指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった 作:麦果
……寝ている加賀の様子を見に指揮官室へと訪れると、そこは既にもぬけの殻だった。
どうやらもう目覚めて部屋を出たらしい。
残念ながら入れ違いだったようだ。
しかし……。
「布団が敷きっぱなしではありませんか……」
おそらく指揮官に置いて行かれて相当焦っていたのだろう、とシリアスは呆れながら溜め息を一つ吐いた。
「仕方ありませんね。ここは誇らしきご主人様の忠実なメイドとして、このシリアスが布団を片付けて差し上げましょう」
そんな独り言を呟きながら、シリアスはそっと布団に手を触れた。
……まだ温かい。どうやら加賀が起きてからそう時間は経っていないらしい。
指揮官がいつも寝ている布団。
生温かいご主人様の布団。
ご主人様の温もりと匂いが染み付いた布団。
「ふっ」
知らず、笑みがこぼれた。
今なら誰も見ていない。
加賀というおまけ付きとはいえ、指揮官の匂いの染み付いた布団を堪能できるチャンスなど滅多に訪れない。
即ちこれは、千載一遇の好機。
──であれば、やることは一つ。
「えへっ、ご主人様ぁっ!」
──と、このメイド、何の躊躇もなく布団の中へと潜った。
……ああ、これがご主人様の匂いですか。なんだかとても不思議な香りです。
甘い匂いの中に鉄臭さと鼻を刺すような火薬臭い硝煙に似た香り──あれ……?
気のせいでしょうか、なんだか布団の中にとても大きくて柔らかくて温かい何かがあるような気が──。
「──ッ!!」
そこでシリアスはようやく気付いた。
この布団の中には実は既に先約が潜んでいた事に。
「あはぁ……ようこそ……♡」
──その瞬間、布団の中で。
煌々と滾る、紅蓮の瞳と目が合った。
「た、たたた、大鳳様──!?」
と、シリアスは恐怖で上擦った声を上げながら、慌てて布団から飛び起きた。
そして畳部屋の壁際まで
──モゾモゾ。モゾモゾ。
……布団の中で何かが蠢いている。
そして……。
「うふふ……。何もそんなに逃げなくとも良いではありませんか……」
と言いながら、うつ伏せの姿勢で、布団の中から這い出て来る人型の物体。
黒髪ツインテールに赤い瞳。
その者は、端正な顔を恍惚な笑みで歪ませながら。
「ねぇ……シリアスさん? 実は大鳳、昨晩からずっとこの部屋に居たのです。……昨日の夜から、今の今まで、ずっと……」
どこか焦点を失ったような瞳で、妙に艶めかしい猫撫で声を発する彼女。
重桜が誇る装甲空母にして、不死鳥の名を冠する艦船。
そして重度の──。
──“粘着ストーカー”──!!
「いったいどういうことなのでしょうね……。大鳳の愛する指揮官様が、大鳳以外の女と、あんなことを……。うふふ、ふふ……。おかしいですよねぇ? 何かの間違いですよねぇ? ……ねぇ?」
「……………っ」
シリアスは何も言葉を返せなかった。
というか恐怖で声が出なかった。
けれどそんなシリアスに構うことなく、目の前の動く狂気は、暗黒の瞳で彼女に問うた。
「──ねぇ、シリアスさんなら、なにか詳しい事情を知っているのではないですか?」
「ひっ……!!」
頭で考えるよりも先に身体が勝手に動いていた。
必死に足に力を込めて、砕けかけていた腰を奮い起こして全力の逃走を
……だが。
「──鈴谷さん」
「はーい。──ツ・カ・マ・エ・タ……♡」
「──っ!」
逃走しようとしたシリアスの行く手に立ち塞がるようにして突然姿を見せたのは、頭から鬼のような二本の角を生やした学生服風の衣装の少女。
艦名を──。
「──“鈴谷”様……!?」
「うふっ。こうして面と向かって話すのは初めてですよね、シリアスさん。大丈夫です、そんなに怯えないでください。鈴谷たちはただ、話を聞きたいだけです」
──重巡、鈴谷。
彼女もまた、大鳳や赤城たちと同じく、いわゆる“重桜のヤベーやつ”と認定を受けし者。
──その性質は……。
「……シ、シリアスは誇らしきご主人様の忠実なメイドです……! たとえどのような乱暴を受けようと、決して口を割るつもりはございません……!」
「あはっ。乱暴だなんて、そんな酷いことしませんよ? ただ、ちょっと……」
──性質は……。
「──とっても
──“淫乱サキュバス”──!!
「くっ……!!」
シリアスは呻きながらも、それでもその目はまだ死んでいなかった。
決して捕まる訳にはいかない。
忠実なるメイドとして、指揮官との約束は絶対に守り通す──!
「きゃっ!?」
シリアスは眼前の鈴谷を艦船としてのフルパワーをもって強引に押し退けて出口に走った。
この部屋から出れば後はこちらのもの。
機動力であれば軽巡であるシリアスの方が上なのだから、いくらでも逃げ切れる。
シリアスは走った。
あと少し……。
出口まで、あと、一歩──!
「──はい、残念♡ ここは通れないわよ、シリアスちゃん?」
「…………愛宕、様……」
出口の扉を開けると、そこは既に彼女によって封鎖されていた。
純白の軍服を纏った、たおやかな女性。
その艦名は、“愛宕”。
別名──。
──“姉”──!!
そして、そんな彼女の登場をもって、シリアスはその顔を戦慄に歪ませながら、茫然と呟く。
「……重桜の、愛人BIG3」
──大鳳、鈴谷、愛宕。
彼女たち三人は、周囲から影でそのように呼ばれていた。
理由は三人ともどう見ても愛人顔だからである。
そしてそんな彼女たち三人に囲まれたシリアスは今や完全に袋の鼠、蛇に睨まれた蛙。
もうどこにも逃げ場などありはしなかった。
……絶望である。
「では、シリアスさん……?」
「四人で仲良く……」
「たっくさんお話しましょうね……? もちろん──」
「「「──カ・ラ・ダ・で……♡」」」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
──その日、指揮官室にて。
一人の忠実なメイドによる、絶叫にも似た凄まじい嬌声が鳴り響いた。
★★★★★
──一方その頃。
「……頼む加賀! 俺たち二人の関係は、他の皆には絶対に言わないでくれ!」
「……は?」
俺は執務室から戦艦のほうの加賀を一人連れ出して、
そんな俺に、加賀はキョトンとした眼差しを向けて言葉を返す。
「無論、進んでベラベラと話すつもりは毛頭ないが、なぜだ? 別に隠す必要はあるまい」
「ああ、周りがみんな普通なら、な……。だけどほら、この母港は普通じゃないから……。頭のネジがブッ飛んだ連中ばっかだから……」
そう言って俺は、先程シリアスと話し合った内容も踏まえ、加賀に詳しく事情を説明した。
「……なるほど。つまり母港の中には私とお前の関係に対して強い嫉妬を覚えるものがいて、果ては暴走して私に危害を加えようとする輩もいるかもしれん、ということか。事情はわかった。──が。だからといって何も恐れることはあるまい」
「ん……? どういうことだ?」
「ふん。簡単な話だ。文句がある者は、この私が片っ端から力で屈服させればいいだけのこと。ククッ、むしろその方が面白い。血が滾るというものだ」
「あー……」
……そうか。そういえばそうだった。
加賀は元々こういう性格なのだった。
即ち、度を越えた“戦闘狂”。
空母である加賀も、今でこそかなり丸くなったほうだが、そういえば出会ったばかりの頃は彼女もこんな性格であったことを思い出す。
やはり基礎と艦名を同じくする艦ということもあり、彼女もまた加賀なのだ。
ただ、戦艦加賀のほうが空母加賀よりもその戦闘狂という性質が色濃く出ているというだけのこと。
──これは、どう説得したものか……。
「お前も恐れる必要などない。もし指揮官に危害を加えようとする者がいれば、ついでにお前のことも私が守ってやろう。
「……いや、駄目だ」
「なに? なぜだ。……っ! ……まさか貴様、よもやこの私がそこいらの軟弱な艦船どもに遅れを取るとでも──」
「──俺はお前に傷付いてほしくない」
「…………!」
そうだ。
好きとかそういうのを別にしても、彼女は俺の大切な部下だ。
そして彼女だけではない。他の艦船たちだってみんな人類を守る為に戦う大事な仲間である。
そんな彼女たちがこともあろうに仲間同士の諍いで傷つけ合うだなんて耐えられない。
争いの種を
そして俺のそんな思いが伝わったのだろう。
「あぁもうお前は……、お前は、すぐそういうことばかり言って……!」
「痛っ、ちょっ、痛い痛い……」
加賀がものすごく顔を赤くしながらボコボコと肩にパンチを入れてくる。
おそらく彼女なりの照れ隠しなのだろう。
ただしめちゃくちゃ痛いのでやめてほしい。
「ふん……。まあいい。元々言い触らすつもりなど無かったのだ。お前の言う通り、しばらくの間は他の者には秘密にしておいてやる。……これで満足か」
「ああ。ありがとう、加賀」
「……しかし、
「それに関しては明石に隠蔽装置の開発を頼もうと思ってる。それまでは上から手袋でもして手元を隠してくれ」
「うむ。承知した」
ちなみに俺も軍指定の手袋を装着している為、風呂や手を洗う時以外などは手元が露出することはない。
しばらくは手袋を脱ぐときは人の目を気にしなければな……。
……そういえば、どうやらこっちの加賀とも入れ違いになったようだが、シリアスはいったいどこでなにをしているんだ?
さすがに迷子になることはないと思うが、そろそろ執務室には戻ってきただろうか。
と、そんなことを思いながら加賀とはその場で別れ、執務室へと戻る俺だったが、そこに今日の秘書艦であるシリアスの姿は無かった。
まだ帰ってきていないのか、もしくは執務室に戻ったら俺が不在だったものだから、また探しに行ったのかもしれない。
あり得る……いや、おそらくそうに違いない。
なら、これ以上入れ違いにならぬよう、今日はずっと執務室で大人しくして、シリアスが戻ってくるのを待っていてやるか……。
そんな風に結論をつけて、俺は再び溜まった書類の山へと手を伸ばすのだった。
★★★★★
──そして再び指揮官室。
「ふふっ……♡ さすがは忠実なメイドと自称するだけあって、中々手強かったですね。この鈴谷の手練手管を前にここまで耐え切ったのはシリアスさんが初めてです」
「……う、うぅ……。お許しください誇らしきご主人様……。シリアスは
「大丈夫よ、シリアスちゃん。女の子同士なんだからノーカンよ、ノーカン♡ ……でもぉ、お姉さん、まだちょっとだけ物足りないかも」
「ひっ……! ……(ガクッ)」
「あ、シリアスさんったら気絶しちゃいましたよ? どうします?」
「あらあら、何しろ何時間も鈴谷の責手に耐えていたものね。無理もないわ。可哀想だから、シリアスちゃんは後でベルファストにでも引き渡してあげましょうか。あの子ならきっとシリアスちゃんのことも
「そんなことより、今は指揮官様のケッコンですわ、ケッコン。反赤城同盟として結託した我々ですが、これはもう、悠長に同盟なんか結んでいる場合ではありませんわね」
「そう。なら、ここからは個人戦という訳ね。うふふ、そういうことなら、お姉さん頑張っちゃう♡」
「えー? 鈴谷は皆でするのも結構好きですよ?」
「指揮官様のカラダだけが目当ての方は黙っていてください」
「まあ強く否定はしませんけど、でも、鈴谷だって指揮官をお慕いしているのは事実ですよ? ふふ……だっていつもいつもあんな獣みたいな目で鈴谷の身体を見てきて……、きっと指揮官だってこの鈴谷のことが今にも欲しくてたまらないはずです……♡」
「いったい何が見えてるんでしょうか、この自意識過剰淫乱娘は……」
「まあとにかく──」
「「「──ここから先は正面からの奪い合いということで」」」
──と。
こうして。
一人の忠実なメイドを犠牲にして、魔の巣窟、重桜陣営から三人のヤベーやつらが指揮官争奪戦へ名乗りを上げたのだった。