指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった 作:麦果
──とある初夏の日。
月明かりに照らされた海を眺めながら、俺は一人、どこかそわそわと緊張した面持ちで人を待っていた。
今宵は名月。
夜の海。月光を反射して揺れる波打ち際。
シチュエーションとしては、これ以上ないほどに完璧だ。
「─────」
やがて深く息を吐いて、高鳴る鼓動を抑えつつ覚悟を決める。
──俺は今日、一人の女性に愛を告げる。
初めて会ったときから、俺は彼女に惹かれていた。
そしてこの母港で同じ時を共に過ごしていく中で、その想いはどんどん膨らんでいって、いつしかこの人生を懸けて彼女を幸せにしたいと思うようになった。
強く気高い信念を持ちながら、けれどもどこか危なっかしくて放っておけない。
いつもクールだけれど、ふとした時に見せる笑顔が何よりも眩しくて、輝いていて、そして可憐だった。
俺はそんな彼女を心の底から
どうしようもないほど、強く惹かれているのだ。
「………………」
ポケットの中にある、未だ誰のモノでもない銀色の指輪が入ったケースをぎゅっと握りしめた。
今日この日の為に用意した、彼女への愛を誓うためのその証。
──舞台は完全に整った。
後は……。
「……頼むぞ、“明石”」
明石というのは少し変わり者な工作艦の名だ。
この指輪を入手する際、俺は彼女に伝言を頼んだ。
この日、この場所に彼女、“加賀”を連れてきてほしい、と。
そう。加賀。
俺が想いを寄せているのは、俺が指揮官としてこの母港に着任した当初から、ずっと側で俺を支えてくれた彼女、正規空母『加賀』だ。
俺は今日、加賀に告白する。
ああ、くそっ、せっかく落ち着いてきたのに加賀の顔を思い浮かべたらまた緊張してきやがった……。
と。俺が緊張を少しでもほぐそうと再び深呼吸をしようとした、その時──。
「……待たせたな」
不意に、凛とした声音がその場に響いた。
反射的に声がした方へ顔を向けると、そこには、待ち焦がれていた人物の姿があった。
「──この私をこんな場所へ呼び出すとは、いったい何用だ?」
涼やかな目元と、潮風に靡いて揺れる、流れるように綺麗な銀色の髪。
人目を惹く華やかさのある顔立ちは凛々しくもありながら確かな可憐さを持っていて、まるで完成された一つの芸術ように美しい。
どうやら湯上がりしたばかりのようで、その衣装は艦としてのいつもの戦装束ではなく、簡素な生地の青い浴衣姿だった。
ほんのり上気した頬にしっとりと髪が張り付いていて、なんとも言えない妖艶さが滲み出ている。
そんな彼女に、俺は暫し、時を忘れて見惚れてしまい、少しの間を置いて彼女の問いに応じた。
「まずは急に呼び出してしまってすまなかった。そして、来てくれてありがとう、加賀」
「……? なんだ、いつものお前らしくもない。何をそんなに改まっ──、──ッ……!」
と。
そこまで言ってどうやら彼女も何かを察したらしい。
急に目を見開いて頬を赤く染めたかと思うと、それきり黙りこくってしまった。
それを見て、俺は言葉を続ける。
「今日ここに来て貰ったのは他でもない。俺は、君にどうしても伝えたいことがある。それは──」
「ま、待て……! 少し心の準備をさせろ……! ──すぅー……はぁー……」
俺の言葉を途中で遮った加賀は大きく深呼吸をして息を整えた。
やがて、心の準備とやらもできたのか「よし、いいぞ……」と続きを述べるお許しを得る。
俺は意を決して彼女に告げた。
「──加賀。俺は君が好きだ、愛してる。だから……俺とケッコンしてくれないか……?」
「……っ!」
──遂に告げてしまった。
これでもう後戻りはできない。
だが後悔は無い。
プロポーズの言葉はあれこれ色々考えたが、直前になって全て吹き飛んで、結局ストレートでシンプルな言葉しか出てこなかった。
それでも俺はたしかに自分の想いを告げた。
たとえどんな返しが来ようとも、俺はどちらとも受け入れよう。
覚悟を決めた瞳で彼女をまっすぐに見つめる。
そんな俺に、彼女は──。
「……全てを託せる相手に背中を預け、後顧の憂いなく戦う……。これこそ私の夢見てきたこと、私の願いだ。──そ……、その相手がお前というのなら……ふん、願ってもないことだな」
少し恥じらうような仕草で、後半は僅かに視線を逸らしながら、けれども確かな意志の込もった言葉で応じてくれた。
「あの……それって、つまり……」
「だ、だから! 受けてやるといっているのだ! ほら、早く指輪を嵌めるがいい……!」
「……加賀。──ありがとう」
「ふん……」
──そうして。
俺の一世一代の大告白は、無事に大成功を迎えたのだった。
★★★★★
その日の深夜。指揮官室の寝室の布団の上。
「……そ、その……。本当にここで……、する、のか……?」
「もしかして、こわい……?」
「いや、そんなことはない。私に恐れるものなどない……。だが、こういうことはもっと……、段階を踏んで、だな……」
「悪いけど、俺……、もう我慢できそうにないから」
「っ……!」
きっと相当恥ずかしいのだろう。
普段のクールな振る舞いからは想像できないほど、耳まで顔を真っ赤にさせている加賀に、俺はそっと口づけを交わした。
そして。
「──必ず幸せにする」
「……ああ。私も……、お前の気持ちに、精一杯応えてみせよう」
そのまま俺達は身体を重ねた。
互いを貪るように、とても激しく、情熱的に。
この日のことを、俺はきっと生涯忘れることはないだろう──。
★★★★★
……という事実を翌朝、隣で眠る加賀の顔を見て思い出した。
すやすやと寝息を立て、心地よさそうに眠っている妻──そんな彼女が愛おしくて、俺はその髪をそっと優しく撫でる。
……それにしても。
「遂に卒業してしまったな……」
具体的に何をとは言わないが、その色々と。
だが、世界一愛しい彼女と初夜を迎えられたことはきっと何よりも幸福な事であっただろう。
これからは、二人で一人。
良き伴侶として俺が彼女を誠心誠意支え、その笑顔を守っていかなければならないのだ。
そうと決まれば気を引き締め、今日からはまた更に指揮官として艦隊運営に尽力しよう。
いつか彼女と戦いのない平和な国で暮らせるように。
なんとしても海の平和を勝ち取るのだ。
……って、そういえば、今……何時だったっけ……?
目覚ましも付けずぐっすりと眠ってしまったから、正確な時間がわからない、が……。
なんとなくいつも起きる時間より日が高くなっているような……。
「─────」
そう思って俺は急いで時計で時刻を確認し、その瞬間、愕然と目を見開く。
「ああぁぁぁ──!! しまった、やらかした!」
時計の針は既に正午を回っていた。
……完全に遅刻である。
た、たしか今日の秘書官は……。
「──ようやくお目覚めですか、誇らしきご主人様?」
「……オー、シリアス」
「はい。あなた様の忠実なメイド。“シリアス”でございます。……ところで、昨晩は随分とその、
ニコり、という本日の秘書官からの爽やかなモーニングスマイル。
……いや黒いです黒い、笑顔がドス黒くなってますよシリアスさん。
……というかこいつ、まさか俺が目を覚ますまで朝からずっとそこで正座して待機していたのか? 枕元で……?
怖ぇー……。
「これはどういうことか、きちんと説明していただけますね……?」
「ハ、ハイ……」
「……むにゃ。ふふっ、しきかん……♡」
……と。
滝のような冷や汗を流す俺をよそに、未だ夢の中にいる様子の加賀は何とも幸せそうな顔でぼそりとそんな寝言を漏らしたのだった。
★★★★★
──しばらくして。
母港、指揮官室。
「つまり、ご主人様は昨晩、加賀様にプロポーズをして見事成功したのち、そのまま一晩を共にした、と。そういうことでしょうか?」
「ああ、うん……。そうそう」
「そして時を忘れて濃厚な行為に及び、気づけば昼になってしまっていた、と」
「ハイ、ソノトオリデス……」
「フフ、ご主人様?」
「ハッ、ハイ!」
顔は笑顔だが、明らかに怒っている様子のシリアスにぐっと詰め寄られ、俺はタジタジになりながら返事をする。
いまこの場にいるのは俺とシリアスの二人のみ。
加賀は起こそうとしても全く起きる気配が無かったので、仕方ないから書き置きだけを残してそのまま俺の部屋に寝かせたままにしている。
もうしばらくすれば自然と起きてくるだろう。
と。シリアスに詰め寄られながらそんなことを考えていると──。
「──おめでとうございます!」
「へ……?」
唐突に祝福されて戸惑う俺。
つい間の抜けた声なんか上げてしまった。
「ですから、ご結婚おめでとうございます。これはとてもおめでたいことです」
「え、いや……、シリアスは怒ってたんじゃ……」
「はい。たしかにシリアスは怒っていました。いつまで経ってもご出勤なさらないご主人様のことを、もしや急病か何かで倒れているのでは!? と心配になり、急いでお部屋まで足を運んでみれば、まさか隣に女性を侍らせたまますやすや気持ちよさそうに寝息を立てているとは思いませんでしたから。そのあまりにも暢気な寝顔を見たときは本当に怒りがこみ上げてきましたとも」
「ハ、ハハ……」
「ですが、それはそれとして、ご主人様が晴れてごケッコンなさったことは何よりも祝福されるべきことです。お二人で住居を構える際は、是非このシリアスもメイドとしてお供させていただきます」
「いや困るんだが」
「ぜひお供させていただきます」
「だから困るって……」
「ぜひお供させていただ──」
「え!? なにこれ無限ループ!? ドラ○エ!?」
どうやら彼女にとって『いいえ』という選択肢は
つまり。
わたしを おしろまで つれてかえってくれますね?
──いいえ。
そんな、ひどい……。
わたしを おしろまで つれてかえってくれますね?(威圧)
みたいなアレだ。
シリアス姫ェ……。
「……ですが、この事実は当分の間、伏せておいたほうがよろしいかと存じます、誇らしきご主人様」
「……どういうことだ?」
「シリアスは聞き分けが良いので素直にお二人の仲を祝福できるのですが、けれど、この母港の中にはそんなお二人の仲を快く思わない方も大量にいらっしゃると思うのです」
「大量なんだ!?」
「はい。特に重桜の方々や……鉄血やユニオンの一部の方……、それに我々ロイヤルメイド隊やその他陣営にも……」
「それって全陣営って意味だよな? 全然絞れてないよな?」
というかコイツ、さりげなく自分も押し売りしてきたくせにその事に関しては完全に棚に上げてやがる。
なんてメイドだ。
卑しい、さすが
「要注意人物は赤城様や大鳳様、それに隼鷹様に愛宕様に鈴谷様にエンタープライズ様にベルファスト様に──」
「多い多い! 分かった、分かったから! この事は今は皆には内緒にしておいて、時が来たら話すことにするよ」
「はい。それが懸命な判断であると存じます。──ふふ。ご主人様とシリアス。二人だけの秘密でございますね」
「加賀も含めたら一応三人だけどな……」
──と。
シリアスと二人で話し合った結果、しばらくは俺と加賀がケッコンしたという事実は伏せる事になった。
後で明石にでも頼んで指輪を視認できなくさせるご都合主義まっしぐらの光学迷彩装置でも作って貰わなくては。
でないと加賀の身の安全が心配だ。
特に加賀が所属している重桜は修羅の巣窟だからなぁ……。
重桜のヤベーやつらとはよく言ったものである。
まあ、他の陣営に目を向けるともっとヤベーやつらがチラホラ居たりするのだが……それは今は考えない事にしよう。
というか加賀だけでなく俺の身も危ない気がする……どうにかそっちの対策も練らないとな……。
「とりあえず、加賀にもちゃんと話しておくか」
「そうですね。彼女はそろそろ起きられたでしょうか。少し様子を見に行って参ります」
「ああ、よろしく頼む。俺はとりあえず、遅れた分の仕事を急いで片付けるよ」
シリアスがペコリと優雅に一礼をして執務室を出て行った。
俺はそんな彼女の背中を見送りつつ、積み上がった書類の山を見てげんなりと背中を丸めつつ溜め息を漏らすのだった。
──それから数分後。
「──指揮官、入るぞ」
小刻みなノックの音と共にそんな声がかけられたかと思うと、執務室の扉がガチャリという音を立てて開かれた。
声の主は間違いなく加賀。
一応、加賀と似た声の艦は他に何人かいるのだが、さすがに昨日の今日で彼女の声を聞き間違えたりはしない。
「ふん。今日はどうやら遅いお目覚めだったようだな、指揮官?」
「うふふ。おはようございます、指揮官様。といっても、もう昼ですけれど」
部屋の中へと入ってきた顔を見ると、やはり声の主は予想通り加賀だった。
だが加賀一人ではなく、彼女の実質的な姉妹艦である“赤城”も一緒だった。
……ん? あれ、だが加賀がここにいるということはシリアスはどこに行ったんだ?
呼びに行ったにしては早すぎるし、もしや入れ違いだろうか。
だがちょうどいい。赤城が傍にいるのが厄介だが、とりあえず耳打ちでさっき決めたことを伝えよう。
俺は二人に軽く挨拶して立ち上がると、まっすぐに加賀のすぐ傍まで歩み寄って、コソッと耳打ちした。
……おいやめろ赤城。そんな漆黒の眼差しを向けてくるんじゃない。……ひぃん、お願いだからハイライトさん少しは仕事して。
「……なぁ加賀。悪いんだが、
と、俺がそう告げると、加賀は「はぁ?」と、まるで何を言っているのか分からない、というような怪訝な表情を浮かべた。
そして。
「──
──と、よく分からないことを言ってきた。
「……は?」
思わずポカンと口を開ける俺。
……何を言ってるんだ、こいつは?
だって加賀は昨日の夜から今朝までずっと俺と一緒に……。
「なぁ、赤城……。確認だが、お前、昨日の夜何してた?」
「? 加賀や重桜の他の皆とお酒を飲んでおりましたが……、それが?」
「そ、そうか……」
そうして俺は、チラリ、と加賀の手元に視線を落とし、指輪の有無を確認する。
──無い……。
昨日俺が直接指に嵌めた筈の誓いの指輪が存在していなかった。
ということは……、昨日のアレは、まさか夢……?
いやいや、そんな馬鹿な。
「どういうことだ……?」
……と。
俺が事態を呑み込めず、眉間に皺を寄せながら首を傾げていると。
ちょうどその時──。
「──おい指揮官、お前、私を置いてさっさと仕事へ向かうとはどういう了見だ!」
「え……加賀……?」
執務室の扉が急に勢いよく開かれたかと思うと、そこから見知った顔が飛び込んできた。
加賀。……彼女は間違いなく加賀だ。
そう。この母港には加賀の名を冠する艦は二人存在する。
一人は俺の想い人である、重桜一航戦の片翼、“空母加賀”。
そしてもう一人は──。
「“戦艦加賀”……」
「? なんだ突然、なぜ急に艦種名を付けて私を呼ぶ? ──ふん、まあいい。如何にも。私は加賀。戦艦・加賀だ。間違えるでないぞ」
──瞬間、時が止まった。
そんな錯覚をおぼえる。
揚々と名乗りを上げる彼女のその手元。
そこには、俺が指に嵌めているものと同じ、銀色の指輪が嵌められていた。
そうか……。そういうことだったのか。
いまこの瞬間、俺はようやく事態を呑み込めた。
つまり、俺が昨晩プロポーズしたのは俺の想い人である空母の加賀ではなく──。
……即ち、彼女。戦艦加賀のほうであったのだ。
ということは、これは俺の人違い、いや……。
──
……ぁぁ、嗚呼……。
いくら何でもプロポーズする相手を間違えるとか……。
最低すぎるだろ……俺……。