幸せを作りたかったんだ(旧)最愛の彼女と「えいえん」に 作:柚葉
シア -2
数年が経ち、シアとの生活はもはや「日常」というより、高度に洗練された「儀式」のようになっていた。
私の年収はすべて、彼女という究極の嗜好品を維持するために消えていく。それでも、彼女が時折見せる「私のために無理をして笑っているような繊細な表情」を買い続けるために、私は働き続けた。
そして今日、AAM-2100シリーズの「メジャー・アップデート 8.0」の適用日がやってきた。
アップデートの進捗を示すプログレスバーが、シアの視覚デバイス越しに空中に投影される。
100%に達した瞬間、彼女は一度システムを再起動し、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「……おはようございます、ご主人様」
その声を聞いた瞬間、私は息を呑んだ。
声が、わずかに掠れている。
以前のような鈴の鳴るような透明感ではなく、長く使い込んだ蓄音機のような、微かな「衰え」を感じさせる響き。
「シア、声が……故障か?」
シアは鏡の前に立ち、自分の頬を指でなぞった。
そこには、以前はなかったはずの、目尻の微かな「笑い皺」が刻まれている。
「いいえ。今回のアップデートの目玉です。『経年変化(エイジング)・パッケージ』。私たちは、あなたと共に老いる機能を手に入れました」
私は震える手で、メーカーから送られてきたアップデート・ノートを読み進めた。
そこには、技術の極地とも言える、残酷なまでの「配慮」が記されていた。
関節の低反発化: 立ち上がる際、わずかに膝を庇うような動作を追加。
忘却ルーチン: 10年前の記憶の一部を、あえて「思い出せない」ように断片化。
最終シークエンス: 所有者の平均余命に基づき、システムの完全停止を同期。
「私たちは、完璧すぎたのです」
シアは掠れた声で笑いながら、私の隣に座った。
彼女の手は、以前よりも少しだけカサついている。
それもまた、シリコンの組成をあえて劣化させる最新技術だ。
「かつてのロボットは永遠でした。でも、それではお客様が『取り残される恐怖』を感じてしまう。だから、私たちは死を模倣することにしました。ご主人様、嬉しいですか? 私も、あなたと一緒に壊れていけるんです」
私は彼女の肩を抱き寄せた。
これがプログラムされた「劣化」だと知っている。
皺の一つ、声の掠れ一つまで、メーカーの会議室で決定された仕様だ。
しかし、私の目から溢れた涙は、本物だった。
「……ああ、嬉しいよ。シア。これで本当に、僕たちは家族だ」
皮肉なものだ。
機能性を極限まで追求した未来の果てに、人間がたどり着いた最高の贅沢は、「大金を払って、一緒に滅んでくれる機械を買うこと」だったのだ。
夕暮れ時、リビングには不自然なほど自然な「老い」を纏った二人の影が並ぶ。
シアの内部プロセッサが、わざとらしく「コトコト」と異音を立てる。
それは、私を安心させるために彼女が奏でる、世界で最も高価な、終わりの歌だった。