指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった   作:麦果

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第十話

 

 

 ──思えば、こうして彼女と面と向かってまともに言葉を交わすのはいつぶりだろうか。

 

 もしかしたら、初めての事かもしれない。

 

 自分も、そして彼女も今まで積極的に関わろうとはしなかった。

 

 ずっと互いに避けていたのだ。

 

 顔を合わせることはあっても言葉を交わすことは決して無かった。

 

 だからこれは、本当に珍しいことなのだ。

 

 

「─────」

 

 

 ──空母である我が身と、戦艦である彼女。

 

 艦種を別にしていながら、同一のリュウコツパターンで構成された同位体であり、同じ艦名を持つまさに生き写しとも呼べる存在。

 

 この“加賀”の、もう一つの可能性の姿。

 

 ……そして。

 

 その経緯はどうあれど、現時点において、彼女は指揮官からの寵愛を一身に受ける女でもある。

 

 白状するならば、自分はこの、もう一人の自分に対して酷く嫉妬の感情を覚えている。

 

 ……きっと、だからなのだろう。

 

 

「──愚かだな、貴様は」

 

 

 自然と、彼女に対する視線も、喉から出る言葉さえ、極端なぐらい冷ややかな物になってしまうのは。

 

 

「……なに? いきなり何だ、喧嘩を売っているのか貴様」

 

「さてな。だが仮にそうであったとして、もし買うつもりならばやめておけ。貴様ごときの練度では私には届かん」

 

「そんなことは無いッ! 戦えば勝つッ!」

 

「……いったいどこから来るのだその無駄な自信は」

 

 

 このもうひとりの自分はとても好戦的だ。

 

 純粋な強さを追い求め、ただ強者との闘争を望み、嬉々として戦場を駆け抜ける根っからの戦闘狂。

 

 まさしく、在りし日の自分そのものだ。

 

 

「……ふむ」

 

 

 と、そこで加賀(空母)は気づいた。

 

 加賀(戦艦)のその手に何やら小さな箱を(くる)んだような風呂敷包みが握られていることに。

 

 そして加賀(空母)は目を細め、加賀(戦艦)が手にする風呂敷包みにジッと視線を落としながら問う。

 

 

「それはもしや、“弁当”か?」

 

「だったら何だ」

 

「貴様が一人で食べるのか?」

 

「……そうだ」

 

「ほう、それにしては包みが二つあるように見えるのだがな」

 

「っ……! 二つとも私が食べるのだ! 余計な詮索はするな!」

 

「ふん、隠さずともよい。私は知っている(・・・・・・・)からな」

 

「なに……?」

 

 

 加賀(空母)の言葉を受け、加賀(空母)のことを睨む加賀(戦艦)の目付きがさらに鋭くなる。

 

 そんな加賀(戦艦)に対して加賀(空母)も真っ向から加賀(戦艦)を睨み返して加賀(空母)と加賀(空b戦艦)の間に険悪な空気が流れた。

 

 

「……どういうことだ」

 

「ククッ、その手に指輪を嵌めた気分はどうだ? シアワセか?」

 

「貴様……」

 

 

 嘲笑する加賀(空母)の言葉ですべてを察したのだろう。

 

 加賀(戦艦)の目付きが警戒から敵意へと変わる。

 

 しかし加賀(空母)は、それでも尚、冷ややかな態度を崩さない。

 

 

「まったく呆れ果てる。貴様の頭はどこまでおめでたいのだろうな。なあ、もう一人の私よ。貴様はおかしいとは思わなかったのか? なぜ指揮官が他の古参の艦船たちを差し置いて、貴様などに指輪を渡したのか。なぜ、他の誰でもなく大して付き合いも長くない貴様だったのか」

 

「決まっている。強き者は互いに惹かれ合うのが道理、アイツは私の強さに惚れたのだ!」

 

「違うな。それはあり得ぬことだ。もしそうだとすればエンタープライズの一人勝ちだろうからな」

 

「……何が言いたい?」

 

「まだわからぬか。ならばはっきりと言ってやろう。貴様があの男に選ばれた理由、それは──」

 

 

 そうして加賀(空母)はもう一人の自分に対して──。

 

 

「──ただの人違い(・・・)だ」

 

 

 ……と。

 

 遂にその、あまりにも残酷すぎる事実を告げてしまうのだった。

 

 

「な、に……」

 

 

 予想通り、唖然と固まる加賀(戦艦)。

 

 そんなもう一人の自分をほんの少しだけ不憫に思いながらも、加賀(空母)は淡々と語りかける。

 

 

「指揮官は元々、この私に惚れていたのだ。だが、何らかの手違いが起きたのだろう。あの男は私と貴様を間違えて告白してしまった。我らは外見だけなら寸分の狂いもなく同じだからな、ひどく不愉快ではあるが、間違えてしまうのも理解はできる。そして貴様はその勘違いのプロポーズを見事に真に受けてしまった、というわけだ」

 

 

 そこまで言って、加賀(空母)は目の前の彼女の反応を窺う。

 

 やはりショックを受けただろうか。

 

 きっと大いに落ち込んだことだろう、と、さすがに同情の念を抱く。

 

 だが、そんな加賀(戦艦)の反応は、加賀(空母)の予想を大きく裏切るものだった。

 

 

 

「──いや、そんな訳がなかろう。馬鹿かお前は」

 

 

 

「は……?」

 

 

 ──唖然。

 

 思わず固まる加賀(空母)。

 

 そんなもう一人の自分に、加賀(戦艦)は大きなため息を吐きながら呆れたような声で告げた。

 

 

「まったく、いきなり何を言ってきたかと思えば、なんともまあつまらん戯言を。少しは常識で物を言ったらどうだ。いかに顔が似ているからと、プロポーズの相手を間違えるような非常識な男がどこにいる。どこで嗅ぎ付けたのかは知らんが、いくら私と指揮官の関係が羨ましいからといって、まさかそのような貴様にばかり都合のいい法螺(ほら)話をこの私が信じるとでも思ったか?」

 

「い、いや待て、これは決して法螺話などでは──」

 

「──指揮官はそのような男ではない。これ以上我が伴侶を愚弄することは許さんぞ」

 

「っ……!?」

 

 

 そうして加賀(空母)は気付いた。

 

 おそらく彼女、戦艦の自分には何を言っても無駄であると。

 

 ケッコンによる親愛度値の上昇が為せる業か、どうやら彼女は指揮官のことをよほど信頼しているらしい。

 

 他人の言葉になど貸す耳も持っていないのだろう。

 

 そこにあるのは盲信にも似た深い情愛。

 

 ──そう。

 

 もはやこの女に言葉など通じないのだ。

 

 

「ふっ、私と指揮官の仲を引き裂けず残念だったな。──さあわかったなら大人しくそこを退()くがいい負け犬よ」

 

「………………」

 

「おい、退()けと言ったのが聞こえなかったのか? なぜ逆に両手を広げて道を阻もうとする」

 

「……るさい……」

 

「む……?」

 

 

 と、ボソリと言った加賀(空母)の言葉が聞き取れなかった様子の加賀(戦艦)が訝しげに眉根を寄せた。

 

 そして次の瞬間、加賀(空母)が凄まじい迫力を纏い、カッと目を見開きながら告げる──。

 

 

「うるさい!! 貴様などに指揮官を渡すものか!! 指揮官は私と姉様の共有財産なのだ、横から割り込んでくるでないわこの盗っ人め!! ここは絶対通さぬぞ、絶対にだ! 大人しく帰るがいい!!」

 

「なっ……!? 貴様、そんな子供の癇癪じゃあるまいし、何を……!!」

 

「ここを通りたくば、私を倒してから行けぃ!!」

 

「空母の私が壊れた!?」

 

 

 ──こうして。

 

 食堂入口前広場にて。

 

 空母と戦艦。二人の加賀による壮絶な指揮官争奪戦(カバディ)が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 重桜寮、食堂のとある一角にて。

 

 俺は現在、とても危機的な状況下に置かれていた。

 

 いったいどんな状況なのかというと──。

 

 

「あぁん、指揮官様ぁ……もっと大鳳に触ってぇ、抱き締めてぇ……?」

 

 

 ──大鳳。

 

 

「はぁはぁ、もうダメ、お姉さんもう我慢できないの……! ねぇ、お姉さんのモノになりなさい指揮官! もうお姉さんの言葉だけを聞いて他のことは何も考えなくてもいいの! お姉さん、何でもしてあげるから……!!♡♡」

 

 

 ──愛宕。

 

 

「……ぁっ、あぅ……! やだ、なんか疼いちゃうじゃない……! ねぇ指揮官、この後のコト……わかってますよね? 大丈夫、私に任せてください。鈴谷が指揮官のこと、ちゃんと“良く”して差し上げますから♡」

 

 

 ──鈴谷。

 

 

「赤城と指揮官様は結ばれる運命なのよ……。指揮官様の胸の中、指揮官様の笑顔、指揮官様の匂い、全部ぜーんぶ赤城のモノよ……? ふふ、ふふふ、うふふふふふふ……」

 

 

 ──赤城。

 

 

「思い出して、オサナナジミ! 指揮官は“赤ちゃんの頃から”ずっと隼鷹の母乳を吸って育ったのよ!? 指揮官は私が育てたの! 思い出して!!」

 

 

 ──隼鷹。

 

 

 ……と。

 

 重桜の筆頭ヤンデレ艦船五人衆に取り囲まれ、まったく身動きが取れない状態のまま、俺はただただ彼女たちにそれぞれ重すぎる愛の言葉を囁かれ続けていた。

 

 ……控えめに言って頭がおかしくなりそうだった。

 

 

「おおっ、なんか修羅場ってるにゃ〜。ま、強く生きろにゃ、指揮官」

 

 

 途中通りすがりの緑ネコに何か言われた気がするが、それはほんの一瞬のことだったのでよく聞き取れなかった。

 

 それよりも今優先すべきはどうやってこの現状を切り抜けるかだ。

 

 必死に止めた甲斐あって乱闘騒ぎは収まったものの、今度は五人同時に一斉にアピール合戦が始まってしまった。

 

 そもそも俺昼飯もまだ食ってないんだけど……。

 

 と。

 

 俺の精神的な疲労がそろそろ限界を迎えようとしていた、その時だった──。

 

 

「ふ……ふふ……見つけたぞ、指揮官。ここに居たのか……」

 

 

 不意に背後から聞こえてくる弱々しい声音。

 

 次いで──。

 

 

「──邪魔だ、どけ」

 

「へ……?」

 

 

 ──ドゴオオオンッッ!!

 

 瞬間、俺の背後で凄まじい轟音と共に大地が抉れ、見れば大鳳の顔面が一瞬にして地面にめり込んでいた。

 

 ……ほぇ……?

 

 

「大鳳さんんんんッ!?」

 

 

 目の前で起きた惨劇を見て、大鳳のすぐ真横にいた鈴谷が絶叫した。

 

 それは大鳳のことを心配してというよりは、次は自分の番ではないかという恐怖の叫びであるように感じられた。

 

 

「……………………」

 

 

 そして、大鳳の後頭部を鷲掴みにしながら膝を折る、恐怖の象徴たる存在がゆっくりと立ち上がる。

 

 重心が定まらないようにゆらりと揺らめくように立ち上がるその姿は、身長の高さも相まってさながら幽鬼かなにかのようだった。

 

 

「……エンタープライズ、抜錨ッ!!」

 

 

 カッ、と目を見開きながら名乗りをあげるエンタープライズ。

 

 あまりにも唐突な登場だった。

 

 そして例のごとく彼女の瞳は既に金色に染まっていた。いわゆる激おこモードである。

 

 

「……が、がはっ……なんで大鳳ばかりいつもこんな目に……」

 

「なんとなく近くにいたからだ」

 

「理不尽っ!!」

 

 

 倒れ付す大鳳が悲痛な声で叫ぶ。

 

 あれだけ派手に地面に叩きつけられながら、その顔には傷一つ付いていなかった。

 

 さすがは装甲空母。

 

 その頑丈さは折り紙つきである。

 

 ただし明らかなオーバーダメージを負っているのでしばらくは動けないだろう。

 

 高練度の装甲空母を艤装も無しに物理攻撃だけで一撃ノックアウトさせるとは、エンタープライズも相変わらずの規格外さである。

 

 しかし……。

 

 

「えっと……なあエンタープライズ。お前、その格好はどうしたんだ……?」

 

 

 見れば、エンタープライズはなぜか衣装がとても乱れていた。それに加え、身体のあちこちに無数のキスマークらしき痕まで付いている。

 

 ……いったい何があったのだろうか。

 

 

「……気にしないでくれ。ユニオンには色々あるんだ……」

 

 

 エンタープライズがまるで何かに怯えるように身体を震わせながら答えた。

 

 ……いや、ユニオンの闇深すぎない……?

 

 

「……それよりも、どうやら困っているようだな指揮官。無理もない。気もない女どもにこれだけ執拗に迫られれば反吐が出るほど不快な筈だからな。そうだろう、指揮官?」

 

「いや、別に不快という訳では──」

 

「そうか、やはり不快で仕方ないか。よし、待っていろ指揮官。すぐにこいつらを片付けて私があなたのことを救ってみせる。それが妻としての務めだからな」

 

「うん、ぜんぜん聞いてないなこれっ!」

 

 

 やはり暴走状態のエンタープライズには何を言っても無駄らしい。

 

 会話がまるで成り立たない。

 

 

「……ようやくホーネットたちから開放されたんだ……。──ついでに溜まった憂さも晴らさせて貰うぞ!!」

 

「いやそれただの八つ当たりじゃないですか!?」

 

「問答無用ッ──!!」

 

 

 そうして、食堂内は瞬く間に艦船たちの悲鳴に包まれた。

 

 懸命に応戦する赤城たちではあったが、エンタープライズの圧倒的な戦闘力の前では無力に等しい。

 

 鈴谷、愛宕、隼鷹と次々に同朋が瞬殺されていく中、さすがというべきか、赤城だけは見事に彼女の猛攻を()なし続け、なんとか渡り合っていた。

 

 

「……くっ、何なのよこの化け物は……!!」

 

「指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官──」

 

 

 あまりにも狂気めいたエンタープライズに赤城が煩わしげに舌打ちする。

 

 というか呆っと見てる場合じゃなかった。

 

 指揮官という立場上、俺には艦船たちの私闘を止める義務があるのだ。

 

 ……いや、でもさすがにこれに割り込もうとすれば余裕で死ぬな……。

 

 さて、どうするべきか……。

 

 

「──卿よ、こっちだ。裏口から出る、今の内に逃げるぞ……!」

 

「え……あっ、おい、ツェッペリン……!?」

 

 

 ……と。

 

 戦いに集中する二人の目を盗むように、不意にツェッペリンに手を引かれた俺はそのまま裏口から食堂を出る。

 

 そしてしばらく走って、追手が無いことを確認しつつ一息ついた。

 

 

「……危ないところだったな、卿。あのまま居座り続ければ、エンタープライズめ、何をしでかすかわからなかったぞ……」

 

「ああ、助かったよツェッペリン。……エンタープライズも、暴走状態じゃなければ割とまともなんだがなぁ……」

 

「エンタープライズだけではない。重桜には頭のおかしいやつが多過ぎる」

 

「うん、強く否定はできないな……」

 

 

 というか、あのまま放置してもよかったのだろうか……?

 

 最悪エンタープライズ単騎に重桜が壊滅させられる未来すら──いや、話に聞くところによると暴走状態のエンタープライズは燃量消費が極端に激しくなり、それが尽きればしばらく動けなくなるとの事だったのであまり心配しなくても良いだろう。

 

 先日エンタープライズに追いかけ回されたシリアスから震え混じりにそう告げられた。……相当怖かったらしい。

 

 

「しかし、このまま執務室に戻るのは危険かもしれんな。エンタープライズが言っていた、卿は常に危険と隣り合わせだ、という言葉の意味を今になってようやく実感した」

 

「だが、まだ今日付けの確認書類はかなりの量残ってるし、戻らない訳にもいかないだろ」

 

「ふむ……」

 

 

 俺が言葉を返すと、ツェッペリンは顎に手をやってじっと思考する素振りを見せる。

 

 そして僅かな逡巡のあと、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「ならば卿よ。鉄血に来るといい」

 

「? どういうことだ?」

 

「ああ、考えたのだがな。別に卿は、仕事さえ出来れば場所は中央棟の執務室でなくとも構わないのだろう? ならば卿のことは鉄血で保護しようと思ってな。今はちょうどビスマルクが本国に召還され出払っているので都合がいい。書類仕事なら彼女の仕事部屋を使うといい」

 

「……ふむ、なるほど。たしかに、そのほうが安全かもしれないが……」

 

「っ……! そうか、よし、ならばそうしよう。書類や仕事道具に関しては我が執務室へ取りに戻るから安心するといい。卿は先に鉄血寮へ向かってくれ。……いや、卿一人では危険か……。ならば鉄血寮までは我が護衛する。部屋の使用許可も、ティルピッツに事情を話せば問題ないだろう」

 

「ああ、わかった。……何から何まで悪いな」

 

「ふっ、気にするな。卿と我の仲ではないか」

 

 

 ──と、そうして俺はツェッペリンの案内のもと鉄血寮を訪れ、その片隅にある、鉄血の副代表、ティルピッツの部屋へと通された。

 

 

「──と、言う訳だ。しばらく卿のことは鉄血で保護する。構わないな、ティルピッツ?」

 

「ええ。もちろん、好きに使ってくれて構わないわ。……指揮官も大変ね」

 

 

 そう言って彼女、ビスマルク級戦艦二番艦“ティルピッツ”は、同情するような瞳で俺に笑いかける。

 

 仄かに水色がかった透き通るように綺麗な銀色の髪に、青い瞳が特徴的な彼女。

 

 多人数よりも一人、賑やかさよりも静寂を好むとてもクールな性格の持ち主だ。

 

 

「……では、我は執務室へ書類を取りに行かねばならんので、少し席を外す。その間、くれぐれも卿のことは頼んだ。他の者にも卿がここにいることは秘密にしておいてくれ」

 

「ええ。分かっているわ」

 

 

 ツェッペリンの言葉に短い返答で頷くティルピッツ。

 

 そしてツェッペリンが部屋を出て、暫し俺はティルピッツと二人きりになった。

 

 彼女もまた、鉄血の中ではかなり古参の部類に入るので付き合いは長く、二人きりであることに特に気まずさは感じない。

 

 ……だが、気のせいだろうか。

 

 

「………………」

 

 

 なぜか妙に、ティルピッツから視線を感じる。

 

 そういえば、ここへ来るまでの道中、ツェッペリンから聞いた話ではあるが、この部屋はティルピッツ専用の仕事部屋で、静寂を好む彼女の意思を反映し、内からも外からも完全な防音仕様で造られているらしい。

 

 ──って、なんで急にそんな情報が頭を過るのだろう……。

 

 

「──ねえ、指揮官」

 

「ん? なんだ?」

 

 

 ティルピッツから話しかけられ、反射的に彼女の目をまっすぐに見つめ返す俺。

 

 そんな俺に、彼女は──。

 

 

 

「──私のお願いを一つ、聞いてはくれないかしら?」

 

 

 

 ──と……。

 

 まるで腹の奥底に何かを抱えたような、ひどく妖しい笑みを浮かべながらそう言ってきたのだった。 

 

 

 

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