなぁ」
「それだけ今回のボス戦が厳しいってことだろうな」
言葉を交わした、その時。
背後に転移の気配を感じ、振り返る。
「指揮官のお出ましやで」
そこにいたのは――
幹部を従え、堂々と歩を進める血盟騎士団団長、ヒースクリフ。
周囲のざわめきなど意にも介さず、彼は回廊結晶を掲げる。
次の瞬間、目の前にゲートが展開された。
「さあ、行こうか」
その一言で、プレイヤーたちは次々とゲートへ足を踏み入れていく。
「行くぞお前ら」
「ヤニーさん、ボウさん……やっぱり怖いです」
「…………」
リリィの声に、俺は何も返さない……いや、返せなかった。
転移先は、ボス部屋の前。
各プレイヤーが装備やアイテムの最終確認を行い、バフ目的でタバコに火をつけている。
俺たちは壁際に陣取り、小さく円を作るように集まった。
やがて、ヒースクリフが声を上げる。
作戦は単純。
血盟騎士団がボスを引きつけ、他のプレイヤーが柔軟に攻撃を加える――というものだった。
「なぁヤニーはん。もし、もしもや。引きつけが崩れたら、どうするんや?」
「考慮すべきだが……この人数なら問題ないと信じたい」
歯切れの悪い答えになる。
当然だ。大規模な集団戦闘など、俺たちには経験がほとんどないのだ。
やがて、プレイヤーたちは次々とボス部屋へ突入していく。
「………行くぞッ!」
少々躊躇ってしまったが、俺たちも中へと足を踏み入れた。
――そこは何も無い奇妙なほど薄暗い空間だった。
周囲のプレイヤーは必死にボスモンスターを探すが、前情報通り見つからない事にざわめきが広がる。
「リリィ。タバコは吸えるか?」
「……苦手です。でも……吸わないと死ぬかもしれないんですよね? ……吸います」
覚悟を決めた彼女に、俺はリリウムを差し出す。
「3口でいい。無理するな。タバコは楽しむもんだ」
「……ありがとうございます」
ぎこちない手つきで口に咥えるリリィ。慣れていないのは明らかだが、今はそれでいい。
「お、リリィちゃん。吸い方なってへんなぁ」
「黙れボウ。ぶっ殺すぞ」
軽口を叩くボウを睨む。
ボウはケラケラと笑いながら、ふと視線を上へ向け――その動きが、止まった。
「上や!!!」
「上よ!!!」
ボウと、どこからか響いたアスナの声が重なる。
俺たちも反射的に視線を上げる。
「……ア、アァ……」
「難儀な相手が出てきよったな……」
天井に張り付いていたのは――
虫のような異形のボス、《スカルリーパー》。
「……骸骨……か?」
こちらに気づいた瞬間、奴は勢いよく地面へと降り立つ。
目の前には、恐怖で動けなくなったプレイヤーたち。どこからか「逃げろ!」という声が響く。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
「た、助けて!!!」
――だが、遅い。
振り下ろされた鎌が、無慈悲に命を刈り取った。
「な、何やこの狂った攻撃力は……!?」
ボウの呟き。
だが、このモンスターの異常さは――それだけではなかった。
速い。
異様なほどに、速い。
縦横無尽に駆け回り、隙を見せたプレイヤーの命を刈り取っていく。
「総員、側面から攻撃!!」
ヒースクリフの号令が響く。
「ぼーっとするんやない!! アインクラッド解放隊!! 右側面や!!」
「聖竜連合は左側面だ! 突撃!!」
ヒースクリフ、キバオウ、リンド。
前線を支える三人の声に呼応し、プレイヤーたちが一斉に動き出す。
「やるで、ヤニーはん!!」
「あぁ……YSM、配置につけ。
盾はオッタル、遊撃はボウ。リリィは援護だ!!」
「まかしとき!!」
「承知した」
「わかりました!!」
異口同音の返答。
次の瞬間、ボスがこちらへと突進してくる。
「フンッ!!」
振り下ろされた鎌を、オッタルの両手斧が弾く。
火花が散る。
その隙を逃さず、俺とボウが斬り込む。
「ッラァ!!」
さらに
リリィの《アークエンジェル》が顕現し、
《リリィランス》の一撃が叩き込まれた。
「まだ動くかよ……!」
ボスは止まらない。
むしろ、より凶暴さを増したように、周囲へ死をばら撒いていく。
「うわぁぁ!!」
「ギャッ!!」
「し、死にたくな――」
断末魔が響く。
その断末魔に、いちいち振り向いている余裕はなかった。
「チッ!! ボウ!! 来るぞ!!」
「わかっとる!!」
「任されよ!!」
――次の瞬間。
ボスの標的が変わる。
ゲームのロジック。
弱い者、あるいは脅威となる存在を優先して潰す。
今回は――後者だった。
振り下ろされる鎌。
その軌道の先にいたのはーー
「リリィちゃん!?」
「リリィ!!」
「ぁ……」
誰もが、間に合わないと悟った。
その刃が、リリィを裂こうとした
――その瞬間。
「やらせはせんぞォォォォォ!!!」
オッタルの咆哮。
振り下ろされた斧が、鎌を弾き返す。
だが――
二の刃が、すでに彼の腹を貫いていた。
「……っ」
「オ、オッタル……さん?」
「オッタルはん!!!」
崩れ落ちる巨体。
「若者達よ……生きるの……じゃ……」
その言葉を最後に――
パリーン、と音を立て、彼の身体が砕け散った。
ほんの数秒だが、その時間はあまりにも長かった。
「――ッ」
呆然とするボウとリリィ。
だが、敵は待たない。
再び、リリィへと刃が向く。
「……クソがァァァァァァァ!!!」
振り下ろされる鎌を、草刈り鎌で弾き返す。
「よくもやってくれたなぁ!!くたばれクソモンスターがぁぁ!!」
そのまま踏み込み、斬りつけた。
ボスの視線が逸れる。
ターゲットが、別のプレイヤーへ移った。
「なんで……なんで私を守って……」
「しっかりしろ!!」
振り返らずに怒鳴る。
「まだ終わってねぇ!!悲しむのは後だ!!!」
「……っ!」
涙を浮かべながらも、ボウとリリィが武器を構える。
――戦いは続く。
その後は、ただ無心だった。
斬って、避けて、叩き込む。
誰かが倒れ、誰かが踏みとどまる。
そして――ついに。
ボスが沈黙し、消失した。
皆一様に疲れ果て、その場に座り込んでいた。
そんな中、風林火山のリーダーであるクラインが、重い声で口を開く。
「……何人やられた?」
「…………20人死んだ」
キリトの返答に、エギルや周囲のプレイヤーたちがざわめいた。
「嘘だろ……」
「20人……オッタルも含めて、かよ」
YSMの面々も、周囲と同じように崩れ落ちるように座り込んでいた。
「何で……何でオッタルさんが死んじゃったんですか……」
俺の隣で泣きじゃくるリリィの頭を、黙って撫でる。
「ワイのせいや……! ワイの反応が遅れたばっかりにッ!!」
悔し涙を流すボウ。
その背を、俺は開いた手でさすってやることしかできなかった。
結局、あいつがAIだという事実を、メンバーに言えないまま死なせてしまった。
いつか話そう。
そのうち話そう。
そう思っているうちに、ここまで引きずってきてしまった自分を責める。
「……ヒースクリフ」
「っは? あいつ、あんな激戦くぐり抜けてきたのに、まだピンピンしとるわ」
俺の視線を追ったボウが、どこか投げやりに呟く。
あいつが茅場本人であることを知っているのは、俺だけだ。
だが――あの時の俺と、今の俺は違う。
『いっそ、ここで殺すか?』
そんな考えが脳裏をよぎる。
だが、必死に打ち消した。
今ここで手を出せば、満身創痍のプレイヤーたちは全滅するかもしれない。
そうなれば、残った仲間も……死ぬ。
俺は視線を逸らした。
そして、その先で信じ難い光景を目にする。
「……キリト? 何やってるんだ?」
俺の呟きに、周囲もそちらへ目を向ける。
キリトは剣を構え――ヒースクリフへ向かって駆け出していた。
「キリトさん、何やって――」
「待て……」
動こうとしたリリィを手で制し、俺はそのままキリトを見つめ続けた。
キリトの剣がヒースクリフに直撃した瞬間。
その頭上に、文字が浮かび上がる。
immortal object
「イモータル……不死身……やと?」
ボウが驚愕の声を漏らす。
周囲の視線は、当事者であるキリトへと集まっていた。
「他人のやってるRPGを、傍から眺めるほどつまらないことはない。そうだろ? ――茅場晶彦」
大きなどよめきが広がる。
俺は嫌な予感に、すぐ動けるよう身構えた。
「なぜ気づいたのか、参考までに教えてもらえるかな?」
「最初におかしいと思ったのは決闘の時だ。最後の一瞬だけ、あんたはあまりにも速すぎたんだよ」
キリトの指摘に、ヒースクリフ――いや、茅場は苦い表情を浮かべた。
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」
一拍の間。
そして、奴は宣言した。
「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上階で君たちを待つはずだった、このゲームの最終ボスでもある」
周囲のどよめきがピークに達する。
「趣味がいいとは言えないぞ。最強のプレイヤーが一転、最悪のラスボスか」
険しい目で吐き捨てるキリト。
俺は無意識にストレージからナチュラルを取り出し、火をつけた。
「私の正体に気づいたプレイヤーは、君で2人目だ」
「2人目……だと? 1人目はどうした? まさか闇に葬ったってわけじゃないよな?」
「まさか。1人目は第一層攻略前に私に気づき、私を見逃してくれたんだ。今にして思えば、賢明な判断だったと思うよ。――ヤニーさん?」
その瞬間、周囲の視線が一斉に俺へ向く。
キリトの、信じられないものを見るような目から視線を逸らす。
その先にいたボウは、親の仇でも見るような顔で俺を睨んでいた。
「ずっと黙ってたんか? ヤニー」
「あの時は、まだ切り捨てられた。けど今は違う……」
「なんでや!? なんでワイらに相談せぇへんかったんや!! 知ってたら、オッタルはんは生きてたかもしれんのに!!」
ズボンにしがみつくボウに、俺は視線を合わせる。
「機会をなくしてた。だから今、言わせてくれ」
息を吐く。
「オッタルは……AIだ」
「な、なっ……!?」
「どういう事なんですか!? ヤニーさん!」
「アイツは、俺が倒したフロアボスだ。意思はプログラムによって作られた存在……ゲームシステムの一部なんだ」
「オッタルが……ユイと一緒……だと?」
キリトがそう呟く。
だが、俺は答えず、そのまま茅場へ視線を向けた。
「茅場……あんたには感謝してるよ。この世界で、かけがえのない仲間を作るきっかけをくれたことにはな」
葉巻の煙を吐く。
「……でもな」
言葉を切る。
それでも、溢れ出る感情は止まらなかった。
「その仲間を、お前は殺した」
脳裏に蘇るのは、第1層の見晴らしのいい場所。
あの時吸ったタバコの味。
そして、茅場に向けて吐いた言葉。
【俺は、タバコを吸いたいだけだ】
「あの言葉に嘘はねぇ。だがな――機械と違って、俺は人間だ。考えも変わる」
「……何が言いたいのか、さっぱりわからない」
その一言で、頭に上っていた血が急速に引いていく。
俺は、淡々と告げた。
「茅場晶彦……お前を、殺す」
啖呵を切った俺の前に、ボウとリリィが立ち塞がる。
「ヤニーはん……いや、ヤニー。お前には言いたいこと山ほどある。けど、ひとまずこの場を乗り切るぞ!!!」
「私、この戦いが終わったらヤニーさんを一発殴ります!! だから死なせません!!」
「お前ら……」
どこまでも仲間想いな二人に、思わず目を細める。
その時。
「茅場晶彦!! 俺たちの忠誠を……よくも、よくもォォォ!!」
血盟騎士団の幹部の一人が、茅場へ斬りかかった。
だが、茅場がいくつかコンソールを操作した瞬間――
その団員は麻痺状態になり、その場に崩れ落ちた。
それだけじゃない。
俺とキリトを除く、その場の全員が麻痺状態となり、動けなくなった。
「どうするつもりだ。この場で俺たちを殺して隠蔽する気か?」
キリトの問いに、茅場は小馬鹿にしたように笑う。
「まさか。私は最上階で待つことにする。だが――」
奴は、俺とキリトを見る。
「キリトくん、ヤニーくん。君たちにはチャンスをあげよう。今この場で、私と戦うチャンスだ」
「チャンス……だと?」
「無論、不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる……どうかな?」
「ダメよキリトくん!」
「ヤニーさん、やめてください!!」
「ヤニー、やめろ!!」
仲間たちの声が飛ぶ。
脳裏に浮かぶのは、YSMでの日々だった。
最初はリリィ。
引っ込み思案で臆病だった彼女は、今ではメンバーの中でも一番の成長株だ。
次にボウ。
加入の経緯には少し眉をひそめたが、あいつの明るさにギルドが救われたことは数え切れない。
そして、オッタル。
与えられたロールに縛られず、未知へ踏み出し――最後は自己犠牲で仲間を守った。
楽しいことばかりじゃない。
死は、どのロールにも訪れる。
だが――
その死の原因を作った男を前にすると、どうしようもなく殺意が湧いた。
「「ふざけるな」」
俺の声は、キリトと重なった。
どうやら、答えは同じらしい。
「いいだろう。決着をつけよう」
「お前を殺さないと、俺の腹の虫がおさまらねぇ」
俺とキリトの言葉を聞いて、茅場は満足げに微笑む。
「そんな……嫌です。ヤニーさん」
「ヤニー……生きて戻ったら、一緒に飲みに行くぞ」
「辛気臭いこと言うな。俺だって死にに行くわけじゃねぇ」
タバコを指で挟んだまま、二人に向き直る。
「……お前ら、ありがとな」
そして――
俺とキリト、そして茅場晶彦による決闘が始まった。
こうして始まった決闘は、一進一退の様相を見せていた。
キリトの連撃と、俺の攻撃。それはまさに《剣技芸術》と呼ぶにふさわしい応酬だった。
茅場は、すべてのスキルを設計した張本人だ。
そんな相手にソードスキルを使えば、その瞬間に隙を突かれる。
――恐らくキリトも同じ結論に至っているのだろう。
奴は一度たりともソードスキルを使用していなかった。
しかし――
「ッ……!」
茅場の一撃が、キリトの頬を掠める。
その刹那、キリトは反射的にソードスキルを発動してしまった。
16連撃。
だが、そのすべてを茅場は受け切る。
まずい――そう判断した俺も加勢に入るが、鉄壁の防御は崩せない。
そして――
「カキン!!」
突きの一撃が弾かれ、キリトの剣先が砕けた。
「さらばだ、キリト君」
歪んだ笑みで告げる茅場。
俺は咄嗟に動こうとするが――間に合わない。
――また、失うのか。
振り下ろされる剣。
その直前、横から飛び出した影が、キリトを庇った。
アスナだった。
「……嘘だろ」
「ごめんね……さよなら」
キリトに抱かれた彼女の体は白く輝き――そして、砕け散った。
「あ……あ……」
言葉を失い、崩れ落ちるキリト。
俺はその前に立ち、茅場を睨みつけた。
「これは驚いた。自力で麻痺から回復する手段はないはずだがな……」
「テメェ……やりやがったな!」
怒号と共に、俺は単身突撃する。
「無駄な抵抗だ」
横薙ぎの一閃が、俺の腕を切り裂いた。
このままじゃ負ける。何か手は――
その瞬間、昨日の記憶が蘇る。
「……そうか。その手があったな」
「何を話している?」
「独り言だ」
茅場を無視し、俺はキリトへ声をかける。
「おい、キリト。悲しむのは後だ。今は死ぬぞ」
「あぁ……」
茫然自失の彼には勿論響いていない。
だがそれで構わない。
アイテムボックスから1本の葉巻を取り出した。
《The Cigar》
「ほら、吸え。所詮はゲームだ、多少は楽になれる」
そう言って差し出すフリをしながら、自分の口に咥える。
「……すまないな茅場。こいつは少し休ませる」
ゆっくりと振り返る。
「ほう? 2人でも勝てなかった相手に単騎で挑むとは……それは?」
「俺は《ヤニカス》だ。ヤニカスには――ヤニカスの戦いがある!!」
葉巻に火を入れ、煙を肺に満たす。
その葉巻は――極上だった。
次の瞬間、世界が遅くなる。
ナーブギアの限界を超えた駆動により神経伝達が加速する。
地を蹴り一瞬で間合いを詰め、鎌を振るう。
「死ね!!」
盾の外側から一撃を叩き込み、体勢を崩す。
そのまま逆手の鎌を首に掛け、回転。
そして、背後を取る。
「この距離なら――読まれても関係ねぇ!! 《キリング・リーパー》!!」
連撃。
そして最後に、交差する鎌が首を刈る。
「な……っ!?」
だが、HPはわずかに残る。
反撃の盾突きで吹き飛ばされ、地面を転がる。
残りHP――1割未満。
世界が元に戻る。
「……くそ、足りねぇか」
「やってくれるじゃないか、ヤニー君。だが、あと一歩――」
その言葉の途中で、茅場の視線が背後へ逸れる。
そこに立っていたのは――キリトだった。
幽鬼のような眼で、2本の剣を握りしめている。
無言のまま振るわれる刃。
だが、茅場はそれを容易く捌き――
突き刺した。
キリトの体に、剣が深く沈む。
「……っ」
それでも、奴は倒れない。
「やりやがったな……茅場ァ!!」
俺は跳び上がり、鎌を振り下ろす。
だが、茅場は無造作に腹を開き、攻撃を逸らす。
「クソ……オッタル、リリィ、ボウ……すまねぇ……」
HPがゼロになり、体が白く輝く。
あぁ……最後にあれ吸えて……よかったな。
目の前が真っ暗になり、体が消滅した。
しかし、黄金色の光が、再び体を形作る。
「……まだだ」
半透明のまま、再構築される両者の肉体。
キリトの剣が茅場の腹を貫く。
「死ねば諸共だ――!!」
そして――俺の鎌が首を刈った。
次の瞬間、俺達はこの場から消え去った。
その直後、全階層へアナウンスが響いた。
《11月7日14時55分。ゲームはクリアされました》
金色の空の中で、俺の意識がゆっくりと覚醒する。
辺りに人の気配はない。
ただ、遠くでアインクラッドが崩れ落ちていく光景だけが、静かに広がっていた。
足元に視線を落とす。
――どうやら俺は宙に浮いているようだ。
自分の体が重力から切り離されたように漂っていた。
ふと、違和感を覚える。
アイテムボックスを開こうとして――指が止まった。
《最終フェーズ実行中》
無機質な文字が、視界に浮かぶ。
「……クリア、したってことでいいのか?」
呟きに、返事はない。
まぁいい、と小さく息を吐く。
俺は視線を崩壊していくアインクラッドへ戻し、タバコに火をつけた。
ゆっくりと煙を吸い込み、吐き出す。
「……このタバコとも、おさらばか」
現実に戻れば、好きなように吸うことはできない。
そう思うと、この一本が妙に惜しく感じられた。
煙が、金色の空に溶けていく。
「リリィとボウ……現実で、会えんのかね」
返事はない。
ただ、静寂だけがそこにあった。
やがて視界の端に、カウントダウンが現れる。
10、9、8――
「……この場所のこと、誰か説明してくれねぇのかよ」
苦笑交じりにそう吐き捨てる。
カウントは、止まらない。
3、2、1――
その瞬間。
光が視界を埋め尽くし、意識が遠のいていく。
――こうして、ヤニーこと増田祐一はログアウトした。
SAO編《完》
なんとかSAO編はクリアしたので、おまけ話を投稿して次の章に移りたいと思います。
疲れた!!燃え尽きた!!でもGGOまで道のり長い!!