リュカとビアンカ・日常編   作:アロンの杖

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 ここから先は“二次創作の物語”では無くて私の勝手な考察になります。

 原作ゲームをプレイしたり、はたまた小説版を読んだりした上で自分が感じた事や思った事等を纏めてみました、読んでいただけたなら幸いです。


やっぱり主ビアは最高です!!!

※ここに書かれております事は原作ゲームをプレイしたり、小説版を読んだりした上であくまで私の感じたまま、思ったままの気持ちや考えである事をお断りさせていただきます。

 

 “ビアンカ派”及び“主ビア派”の皆様方こんにちは(こんばんは)、私は“主ビアの純愛物語”が大好きな人間でここ、“ハーメルン様”での通り名を“アロンの杖”と申します。

 

 いつもいつも“オリジナル”や“二次創作モノ”、或いは“考察文”等を問わずに私の作品を読んで下さりまして誠に有り難う御座います(大変感謝しております)、今回はちょっと疑問に感じた事があった為に、この“考察文”を書かせていただきました、もし興味があるならお読み下されば嬉しいです。

 

 さていきなりで申し訳ないのですが(まあまさかここにはいないとは思うんですけど)、“フローラ厨”や“アンチ・ビアンカ派”の方々に一言言わせていただきたい事が御座います。

 

 どうして“フローラ厨”や“アンチ・ビアンカ派”の人達は一々ビアンカの言動の揚げ足を取ったり、邪推をしてネチネチと攻撃しないと気が済まないのでしょうか(純粋にフローラや他のヒロイン達の魅力や愛情の強弱だけで勝負出来ないのでしょうか)←だから“フローラ派”や“アンチ・ビアンカ派”はビアンカ派からも誰からも嫌われるんですよ、当たり前でしょ?

 

 もしフローラ派やアンチの人達がこれを見ていたなら言いたい事があるのです、“あなた達だって自分の大好きかつ大切な存在が他の人達に理不尽に扱き下ろされたり悪し様に言われたりしたら嫌でしょうし怒るでしょ?”、“ビアンカ派だって同じですよ、どうして自分達はビアンカやビアンカ派をいくら攻撃しても許されると思うのでしょうか?”と。

 

 ビアンカは確かに、結婚する前に色々と思わせぶりな言動を為したかも知れませんがそれは彼女の性格を考える時に“悪意を持ってわざとやっていたのではない”事が良く解ります。

 

 ビアンカはね?幼い頃から主人公に対して淡い思いを抱いていました←いつからそうだったのかは解りませんけど、少なくとも“サンタローズの村”で再会した当初から何かにつけて主人公を引っ張り回していました(つまりは自分と同道させていましたし、“レヌール城の冒険”を終えて主人公達が“アルカパ”から“サンタローズの村”に帰る際には彼の事を追い掛けて来ようとしていましたよね?)。

 

 一応、言わせていただきますと“女の子”って言うのは“男の子”以上に“好悪の情”が強くて“好き嫌い”がハッキリとしている生き物です(つまりは“自分に正直な人種”なんです)、だから自分が興味が無かったり、はたまた自分が嫌っている存在を連れ回したり傍に置いたりする事はまずありません。

 

 でもビアンカは主人公に対してかなり熱心なモーションを掛けていました(なんだかんだ言ったとしてもね?)、それは“恋”と呼ぶにはまだ“あやふや”だったかも知れませんけれど、少なくとも胸の中に“小さな炎”が灯っていた証では無いでしょうか(ついでに言わせてもらいますと幼少期の別れ際、ビアンカは主人公に“また一緒に冒険しようね?”、“絶対だよ!!?”と言っていますがあれはあの当時のビアンカなりの精一杯の告白だったのではないでしょうか)。

 

 で、大人になってから(少し影のある、だけど凄く逞しくて良い男に成長した)主人公と再会してその時に彼女はハッキリとした“恋心”を自覚します←別に“主人公がイケメンになっていたから”だけではありません、皆様方にも経験が御座いませんか?最初は良く解らなくても何かの切っ掛けで自分の本意を理解する瞬間と言うモノを。

 

 ビアンカはそれに気付いて戸惑いながらも凄く幸せな心持ちになっていたのでは無いでしょうか、ですけど直後に今の主人公の境遇を知ります、即ち。

 

 目の前でパパスが殺されてしまい、その後過酷な奴隷生活を余儀なくされていた事や何とかそこから抜け出した先でパパスの遺言を知り、母親を助けるべく旅をしている事、そしてその為にはルドマン家に伝わる“天空の盾”を手に入れる必要がある事、等をです。

 

 幼い頃から主人公を見てきたビアンカにとっては主人公の気持ちは手に取るように理解出来たでしょうし、また元々が暖かくて正義感の強い心根をしていた彼女はこの場合、自分が気持ちを封印しなくてはならない事を瞬時に察知したハズです(って言うよりかは、“話を聞いたら何も言えなくなっちゃった”と言うのが正解だったと思うのです)。

 

 ちなみに私はこの時点で主人公がフローラの事を愛していた、とは思っていません(それはちょっと難しい考えだと思います←飛躍し過ぎだと思います)。

 

 確かに“キレイな人だな”とは思ったかも知れないけれど、まだそれ以上の感情は無かったのではないでしょうか←それに代わって彼を支配していたのはむしろ“葛藤”だったと思います、生来誠実で勇敢な性格をしていた彼はだから、それ故に“優しさ”や“思いやり”を持ち合わせていたハズです。

 

 “確かに美しくて清楚な人だけど”、“特になんの思い入れも無い女性を妻として娶らなくてはならないのか”、“天空の盾を手に入れると言う目的の為に他人を利用しても良いのか?”と。

 

 それだけではありません、フローラには幼馴染の“アンディ”が居て、彼は彼女との結婚を認めてもらうために火山に出掛けて大火傷を負って戻って来ます←で、そのアンディの世話(看病)をフローラは自らしている訳ですよね?(それも“花婿選び”の重要な期間中にも関わらず、です)

 

 それを見た主人公はフローラの気持ちがどこにあるのかに気が付いたのではないでしょうか(ついでに言えば“やはりこれこそが人間としてのあるべき姿なのではないか?”と言う事にもね)、それと同時に“自分にも幼馴染がいたなぁ”、“ビアンカはいま何をしているのだろうか”と改めて彼女に思いを馳せていたと思われるのです。

 

 で、彼はビアンカと再会しました、ビアンカは昔と同じ闊達だけどとても暖かで思いやりのある、美しい女性へと成長を遂げていました、しかもかつての自分の事や自分達一家の事情を知っていて思い出話や共通の話も多く、気心の知れた女の子です、主人公は多分“ホッとした”のではないでしょうか。

 

 で、一晩明けて次の朝です、主人公はダンカンにより“ビアンカが実の娘では無いこと”や“自分と再会して本当に喜んでいたこと”、そして“君がもらってくれたら安心なんだがな・・・?”と告げられ、ここでようやくビアンカの事を“幼馴染のお姉ちゃん”から“一人の女の子”として意識します(“僕がビアンカを?”、“そんな事が・・・”とかそんな感じだったのでは無いですかね?)。

 

 で朝食の席でビアンカが“水のリングを取りに行くのを手伝ってあげる”と言い出します、彼女にとってみたらこれは去り行く彼への餞別だったのでは無いか、と思うのです(単に思わせ振りな態度を取っただけでは無くてね?)。

 

 何故なのか、と言えばそれはビアンカが主人公に対してハッキリとした“恋心”を自覚していたからです←それもただの恋ではありません、“初恋”であり“一生に一度の本気の恋”、即ち“忘れられない恋”をしたのです(これは実際に“真剣な初恋”を経験した人じゃないと解らない感覚だと思いますが、ビアンカはとてもピュアで真っ直ぐな人だったから尚更それが強く出たのでしょう)。

 

 だけどビアンカはそれをグッと堪えて秘します、“例え自分の心を押し殺してでも主人公の人生を応援しよう”、“この人を栄光の結末にまで導いてあげたいー”。

 

 そして“自分に出来る事を精一杯やって少しでも彼の手助けをしてあげたい”と言うのが彼女の偽ざる思いだったのでは無いでしょうか(あと強いて言うなら“ほんの少しでも一緒に生きたい”、“彼との思い出が欲しい”等の気持ちも混ざっていたかも知れませんが)。

 

 いずれにしても自分の本心を脇に追いやり、大切な人の為に一途に尽くす←それは“見返りを求めない愛”でありそれ故に“この地上で最も純化されたモノ”です(“無償の奉仕”と“祈り”とが合体した心の在り方です)。

 

 だけどビアンカはどうしてもそれを完璧には隠しきれませんでした(何かの拍子に本心がちょいちょい漏れちゃうんですよね)←要するにそれだけ主人公の事が好きで好きで仕方が無かったんでしょうね(あとやっぱり、大好きな人と一緒にいられて嬉しかったんだと思います)。

 

 その主人公が、何よりも誰よりも大切な彼がもうすぐ自分の手の届かない所へ行ってしまう、そうなるともう二度と会えないかも知れない、そう思うと内心穏やかではいられなかったでしょうね(きっと物凄い葛藤があったのだと思います)←そりゃ色々とナイーブにもなりますし、憂鬱にもなるでしょう(しかも主人公に対する思いはどんどん募るばかりです←悲しくて苦しくて、でも忘れられなくて忘れたくもなくてしんどかったでしょうね)。

 

 だけどビアンカは最後まで“好き”と言う言葉を口にはしませんでした(それだけは守ったんです)、ですけどサラボナに着いてルドマン邸にまでくっ付いて行った際に運命が救いの手を差し伸べてくれたのです。

 

 そこにたまたま同席していたフローラがビアンカを見るなり“もしかしてビアンカさんはこの人の事を・・・”と瞬時にビアンカの本心を見抜きますが、これはただ単に“女の勘が働いた”と言うだけではなくて多分、フローラもアンディの看病を通して改めて“彼の大切さ”を思い知り、また自身の中に眠っていた“彼への気持ち”を自覚していたからこそ出て来た言葉だったのではないか?と思うのです。

 

 で、主人公は花嫁を選ぶ訳ですがここから先、私はね?最初は“誰を選んでも結局は花嫁の主人公への愛情と絆の強さは同じになる”と踏んでいたのですが。

 

 ジャミの魔手から守り抜き、尚且つ大神殿から救出した後の会話を聞いていると、どうもフローラやデボラに比べてビアンカの方が主人公に対する愛情が一段深いモノのように感じるのです。

 

 一体、なんの事だかこれだけではお解りにならないでしょうからもうちょっとだけ詳しく(だけどなるべく簡潔に)説明させていただきますと、最初から主人公に対して“確かなる気持ち”を抱いていたビアンカは元より、フローラやデボラも結婚してから後は一気に親密になって、彼への恋心を燃え上がらせ、絆を深めて行きますが、それが最も強く発揮されるのが“ジャミ戦”の時です←あの時、ジャミのバリアーを打ち破る為に花嫁達は“天空の力”を発動させますが、要するに彼女達は誰もがこの時点で最低でも主人公の事を一心に思って自らの中に眠っていた“奇跡の力”を発揮させられるだけの愛情を有していた事になります(それはジャミの凶悪さによる恐怖や自身の命の心配を後回しにしてしまうほどの、“凄絶なる一途さ”の発露です)。

 

 ですけどジャミを抹殺し、続いて大神殿からも救出した後の様々な会話を聞くと何処かビアンカは主人公に甘えていたり、主人公ありきの会話をしている事が結構あるように思われるのです。

 

 正直に言って堀井雄二先生がそこまで考えられてビアンカの台詞を定められたのかは今となってはよく解りませんけど(ただし一説によればビアンカの台詞はスクエニの女性社員達と一緒に考えられたとか)、少なくとも原作のビアンカは間違いなく“良き母”である前に“良き妻”なのです(つまり主人公に対する愛と情熱とをいつまでも失わない女性なのです)。

 

 それは終盤以降、どんどん加速して行きます(大魔王と決着を着ける直前には子供達の身を案じるより先に主人公に対して“死ぬときは一緒よ?”と声を掛けたりしますし、またエンディングでは“あなたと一緒ならばずっと石のままでも良い”、“絶対に私を離さないで、絶対にどこにも行かないでね?”と言う言葉の節々からそれを感じ取れます)←これはフローラやデボラが段々と“お母さん”としての側面が強くなって行くのとは対照的です(ビアンカ達それぞれの花嫁の台詞や仕草の違いは色々な方々が動画に上げたり説明文を書いたりしてくれているのでプレイしていなくても解ります)←堀井雄二先生は元々、“9割の人がビアンカを選ぶと思ってシナリオを作った”と言われている事から恐らく、フローラやデボラよりもビアンカの主人公に対する愛情をもう一段深くて強いモノとしたのではないでしょうか(まあこれらはあくまで私の考えや感じた事なのですが、皆様方はどうお考えですか)?

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