ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
「なんだこりゃ。寒い……」
空港を出た瞬間、肺に刺さるような冷気が流れ込んできた。
気温は氷点下――東京とは別世界だった。
吐いた息が白く滲み、指先の感覚がじわじわと奪われていく。
あのニュースを見た時、俺はすぐさま飛行機を予約し、始発便で新千歳空港に降り立った。
そこから空港直結のJR新千歳空港駅へ向かい、乗り込んだのは札幌方面行きの快速エアポート。
車窓に流れる北国の景色を眺めているうちに、列車は30分ほどで札幌駅へと滑り込んだ。
「まさか初めての北海道が観光以外になるなんてな……」
札幌駅から小樽駅へ向かう車内で、思わず呟く。
時間にして1時間程度だろうか。やがて、小樽駅に到着した。
「さて、まずは情報収集だな」
とは言っても、ここまでの道中で調べた限りでは、オッタルに関する情報はほとんど出てこない。
地元の人間から何か聞ければと思い、近場にあった喫茶店へと足を運ぶ。
入口に掲げられた【喫煙可】の文字に、思わず安堵した。
店内にはコーヒーと煙草の匂いが混ざり合い、どこか懐かしい空気が漂っている。
カウンターの向こうに立つマスターは老紳士といった風貌で、落ち着いた身なりをしていた。
「お好きな席にどうぞ」
声だけで伝わる大人の余裕に、不思議と安心感を覚える。
俺は適当なカウンター席に腰を下ろした。
目の前の灰皿を確認し、懐からタバコを取り出して火をつける。
「……数時間ぶりのタバコは効くな」
「お客さん。もしかして道外から来た方で?」
店内に他の客はいない。
俺の独り言を拾ったのだろう。せっかくなので、そのまま話を振ることにした。
「この辺りで、何か大きなニュースはなかったか?」
「そうですね……ああ、そういえば昨日、市役所でAI?を導入するって話が出てましたよ」
少し考え込んだ末に出てきたその言葉は、まさしく俺の求めていた情報だった。
「……ほぅ?」
「私みたいな古い人間にはよく分かりませんがね。AIを入れることで業務が効率化するとかで、そのAIを作った会社の人が、えらく胸を張っていましたよ」
――待て。
AIを作った会社?
「……その会社って、もしかして」
食いつきが良すぎたのか、マスターは記憶を辿るように顎に手を当てる。
「ええと……確か、ユーミル……そんな名前だったかと」
「ユーミル……か」
小さく呟く。
「マスター、助かった。無理を言って悪かったな。ここで会計を頼む」
話しぶりからして、この店にその会社の人間が来ていた可能性は高い。
会計を済ませ、店を出る。
その足で、近くのホテルを押さえた。
「……厄介な話に足を突っ込んだかもしれんな」
ホテルのフロントで俺は1人呟いた。
深夜0時を回った頃、俺は静まり返った小樽都通り商店街を歩き、事前に調べておいたユーミルのオフィスへと向かっていた。
「……ここか」
1階がアンティークショップになっている建物。その2階に、目的のオフィスはあった。
「あいつが本当にいるなら、確かめないと気が済まねぇ」
まだ人が残っているらしく、窓からは明かりが漏れているが、構わず建物へと侵入した。
「……人がいるから、警備システムは作動してないみたいだな」
自分の幸運に小さく息を吐く。
不用心にも鍵のかかっていないドアに手をかけ、静かに開いた。
「……無職に失うものなんざねぇ。行くしかないな」
オフィスの奥から、男女の話し声が聞こえてくる。
どうやら残業中らしい。
「……クソ、こんな時間まで残業かよ」
思わず漏れた一言。
だが幸い、向こうには聞こえていないようだった。
念のため、何人残っているのか確認しようと、そっと奥を覗き込む――
「やっと来ましたか」
「っ――!?」
目の前に、柔和な笑みを浮かべた男が立っていた。
まるで、俺が来ることを分かっていたかのように。
「ヤ、ヤニーさん?!」
「……!? この声は――」
男の背後から、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
恐る恐る、さらに奥を覗き込む。
そこにいたのは――
「ヤニーさん! ……ヤニーさんだ!!」
「深夜なんやから静かにせぇよ? リリィはん」
ソファに腰掛けたままこちらを見ているのは、YSMのメンバー――ボウとリリィだった。
「ヤニー、リリィッ!」
見ず知らずの男を無視し、俺は二人を抱きしめた。 腕の中にある感触は、確かに血の通ったもの――確かに、生きていた。
「ヤニーはん。どんだけ心配かけた思とるねん!」
「ヤニーさんッ!……あとで殴らせてくださいね?」
「……今それ言うことか? リリィ」
やり取りを交わしていると、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。
そこでようやく、俺は男の方へと視線を向ける。
「えー、初めまして。ヤニーさん……いや、増田さんとお呼びすればよろしいですか?」
「……なんで俺の名前を知ってる?」
警戒を隠さず問い返す。
だが男は、拍子抜けしたような顔を浮かべた。
「おや? ご存知ない? あなた、SAOでは有名人ですよ。ネットでは本名も出回っています」
差し出されたスマホに目を落とす。
そこには――中学、高校時代の俺の顔写真が、無断で晒されていた。
「……なんだ、これは」
「あなたは【理由】を与えてしまったんですよ。SAOでタバコを蔓延させた張本人として、叩くための大義名分を」
そう言うと、男は別の動画を再生した。
『はいどーも! 今日は、SAOでタバコを流通させたヤニーこと、増田祐一のアパートに来てまーす! いるんだろー? 増田ぁー!!』
画面の中では、覆面の男が俺のアパート前で騒ぎ立てている。
警察沙汰になっている様子まで、しっかり映っていた。
「ヤニーはん……気にせんでええんや」
ボウの言葉に被せるように、男が口を開く。
「あなた方の目的は聞いています。増田さんのSAO時代のお仲間――オッタルの件、ですよね?」
「……ッ?!」
その反応を見て、男は確信したように頷く。
「やはりそうですか」
軽く襟を正し、名乗った。
「改めまして。株式会社ユーミル北海道支社代表の、須賀です」
「増田祐一だ……いや、このメンツならヤニーでいい」
須賀はゆっくりと歩き、ボウとリリィが座っていたソファへ手を向ける。
「立ち話もなんです。どうぞ、お掛けください」
促されるまま席に着く。
俺たちは、そのまま彼の話を聞くことになった。
「さて――オッタル。正式名称《Omni-purpose Thinking & Autonomous Response》について説明しましょう」
須賀の口から語られた内容は、想像以上のものだった。
「まず前提として。SAOは数千人規模のプレイヤーを維持するシステムです。茅場1人で管理できるものではありません」
「まぁせやな。そんなことできたらアイツ超人やで」
「ボウさん。静かに」
「……ほい」
リリィが小突いて制止する。
俺は小さく頷き、須賀へ視線を戻した。
「茅場は複数のAIを用いて、アインクラッド内の管理・監視を行っていました。その基幹となるAI――それが」
「……オッタル、か」
「ええ」
須賀は肯定する。
あいつが人の少ないエリアにいた理由が、ようやく腑に落ちた。
他のAIから情報を集約し、世界を維持するための【中枢】として動いていたのかもしれない。
「つまり、隠しボスってのは建前か?」
「……何のことかは分かりませんが。少なくとも我々は、オッタルを修復したいと考えています」
「……1つ聞く」
俺は腕を組む。
「なんで本社じゃなくて、わざわざ北海道でやってる?」
須賀は想定内といった様子で、お茶を一口含んだ。
「現在、本社はレクト社のVRMMO《アルヴヘイム・オンライン》の開発で手一杯です。そこで北海道支社を創設して、AI復旧プロジェクトを一任されている――というわけです」
「……なるほどな」
「オッタルのログを解析した結果、あなた方との接触記録が確認されました」
「……つまり、ワイらに何させたいんや?」
核心を突くボウの問いに須賀は、口元に笑みを浮かべた。
「――あなた方を、我が社で雇用したいのです」
「……断ったら?」
静かに問いかける。
須賀は眼鏡の位置を指で整えると、何事もないようにスマートフォンを操作しながら口を開いた。
「あなた方は不法侵入者です。……もっとも、この時間でも『面接中だった』と言い張ることは可能ですがね」
そう言って、画面をこちらへ向ける。
そこには――【110】の番号。
通話ボタンに、指が軽く添えられていた。
「……脅しか?」
「いいえ?」
須賀は薄く笑う。
「公正な取引ですよ。正社員雇用ですので……あなた方、特にヤニーさんにはメリットが大きいのでは?」
その言葉で理解する。
こいつ――俺が会社を辞めたことまで把握している。
「……出来すぎやろ」
ボウが小さく呟く。
俺は一度、息を吐いた。
「……分かった。一旦、その提案を飲む」
2人に視線を向ける。
「ボウ、リリィ。構わないか?」
短い沈黙。
彼らはお互いに目線を向けあって、ため息をつくと――
「……しゃあないな」
「……はい」
それぞれが頷いた。
こうして俺たちは――
半ば強制的に、須賀のもとで働くことになった。