指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった 作:麦果
……結局、その日の執務が終わる頃になってもシリアスは一度も俺の前に姿を見せることはなかった。
普段はマジメなあいつが仕事をサボるとは考えにくいので、夕方前、たまたま執務室の掃除に部屋へ入ってきた真性ポンコツ眼鏡メイドの“エディンバラ”に、シリアスの行方について知らないかと訪ねてみた。
すると彼女はなぜか途端に青ざめた表情を浮かべながら、
──“ベルの所にいるから大丈夫です……”──。
とぎこちない返答で応じた。
そして彼女と一緒に入ってきた“ゴミ”掃除が得意なはいてない系メイドの“シェフィールド”から「余計な事に意識を割いていないで早く仕事を終わらせたらどうですか」、と、切れ味の鋭い指摘を受けた為、大人しく仕事に集中することにした。
ちなみにエディンバラが言う“ベル”とは、彼女の姉妹艦でありロイヤルメイド隊のメイド長でもある“ベルファスト”のことだ。
彼女と一緒にいる、ということはシリアスがまた何かやらかして彼女からお説教でも受けているのかもしれない。
この母港ではよくあることだ。
そしてそんなシリアスに代わり、その日はシェフィールドが執務の補助をしてくれた。
普段の言動はキツいがシェフィールドはメイド隊の中でも特に仕事上手であり優秀な艦船なので恐ろしく仕事が進み、とても助けられた。
おかげで午前中をまるまる寝過ごしたにも関わらず、ほぼ定刻と変わらない時間に執務を終わらせることができたので、俺は帰り支度を済ませると重桜寮の方の食堂へと直行する。
そして、そこで──。
「──にゃ? おぉー、指揮官だにゃ。こんなところで会うなんて奇遇だにゃ〜」
──たまたま同じタイミングで食堂に来ていたらしい、眠たげに半目を閉じた緑髪緑眼の猫娘と顔を合わせた。
「明石……」
工作艦、明石。
主にショップの運営や母港機能の維持管理を担当している艦船である。
普段の言動も相まって、掴みどころのない正に“猫”のような性格をしている彼女ではあるが、俺はそんな彼女の姿を目にするや否や、腹の奥底に溜まっていた感情が沸々と湧き上がってくるのを感じた。
「あっ、そういえばどうだったにゃ? 告白はうまくいったかにゃ?」
「……ああ。おかげ様でいい嫁さんを貰えた。プロポーズは大成功だったよ。本当に」
「にゃ〜。それは何よりだにゃ。二人の仲を取り持った明石には感謝してほしいにゃ〜」
「だがな──」
「にゃ?」
「──お前が連れてきたのは別人だよッ!!」
★★★★★
その後、俺は明石に昨日の出来事と今日判明した事実を全て説明し、指輪を見えなくする隠蔽装置の開発を頼んだ。
ちなみにその際……。
──“いやぁ、まさか加賀と思って声をかけた加賀が別の加賀だったとはにゃ〜。浴衣を着てたからわからなかったのにゃ。ごめんなさいにゃ。許してにゃ”──。
と、物凄く軽い口調で謝罪してきた。
正直思うところがない訳でもなかったが、見分けられなかったのは俺も同じなので、あまり明石を責めることはできなかった。
そんなことより今優先すべきなのはどうこの事態を収めるか、だ。
まずはやはり加賀。
俺が惚れたのは空母のほうの加賀であり、戦艦のほうの彼女ではない。
無論、艤装が異なる以外、彼女たちの容姿・肉体は完全に同一であり、建造されたのも同時。性格も戦艦のほうが多少好戦的なだけで大きな違いは無い。
むしろ、戦艦加賀と話していると出会ったばかりの頃の空母加賀のことを思い出すというか、正直かなり胸に来るものがある。もしかしたら、着任の時期が逆であったなら、俺は戦艦加賀のほうに恋に落ちていたのかもしれない。
だがそれはあくまで仮の話で、現実に俺が長い時間をかけて絆を育んできたのは空母のほうの加賀だ。
容姿や性格が似ているからと、その思い出の深さを塗り替えることはできない。
……ならばやはり、戦艦加賀には別れを切り出すべきだろうか。
“すみません、人違いでした!!”と正直に白状したほうがよいのだろうか。
そう、そうだとも。
彼女の為を思うのならそうしたほうが良いに決まっている。
「────」
……いや、だが、よく考えてみよう
俺はもう既に後戻りができない状況まで追い込まれてしまっているのではないか?
誓いの指輪は一度嵌めれば絶対に外れない。たとえ別れを切り出そうとも、このまま一生二人の縁が切れることはない。
艦船はその性質上、指輪を嵌めれば最後、その親愛度が下降することはあり得ない。むしろ指輪によって感情の認識機能を拡張され、器としての限界を突破してその親愛度はさらに上昇し続ける。
つまり、もし俺が彼女への気持ちを失うようなことがあっても、加賀のほうはずっと俺を愛し続けるのだ。
艦船とはそういう存在だ。
俺たち人間のように気持ちを切り替えて次の恋に進むことはできない。
指輪さえしていなければ例え“愛”状態からであっても、親愛度はいくらでも下降し、俺への気持ちも自然と無くなっていくのだろうが、既に指輪を渡した後なのでそれは考えたって仕方のないことだろう。
要するに、だ。
一度ケッコンしてしまった以上、加賀は艦船としての性質上、俺に対しての“愛”が消えることはなく、もはやケッコンの誓いも無かったことにはできない。
俺には既にこの一生をかけて彼女を愛するという責任があるのだ。
……それに。
実際、戦艦のほうの加賀も加賀であることに変わりはないので、正直、俺の好みど真ん中の女性だ。
昨日だって勘違いしたままの状態ではあったが、熱い夜を共に過ごした仲でもあり、今思い出しても彼女に対する愛しい気持ちは溢れだし、とどまる所を知らない。
ハッキリ言って俺は既に戦艦加賀のほうも好きになっている。
そうだ。
名案が思い付いた。
いっそ戦艦加賀と空母加賀、二人ともケッコンしてしまえばいいのだ。
この母港はどの国家にも属さない独立地帯ということになっており、治外法権的に『ジュウコン』だって認められているに違いない。
でなければ、いくら世界的に見ても最大級の規模を誇っているこの母港とはいえ、一つの母港に誓いの指輪が複数配られるはずが無い。
よし。そうと決まれば──。
★★★★★
そうして俺は、夜。
再び自らの部屋へ加賀を呼んだ。
さすがに彼女という嫁艦がいる以上、一人で勝手に新しい嫁艦を作る訳にはいかない。
何をするにしても、まずは彼女の意見を聞かないことには始められないのだ。
「……まったく。昨日の今日だと言うのに、随分と好色な男なのだな、お前は……。ま、まさか毎日するつもりではあるまいな……? それはさすがに私の身も持たんぞ……!」
再び俺の部屋に浴衣姿で訪れた加賀が、ほんのりと頬を赤く染めながら布団の上にちょこんと座りそんなことを言ってくる。可愛い。
……って、いやいや。
そうではなく、まずは彼女と話をしなければ。
「……なあ加賀。ええっと、その……。これはあくまで世間話としてなんだが」
「……? なんだ、突然?」
と、拍子抜けしたような表情で訊ねてくる彼女。
さすがに嫁艦を前にしてどストレートに“ジュウコンしたい!”と言えるほどの度胸はなかったので、どうしても歯切れの悪い言い方になってしまう。
「特定の誰かと結婚していながら、複数の女性と同時に関係を持つ男ってどう思う?」
「最低だな」
……即答だった
加賀は吐き捨てるそうな声音でそう言った。
「英雄色を好むとは言うが、生涯をかけて添い遂げると誓った伴侶がいながら、別の女にうつつを抜かすなど、許し難いにも程がある。それは最低の裏切り行為だ。そんな者、男の風上にもおけん、万死にも値しよう」
「ソ、ソウダナ、ウン……。ソノトオリダ……」
「……しかし、なぜ急にそんなことを聞く? ──まさか貴様……私以外に気のある女がいるのではあるまいな……? 私は裏切りは許さんぞ……。もしそのような現場を目撃すれば、自分でも自分を抑えきれるかわからん」
「い、いやいや! それは無い! 俺はいつだって加賀一筋だ! 加賀以外なんて考えられない!」
「……そ、そうか。私一筋か……。ふん……、ならばよいのだ」
……と。
一応嘘は言っていない。
……しかし困った。
この様子では、加賀は間違いなくジュウコン否定派。
いったいどうしたものか。
戦艦の彼女も好きだが、俺が心から惚れているのは、たくさんの思い出を紡いできたのは空母の加賀だ。
できることなら俺は彼女とも結ばれたい。
しかし、戦艦の加賀の気持ちを無下にする訳にもいかない。
──くっ、俺はどうすれば……!
「……それより、私を部屋に呼んだということは今日も
「──ッ……」
ゴクリ、と息を呑む。
「──加賀っ!」
「っ、おい……!? お前、そんないきなり──」
──この後めちゃくちゃ夜戦した。
俺のバカ野郎……。
★★★★★
──次の日。
きっちり定刻通りに出勤し、執務室の机に座っていつも通り委託や出撃の指示を下しながら書類仕事に没頭していると、不意に声をかけられた。
「ご主人様。今日は随分とご機嫌でございますね」
「ああまあな。まさか尻尾にあんな使い方があるとは──って、いやいや! 俺は別に普通だ。何も普段と違うことはないぞ、“ベルファスト”」
と、俺は慌てて取り繕いながら、声の主──本日の秘書艦、ベルファストへと言葉を返した。
俺の返答に「そうですか」と平淡な相槌を打つ彼女。
相変わらず感情が読み取りにくい。
「そういえば、シリアスの事なんだが……あいつはいったい──」
「──シリアスについては当分の間、秘書艦のシフトから外すことになりました」
「へ……?」
「何か問題がございますか?」
「い、いや、問題というか……。なぜそうなったのか、理由を教えて欲しいんだが……」
「──それは、私の口から直接申し上げたほうがよろしいですか?」
「……? あ、ああ。できればそうしてもらいたい」
「そうですか。では、ご説明致します」
……気のせいだろうか。
ベルファストの声がいつもより暗く、そしてなんだか冷たい気がする。
というより、これはまさか、怒っているのか……?
困惑する俺をよそに、ベルファストは淡々とした口調で告げる。
「シリアスを秘書艦のシフトから外したのは、職務中に居眠りをしたことへの罰でございます」
「居眠り? シリアスが……?」
「はい。それも単なる居眠りであればまだ可愛げがあったのですが……。問題は、シリアスが眠っていた、その場所です。……どこの誰であったかは存じませんが、秘匿回線にてその報せを受けたときは私も、思わず耳を疑いました」
「秘匿回線……?」
誰かから匿名で通報を受けたということだろうか?
それに、この冷静沈着なベルファストをも動揺させるほど突飛な場所とは、いったいどこだろう……?
様々な疑問が浮かぶ中、ベルファストは、真っ直ぐに俺の目を見て告げた。
「シリアスが眠っていたのは、ご主人様。あなた様の部屋の布団の上でございます」
「は……?」
「それもなぜか妙に艶っぽい顔で、衣装のほうもとても乱れておりました。さらに敷かれていた布団を調べてみると、そこにはシリアス以外の、別の女性のものと思しき複数の髪の毛も見つかりました。布団の方は私めのほうで片付けておきましたが……これはいったい、どういうことなのでしょうね? ご主人様、あなた様は昨日──いえ、正確には一昨日の夜から昨日にかけて……いったい、何をなさっていたのですか?」
「な……、な……」
──何やってんだシリアスぅぅぅぅぅ!?
なんでお前が俺の布団で寝てんの!?
しかも妙に艶っぽい顔と乱れた服装って、本当に何があったんだよ!?
しかも別の女性の髪の毛って、それってたぶん加賀の、だよな……?
や、やべぇ……このままじゃ、ベルファストに俺のケッコンがバレてしまう……!
けどこんなのどう誤魔化せば──。
「え、ええっと、そ、それは……だな……。えっと、あの……」
「──ご主人様」
──そうして。
動揺でガクガクと体を震わせる俺に対し、ベルファストはぐっと顔を近づけながら。
「──どうか、納得のいく説明をお願い致します」
──と。
そう言った彼女の顔はまるで能面のようで、何の感情も感じぬひどく無機質なものであった……。