ネタ帳   作:タロットゼロ

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なんで私はこういう前半どうしょうもないネタばかり思いつくのだろう


7月11日--戦慄のショッピングモール

 

雄英の夏合宿を数日後に控えた休日。

A組の生徒たちは、最寄りの大型ショッピングモールに来ていた。

合宿用の着替え、日用品、ちょっとした嗜好品。

それぞれ買う物が違うため、自然とグループはばらけていく。

「じゃあ一時間後、フードコート集合な!」

切島の声に、各々が手を振って散っていった。

 

その数分後。

モール三階の書店。

静かな空気の中を、孫玄麗はゆっくりと歩いていた。

本棚の背表紙を、指先で軽くなぞる。

哲学。歴史。古典。

一冊一冊、タイトルを目で追っていく。

「……ほう」

ふと足が止まった。

棚の中段に、一冊の本。

『中国古典365日』

手に取り、ぱらりとページをめくる。

一日一話の形式で、古典の逸話や格言が並んでいるらしい。

「良いね」

小さく呟く。

玄麗はそのまま本を閉じ、レジへ向かって歩き出した。

 

その途中だった。

曲がり角で、誰かとばったり鉢合わせる。

「おっと」

「うわっ!?」

 

小柄な影が、びくっと飛び上がった。

見れば、紫色の髪。

峰田実だった。

 

「峰田か」

玄麗は特に驚く様子もなく言う。

「……あんたも本を買いに来たのかい」

 

峰田の顔が、一瞬だけ引きつった。

(げっ……孫!)

(よりによってこんな時に!)

 

彼の腕の中には、しっかりと一冊の本が抱えられている。

表紙は見えないように裏返されていた。

 

「ま、まぁ……そんなとこだ」

ぎこちない声で答える。

 

玄麗は軽く首を傾げた。

「どんなのを?」

 

一瞬。

峰田の脳内で、警報が鳴り響いた。

(やばい

(タイトル言えるわけねぇ!)

 

 

喉がひくりと鳴る。

 

「フラ……」

言いかけて、慌てて言い直す。

「フランス文学だ」

 

玄麗が瞬きを一つした。

 

「秘めた欲望と男女の愛を赤裸々に綴ったやつ」

峰田は、できるだけそれっぽく言った。

内心は冷や汗だらだらである。

 

(頼む……!)

(これで納得してくれ!)

 

数秒の沈黙。

 

玄麗は特に疑う様子もなく頷いた。

「へぇ」

 

そして自分の本を軽く持ち上げる。

「僕は中国古典系は好きだけど、西洋文学には疎くてね」

 

穏やかな声。

 

「読み終わったら貸してくれるかい?」

 

その瞬間。

峰田の脳内で何かが爆発した。

 

(貸せるわけねぇだろ!!)

(1ページ目からお姉さんの秘密とか書いてんだぞ!?)

(見せた瞬間社会的に死ぬわ!!)

 

しかし顔には出さない。

必死に平静を装う。

 

「お、おう」

 

ぎこちない笑顔。

 

「いいぜ」

 

玄麗は満足そうに頷いた。

「ありがとう」

 

そう言ってレジの方へ歩いていく。

 

その背中を見送りながら、峰田は心の中で絶叫していた。

 

(どうするオイラ!?)

(貸す約束しちゃったぞ!?)

(このままだと孫にフランス文学デビューさせちまう!!)

 

書店の静かな空気の中。

峰田実だけが、人生最大級の危機に直面していた。

数分後。

峰田はスタンダール『赤と黒』上巻を手に、レジの列に並んでいた。

本来買う予定だった本ではない。

玄麗の前でついた嘘を成立させるための、苦肉の策だった。

レジの前で財布を握りしめながら、峰田は内心で血の涙を流していた。

(……くそ)

(この二千円があれば――)

脳裏に浮かぶのは、本屋の雑誌コーナー。

(お姉さんの秘密以外にも特製ポスター付きの雑誌が買えるってのに!!)

レジの「ピッ」という音が、やけに無情に響いた。

 

本屋を後にし、人混みの中をあてもなく歩いていた時だった。

 吹き抜けの広場に差し掛かったところで、ベンチに座る見覚えのある後ろ姿を見つける。

「緑谷……?」

 声をかけようとして、足を止める。

 緑谷の隣には、深くフードを被った男が座っていた。親密な友人同士の語らいのようにも見えるが、何かがおかしい。緑谷の背中が、見たこともないほど硬直している。

 玄麗が歩み寄ると、緑谷がこちらの気配に気づき、悲鳴に近い声を上げた。

「あ、孫、さん……!」

 助けを求めているのか、あるいは「来るな」と警告しているのか。

 玄麗は足を止めず、真っ直ぐに二人を見据えた。至近距離。フードの奥から覗く、カサついた皮膚と、爛々と輝く狂気の色。

(――USJの、死柄木弔)

 脳内の名簿が瞬時に書き換わる。同時に、男の右手の指が、緑谷の首を「四本」で掴んでいるのを確認した。

「おい、動くなよ」

 死柄木が、掠れた声で笑う。

「こいつ、急に騒ぎ出しやがってさぁ。……あと一本、親指をくっつけた瞬間、緑谷出久は塵になる。わかるだろ? 猿女」

 玄麗は眉一つ動かさなかった。だが、脳内では生存確率と制圧までのコンマ数秒の計算が、火花を散らして回転し始める。

「……」

 死柄木は空いている左手で、自分の隣のスペースを無造作にバンバン、と叩いた。

「さぁ、座れよ。……立ち話ってガラじゃないだろ、俺もお前も」

 玄麗は数秒、その手元を見つめる。

 断れば緑谷の命はない。騒げば周囲の一般客が巻き込まれる。

 結論は、一秒で出た。

「いいよ。……話なら、座って聞こうか」

 玄麗は静かに腰を下ろした。死柄木の左隣。

 ベンチに置かれた玄麗の右掌が、死柄木の脇腹からわずか数センチの位置に「セット」される。

 ショッピングモールの喧騒が、まるで遠い世界の出来事のように、三人の周囲だけが真空の静寂に包まれた。

 

死柄木は左手を伸ばし、玄麗の細い首筋に四本の指を添えた。

 カサついた指先から、死の予感が肌に直接伝わってくる。

「……こいつ(緑谷)にも聞いてたとこなんだが、丁度いい。お前にも聞きてぇ」

 死柄木の顔が、玄麗のすぐ隣まで迫る。腐敗したような臭いと、湿った殺意。

「ステイン……あいつと俺、何が違うんだ? あいつも俺も、気に入らないものを壊して回ってるだろ。俺たちはUSJを襲撃し、保須に脳無を放った。……なのに、何でどいつもこいつも『ヒーロー殺し』ばかり見やがる……。何で俺の話題は、あいつに食われちまうんだ……?」

 死柄木の声には、子供が自分の玩具を自慢し損ねたような、純粋で歪な嫉妬が混じっていた。

緑谷は恐怖に震えながらも、必死にステインの「信念」について語り……その言葉をなぞるように、死柄木の中で何かが繋がっていく。

「……そうか、全部オールマイトだ」

喉の奥で嗤い、死柄木は晴れやかに破顔した。ようやく見つけた「答え」に法悦を感じるその横顔は、あまりにも無垢で、悍ましい。

 

だが、その狂乱の熱を、玄麗の冷徹な一言が切り裂いた。

 彼女は首元を掴まれながらも、冷徹な瞳で死柄木を横目に見据えた。

 

「アンタと、ヒーロー殺し……比べる価値もないね」

 死柄木の指先に、ピクリと力がこもる。

「あぁ?」

「緑谷は信念だのなんだの言っているが、その前の話だよ。……ステインは『表』で戦った。自分の顔を晒し、自らの言葉で理想を叫び、そして敗北した。だからこそ、その姿を見た大衆の記憶に深く刻まれたんだ」

 玄麗は淡々と、まるで法廷で事実を述べるかのように続けた。

「翻ってお前たちはどうだ。……USJでは霧に紛れて学校を襲い、保須では闇に紛れて怪物をばら撒いただけだそしてお前たち自身はどこぞで高みの見物でもしてたんだろ。やっていることはただの、陰に隠れた卑屈なテロリズム。お前たちは一度として、世間の白日の下に『自分たちの姿』を晒していない」

 ショッピングモールの喧騒を背に、玄麗の言葉が死柄木の耳元でナイフのように突き刺さる。

「表に出ていないものは、存在しないのと同じだ。……知られもしないお前たちが、ステインの注目度を超えられないのは、至極当然の理屈だよ。そんなことも分からないのかい」

 死柄木の呼吸が、一瞬止まった。

 狂気で塗り固められた彼の自尊心が、玄麗の放った「冷徹な正論」によって、無残に剥ぎ取られていく。

「……理屈……理屈だねぇ、お前……。ハハ、ハハハ……」

 死柄木の喉が鳴る。それは笑い声というよりは、沸騰した憎悪が漏れ出した音だった。

 

「……ああ、わかったよ。お前が何を言いたいのか、よぉく理解できた」

 死柄木の指先が、玄麗の喉仏に食い込む。カサついた皮膚の感触が、神経を逆なでする。

「理屈じゃねぇんだよ。……気に入らねぇ。お前も、お前のその理屈も、全部だ。……このまま親指をつけたらお前、塵になって死ぬんだぞ? ……今ここで、殺してやろうか?」

 死柄木の目が、獲物をいたぶる子供のような残酷な輝きを放つ。隣の緑谷が息を呑み、絶望に目を見開いたその時。

 玄麗は、動かなかった。

 ただ、ベンチに置いていた右手を、滑らせるように死柄木の脇腹へと添えた。

 服越しに伝わる、男の痩せ細った肋骨の感触。

「……その前に」

 玄麗の声は、驚くほど低く、そして澄んでいた。

「僕の『寸勁(すんけい)』で、君の胃袋を内側から破裂させてやろうか?」

 死柄木の動きが、凍りついたように止まる。

「……あぁ?」

「君が最後の一本の指を僕の首に密着させるのと、僕がこの数センチの距離を押し込むの……どっちが早いか、賭けてみるかい? ……言っておくが、僕の『打撃』は君の肺も、心臓も、纏めて粉砕するよ」

 玄麗の掌から、微かな、だが鋭い「震え」が死柄木の肉体に伝わる。それは恐怖の震えではない。いつでも衝撃を解き放てるよう、極限まで練り上げられた筋肉の「予備動作」だ。

 死柄木の頬が、引きつるように歪んだ。

 目の前のガキは、ブラフを言っているのではない。刺し違えてでも自分を殺す「術」と「覚悟」を、この掌に込めている。

 死の淵で、二人の視線が火花を散らす。

 ショッピングモールのBGMが、皮肉なほど明るく響いていた。

 

デクくん! 孫さん! 探し……あ、れ?」

 お茶子の明るい声が広場に響いた瞬間、死柄木の指先から、吸い付くような殺意がスッと消えた。

「……チッ。邪魔が入ったか」

 死柄木はゆっくりと立ち上がる。フードの影から覗く瞳が、最後に一度だけ玄麗の顔を正面から射抜いた。

「孫……だったな。お前の理屈、……ヘドが出る。次に会った時は、そのすまし顔を泣き叫ばせた後、顔からチリにしてやるよ。……あとの四肢は、その後にゆっくりだ」

 男は人混みの中に溶け込むように歩き出し、数歩進んだところで振り返りもせずに手を振った。

「じゃあな。……せいぜい、次の『舞台』を楽しめよ」

 死柄木の姿が完全にエスカレーターの向こうへ消えると、緑谷はその場にへなへなと崩れ落ちた。

「……た、助かった……」

 激しく呼吸を乱す緑谷の横で、玄麗は何事もなかったかのように立ち上がり、自分の甚平の襟を無造作に整えた。そこへ、異変を察したお茶子が駆け寄ってくる。

「二人とも、どうしたん!? 今の人、知り合い……?」

「いや。……少し、道を聞かれただけだよ」

 玄麗は短く答え、足元の『中国古典365日』が入った袋を拾い上げる。その横顔があまりに平然としているので、緑谷は思わず震える声で尋ねた。

「……孫さん。さっきの、本当にできるの?」

「何がだい」

「……その、至近距離から発勁で、胃袋を……」

 玄麗は一瞬だけ足を止め、「あっあぁ」と困ったような曖昧な笑みを浮かべ

「緑谷、あの体勢からそこまでできないって、漫画じゃないんだから、せいぜい横隔膜筋刺激して十秒程度息をできなくするくらいだよ。」

 

「えっ……あ、そっか。……そうだよね、あはは……」

 緑谷が乾いた笑いを浮かべていた

 

死柄木は、まだ自分の指先に残る「熱」を嫌悪するように、左手を強く握りしめた。

 脳裏にこびりついて離れないのは、あの女の――孫玄麗の、一切の揺らぎがない瞳だ。

(……オールマイト。平和の象徴。このゴミ溜めみたいな社会のバグ……)

 彼はフードを深く被り直し、低く吐き捨てるように呟く。

(その次だ。……あいつだ。あの女が、最高に気に入らねぇ)

 緑谷出久は、まだ「対話」が成立する。自分の言葉に怯え、悩み、反応する。

 だが、あの女は違う。

 こちらの殺意を「システム論」で切り捨て、あまつさえ至近距離から「効率的な死」を突きつけ返してきた。

 あいつは、俺を「怪物」としてさえ見ていない。ただの「合理的でない欠陥品」として処理しようとした。

(……理屈、理屈、理屈。……次に会った時は、その理屈ごとグチャグチャに壊してやる)

 死柄木弔のリストに、新たな名前が刻まれた。

 

 オールマイトという巨大な標的のすぐ隣に。

 

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