ネタ帳   作:タロットゼロ

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4月7日--対人屋内訓練、麗日お茶子編

 

廃ショッピングモールを模した訓練場。

地下へ続く吹き抜けの中央には、上階から差し込む白い光が落ちていた。

吹き抜けを囲むように並ぶ駐車スペース。

無人の車両がいくつも並び、薄暗い地下空間に静かな圧迫感を作っている。

地下三階。

柱と柱の間に伸びる通路。

その一角。

一台の車のボンネットに、玄麗は腰を下ろしていた。

片足を軽く組み、肘を膝に置く。

視線は正面――ではなく、どこかぼんやりと空間を眺めている。

だが、耳は静かに周囲を拾っていた。

上階から響いた足音。

一階。

二階。

三階。

慎重に降りてくる気配。

止まる。

また動く。

そして今、

数台先の柱の陰。

そこに気配が止まってから、もうかなり経っていた。

静寂。

互いに動かないまま、時間だけが流れる。

一分。

さらに少し。

体感で百秒近い。

玄麗は小さく息を吐いた。

「……そこにいるのは分かってる」

静かな声が地下に響く。

柱の陰。

ぴくり、と気配が揺れる。

玄麗は視線を向けないまま続けた。

「そのまま動きもせずに、不意打ちのチャンスを伺っているだけじゃ、時間を無駄にするだけにしかならないけど」

少しだけ首を傾ける。

「それでもいいのかい?」

 

柱の陰で、

麗日お茶子 は思わず目を見開いた。

(げっ、バレとる!? なんで……!?)

一気に顔へ血が上る。

胸が跳ねる。

時間の感覚が急に重くなる。

百秒。

何もできずに使ってしまった。

その事実がずしりとのしかかった。

呼吸が少し荒くなる。

それでも、柱の陰からすぐには出ない。

唇を噛む。

震える声を押し出した。

「……っ! バレバレやったってこと……?」

少しだけ顔を覗かせる。

けれど、まだ半身は隠したまま。

視線だけが玄麗へ向く。

「でも、ここでおめおめ引き下がるわけにはいかんもん!」

声に少し力が乗る。

「時間がないのはわかっとる」

拳を握る。

「でも、待っとるだけやないよ」

一歩。

柱の陰から出る。

「ウチだって――」

両手を前へ出す。

まっすぐ玄麗を見る。

「ヒーローになるためにここに来とるんやから!」

次の瞬間。

床を蹴った。

一気に距離を詰める。

右手を伸ばしたまま、真っ直ぐに。

 

麗日の右手がまっすぐ伸びる。

狙いは明白だった。

触れること。

たったそれだけで状況をひっくり返せる個性。

だからこそ、一直線だった。

玄麗はその踏み込みを見た。

肩。

腰。

重心。

全部が前に乗っている。

(……見え見えだ)

半歩も動かない。

体の軸だけをわずかにずらす。

右肩を引く。

同時に右手が動いた。

手刀。

伸びてきた麗日の手首、その内側を払う。

乾いた音。

ぱしっ。

触れる寸前だった手が外へ流れる。

「わっ――」

さらに玄麗の足先が静かに前へ出た。

ほんの少し。

麗日の踏み込み足、その進路へ差し込む。

次の瞬間。

自分の勢いのまま足が引っかかった。

「あっ!」

体勢が崩れる。

前へ流れる。

そのまま床へ倒れ込んだ。

どさり。

 

だが、すぐだった。

麗日は両手をついて跳ねるように立ち上がる。

顔を上げる。

悔しさがにじむ。

(今のは読まれた……!)

息を整える暇もなく、もう一度踏み込む。

今度は左手が大きく振られた。

わざと目立つ軌道。

顔の前を横切るような大振り。

だが本命は違う。

遅れて右手が伸びる。

低く。

内側から。

(今度こそ――!)

玄麗の目がわずかに細くなる。

左手は囮。

右が本命。

そう読んだ瞬間、

足が静かに滑った。

後ろへ。

バックステップ。

すっと距離が消える。

右手は空を切った。

届かない。

「――えっ」

狙いが外れる。

前へ出しすぎた重心。

止めきれない。

左の大振りで崩した軸が戻らない。

その一瞬。

玄麗の手が伸びた。

後頭部。

軽く押す。

ぽん、と押しただけだった。

だが崩れた体には十分だった。

「きゃっ!」

前のめりになる。

また床へ。

二度目の転倒。

 

玄麗は静かに息を吐く。

「フェイントは悪くないね、でも、自分の軸まで一緒に捨てたら意味がないよ」

 

 

麗日は踵を返した。

一気に駆け出す。

進む方向は上階へ続くスロープ。

玄麗がわずかに眉を上げる。

「そっちは上階だ」

ボンネットから降りる。

軽く追うように小走りになる。

「僕の相手を諦めて探索するなら方向が違うぞ」

 

前を走る 麗日お茶子 が振り向かずに叫ぶ。

「わかっとるよ!」

一拍。

「コレを使いたかっただけや!」

 

次の瞬間。

視界の上から影が落ちた。

軽自動車。

吹き抜けの上階から投げ落とされた車体が、

回転しながら一直線に落ちてくる。

「――っ」

玄麗の足が即座に動く。

横へ。

今までより少し大きく。

避ける。

直後。

背後で轟音。

ガシャーン!!

軽自動車が床へ叩きつけられ、

金属音が地下に響いた。

 

間を置かず、次が来る。

乗用車。

軽ワゴン。

さらに――

大型バイク。

大型自動二輪車 が横回転しながら落下する。

玄麗の目が細くなる。

乗用車は肩で流すように弾く。

軽ワゴンは手刀で軌道をずらす。

バイクは前蹴りで横へ払う。

金属音が連続した。

だが。

次に落ちてきた影は大きかった。

SUV 。

頭上いっぱいを塞ぐ大きさ。

 

その瞬間。

上から声が落ちる。

「解除!」

 

玄麗の目が上がる。

一瞬で意味を理解した。

浮いていた車体が、

一気に重量を取り戻す。

急降下。

「!」

大きく横へ飛ぶ。

SUVが叩きつけられる。

轟音。

床が揺れた。

粉塵が舞う。

 

着地。

すぐに体勢を立て直す。

だが――

次の影は、真上から来ていた。

 

天井近くから、

麗日お茶子 自身が落ちてくる。

両手を伸ばしたまま。

一直線。

(ここで触る――!)

 

咄嗟だった。

考えるより先に手が出る。

腰が沈む。

掌が前へ走る。

 

ばしん!!

 

乾いた衝撃。

掌底が麗日の顔面を捉えた。

ヘルメットが弾け飛ぶ。

体が横へ流れる。

そのまま吹き抜けの柵へ叩きつけられた。

がんっ。

金属音。

 

「――ぁっ……!」

麗日の体が崩れる。

床へ落ちる。

 

玄麗の目がわずかに開いた。

(……っと。)

少し強い。

咄嗟だったぶん、あまり加減が出来なかった。

 

麗日はふらついたまま、

まだ体が軽い。

不意打ちに失敗した状態で、

無重力のままでは踏ん張れない。

すぐに個性を解く。

その瞬間。

重さが戻る。

同時に、

胃がひっくり返る。

 

「うっ……」

膝をつく。

口元を押さえる。

 

次の瞬間。

吐いた。

 

床に膝をついたまま、

麗日は肩で息をしていた。

吐瀉のあとで呼吸が乱れる。

視界も揺れる。

額に張りついた前髪の隙間から、ぼやけた床が見えた。

 

玄麗はその様子を見下ろす。

大きくは動かない。

ただ一度だけ小さく息を吐いた。

運動着のポケットから確保用テープを取り出す。

細い拘束テープ。

これを巻けば終わる。

 

「……ここまでだね」

静かな声。

ゆっくり距離を詰める。

足取りに警戒は薄い。

吐いている。

立ててもいない。

今の状態なら抵抗はできない。

そう判断していた。

 

麗日の肩がわずかに震える。

苦しそうに息を吸う。

吐く。

だが――

その目はまだ死んでいなかった。

 

(まだ……終わっとらん……!)

 

玄麗の足が目前まで来る。

あと一歩。

しゃがめば届く距離。

 

その瞬間。

麗日の手が床を滑った。

低く。

ほとんど倒れ込むような軌道。

玄麗の足首へ。

 

「――っ」

 

触れる。

 

五本の指が、運動着越しに足首を掴んだ。

 

「もらった!!」

 

個性発動。

 

一瞬で重さが消える。

玄麗の体が軽くなる。

視界がわずかに揺れた。

次の瞬間。

 

麗日が残る力を振り絞る。

 

「うああぁっ!!」

 

持ち上げる。

そのまま吹き抜け方向へ投げた。

 

玄麗の体が宙へ浮く。

軽い。

あまりにも軽い。

床が一気に遠ざかる。

地下三階の天井を越え、

吹き抜け空間を上昇していく。

 

上へ。

さらに上へ。

 

玄麗の目が細くなる。

(……まいったな)

 

完全に油断だった。

 

吹き抜けの中央を、

玄麗の体がゆっくりと上昇していく。

地下三階の天井近く。

重さを失った体は、何の抵抗もなく浮き続ける。

下から見上げた 麗日お茶子 が、息を切らしながら声を絞り出した。

「……捕まえた」

肩が上下する。

まだ吐き気の余韻で声が不安定だ。

それでも目だけは逸らさない。

「そのまま、天井まで……行ってて」

苦しそうに笑う。

「訓練が終わるまでは、降ろしてあげんよ」

一拍。

「……ごめんね、終わったら、絶対……迎えに行くから……!」

 

上昇しながら、

玄麗はその声を聞いていた。

目線だけ下へ落とす。

(終わるまで拘束、か)

悪くない判断だった。

この空間で無重力拘束。

接触一回で戦闘不能に持ち込める。

十分に勝ち筋だ。

 

だが。

玄麗の手はすでに動いていた。

確保テープを引き出す。

限界まで伸ばす。

本体側を口で咥える。

次に靴を脱いだ。

片足。

素早く先端へ結ぶ。

即席の重り。

錨代わり。

 

軽く振る。

回転。

軌道を読む。

投げる。

 

靴が最寄りの吹き抜け柵へ引っかかった。

 

引く。

 

無重力の体が横へ滑る。

空気を切って側壁へ到達する。

片手で壁を押さえる。

さらにテープを手繰る。

姿勢を反転。

 

下で麗日がふらつきながら階下へ降りようとしていた。

 

「終わったら迎えに来る、か」

 

静かな声。

 

「その必要はないよ」

 

「――え?」

 

次の瞬間。

壁を蹴り玄麗の身体が下に飛んだ。

一直線。

 

「っ!?」

 

麗日の上へ飛び込む。

避ける余裕はない。

もつれる。

二人まとめて床へ倒れ込む。

 

その勢いのまま、

玄麗の手が確保テープを走らせる。

腕。

胴。

一気に巻き付ける。

 

「――確保」

 

 

しばらく床に倒れたまま、

麗日は息を切らしていた。

玄麗も肩を上下させながら天井を見上げる。

それから静かに起き上がる。

 

「危ないとこだった」

 

靴を拾いながら言う。

 

「ここが屋内だからよかったものの、屋外なら僕は今ごろ宇宙の藻屑になるか」

わずかに視線を下げる。

「適当な高さから落とされて地面のシミにさせられるところだったよ。」

 

麗日の方を見る。

 

「いい能力だ」

 

少しだけ口元が緩む。

 

「その執念には一本取られたよ」

 

モニタールームで確保テープを巻かれた 麗日お茶子 と、 靴を履き直す玄麗の姿が映っていた。

数秒、室内は静かだった。

その静寂を破ったのは、

大きな笑顔とともに身を乗り出した オールマイト だった。

「いやぁ、実に面白い!」

両手を広げる。

「麗日少女、非常に良かった!」

モニターを指す。

「最初の近接で通じないと判断して即座に環境利用へ切り替えた!」

「これは素晴らしい柔軟性だ!」

 

「特に、吹き抜け構造を使って上階から車両を落とした判断!」

「自分の個性が“物体の重量を奪える”ことを最大限活かそうとしていた!」

 

少し真面目な顔になる。

「しかも最後」

「相手が勝ちを確信して近づく瞬間まで待った」

「倒れていても勝負を捨てなかったのは立派だ!」

 

麗日の映像で、

足首に触れる瞬間が映る。

 

「接触一回で勝ち筋を作れる個性は非常に強い!」

「実戦でも脅威になるだろう!」

 

そこで視線が玄麗へ移る。

 

「だが――」

笑みが少し深くなる。

 

「孫少女も見事だった」

 

「最初から最後まで、“触らせない”を徹底している」

 

「相手の狙いが接触だと理解した上で」

「一度も真正面から付き合わず」

「軸、間合い、姿勢」

「すべてを崩している!」

 

SUV落下からの急襲映像。

 

「そしてここ!」

「落下物に意識を割かせた直後の本人急襲!」

 

「普通なら十分決まるタイミングだ!」

 

掌打の場面で少し眉が上がる。

 

「……少し強く入りすぎたが!」

 

モニタールームに小さな笑いが起こる。

 

「しかしその後だ!」

靴を結んで投げる映像。

 

「道具を即席で利用し、浮力状態でも移動手段を作った!」

 

「個性がなくとも状況を解く頭がある!」

 

腕を組む。

 

「これは経験値の差だろうね」

 

少しだけ声が落ちる。

 

「ただし――」

 

麗日の映像をもう一度見る。

 

「最後に油断した」

 

玄麗が足首を触られる瞬間。

 

「孫少女、麗日少女、両方に言えることだが勝ったと思った瞬間こそ、一番危険だ」

 

 

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