ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
半年後
「また失敗か・・・・・」
月明かりに照らされた部屋の中で、声が漏れる。
目の前には、粒子となって砕け散った葉巻の葉と火が灯ったままのコンロ。
「メンソール系のタバコを作るのがこんなに難しいとは思わんよな」
気分転換とばかりにポケットからタバコを取り出し、火をつける。
VRによって正確に再現されたニコチンが、じわりと脳に染み渡る。
数時間ぶりの一服だからか、身体がふわりと浮くような感覚に包まれた。
最前線のプレイヤー・・・・・元攻略組に付き従い、新しい階層へ移動しながら販売を続けてきた。
だが、肝心のメンソールの元となる素材だけは、どうしても見つからない。
乾燥させた葉の配分量でタバコの種類が変わることは分かった。
だが、そこに新しいフレーバーを加えるとなると話は別だ。
メンソールっぽい匂いのする素材、それっぽいアイテム・・・・思いつく限りを集めては試し、試しては失敗する。
何度も、何度も、何度も。
そのたびに心は折れかけたが、リリィの支えと、
【メンソールを吸いたい】という純粋な欲求だけで、今日まで試行錯誤を続けてきた。
「少し、息抜きするか・・・・・」
俺は街の外へと繰り出した。
夜だというのに、街は人で溢れている。
ここは第27層の街タフト
最前線から少し下の階層だ。
攻略組が補給に戻る都合上、装備や情報、商売目当てのプレイヤーが真夜中でも声を張り上げている。
喧騒を背に、俺は迷宮区に向かった。周囲に人がいないことを確認し、ショートカットに登録している草刈り鎌を取り出し、両手に装備する。
そして、【訓練】を始めた。
人型モンスターを想定した動き。
昆虫型、四足歩行型を想定した動き。
存在しない敵を前に、草刈り鎌を振る。
人型の一撃を右手で受け、左の鎌で眼を突く。
怯んだ隙に、何度も、何度も突き刺す。
四足歩行型なら、初撃を両手でいなし、
身体が横を向いた瞬間に、右から振り下ろし、左で腹を抉る。
上下から挟み込み、力任せに引き倒し、止めを刺す。
こうして俺は、暇さえあれば幾度も幾度もシミュレーションを繰り返してきた。
タバコを作り、一人で煙を燻らせていたあの日。
茅場明彦によりもたらされたユニークスキルの話
それが開花したのは、あいつの言葉通り、十日も経たない頃だった。
そのスキルのおかげで、俺は武器らしい武器を持たず、二本の草刈り鎌だけで、ここまで生き延びてきた。
《スモークメイカー》
それが、俺に与えられたオリジナルスキル。
草刈り鎌を装備して採取を行うと、
他のプレイヤーより高確率で高品質な葉巻の葉を入手できる。
さらに、両手に草刈り鎌装備時はSTR・VIT・DEXがそれぞれ+5され、【鎌固有のスキルも使用可能になる】
だが俺は、戦力として見られるのが嫌いだ。
だからこそ、誰にも見られない場所で、こうして鍛錬を続ける必要があった。
一通り動きを確認し終えると俺はそのまま、さらにダンジョンモンスターが出現する場所へと足を進めた。
「・・・・!!」
気合を込め、目の前のモンスターを切り裂く。
金切り声を上げ、粒子となって消えていく様を横目に、口に咥えていたパイプを手に取り、ゆっくりと煙を吐いた。
「長丁場はやっぱりパイプに限るな」
最近、メンソールを試作する過程で生まれたパイプタバコ。
それを燻らせながら、俺はダンジョンを踏破していく。
「にしても、今日はやけにモンスターが少ないなぁ」
このダンジョンには時々足を運んでいるが、ここまで遭遇率が低いのは珍しい。
考えられるとすれば、直前に他のプレイヤーが通過したくらいだろう。
「まぁ、気にすることもないか」
そう自分に言い聞かせ、次のモンスターが出現するエリアへと足を進めた。
曲がり角を曲がり、直線通路に出た瞬間。
俺の視界に、見慣れたプレイヤーの姿が映った。
「・・・・あいつは、キリトじゃないか?」
普段は単独行動が多いはずのキリトが、他のプレイヤーたちと連れ立って部屋に入っていく。
攻略組へのタバコ販売で何度か顔を合わせており、客ではないが顔見知り程度の関係だ。
ただ、ここ最近はとんと姿を見ていなかった。
(これも何かの縁だ。挨拶くらいしていくか)
彼らが入っていった部屋へ足を踏み入れる。
目の前には宝箱。
それに手を伸ばそうとしているプレイヤーと、その背後で、なぜか腕を伸ばしかけているキリトがいた。
「よぅ、キリト。久しぶりだなぁ」
「ヤ、ヤニー?! なんでここに?!」
その瞬間。
部屋一面が赤く染まり、警報音が鳴り響いた。
扉が閉じ、キリトの仲間たちは一様に動揺する。
周囲の隠し扉が次々と開き、大量のモンスターが雪崩れ込んできた。
軽く見積もっても二十体以上。
キリトが歯噛みする。
「・・・・トラップだ!!」
「・・・・トラップルームに当たっちまったか」
仲間たちに目を向けると、実戦経験はまだ浅いようだ。
動きに迷いが見える。
「おいキリト、ここは共闘といこうじゃないか。後で話を聞かせてもらうぞ」
「すまない、ヤニー・・・・というか、お前、戦えるのか?」
「これでも俺は、VRMMO以外なら相当やり込んでるゲーマーだぞ? こんなん対処できずにゲーマー名乗れるかよ」
「そうか・・・・なら俺があいつらを倒すから――」
「いや、お前は仲間を守ることに集中しろ」
「・・・・本気か?」
両手に持った草刈り鎌を確認し、目の前でクロスさせるように構える。
口の中に残った煙を鼻から吐き出し、俺はニヤリと笑った。
「ヤニカスの力、思い知らせてやるよ!!」
キリトは、信じられないものを見る目でその光景を眺めるしかなかった。
ただの商人だと思っていたヤニーが、間断のない連撃で敵モンスターを次々と屠っている。
敵の群れへ躊躇なく飛び込み、華麗な鎌捌きで攻撃をすべて受け流す。
そして、流れるように急所へ致命的なカウンターを叩き込む。
囲んでいたモンスターが一斉に襲いかかった瞬間、ヤニーは空高く跳躍した。
近くにいたゴーレムの肩へ飛び乗ると、首の付け根にある岩の接合部へ鎌を深く差し込む。
そのまま、力任せに飛び降りた。
ゴーレムの巨体には、肩口から股間にかけて、一文字の裂傷が走る。
悲鳴を上げる間もなく、巨体は崩れ、粒子へと変わった。
着地と同時に、背後にいたモンスターの頭頂部へ空いている鎌を突き刺し、そのまま踏み潰す。
次の瞬間、そのモンスターも粒子となって消えた。
一連の動きで、五体以上のモンスターが一気に消滅する。
それでもヤニー自身は、一撃も受けることなく、戦場を舞っていた。
「す、すげぇ・・・・」
「ダッカー!!ボサっとするんじゃない! 死ぬぞ!!」
「っ! すまん、キリト!!」
キリトは我に返り、仲間の元へと駆け戻る。
対する俺は、黒猫団の面々を守るため、完全防御の陣形を取り、モンスターの攻撃を引き受けていた。
「・・・・大丈夫か? キリト」
五分後。
荒い息を吐いてる俺に対して、いつもと変わらない調子で声をかけてくるその男に、
俺は・・・・得体の知れない戦慄を覚えた。