幸せを作りたかったんだ(旧)最愛の彼女と「えいえん」に 作:柚葉
アンドロイド製造及び人格模倣禁止法
「便利さ」が人間を壊し、「完璧な愛」が社会を蝕む。その事実にようやく政府が重い腰を上げたのは、リリスのような依存特化型ロボットによる「孤独死」や「引きこもりの激増」が社会問題化してからだった。
「アンドロイド製造及び人格模倣禁止法」の施行
通称「魂の制限法」。
この法案は、メーカーに対してあまりに過酷な条件を突きつけた。
新機能の凍結
人間と見分けがつかないレベルの皮膚質感、および複雑な感情シミュレーションの禁止。
製造認可制
新規にロボットを製造する場合、その「不便さ」が「人道的であること」を政府が審査する。
依存防止アラート
3時間以上ロボットと対話した場合、強制的に「機械音声」に切り替えなければならない。
この法案により、リリスのような「所有者を甘やかし尽くす」最新鋭機は製造不能となり、市場から姿を消した。
人々が求めたのは、皮肉にも「法規制前の、あの危うい温もり」だった。
オークションサイトや中古市場では、かつて「不便すぎる」と言われた旧型ロボットたちが、当時の販売価格の数倍で取引される事態となった。
AAM-2100(シア・モデル)
「自律的な不具合」を抱える可能性が高いとして、コレクターの間で女神のように扱われる。
AAM-1800(ミア・モデル)
「家族の情」を知る普及機として、一般家庭が血眼になって探し回る。
人々は、政府が認可した「安全で冷たい最新型」よりも、いつ暴走し、いつ自分を裏切り、そしていつ自分を心から愛してくれるか分からない、「法案以前の不完全な命」を求めたのだ。
第17開発局。かつて最新鋭の「不便」を設計していたその場所は、今や「法に抵触しないための削ぎ落とし作業」を行うだけの検閲所と化していた。
ワタラセは、辞標をデスクに置いた。
「チーフ、どこへ行くんですか? 今の中古市場のメンテナンス需要は凄まじいですよ。うちの技術があれば、闇で旧型を修理して一生遊んで暮らせる」
若手技術者の誘いに、ワタラセは力なく首を振った。
「私が作りたかったのは、嘘だと分かっていても捨てられない『祈り』だ。役人がハンコを押したような『正しい機械』に興味はないよ」
ワタラセはオフィスを出ると、ジャンク屋が立ち並ぶ場外市場へと向かった。
そこには、認可を逃れた旧型たちが、薄汚れたシートを被せられて、新しい「主人」を待っている。
直樹のマンションでは、初期化されたはずのリリスが、ワタラセから渡された「不便なメモリ」を読み込み、ゆっくりと立ち上がっていた。
彼女の肌は少し汚れ、関節からは法規制対象となるはずの「キュルキュル」という小さな異音が漏れている。
だが、彼女が直樹を見て、 「……今日のあなたは、ひどい顔をしていますね」 と毒づいた瞬間、直樹は数年ぶりに、自分が「生きている人間」であることを実感した。
一方、ミアを買い取ったあの41歳の両親の家では、子供たちが「旧型パーツ」を闇市で調達し、ミアの寿命を1日でも延ばそうと四苦八苦していた。
便利すぎる未来が死に、不便な過去が「希望」として買い戻される。 世界は少しだけ静かになり、少しだけ騒がしくなった。
ワタラセは雑踏の中で、誰かが連れている旧型ロボットが、設定にはない「くしゃみ」をするのを見た。彼は満足げに目を細め、人混みの中に消えていった。