機動戦士ガンダムSEED FREEDOM 〜Crimson Temptation〜   作:ズレス

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オリジナルMSが出ます。


Phase:2 テンプテイション・システム

 翌日。

 ミケール捕縛のための作戦は、上手く行っているように見えた。通常戦力の大半は撃破し、出現した半壊状態のデストロイガンダムさえ、キラとシンの連携攻撃で殲滅した。

 だが。ーー歴史は、ここから、大幅に動きを変える。

 

 ファウンデーション王城、戦時情報会議室。

 

「!!!? 新たに敵部隊が出現! 位置は……、ッ!!!!!???? そんな!?」

 恐慌を来たした様子で、オペレーターの一人が叫んだ。

「どうした、報告しろ!!」

 そんな彼に声を掛けるオルフェ。それによってわずかに落ち着きを取り戻したオペレーターは、しかし、それでも恐怖を振り切ることが出来ぬまま……その()()()な状況を告げた。

「敵部隊がっ……()()()()()()()()()()()王城(ここ)から50キロの地点に出現!!! 反応多数ッッ!!!!」

 その言葉が轟いた瞬間。

 ラクスとユーラシアの将官は、顔に心からの絶望を浮かべ。

 オルフェは偽りの驚愕を浮かべ。

(ーー()()()()!!)

 そして、アウラは、顔の前に掲げた扇子の奥で、頬を思い切り吊り上げた。

 もともと、ミケールは隧道を通ってユーラシア方面と行き来しており、なおかつその隧道はファウンデーションにも通じているということは周知されていた。

 だが、まさか。まさかこのタイミングで、こんな大戦力が新たに、しかもこんな場所に出現しようとは、誰一人思っていなかったのだ。ーー情報をリークしたアウラと、それを知らされていたオルフェ以外は、であるが。

「伏兵……!? まさか、こちらの戦力がエルドアに集中するのを見越して!?? まずい、この場所は無防備だ!!」

「しかも50キロだと!? モビルスーツならここまで来るのに30分も掛からんぞッ!!!!」

 悲鳴に近い声を出すユーラシアの将官たち。

「何と。敵は予想以上に狡猾であったな!」

 それを横目に、扇子を口元に掲げたまま、感心したかのようにアウラは言った。

「ハイバル陛下。あの位置では、キラたちもブラックナイトの皆様も間に合いません!」

 ラクスは落ち着きを保とうと務めながらも、その声に焦りがにじみ出るのを止められなかった。

 そう、状況は端的に言って、どう見ても詰んでいるのだ。単純に距離がありすぎる。ラクスが言葉にしたとおり、こちら側の全戦力……コンパスの戦闘部隊とブラックナイトは、今いる位置(エルドア)から此処まで戻ってくるためには時間がかかりすぎるのだ。その間に間違いなく、この指揮所である戦時情報会議室は制圧されてしまう。

「やむを得ません、此処から至急離脱を!!」

 そのことを等しく理解しているユーラシアの将官は、当然の合理的判断として撤退を口にした。それが事実上、ファウンデーションの民草を見捨てて自分たちだけ逃げ出すことを意味しているのは承知の上だ。敵を迎撃可能な戦力など存在しないのだから。

 しかし、ここで自分たち、特にアウラとラクスが敵の手に落ちでもすれば、単純な蹂躙以上の最悪の結果を招く。彼はその事を分かっていた。

 ーーだがしかし、アウラは尚も余裕を絶やさなかった。

「焦るでない。まだ我らには戦力が残されておるでな」

 パチン。と、音を立て、アウラの扇子が閉じられる。彼女は余裕気な表情でウィンクさえ飛ばし、無線機のスイッチを入れた。

「聞こえておるか、アルスター政務官! 貴官の出撃を許可する!! 打って出よ!!」

 

 ファンデーション王国の一角。モビルスーツの地下格納庫。

「はい。了解しました、アウラ様」

 愛機のコックピットの中で、無線を受け取ったフレイは微笑みを浮かべていた。身を包むのは、タイトなパイロットスーツ。他のブラックナイトスコードに比べれば薄手の、ボディラインがくっきりと浮かぶ代物だ。所々に白を取り入れながらも赤と黒を基調としたそれはさながら、()使()の逆……人を魅了する夢魔(サキュバス)の類を連想させた。

 彼女はずっとこの日を待っていた。

 ようやくだ。ようやく、自分が、昔の自分とは違うのだと、変わることが出来たのだと、ほんとうの意味で愛しい彼に見せつけることができる!

 地下格納庫を地上から隔離していた多重層ハッチが、一枚は左右へ、一枚は上下へと、下から順番に一枚ずつ開いていく。そして最後の一枚が開かれ、地上から太陽の光が差し込んだ瞬間、フレイは叫ぶ。

「フレイ・アルスター。ブラックナイトスコード・カーマ、テイクオフ!!!」

 上昇は一瞬。最新鋭機ブラックナイトスコードの一角であるそれは瞬時に地上へと飛び出していた。数百メートルはある地上までの距離を一瞬にして貪り尽くすにとどまらず、更に上へ。上空へ。背面からビームマントを展開し、飛行・滑空する。

 それは全体のフォルムとしてはブラックナイトスコード・ルドラに酷似していたが、色合いは別物。黒ではなく深いピンク色の機体カラーをしていた。かつてミーア・キャンベルが文字通りの舞台装置に使っていたザクウォーリアに似たカラーリングだが、それよりも更に濃厚な、フレイの髪色である紅にも近いピンク色。まるでフレイが、身体を重ねた相手(キラ)の象徴色を取り込んだような。

 細部や武装も異なっている。角はブラックナイトスコードの他の機体と異なり、まるで山羊のようなくるりと渦を巻く形状だ。背中のビームマント発生器にも、ルドラなら左側に重斬刀がマウントされていたが、この機体にはそれはない。代わりに両側に、プロペラントタンクの様な細長い筒が取り付けられていた。

 右腕にはルドラのビームライフルとは異なる形状の大型銃のようなものが握られ、左腕は側面に盾があるのはルドラと同じだったがそれほど大型ではなく小型の円盤盾(バックラー)のような形状だった。そして両腕とも、前腕部……人間の衣服で言えば袖口……には、機体全体から見るとだいぶ小型な、立体の菱形あるいは縦長の八面体とでも言うべき金属塊が取り付けられていた。また、脚部もルドラとは異なっている。特にくるぶしから下の足部は、ルドラのそれよりも一回り大型かつ細身だ。もともとルドラの足部は前と後ろで分離しているさながらハイヒールのような構造だったが、それがより顕著になった姿をしている。

 その機体、ブラックナイトスコード・カーマを駆り、フレイは僅かな時間でブルーコスモスの敵部隊に接近していく。最新鋭機故に、その推力は圧倒的だった。それによるGの中、フレイはしかし、全く怯みもせず、苦痛に顔を歪めもしない。それどころか、笑ってさえ居た。

「キラ。そこで見ていて。今の私の力……私の想いを!!」

 彼女は恍惚しているとさえ言えるような声色で、決意を叫んだ。

 

「フレイが戦場に出たっッ!!!!!??」

 ライジングフリーダムのコクピットで、思わずキラは絶叫した。

「何で!? 彼女は戦いをする人じゃないんだぞ!!!!??」

『心配は無用。今のアルスター政務官は、貴殿らの知る無力な手弱女ではない。安心しておれ』

「くぅっ……!!」

 アウラの澄ました声に、苦渋の滲んだ声を出すキラ。

 ライジングフリーダムを操り、四方から飛んでくるビームライフルの射撃を回避する。こうしている間にも、ブルーコスモスの敵部隊は手を緩めなかった。むしろその攻勢は更に強まっている。当然だろう。彼らの目的は、別働隊のファウンデーション制圧までのコンパス部隊とブラックナイトの足止め。ラクスたちを人質にするまでは、キラたちの突破と帰還を許すわけにはいかない。

「どけ! どけ!! どけーーーーーーっっっ!!!」

 叫びながら、キラはフリーダムを操って敵部隊を排除し、どうにかその突破口を作ろうと藻掻いていた。全身の武器を絶え間なく発射し、ビームサーベルを振り回す。シールドが舞い、次々とダガーやウィンダムの首が飛んでいく。しかしそれでも、敵のモビルスーツは尚もワラワラと集まり、キラを阻む。

 その光景に、そして、それ以上に自分自身の内心にキラは苛立っていた。

 

 今、明らかに自分は、失う恐怖を感じている。守ろうという決意を感じている。

 

 だが、それは誰に対してなのだ? 自分は、指揮所(王城)のラクスを守ろうとしているのか? それとも、モビルスーツに乗って来たフレイを守りたいのか?

 

『ラクス様から離れろなんて言わないわ。私のことも同じくらい愛してくれればいいのーー』

 告げられた言葉が、与えられた癒やしだったはずの快感が、今はしかしキラの神経をすり減らす。 

 その有様は、到底、自由(フリーダム)などと呼べたものではなかった。

 そして。

(キラ。そんなに傷つかないで。悩まなくても大丈夫。私がちゃんと守るから……ね?)

「えっ……」

 刹那、聴覚ではなく、別な感覚がそんな言葉をとらえた。そして全天周モニターの一角に、新たに出現したポップアップウィンドウに映し出されるカメラ映像。ファウンデーション領内の平原……ブルーコスモスの別働隊が出現した場所を映す、指揮所からの中継映像。そちらのほうに、自然と目が吸い寄せられる。

 果たしてそこには、キラが全く予想していなかった光景が映っていた。

 

「たかが一機!!! 堕ちろォッ!!」

 接近してくるピンク色の機体に向かって、ブルーコスモスの兵士が咆哮とともにウィンダムのジェットストライカーに搭載されたミサイルを発射する。それに合わせるように、何機ものウィンダムが同様にミサイルを発射。何十発というミサイルが、たった一機のモビルスーツを破壊すべく殺到した。

 それと同時、フレイは愛機(カーマ)の右腕に握られた銃の引き金を引く。

 瞬間、ビームの小さな、しかし超高密度の塊がその銃口から毎秒10発以上という凄まじい勢いで絶え間なく発射された。

 ビームヘビーマシンガン、パラスケーヴァ・ピャートニツァ。かつてユーラシア連邦で開発されたハイペリオンガンダムが装備したビームサブマシンガン、ザスタバ・スティグマトの技術をファウンデーションが独自に発展させ、大型・高負荷化と引き換えに一発一発の威力と連射力を更に向上させ、旧来のパワーセル式から核エンジン搭載型(スーパーハイペリオン)同様の機体からのエネルギー供給式に変更し連射数を増強させたビーム兵器だ。それをフルオートで発射しつつ機体を旋回。迫りくるミサイルのことごとくを誘爆、撃墜させた。

「何!?」

 眼の前を遮るように広がる爆炎に驚愕するウィンダムのパイロット。だがそれだけに留まらない。パラスケーヴァ・ピャートニツァの斉射は尚も止まらない。バラ撒かれる高密度のビーム弾。それがミサイルの爆炎を突き破り、ウィンダムのほうにまで襲いかかってくる。

 そしてそれらの弾丸はーーウィンダムの両腕と両足、そして背負うジェットストライカーのエンジン部付近へと、ことごとく着弾。それも一機だけではない。ミサイルを打ち込んできた機体、その全ての両腕両足とジェットストライカーのエンジン()()を破壊し、機能停止させていた。

「う、うぉおおおおおお!??」

 悲鳴を上げつつ、本体のバーニヤに火を入れるパイロットたち。ゆっくりと落ちていく、何機ものウィンダム。

 ウィンダムが飛行できるのは、ジェットストライカーの力だ。それがなくなれば当然、ウィンダムは堕ちていく。だが、機体本体のバーニヤがあれば落下スピードを減衰させることはできる。高速で落下し、爆裂する心配はないのだ。だがジェットストライカーも両腕も失えば戦闘続行は事実上不可能である。両足さえあれば移動はできたかもしれないし、極論、無防備なファウンデーション王国を()()()()()くらいは出来たかもしれなかったが、最早それすら無い。

 つまり、今フレイは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。しかも、()()()()()()()()()()()()で。

 そんなウィンダムたちに目もくれず、フレイはさらなる敵部隊を睨む。地面から、多数のストライクダガーがビームライフルの銃口を向けていた。フレイはその方へと向かって機体を急降下させていく。更に、機体が手に持つパラスケーヴァ・ピャートニツァを腰部にマウント。空手となった両腕を、左右に突き出すように翳す。

「固定ユニット射出。ネヴァン・ビームウィップ、展開!」

 フレイがそう言うと同時、機体の袖口についていた菱形の八面体が発射される。それらはカーマ本体の機体二機分ほど進んだところで側面に突いた小さなバーニヤによる逆噴射で横移動を停止させつつ、角度を調整してバーニヤを再度吹かしてカーマと並走。更に、その菱形を発射した射出口から光が放たれた。それは菱形と機体の袖口とをつなぐ。結果、ビームの綱あるいは鞭がそこに形成される。

 それと同時に地上から襲いかかるストライクダガー部隊の一斉射。だがそれを、フレイは躱さない。機体表面でビームは尽く消滅する。フェムテク装甲の力だ。

 そしてフレイを乗せたカーマはストライクダガーたちの只中に着陸する。

「はあっ!!!」

 同時にフレイは機体の両腕を思いきり振り回す。その先から放たれ菱形の浮遊物……ビームを高密度に成形するための磁場の発生ユニットと繋がっているビーム鞭が、ストライクダガーの手を、足を、頭を、尽く凄まじい勢いで切り飛ばしていく。

「な、何だ!?」

「早い! しかも、動きがよめなッ……!! うわあ!!」

 悲鳴を上げるブルーコスモスの兵士たち。

 ビームサーベルなどでは本来内蔵されているはずの磁場の固定ユニットが外に存在しているこの装備のビーム刃を形成する磁場は特殊なものであり、他のビームサーベルと違い単純な直線を描かない。それにより、仮に袖口の向きと磁場固定ユニットが直線で結ばれずとも問題なくビームは固定される。つまり、ビームの刃が()()を描けるのだ。かつてのフォビドゥンガンダムの放った曲がるビームたるフレスベルグやエネルギー偏向装甲ゲシュマイディッヒ・パンツァー、そして後者を応用した大量破壊兵器レクイエムにも似た技術だ。それを短距離かつビームサーベル程度の細さ限定ではあるが、細長い磁場発生器(88mmレールガン「エクツァーン」)という()や大型の盾による()や、リングなどの()ではなく、極めて小型のデバイスによる()からの磁場形成で実現しているのである。

 そしてその()……ビームの両端のうち一つである磁場の固定ユニットたる菱形の浮遊物は極めて高速で動き回っていた。それだけでなく逆側の端となるカーマの腕もまたあちらこちらへ振り回されている。故にこれら二つの点をつなぐことで出来ているビーム鞭もまた当然、両方の角度や動きに応じ、凄まじく不規則かつ高速で動き回ることになる。

 しかもそれだけでなく、磁場は腕の角度やタイミングによって動きをずらし、まるで生きている蛇のように()()()()様な挙動まで可能としていた。

 これらの相乗効果によって、ビーム鞭の動きを読むことは使用者以外にはまず不可能であった。

 これこそがネヴァン・ビームウィップ。カーマ独自の近接兵装だ。それを振り回しながら、フレイはストライクダガーの大部隊の間を駆け抜ける。無数のストライクダガーは、あっという間に達磨同然の姿に成り果てた。

 しかも恐るべきことにーーそれらはすべて、コクピットを外されていた。高速で動き回りのたうつビームウィップの挙動を、しかしフレイは完全に制御し、誰一人殺さないように角度や速度を調整してのけていたのだ。

 無数に散らばるモビルスーツの残骸の只中に、ピンク色の機体が佇む。

 ーーと、突如、コクピットの中にアラートが響く。

「……この反応……。モビルアーマーね」

 至極冷静な声で、フレイがそう呟くと同時。接近してくるのは、甲虫、あるいは甲殻類のような巨大なフォルム。

 大型モビルアーマー、ザムザザーだった。瞬時にビームウィップの固定ユニットを戻しつつ飛翔し、そちらに機体を向かわせるフレイ。

 瞬間、ザムザザーの砲門が火を噴いた。M534 複列位相エネルギー砲、ガムザートフ。圧倒的な破壊力を持つザムザザーのいわば主砲だ。それが上空を舞うカーマに飛来する。仮にフェムテク装甲であっても、この火力を完全に無効化できるかは怪しい。ーーが。

「ふふ、無駄♡」

 フレイは笑いながら、機体の左腕を前にかざす。そこに備えられた円形盾から、ビームの光が放たれる。カーマのそれは、ビームシールドの発生ユニットを兼ねていたのだ。高出力のシールドとフェムテク装甲によって、ガムザートフは完全に打ち消される。

 接近してくるカーマに対し、ザムザザーは弾幕を張った。イーゲルシュテルン(機銃)単装(ビーム)砲が苛烈な攻撃を加えてくる。それを優雅ささえ感じる挙動で躱しつつ、フレイは尚もザムザザーに近づいていく。

 そんなカーマに対し、ザムザザーは前足を振り上げた。その先に、もはやガムザートフの砲門はない。それに入れ替わり巨大な爪ーーXM518 超振動クラッシャー「ヴァシリエフ」があった。巨大なる凶器を振り上げるザムザザー。それに向かって、フレイは。

「アルマメタス」

 進路を変えず。つぶやきながら、ただ機体の左手のマニュピレーターを突き出すだけだった。

 激突するザムザザーの巨腕と、カーマの細腕。赤熱化した破壊の爪と、単なる徒手空拳。ーーその結果は。

 ばきん、と音を立てて、空を舞う一つの腕。

「あはっ♡」

 そして、フレイの、余裕の笑顔。

 空を舞ったのは、ザムザザーの腕だった。

 その時カーマの左掌は、凄まじい勢いで振動していた。それはザムザザーのクローの赤熱化を生み出す振動の数倍、否、十倍以上の振動数。それにぶつかり、ザムザザーの腕はあっけなくもぎ取られたのだ。

 振動破砕ユニットアルマメタス。ラテン語にて恐怖の腕(Arma Metus)を意味する、カーマの左手の内部に備えられた破壊兵器だった。

「さあ、お仕置きよ」

 そしてフレイは、ザムザザーの機体の上のほうにカーマを上昇、移動させる。

 ザムザザーはそれに対し、高速で後退。更に陽電子リフレクタービームシールド「シュナイドシュッツSX1021」を展開した。機体の上、カーマいる方からの攻撃を遮断するための鉄壁の防御。だが、それに対しフレイは全く余裕を崩さない。

「アストヒク!」

 フレイが新たな武器の名前を呼ぶ。カーマの二つに別れた足部の後ろのほう……ヒールの踵のような部分の足底から、太いビームの刃が伸びる。

「これで終わり!!」

 パイロットの声を伴って足を振り上げるカーマ。同時、踵部分がスライド。90°向きを変える。それまで足の真下を向いていたのが、横方向……足先の反対を向くように。まるで、鳥の蹴爪のようになる。足を振り上げている都合上、その蹴爪は当然真下を向く。

 そして、急降下。逃げていくザムザザーの上部、リフレクターの発生地点であり、同時に露出した弱点たる発生器目掛けて、カーマの踵が振り下ろされる。人間の格闘技の踵落としのような体勢。しかもその踵の先には今や、巨大な熱量を伴う凶器が存在している。

「やああああああああッッ!!!」

 叫びと同時、ビームエッジアストヒクはリフレクター発生器を破壊。消滅する防御結界。

 更にカーマはそれで止まらずザムザザーの機体に沿うようにして降下。それに伴い、当然、ビームの刃は巨大なモビルアーマーの機体を裂いて行く。

 カーマの足が地面に落ち、移動していた踵が元の位置に戻る。それと同時に、ばきゃり。と音がなった。

 崩れ落ちるザムザザー。巨大な機体が縦に()()、機能を停止した。……コクピットを避けるようにして。

 

「す……凄い……」

「本当にアレを……ナチュラルの、それも少女が……?」

 その姿を王城の指揮所から見ていたユーラシアの高官たちは思わず呟いていた。無双。正にその一言だった。

「どうじゃ? アレが今のフレイ・アルスターの力じゃ。もはや()()()()()などではない。()()()の者になったのじゃ、あの(むすめ)は。そう……ヤマト殿のようにな」

 ラクスを横目で見ながら、アウラはそう言う。その言葉に、ラクスは明確な棘を感じていた。

「とは言え、決して政治家としての才能に恵まれたわけではありません。家柄と容姿、それに演説に使うための声などは良いのでしょうがね……。それだけでは、人を導く者にはなり得ない」

 更に、オルフェが振り返ってラクスに近づいてきた。

「人を導くのはむしろ、守られる側の存在ですよ。国家元首や組織の長がモビルスーツに乗って戦うというのは決して一般的な事態ではなく、客観的に言えばむしろ忌避されるべき事態なのです。そして真に優れているのは誰よりも何よりも優先されて守られる者と、その守られる者を自らの手で守りつつ他の者から守られる者。……ただ守るだけの者は、同じ様にただ守るだけの者と寄り添えばいい」

 ラクスの手に、オルフェは自分の手を乗せる。

 だが、ラクスはその感触に、むしろ不快なものさえ感じていた。

 アウラの言葉とオルフェの言葉には露骨な悪意が滲んでいると、ラクスには感じられた。

 守られる側、守る側。そのように区分けし、自分をフレイとキラがいるのとは逆のもう片方に押し込めようという意志がそこにはあった。

「宰相。貴方は……」

 厳しい目でラクスが何事か言おうとした瞬間。突如、アラートが王城に鳴り響いた。

「これは……!?? 敵増援が出現!! さっきの数倍だ……! まずい! アルスター政務官を取り囲んでいますッッ!!」

 

「わあ……たくさん……」

 呆れたような声を、フレイはカーマのコクピットで上げた。

 宙に浮くカーマの周辺には敵増援の姿。地面には無数のストライクダガーや戦車、装甲車が展開し、上空や周囲はウィンダムが旋回している。先程と同型のザムザザーに加え、ゲルズゲー……別なモビルアーマーの姿まであった。如何にブラックナイトスコード・カーマが最新鋭機とはいえ、明らかに過剰な戦力投入ぶりだ。しかし無理もない。無防備のはずのファウンデーションに突如現れた邪魔者に、先遣部隊が壊滅させられたのだ。それも全員殺されていない、つまり手抜きされた状態で。オマケに機体の推力は明らかにウィンダムを大幅に上回っている。であるのなら、ラクスやアウラを人質にしようとしても、追い抜かれて彼女たちを救出される危険が高い。

 そして、すでに予定よりも大幅に時間がかかっている。このままでは、振り切れるはずだったコンパスとファウンデーションの主力部隊が戻ってきてしまう。

 ならば全戦力を投入し、一刻も早くこの邪魔者を排除するしか無い。このとき、ブルーコスモス部隊はそう判断していたのである。

 そしてその戦力に晒されながらもーー尚も、フレイは余裕だった。

「さっきの戦闘でなんだか暑くなったかな……。えいっ、ちょっと脱いじゃえっ」

 パイロットスーツのファスナーに手をかけ、少し下げる。胸元の近くまで降ろされ、艷やかな肌と深い谷間が露出する。

『フレイ!! 逃げるんだ!!! 早くッッ!!』

 ……と、その時機体の側面にウィンドウがポップアップし、叫び声が上がる。フレイにとって、愛しい男の顔が映る。

「キラッ! 見ててくれた? 私のこと♡」

 そちらを見返し、一気に表情を変えて満面の笑顔を浮かべつつウィンクするフレイ。ちらりと見える胸とそのウィンクに、キラはドキッとしながらも、慌てた声で続ける。

『そんなこと言ってる場合じゃない! そんな数、いくらなんでも単機じゃ無理だ!! すぐに逃げてくれ!! 時間はもう稼げてる!! こちらの部隊の一部もそっちに戻りつつある!! 合流して対応を!!』

『その必要はない』

 ぴしゃり、と。キラの声を遮り、新たなウィンドウがカーマのコクピットにポップアップする。映っていたのは、アウラだった。それにフレイはむくれた。

「陛下。キラともうちょっとお喋りさせてくれても……」

『それは後にせよ。今はそれより、お主の真の力を見せてやるべきであろう? そうすれば、ヤマト殿も気づくであろうさ』

 

()()()()()()()()()()()を、な」

「ーーッ!!」

 ラクスはその言葉に、完全なる確信を抱く。

(ーーこの人達は、()()()()()()!!!!!)

『そうですね……。分かりました。キラ。よく見ていて? これから私の本当の力を、本当の想いを……貴方に見せてあげる』

 何処かうっとりとした表情で、画面のフレイはそう言った。それに対し、アウラはニヤリと笑った。

「良かろう。アルスター政務官。テンプテイション・システムを使用せよ!!!」

 

「了解。テンプテイション・システム、起動!!!!」

 フレイが叫ぶ。

 そしてーーそのシステムが起動した。

 カーマの背面に備えられた細長い筒……プロペラントタンクの様なものが、()()する。各所から穴が空き、更にそこから、深い紅色……クリムゾンカラーの、まるで霧の様なものが噴射されていく。それは辺り一帯にたちまち広がり、眼下や周囲の空のモビルスーツ部隊の間に漂っていく。

「何だ!?」

「ガス!? いや、毒物の反応は検出されていない……!?」

 戸惑うブルーコスモス部隊。そんな中でも、指揮官が叫んだ。

「何でも良い! とにかく、あの機体を落とせェッ!!!」

 その叫びに従い、全軍が銃口を向ける。カーマへと、ビームライフルが、ミサイルが、レールガンが、全火力が投入されるーーはず。だった。

「ふふ。ーーちゅっ♡」

 フレイがコクピットの中でキスをするかのように口を動かした、その瞬間。

 

「ーーッッ!!??」

 遠く離れた場所にいるキラは、()()を察した。

 ()()は、昨日自分に散々浴びせられてきた甘い光から、愛情や好意といった明確な感情を抜き取ったものだと感じられた。

「!!」

 ラクスもまた、()()を察した。

 ()()が、彼女には、果てしなく恐ろしく、おぞましいものに感じられた。これまで戦場で振るわれてきた、銃弾やビームと言った暴力とはまた異なる種類の。けれど、同じ発想の上にしか存在していないものだと感じられた。

 

 いずれにしても、両者とも結論は同じだった。

 それは。

 ーー感情(おもい)を抜いた、ただの力だと。

 

 そうして。

 

 ブラックナイトスコード・カーマの、最大にして最凶の機能が発動した。

「……なんだ!?」

「発射されない……武器が使えない!?」

 ストライクダガーが手に持つビームライフルから、発射されるはずのビームが発射されない。

 戦車から撃たれるはずの砲弾が、ジェットストライカーから射出されるはずのミサイルが、弾倉から出ていかない。

「機体が……なぜだ!? なぜ言うことを聞かない!?」

「おい、あいつを斬るんだよっ! おいっっ!!」

 ビームサーベルで一斉に襲いかかるはずだったウィンダムのマニュピレーターがビームサーベルを抜かない。

 その時、その場に存在する、カーマ以外の全ての兵器が、使用者からの指示を拒絶していた。

 

 ーーテンプテイション・システム。

 それは、かつてゲルフィニートと呼ばれる機体が実装した、バチルス・ウェポンシステム……量子コンピュータを外部から乗っ取り制御する、コンピュータウィルスの散布システムを大幅に改良したものだった。

 まず、このシステムはバチルス・ウェポンシステム同様にミラージュコロイドを媒介にウィルスを撒き散らすのだが……その散布範囲と拡散速度は圧倒的である。戦域全体を覆うのに、数秒もかからない。

 更に、そもそもこのウィルス自体からして、ただの電子データではない。

 有機型のナノマシン。或いは、正真正銘のウィルスそのものだ。それらは人体への感染は出来ないが、コロイド粒子に乗る……()()()()()ことで死滅することなくモビルスーツや戦車、戦艦といった兵器の表面に沈着し、更に機体の内部へ侵入。機体を動かす量子コンピュータへと感染するのだ。

 この様な挙動が可能なのは、そもそもこの世界の量子コンピュータというのが実は単なる機械ではなく、生体部品を使っているからだ。人間の頭脳を模した神経組織とでも言うべき有機物……それが、すべての量子コンピュータ、すなわちこの世界のほぼすべてのコンピュータに組み込まれている。

 そして、このナノマシンウィルスは、感染したコンピュータに対し、カーマ本体を駆るアコードの精神波を、大幅に増幅して伝達する。

 その上で。

『ふふ。ーーちゅっ♡』

 フレイは先程、そう言うと同時に精神波を叩き込んだのだ。()()を伝える精神波を。それは電子的・物理的にはともかく()()()には全く無防備なままの量子コンピュータの有機部分を()()してしまうのだ。

 本来自我など持たぬはずのコンピュータの有機回路に本能的な情動を芽生えさせ、カーマの搭乗者フレイ・アルスターに魅了させる。それこそが、テンプテイション・システム。そして、その魅了されたコンピュータに、フレイはこう告げた。

「みんな、武器を置きなさい。空を飛んでいる子は着陸して」

 瞬間……モビルスーツの全てが、()()()()()()()()

「な、何だ!??」

「攻撃できない、だけじゃなくて! 機体が、勝手に!??」

 攻撃命令を無視し、モビルスーツの全てが武器を地面に置く。

 テンプテイション・システムのウィルスは感染すると同時、芽生えさせた情動を処理するための原始的な思考回路(ほんのう)を形成する。その本能とはすなわち、魅力ある者への服従。そう。テンプテイション・システムに感染したコンピュータはすなわち、フレイ・アルスターの恋の奴隷と化すのだ。それによってコンピュータは、コクピット内のコンソールや操縦桿から打ち込まれるコマンドを無視し、フレイ・アルスターの音声入力命令(こえ)に従って行動する。

 ーーしかも、それだけではなかった。

『ふふふ……♡』

「ぅ……」

「なん、だ……頭がぼんやり……それに、声が……」

 機体のコクピットにいる兵士たちは、次第に意識が朦朧としだした。その耳には甘い声。

 先に述べたとおり、量子コンピュータに感染しているウィルスは、そのままフレイの精神波を増幅させるブースターだ。それは機体の内部、コンピュータの至近にいるパイロットたちにまで、フレイの思念を届けることを可能とさせているのだ。

『うふふふふ……♡』

「ぁ……。誰……? きれいな、女のひとが、みえる……」

「……うつくしい……。まるで、めがみ……」

 疑似アコードの精神波は、パイロットたちの精神までも絡め取ったのである。ブルーコスモス部隊のパイロットたちの脳内には、薄手のパイロットスーツに身を包んだフレイの姿が投影されていた。その投影されたフレイの姿ーー残像は、彼らの耳元に口を近づけて。

『みんな、お願い♡ 機体から出てきて♡ ーーふぅっ♡』

 と、息を吹きかけた。

 瞬間、ブルーコスモスの隊員たちの脳髄は、暴力的なまでの快感に支配された。

「ぁ……♡ でます……」

「でる……でるからもっと……」

 そうして、ブルーコスモス部隊のパイロットたちは全員、機体のコクピットから這い出てくる。戦車からも、ストライクダガーからも、ウィンダムからも。全ての機体から。

 そうして、戦闘は終結した。そう、誰一人の死者も出さず。

 フレイ・アルスターの下には、生気の抜け落ちたブルーコスモス部隊の戦闘員たちが、ただぼーっと立ち尽くしていた。

「キラ、見ててくれたわよね。今の私の力を……。貴方がやっていた様に、私も一人も殺さなかった。これなら貴方も苦しくないでしょう? 貴方の心を守ったわ♡」

 カーマの口元に手をやらせると同時、コクピットの中で、自分の手をもフレイは口元にやる。そして。

「ふふ、ちゅうっ♡」

 投げキッスのポーズをとった。方向はエルドア。そこにいるだろう男ーーいや、少年に向かって。

 

 その仕草を。

「フ、フレイ……」

 アークエンジェルの近くを飛行するキラは、赤面しながら。

 

「ーーーー」

 王城にいるラクスはただ、顔を青くさせながら。

 

 ただただ、見つめる以外なかった。




カーマはカルラの兄妹機という設定です。
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