ネタ帳   作:タロットゼロ

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4月8日--ヒーロー基礎座学

6時限目ヒーロー基礎座学

 

 

眠たげな目。無精髭。気怠そうな空気。

だがその視線だけが、鋭く教室を横断する。

相澤消太は何も言わない。

ゆっくりとチョークを取る。

キィ、と乾いた音。

黒板に大きく、二つの文字が刻まれる。

不殺

 

制圧

それだけ。

説明はない。

相澤は振り返る。

視線が、一人ひとりを射抜く。

静寂が落ちた。

咳払い一つない。

やがて、低い声が教室に落ちる。

「ヒーローは敵を倒す職業じゃない」

間。

「止める職業だ」

黒板を、指で軽く叩く。

「過度な暴行は無駄なリスクだ」

誰かが小さく息を呑む。

「抵抗不能な相手に追い打ちをかける。それはヒーローじゃない。ただの暴行犯だ」

淡々としている。

 

感情の是非ではない。

善悪でもない。

社会構造の話。

 

怒鳴りはしない。

だが、言葉の重さだけが沈んでいく。

「世論を敵に回す。メディアに叩かれる。ライセンスは停止、最悪剥奪」

 

教室の空気が張り詰める。

「そんな無駄なリスクを負う奴は、この雄英にはいらない」

静まり返る教室。

誰も動かない。

相澤は黒板の文字を叩き

“制圧”の文字を、注目させ、

「制圧とは、相手の行動能力を奪うことだ。感情をぶつけることではない」

 

 

 

その視線が、再び全員を巡る。

「お前らが相手にしているのは“悪役”じゃない。“人間”だ」

教室の温度が、わずかに下がった気がした。

「勘違いするな。甘くなれと言っているわけじゃない」

一瞬だけ、目が鋭くなる。

「必要なら叩け。だが――必要以上にはやるな」

チョークを置く音が、やけに大きく響いた。

「それができない奴は、ヒーローにはなれない」

沈黙。

 

玄麗は黒板を見る。

不殺。

制圧。

(理想と現実の折衷点)

殺さない。

だが止める。

そのために必要な損壊は、許容される。

だが“過度”は許されない。

(では、その線はどこだ?)

骨一本か。

意識喪失までか。

再起不能は?

考える。

この問いは、いずれ必要になる。

 

授業は、まだ始まったばかりだった。

 

 

黒板に書かれた二文字。

不殺

制圧

相澤はその下に、さらに一行を書き足す。

キィ、と乾いた音。

無傷での捕獲 = 情報の確保

教室に小さなどよめきが走る。

相澤は振り返らない。

「勘違いするなよ」

低い声が、淡々と落ちる。

「優しさの話じゃない」

振り返る。

その目は、温度を持たない。

「死体は喋らない」

一瞬、空気が凍る。

誰かが息を止める音がした。

「ヴィランを生かして捕らえる理由の一つ。背後を洗うためだ」

黒板を指で叩く。

「組織。資金源。協力者。次の犯行計画」

間。

「一人潰して満足するのは三流だ」

その視線が教室を横断する。

「お前らの仕事は、“目の前の一人”を倒すことじゃない。“連鎖”を止めることだ」

爆豪がわずかに眉を動かす。

飯田が姿勢を正す。

緑谷は必死にノートを取っている。

「感情で殴るな」

相澤の声が、わずかに低くなる。

「怒りで叩き潰せば、情報も一緒に潰れる」

黒板の文字がやけに重い。

無傷での捕獲。

情報の確保。

「お前の“正義感”で、証拠を壊すな」

教室は静まり返っている。

「ヒーローは刑事でも検事でもない。だが、警察と切り離された存在でもない」

腕を組む。

「現場で手に入る情報は一度きりだ。取りこぼせば、次に死ぬのは市民かもしれない」

誰も軽口を叩けない。

「覚えておけ」

チョークを置く音。

「感情は武器になる。だが統制できない感情は、ただの爆弾だ」

視線が、前列の爆豪を一瞬だけ掠める。

そして教室全体へ。

「無傷での捕獲は理想だ。だがそれは“甘さ”じゃない。“次を防ぐための手段”だ」

静寂。

黒板の文字だけが、やけに大きく見えた。

 

「ヒーローの現場対応は、そのまま証拠になる」

教室がわずかにざわつく。

黒板にさらに書き足す。

・供述

・物証

・共犯者

「死体は喋らない。供述も取れない。共犯者にも辿り着けない」

視線が全員を貫く。

「一人のヴィランを感情で叩き潰せば、組織犯罪の立証が崩れる可能性がある」

 

やりすぎれば、国家賠償請求だ、覚えておけ。」

空気が一段冷える。

「ヒーローは免責特権を持っていない」

黒板を軽く叩く。

「正当防衛。緊急避難。比例原則」

三つの単語が並ぶ。

「行使した力が“必要最小限”であることを、後から説明できなければ違法だ」

爆豪が舌打ちしそうになる。

だが言葉が続く。

「世論は感情で動く。司法は記録で動く」

視線が鋭くなる。

「正義感だけでは、裁判所では証拠にならない」

沈黙。

「無傷での捕獲は理想だ。だが理由は道徳じゃない」

黒板の文字を指す。

「継続的に犯罪を止めるためだ」

チョークが置かれる。

「一発殴って終わりなら楽だ。だが社会はそれでは回らない」

教室は完全に静まり返っている。

「覚えておけ。ヒーローは“勝つ存在”じゃない。“機能する存在”だ」

 

 

 

黒板に、新たな言葉が刻まれる。

基本的人権 = 社会のルール

チョークの粉が、静かに舞う。

教室の何人かが首を傾げた。

ヒーロー科の黒板に似つかわしくない単語。

だが、相澤消太は構わず続ける。

「ヒーローは法執行機関の補助だ」

淡々と。

「警察と切り離された存在じゃない。好き勝手に裁いていい権限もない」

腕を組む。

「法を無視して力を振るうなら、それはただの“個性を持ち出した喧嘩”だ」

教室の空気が張る。

「俺が排除するのは――」

視線が鋭くなる。

「そういう“自制心のないガキ”だ」

椅子が軋む音。

爆豪が舌打ち混じりに口を開いた。

「……ヴィランに人権なんて必要ねえだろ」

静まり返る教室。

飯田が慌てて制止しかけるが、遅い。

爆豪の目はまっすぐ相澤を射抜いている。

「市民脅して、ぶっ壊して、好き放題やってる奴らだぞ」

教室の数人が小さく頷く。

相澤は、瞬き一つしない。

「お前の感情はどうでもいい」

即答だった。

冷たい。

だが怒鳴らない。

「制度の話をしている」

爆豪の眉がぴくりと動く。

「人権は“善人に与えるご褒美”じゃない。社会を維持するための枠組みだ」

黒板の“社会のルール”を指で叩く。

「例外を認めた瞬間、その枠は壊れる」

間。

「今日お前が“あいつは人間じゃない”と線を引く。明日、誰かがお前に同じ線を引く」

空気が重く沈む。

「ヒーローがその線引きを始めたら終わりだ」

爆豪はまだ睨んでいる。

だが、反論の言葉は続かない。

相澤は一歩だけ前に出る。

「勘違いするな。守れと言っているわけじゃない」

低く。

「法の範囲で叩き潰せと言っている」

教室に緊張が走る。

「制圧は許される。必要最小限の損壊も許容される」

視線が全員を巡る。

「だが“俺がムカついたから壊しました”は通らない」

黒板にチョークを置く音。

「ヒーローは感情で殴らない。責任で殴る」

沈黙。

爆豪は舌打ちし、椅子に深く腰を下ろす。

相澤はそれ以上追わない。

「理解できないなら、今のうちに理解しろ」

教室の空気は、先ほどまでとは別物になっていた。

ここは戦闘訓練の場ではない。

社会に組み込まれるための場所だ。

 

 

教室の空気が、まだ張り詰めたまま残っている。

黒板には

不殺

制圧

無傷での捕獲=情報の確保

基本的人権=社会のルール

白い文字が並んでいる。

相澤消太は教卓に背を預け、ポケットから端末を取り出した。

 

「ちなみに」

前置きのない声。

画面を一瞥する。

「昨年度、過剰防衛でライセンスを停止されたヒーローは――」

一拍。

「十八人だ」

小さなどよめき。

十八。

想像より多いか、少ないか。

判断がつかない数字。

「内、三人は事実上の引退。スポンサーが降りた」

端末をしまう。

「全員、実力は本物だった」

静かに言う。

「救助実績もあった。人気もあった」

間。

「だが一度、“やり過ぎた”」

 

前列より少し後ろで、ガタンと椅子が鳴った。

切島鋭児郎が思わず身を乗り出している。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

教室の視線が一斉に集まる。

切島は慌てて頭を掻いた。

「いや、その……」

言葉を探す。

「助けてたんすよね、そのヒーロー達」

静まり返る教室。

「市民守って、戦って、それで“やり過ぎた”って理由で終わりっすか?」

悔しそうな顔。

「なんか……それって、すげえやりきれないっていうか」

拳を軽く握る。

「命張ってんのに」

教室の空気が少しだけ揺れる。

誰も軽く笑えない。

相澤は切島を見た。

数秒。

そして口を開く。

「やりきれないだろうな」

あっさり認めた。

切島が少し驚く。

相澤は続ける。

「だが、それが社会だ」

黒板の“制圧”を軽く叩く。

「ヒーローは“命を張っているから許される”職業じゃない」

教室が静まる。

「命を張りながら、規律を守る職業だ」

切島は言葉を失う。

相澤の声は変わらない。

「それが出来ないなら、プロにはなるな」

沈黙。

数秒後。

切島はゆっくり椅子に座り直した。

「……っす」

完全に納得した顔ではない。

だが、反論も出ない。

その顔はどこか悔しそうで。

そして少しだけ――

考えていた。

 

黒板の“制圧”を指で叩く。

 

 

「抵抗不能の相手への追撃。必要以上の破壊。怒りに任せた一撃」

教室が、わずかに息を潜める。

「世論は味方だったが、記録は味方しなかった」

低く。

「映像は残る。報告書も残る」

視線が前列を横切る。

爆豪の目がわずかに細まる。

「正当防衛は成立しなかった。比例原則を超えていたからだ」

淡々とした口調。

感情は乗っていない。

「ヒーローは“勝てば許される”職業じゃない」

一歩前に出る。

「結果を出しても、線を越えれば終わる」

教室をゆっくりと見渡す。

「お前たちのうち、何人がその予備軍か」

わずかに目が鋭くなる。

「見せてもらう」

挑発ではない。

宣告でもない。

ただの事実確認のように。

沈黙が落ちる。

数字の重さだけが、じわりと染みていく。

 

 

「お前たちのうち、何人がその予備軍か。見せてもらう」

その言葉が落ちた瞬間。

前列で椅子が小さく軋んだ。

「……チッ」

舌打ち。

爆豪が腕を組み直す。

爆豪勝己の目は逸らさない。

「勝って守れてんなら、それでいいだろ」

小さく、だが聞こえる声。

「やり過ぎ? 線越え? だったら最初から余裕で制圧できるだけ強くなりゃいい話だろ」

攻撃的だが、理屈はある。

“加減できないなら、圧倒的に上回れ”

爆豪なりの合理。

相澤は即座に否定しない。

ただ一言。

「慢心だな」

 

爆豪の眉が跳ねる。

 

「圧倒できると思っている時点で、判断は鈍る」

淡々と。

「想定外は必ず起きる。市街地、群衆、味方の位置、二次被害」

 

爆豪は鼻を鳴らすが、言い返さない。

完全に否定できないからだ。

その横で――

必死にペンを走らせる音。

カリカリカリ、と異様に速い。

緑谷出久は顔を上げない。

ノートのページにはすでに

・過剰防衛=比例原則違反

・必要最小限の定義?

・記録に残る判断基準

と細かい字が並んでいる。

(十八人……)

緑谷の脳内では、即座に仮説が回る。

(映像証拠があって、スポンサーが降りるレベル……多分、抵抗不能後の追撃?)

さらに書き足す。

・戦闘不能確認の基準

・拘束技術の向上=リスク低減

ペン先が止まらない。

(勝つだけじゃダメなんだ……勝ち方が問われる)

顔を上げる。

相澤と一瞬目が合う。

ほんの一瞬。

相澤は何も言わない。

だがわずかに視線を逸らす。

“理解している”

それだけで十分だと言わんばかりに。

教室は再び静まる。

爆豪は不満を飲み込み、

緑谷は理屈を噛み砕き、

他の生徒たちも、それぞれの形で重さを受け止める。

相澤は黒板を振り返る。

「強さは必要だ」

低く。

「だが、制御できない強さは欠陥だ」

静寂。

数字の“十八”が、頭の奥に残り続ける

 

 

「以上だ」

教卓から体を離す。

「質問がなければ、ここで終わる」

一拍。

沈黙。

誰も動かない。

黒板には

 

不殺

制圧

無傷での捕獲=情報の確保

基本的人権=社会のルール

 

白い文字が、重く残っている。

その時。

小さく、しかし迷いのない動きで手が挙がった。

教室の後方。

玄麗。

「質問」

声は静かだ。

「無傷での制圧、生け捕りが基本なのは理解しました」

数人が息を呑む。

続きがある、と分かる声音。

「相手の実力がこちらの互角以上でそれが困難な場合――」

刹那。

キーンコーンカーンコーン――

チャイムが鳴り始める。

だが玄麗は止まらない。

「殺すとまでは行かないにせよ、どの程度まで許されますか?」

音が教室に響く。

だが誰も立たない。

 

チャイムが鳴り終わる。

その問いに、クラスの数人がひきつったように肩を揺らした。

緑谷が持っていたペンが、ノートの上で止まったまま動かない。爆豪ですら、椅子に深くふんぞり返った姿勢のまま、視線だけを最後尾の彼女へと投げた。

相澤は教卓に手をつき、ゆっくりと瞬きをする。

赤い目が、玄麗を捉えた。

「……座れ」

一言。それは「延長」の宣告だった。

玄麗が静かに腰を下ろす。相澤は懐から目薬を取り出し、慣れた手つきで両目に落とした。

 

「ヒーローが“ 互角 ”を前提にするな」

低い声が、教室の奥まで落ちる。

「守る対象がいる時点で、条件は対等じゃない」

机に手をつき、わずかに前傾する。

「拮抗しているなら、状況を変えろ。距離を取れ。遮蔽物を使え。味方を呼べ」

淡々と。

「力比べをするな。仕事をしろ」

玄麗は視線を逸らさない。

「それでも止められない場合は」

間を置かず、重ねる。

相澤の目が細くなる。

「守る対象への危険が差し迫っているなら、損壊の許容範囲は広がる」

教室が息を呑む。

「だが基準は変わらない」

一歩、足音が響く。

「止めるために必要な分だけだ

 

 

 

相澤は教卓に寄りかかったままの姿勢で続ける。

「許されるかどうかは、状況で決まる」

淡々と。

「正当防衛。緊急避難。比例原則」

黒板の“制圧”を指で叩く。

「行使した力が合法でであることを、後から説明できるかどうかだ」

視線が教室全体を巡る。

「骨折は許容される場合がある。内臓損傷も、状況次第では正当化される」

何人かが息を呑む。

相澤は続ける。

「だが、感情で上乗せした一撃は、すべて“過剰”だ」

間。

「ヒーローは“どこまで壊せるか”で動くな」

視線が玄麗に戻る。

「“どこまでで止められるか”で考えろ」

静かだが、重い。

「戦闘不能にする。それが目的だ」

一歩前に出る。

「再起不能にする必要はない」

教室が固まる。

「命を奪わないことが最低条件。そこから先は、“守る対象の危険度”と“代替手段の有無”で決まる」

爆豪がわずかに口を開きかけるが、言葉は出ない。

相澤は最後に付け加える。

「迷う状況に追い込まれた時点で、二流だ」

視線が鋭くなる。

「だから技術を磨け。拘束を覚えろ。連携を覚えろ。迷う前に終わらせろ」

そして、ほんのわずかに目を細める。

「それでも迷うなら――」

一瞬の沈黙。

「守る側に立て」

教室が完全に静まり返る。

普段なら「一秒でも無駄にするな」と急かす男が、今は5分進んでいる時計を一度も見ることはなかった。

 

「以上だ。号令はいい。このまま連絡事項に入る」

何事もなかったかのように、端末を取り出す。

だが教室の空気は、確実に変わっていた。

“どこまで壊せるか”ではない。

“どこまでで止められるか”。

その線が、それぞれの胸に残ったまま。

 

そして玄麗もまた自分の中に戦闘不能を目的とする一本の「線」を引いた。

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