すでに、引き返せる段階は過ぎていた。
チアガール衣装に身を包んだA組女子は、
観客席の前――完全に“表”に出てしまっている。
ざわめき。
期待と好奇の視線。
もはや「やりません」は通らない。
「……やるしかない、か」
誰かが小さく呟き、
その一言で全員の腹が決まった。
音楽が流れる。
揃わないながらも、
必死に、真面目に、
彼女たちは踊った。
完璧じゃない。
でも、逃げずにやり切る姿に、
観客席から次第に拍手が湧き起こる。
そして――曲が終わる。
ほっとした空気が流れかけた、その時。
チアガール姿のまま、
一人だけが、すっと前に出た。
孫玄麗。
……否。
次の瞬間、
その姿は、峰田実へと変わっていた。
「――――!?」
「……じゃあ、次は僕の番な」
身長も、体型も、
頭のモギモギの数まで完璧。
ポンポンを持った峰田。
静寂。
「よっし!」
峰田の声で、峰田が叫んだ。
次の瞬間、
キレッキレのチアダンスが始まる。
ステップは正確。
回転は鋭く。
ジャンプは高い。
無駄がない。
いや、洗練されすぎている。
「GO!ユーエー!ゴーゴー!」
完全再現の声色で、
完璧な笑顔。
観客席が、一拍遅れて爆発した。
「待て待て待て待て!」 「何今の!?」
本物の峰田が、地面に崩れ落ちる。
「やめろォ!!オレの尊厳が!!」
玄麗(峰田)は、
最後のポーズを決めて、ポンポンを下ろした。
「……以上」
一瞬の沈黙。
そして――
爆笑。
芦戸は腹を抱えて笑い、
耳郎は壁に寄りかかりながら肩を震わせ、
麗日は涙目になっている。
八百万は口元を手で押さえ、
必死に品位を保とうとしていた。
淡々とした声。
「悪く思うなよ」
峰田は震える指で指差した。
「お、お前……!」
玄麗は、少しだけ口角を上げた。
観客席が、
理解に追いつかないままどよめく。
「な、なんだ今の……」 「峰田……じゃ、ないよな……?」
当の峰田は、
自分の顔が完璧に踊る光景を前に、
膝から崩れ落ちていた。
「……あ、あぁ……」
玄麗は、動きを止める。
峰田の姿のまま、
見下ろすように一言。
「意趣返しだ」
淡々とした声。
容赦はない。
次の瞬間、
その視線が横に流れる。
上鳴電気。
「え?」
上鳴が間抜けな声を出した、その刹那。
玄麗の姿が、
上鳴そのものに変わった。
そしてボソリと呟かれたひと言を峰田は聞いた
会場が、理解した。
そして、
上鳴も理解した。
「やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
魂の絶叫が、
体育館に響き渡る。
観客席は一拍遅れて――爆笑。
笑いと拍手と口笛が入り混じる。
「ひどい! でも最高!」 「A組何やってんだ!?」
A組女子はというと、
「……まあ、いいか」 「スッとした」 「次はないからね?」
それぞれに肩をすくめ、
どこか晴れやかな顔をしていた。
ステージの中央で、
元の姿に戻った玄麗は、
何事もなかったように一礼する。
上鳴は床に手をつき、
打ちひしがれたまま動けない。
その背中に、
峰田が追い打ちのように呟いた。
「……次は、お前だってさ」
拍手と笑いが、ようやく収まり始めた頃。
ステージ脇の教師席では、
別の意味で沈黙が流れていた。
「…………」
腕を組んだままの相澤が、
半眼でステージを睨んでいる。
「……問題行動か?」
ぽつりと呟いたその声は、
誰に向けたものでもない。
「いやぁ〜、これは判断が難しいですねぇ!」
プレゼントマイクが、いつもの調子で笑いながら言う。
「観客は大ウケ!
でも仕掛けた動機を考えると……完全にアウトとも言えない!」
「……完全にアウト」
ミッドナイトが即座に切り返す。
が、
声色にはどこか苦笑が混じっていた。
「ただし。
“被害者”が誰かを考えると……ね」
その視線が、
床に突っ伏したままの上鳴と、
魂が抜けた峰田に向く。
「自業自得、という言葉は
教育現場では使えませんが……」
根津校長が、穏やかな笑顔のまま続けた。
「因果応報、という概念は
学ばせる価値がありますねぇ」
「校長……」
イレイザーヘッドが、ため息をつく。
「孫の処遇は?」
「注意と、口頭指導で十分でしょう」
根津は即答した。
「そもそも彼女は、
女子生徒を“守る側”に回っていますから」
「……」
相澤は、少しだけ目を細める。
確かに。
あの場で前に出たのは、
責任を押し付けるためでも、
目立つためでもない。
――矢面に立つため、だ。
「……忠告はする」
それだけ言って、相澤は立ち上がる。
去り際に、
もう一度だけステージを見る。
元の姿に戻った玄麗が、
何事もなかった顔で整列している。
「……厄介なやつだ」
だがその口調は、
完全な否定ではなかった。
その少し後ろで、
オールマイトが腕を組み、低く笑う。
「HAHAHA……
若さとは、時に残酷だが――」
一拍置いて、
「正しい方向に使えば、
非常に頼もしい」
教師たちの視線が、
自然と玄麗に集まる。
問題児。
だが――
間違いなく、
雄英の生徒だった。