機動戦士ガンダムSEED FREEDOM 〜Crimson Temptation〜 作:ズレス
C.E.71、9月27日。
ヤキン・ドゥーエ宙域。
その日そこで、世界の存亡を賭けた戦いがあった。
そして、無数の死があった。そんな無数の死の中の一つ。それは、最新鋭機同士の戦いの中で起きた。ZGMF-X10A フリーダムと、ZGMF-X13A プロヴィデンスの戦いの中、付近を横切ったシャトル……地球連合軍所属艦のドミニオンから射出された避難用のシャトル……が、守ろうとあがいたフリーダムを嘲笑うようなプロヴィデンスの一撃に射抜かれ、爆散した。
それによって、多くの人間が死んだ。シャトルに乗り込んでいた多数のドミニオン乗員が、死んだ。爆炎が広がり、フリーダムはその後少しの時間その場から、凍りついたように動けなかった。
そして凍てつきが解けたフリーダムは怒りを顕に、その宙域から逃げたプロヴィデンスを追撃する。
だが、撃った者も。守れなかった者も。誰一人、それを見なかった。
爆散したシャトル。その爆炎から、隠れ潜む様に、一つの大きな影が離れていくのを。
そして、かなりの時間を掛け、その影は戦場から距離を取った。戦闘そのものが収束に向かいつつある段階に至るまでの時間をかけて、安全圏まで離脱したのだ。
そしてその機体はシャトルの爆破地点から大きく離れた場所で
GAT-X207ブリッツ。かつてヘリオポリスで開発され、ザフト軍に奪取され、最終的には交戦の末に破壊されたはずの機体……その
ユーラシア連合の識別信号を発するそれを操るのは、青みがかった色素の薄い髪を持つ、年若い少年だった。
「……指定された対象は回収しました。しかし、本当に必要だったのでしょうか?」
少年は通信を入れる。彼の、
『うむ。その女は必要じゃ。だからこそ、わざわざジェネシスで焼かれる直前の月からその機体を持ち出させたのじゃぞ? シュラよ』
母からそう言われたシュラは、ブリッツのマニュピレータへとカメラを向ける。同時にマニュピレータが、掌を緩やかに覆うようにしていた指を開く。
果たしてそこには、液体で満たされたビニール状のもの……水風船の様なものがあった。ブリッツが人間の縮尺だったなら、ちょうどその手にすっぽり収まって握り込める普通の水風船のサイズだっただろう。だがブリッツが人間などより遥かに巨大なMSである以上、その水風船のサイズもまた巨大である。ーーそれこそ人でもまるごと入れられるくらいに。
そして、その風船の中にはまさしく、あちこち焼け焦げた人体が浮かんでいる。いや、もはや焦げ付いた黒い塊に人体のパーツがいくつか付着しているといったほうがいいだろう。
だが。それでも。
それでも……信じがたいことに、その焦げた残骸は
あのシャトルが爆散する最中ブリッツはこの風船を展開し、たった一つ、たった一人だけ、その搭乗員を収容したのだ。そしてこの風船の中には強力な生命維持用の薬品が満たされている。動物の細胞組織を、強力な栄養注入と浸透圧の維持によって無理矢理にでも生かしてしまうシロモノだ。どんな重傷の怪我人でも、とりあえず生命をつなぐくらいは出来るほどに強力な。
それはかつて遺伝子研究のメッカと言われたコロニーでその原型が開発され、連合軍がブーステッドマンを研究する中で必要性に迫られて発展してきた、改造人間研究のいわば副産物だった。ブーステッドマンや、後のエクステンデッドの生命を取り敢えず保たせるための技術が育まれる中、シュラの母親が……原型を発明した当人が独自の改良を重ねた結果の産物だ。
『ま、ここまで手のかかることをする羽目になるとは思ってはおらんかったがな。念には念を入れて、そのミラージュコロイド搭載機を使って正解であったわ。あのフラガのクローンめが、まさかここまでやりおるとは』
「そのフラガの……子供の方は、ファントムペインのガーティ・ルーが回収したようです。ともすればこちら以上の爆発でしたが、もしかすると同じ様なものを使ったのやも。でなければ生存は不可能です。……あれは流石に、何もしなければ死にましょう」
距離を取りながらも無線を傍受していたシュラは、戦域の中で起きた別な爆発についてそう報告する。話題に出た出来事の起きた宙域を周回していたドローンの画像がコクピットに映る。紫色のヘルメットが、宇宙空間を流れていた気がした。
『そうかもしれぬな。まぁそちらは捨て置いて構わん。くく、それにしても……。アラスカ到着時の遺伝子検査の結果で確信はしておったが、先程の精神波の出力。やはり間違いない。この娘こそシステムの適合者じゃ。それがっ、ふふっ、はははっ、あはははははははははははははは!!!!!』
通信先の声は、大きく声を上げて笑いだした。愉快でたまらないという声。そこには確実に、邪悪な愉悦が多分に含まれている。
『それが、
楽しそうに。楽しそうに。心底楽しそうに、彼女は叫ぶようにそう言った。
そして、そんな彼女の笑いがある程度落ち着いた段階で、シュラは最終的な報告をした。
「では母様。これよりオルフェの艦と合流し、地球に帰還いたします」
『うむ。待っておるぞ』
そして、シュラは機体を別な方向に向けた。その先からは、一隻の宇宙艦が接近しつつある。これもまたユーラシアの識別信号を発していた。
彼らには、そういうことができるパイプがあった。
そして、戦艦に着艦しようとするブリッツ。
その刹那、機体の手の中に浮かぶ焦げた人体に貼り付いたものが、髪の毛が。
紅の髪が、微かに揺れた。
ーーそして。
それから、1年後。
暗い。暗い、部屋の中。電子機器の
がぼがほ、がぼがぼと、泡が立ちのぼる翠緑の液体が満たされた
と、その時、培養槽に備えられたコンソールから電子音が響く。そして、培養槽のガラス壁が、まるで蕾が開いて花咲くが如く周囲へと展開していく。液体は培養槽の周りに備えられた排水溝に吸い込まれて消え、後に残るのは、その中の液体に漬けられていた一人の人間ーーひとりの、女。液体の中に浮いていた彼女は、己の身体を支えていた浮力の源を失い、その場に力なく座り込む。
「目覚めたか、我が
そんな彼女に、部屋の入口のほうから声がかかってきた。そちらからは光が漏れ、まるで後光の様にそこに立つ者をーー小さな、本当に小さな人影を後ろから照らしている。
そちらのほうを見ながら、女はゆっくりと立ち上がる。女の、色香というものを突き詰めたような肉体の凹凸の大きな箇所から、それだけでぼたぼたと液体の残滓が零れ落ちる。だがそれにかまうことなく、女は声の主へと頷いた。
「はい……陛下……」
「装置の中で、これまでのことは頭に叩き込まれておろうな? ーーこれから、デュランダルが動く。もしも万が一彼が失敗するようなことがあれば、次は我らが表舞台に立たねばならぬ。その時には、お前にも役に立ってもらわねばならぬだろう」
「……役に……」
「そうとも。お前には、あのヒビキの子供……今の時代で、忌々しくも英雄などと祭り上げられているあの出来損ないの籠絡を任すこととなる」
「……ヒビキ……子供……」
「あやつの貴様の関係と、貴様に執心しておったことは調べがついておる。適任というものじゃ。そのための
そう言い、声の主は踵を返して部屋の扉の反対、廊下の方を歩き出す。その背中……小さな背中を見つめながら、女はうわ言のように言葉を紡ぐ。
「ヒビキ……ユーレン・ヒビキ博士の子供……アコードに準じる才能……スーパー、コーディネイター……。スーパー……コーディ、ネイター……キラ……ヤマト……キラ・ヤマト……キラ・ヤマト……」
己のターゲットだとされた人物の名。それを繰り返し、繰り返しーーそして。
女は、ふと、凄まじい情念と執心と、そして、少女のような無垢な恋心が混ざりあった声を出した。
「……キラぁっ……」
そして、まるで居ても立っても居られなくなったと言わんばかりに、女は部屋を駆け出した。その拍子にーー紅の髪が、怪しく揺れた。
紅が、闇から光へと這い出ていった。死んだはずのものが、舞台の上へ。
次回からが本編です。