指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった 作:麦果
……視線が交錯する。
「──────」
「………………」
睨み合う二人の艦船。
突然の俺の窮地に颯爽と姿を現した空母加賀と、そして現在進行形で俺の腕周りをがっちりとホールドするように、むぎゅぅぅ、と抱き締めているエンタープライズ。すごく柔らかいです。
そんな二人の様子を緊張した面持ちで見守っていると、やがて、エンタープライズがその沈黙を破るように口を開いた。
「……勝負の場所は演習場。形式は一対一の模擬戦方式。先に航行不能になったほうが負け。──それで構わないな?」
エンタープライズからの提案。
しかし眼前の加賀は彼女の言葉に対して、静かに首を横に振って否定の意を示した。
「断る」
「……なに?」
エンタープライズが怪訝そうに眉根を寄せて聞き返す。
「なんのつもりだ。……まさか、あれだけ大口を叩いておきながら、今さら
「──戯け!! 貴様、此度の勝負の趣旨を忘れたか!」
「ッ!?」
突然一際大きい声で叫ぶ加賀に、思わずといった様子で表情を固くさせるエンタープライズ。
加賀はそんな彼女に、畳み掛けるように言葉を続ける。
「此度の勝負。それはどちらが指揮官の伴侶となるに相応しいかを競うモノ。ならばそこに、艦船としての戦闘力など不要だ。必要とされるのは即ち、兵器としての性能ではなく、伴侶としての魅力に他ならない」
「伴侶としての魅力、だと……?」
……ゴクリ、と。
なぜかエンタープライズが物々しい雰囲気で息を呑んだ。
その目は、じっと彼女の次の言葉を待っているようにも見える。
「そうだ。いくら腕っぷしが強かろうと、伴侶としての魅力に欠けていれば意味はない。そんな者は、すぐに愛想を尽かされて終わりだ。そうは思わんか?」
「……たしかに。それはそうかもしれない……。しかし、伴侶としての魅力など、いったいどのようにして計れというんだ……!?」
「フッ、簡単だ。伴侶としての魅力。それを決めるのは即ち、“家事の腕”だ!!」
「な、なんだと……!?」
「古くから男に好まれる女というのは、気立てが良く、そして家事の能力に長けているものだ。我が重桜で言うところの“大和撫子”というやつだな。よってこれより我らが競うは戦闘力に非ず。あえて言うならば、そう──“嫁力”!」
「“YOMERYOKU”……!」
エンタープライズがなぜかやたら良い発音で反芻しながら物々しく固唾を飲む。
……うん、色々とツッコミどころはあるがここは加賀を信じておとなしく見守ろう。
「ならば、そのYOMERYOKUとやらはいったいどうやって競う……!?」
「フッ、案ずるな。対決方法は既に決めてある。……此度の勝負の内容、それは“料理”! 貴様も指揮官の伴侶として名乗りを上げるのなら、料理の一つぐらいは当然できような?」
「……そ、それは……」
挑発的な加賀の視線から逃れるように、エンタープライズは視線を逸らして口ごもった。
……なるほど。
考えたな、加賀め。
エンタープライズは普段から食への関心がほとんどなく、いつもレーションなどの携帯食料で済ませている。
料理が得意なイメージは一つもない。
対して加賀は、委託から帰ってきた重桜の仲間によく手料理を振る舞って労ってやるほど日常的に料理に慣れ親しんでいる。
つまり、戦闘になれば勝ち目は薄いが、料理という一つの分野においてなら、加賀のほうが圧倒的に有利。
そして──。
「まさか、勝ち目のない勝負は受けられない、とは言うまいな?」
「……っ、いいだろう。──その勝負、受けて立つ!!」
エンタープライズは極度の負けず嫌いで単純な思考の持ち主だ。
要は煽り耐性ゼロ。
挑発されたら意地でも受ける、そんな性格の艦船である。
「よくぞ言った。それでこそ我が好敵手だ。味の審査は当然ながら指揮官に行ってもらう。構わないな?」
「……あ、ああ。それはもちろん構わないが」
「では僭越ながらシリアスもその料理対決に参加させていただきます。ロイヤルメイド隊の本領、今こそ発揮してご覧に入れましょう」
「……? うむ、まぁ勝手にするがいい……」
──と。こうして……。
此処に第一回、母港料理対決が幕を開けたのだった。
★★★★★
……で。
それから約一時間ほど経って。
「──さあ指揮官、食べてみてくれ。我がユニオンが誇る最高級プライムビーフだ。脂も赤身も極上の蕩ける美味さ、ぜひ味わってみてほしい。なに、金額など気にする必要はない。全て私のポケットマネーだからな!」
──エンタープライズ。
「ふふっ、そら、喰ろうてみろ指揮官。肉じゃがといえば我が重桜が誇る家庭料理の中でも定番中の定番。お前も好きだろう? どれ、今回は特別に、私が手ずから食べさせてやるとしよう。黙って口を開けるがいい」
──加賀。
「──いえ誇らしきご主人様。どうかこちらの、ロイヤルメイド隊秘伝のレシピで焼き上げたロイヤルホットケーキをお召し上がりくださいませ。……はい? 色が黒い? 問題ありません。味には何の影響もございませんので」
──そしてシリアス。
と。見目麗しい三人の艦船に取り囲まれながら、俺の目の前には二つの料理と一つの暗黒物質が並んでいた。
ちなみに普段から何をやるにしてもわざと失敗するという悪癖のあるシリアスではあるが、料理に関してはそれ以前の問題として天性の不器用さを持っており、一度もまともな料理を作れた試しがなかったりする。
「……じゃあまずはエンタープライズから──」
……そうして俺は三人の料理をそれぞれ順番に味わった。
まずは、エンタープライズ。
彼女の牛ステーキは今までの人生で一度も食べたことのないようなそれは美味なモノであったが、これは料理というより素材の高級さが目立ちすぎている気がした。
焼き加減には気を遣ってくれているものの、味付けはユニオン独特のかなり濃いものになっており、美味しかったのはほとんど最初の一口だけだったように感じる。
……それからシリアスのホットケーキに関しては言わずもがな、おそろしく硬く、そして苦かった。さらにあろうことか、なぜかほのかに重油らしき香りがした。……正直、食べたら絶対に人体に害を及ぼす類の味だった。よって論外。
そして信頼と実績を兼ね備えた加賀の肉じゃがは、正にパーフェクトと呼べる出来栄えだった。
なんと言っても味付けが良い。
調味料の絶妙な加減で濃くなりすぎず、かといって薄味になりすぎない優しい味わい。
煮込み方に何かしらコツがあるのか、じゃがいももほくほくで、さらに具材の奥まで味がしっかりと染みていた。
控えめに言って最高だった。
……と、いうわけで。
「──この勝負、加賀の勝ちだ」
「なっ……!?」
「当然だな」
「……し、シリアスは料理は専門外ですので」
信じられない、といった様子で絶望的な表情を浮かべるエンタープライズと、全てわかりきっていたかのように泰然と頷く加賀。
そしてシリアスは明後日の方角を向きながらもじもじとそんな言い訳を述べ、エンタープライズはよほどショックだったのか愕然とその場に崩れ落ちる。
「……そんな、私が、負けた?」
「ふん。いくら食材が上等だろうと、それを活かせないのでは意味がない。それに、貴様は知らなかったようだな」
「……? どういうことだ」
「うむ。実は指揮官だがな。元々、あまり脂っこい料理が得意ではないのだ」
「なに!? そうなのか、指揮官!?」
「……ああ。どうも胃もたれがしやすい体質みたいでな」
そう。
だからいつも、食事を摂る時は重桜寮の食堂にばかり通っている。
単純に重桜風の味付けが一番好みで、俺の口に合っているのだ。
「勿論シリアスは存じておりました。主の食の好みを把握することは基本中の基本。ロイヤルメイド隊のロイヤルシークレットマニュアルにもしっかりとそう明記されておりましたので」
「いやお前は料理とかそれ以前の問題だからな? まずは料理油と重油の違いから覚えような?」
得意気な笑みでエヘン、と胸を張るシリアスに冷静なツッコミを入れる。
「……そうか。私は、指揮官の味の好みさえ知らなかったのだな……」
……と。
エンタープライズは深く落ち込んだように顔を俯かせた。
普段の彼女と違い、その姿はひどく弱々しく見えた。
「どうやら、思い知ったようだな、エンタープライズ。そうだ。貴様は自らの願望を押し付けるばかりで、指揮官の心に寄り添うことをしなかった。そんな独りよがりの愛では、思いなどすれ違って当然だ」
「……ああ。よくわかったよ、加賀。どうやら私は、まだまだ精進が足りないらしい。指揮官の伴侶になるのは、もう少し先の話になりそうだ。それまでは指揮官のことはあなたに預けよう。──そしてこれからは、努力する方向を変えねばならないな。そう、これからは──」
そうして。
エンタープライズはゆっくりと顔を上げながら、それは爽やかな笑みを浮かべて。
「──これからは指揮官の趣味嗜好を完璧に把握する為にも、もっとたくさん、片時も離れず一緒にいなければならないな!」
「「「……ん?」」」
エンタープライズ以外、その場に居た全員の声が重なる。
──え……?
「──よし、そうと決まれば今後は訓練や演習の時間は必要最低限にして、出撃時以外はずっと指揮官の隣にいるぞ! 元々既にあらゆる能力値がカンストしていたから、最近は訓練する意味を見失っていたところだ。ならばその分の時間は全て指揮官ともっと親睦を深める為の時間として有効活用するとしよう。我ながら恐ろしいほど名案だ。指揮官もそう思わないか?」
「……カンスト?」
「レベルの話でしょうか……それとも──。……。ご主人様。なぜだかシリアスは考えるのが恐ろしくなって参りました……」
「……ああ、うん。気持ちはわかる。俺も最初にその数値を見たときは本気で計測機のバグか何かかと思ったからな……。だが事実だ。エンタープライズは紛れもなく、世界最強の空母だよ……」
……いやほんと、こんなチート艦船そりゃ手元に温存しておくより出撃させるよな……。
だってコイツ一人いるだけでほぼ勝ちが確定しているようなものだもの……。完全無双状態だもの。
「ふふっ、楽しみだな、指揮官。これからは四六時中一緒だぞ」
「……私としたことが、誤算だった。料理勝負で打ち負かせば、てっきり悔しがって料理にのめり込むとばかり……。考えが浅かったか。──許せ指揮官」
「……………。……ええっと、エンタープライズの次の出撃予定は──」
「──指揮官。やはりあなたは私を遠ざけようとしていないか?」
「ひっ……! し、しまったつい反射的に……! というか何かこの空母光ってるんだけど、目が金色になってるんだけど!?」
「ご、ごご、ご安心くださいませ誇らしきご主人様。あなた様のことは護衛艦としてこのシリアスが──」
「……嗚呼そういえば、一応言っておくが、指揮官の護衛艦の座はまだ諦めた訳ではないぞ?」
ぐりん、と直立不動のまま首だけを巡らせるエンタープライズ。
次の瞬間、金色に光る眼差しがシリアスを捉えた。
「……………………」
沈黙。
そして次にシリアスは「……ふっ」と乾いた笑いを漏らして。
「──戦術的撤退にございますッ……!!」
と、思いっきり走り出した。
それはもう、見事なまでの全力逃走であった。
「──待て。逃さんぞ……」
そしてそれを猛スピードで追跡するエンタープライズ。
──シリアス逃げて、超逃げて!!
思わず心の中でそんな叫び声をあげる俺である。
どうかシリアスが無事に生き延びられますように……。
「……さて。では私も行くとするか」
「え……?」
「なんだ?」
「いや……何も聞かないのか?」
「気を遣ってやっているのがわからんのか。
「……加賀」
なんだか胸が熱くなった。
人の優しさが身に染みるようだ……。
普段から様々な艦船に直球の激重感情をぶつけられ辟易しがちな俺であったが、彼女のこの一歩引いた立ち振る舞いやさりげない気遣いにはいつも救われていた。
「……それと言っておくが、大鳳、愛宕、鈴谷には貴様のケッコンのことはバレているぞ? どうやらお前が戦艦の私を抱いている現場を目撃したらしい」
「へぁっ……!?」
思わず変な声が出てしまった。
いや、見られてたってなんだ!?
まさか俺の部屋に忍び込んでたとでも言うのか!? それも三人も!?
「ただあの三馬鹿、どうもお前のケッコン相手はこの私だと勘違いしているようでな。そういえばエンタープライズもそうだったか。だからまあ、
「え?」
「だから、勘違いしている奴らには勘違いさせたままにしておけと言っているのだ。戦艦のほうの私に、奴らの相手は荷が重すぎる。狙われたら無事ではすまんぞ」
「わ、わかった……。だが、お前はいいのか?」
「構わん。どうせ
「……っ。──も、もしかして気づいている……のか?」
「ククッ、いくら同じ顔をしているからと、まさか人違いでケッコンを申し込む馬鹿がいるとは思わなかった。どうだった?
「っ……!!」
にやり、と悪戯っぽい笑みを向けてくる加賀に、激しく動揺する俺。
……どうやら加賀は、今回のことは全てわかっているらしい。
「ふふっ、やはり図星だったようだな。まあ、詳しい話はまた後日、落ちついてからでいい。私も、そろそろ姉さまの元に顔を出さねば心配されるのでな。……色々と」
何か怖いものでも思い出したのか、後半になっていくに連れて、加賀の声が弱々しくなっていく。
「ではな指揮官。せいぜい、刺されぬよう気をつけるがいい」
と、縁起でもない言葉を告げながら加賀は執務室から去っていった。
そして一人残され呆然となる俺。
……そういえば、エンタープライズがシリアスを追いかけて出て行った為、執務の補佐をする者がいなくなってしまった。
……今日は早めに切り上げねばならないのだが、果たして一人でどこまでやれるだろうか。
……と。
溜まった書類の束を一瞥し、がっくりと項垂れる俺なのだった。
★★★★★
──それから数時間後。
「──で、秘書艦に逃げられたせいで結局この時間になっても未だ仕事が終わっていない、と。はぁ……。まったく、お前という奴は……」
夕方になり、俺の様子を見に来た戦艦加賀が呆れたようにぼやいた。
申し訳ない……。
「……まあ薄々、こんなことになるだろうとは思っていたのだ。──ほら、受け取るがいい」
「……えっと、これは?」
「“おはぎ”だ。……その、仕事で頭を使うだろうから、甘い物でも差し入れしてやったらどうだ、と、天城さんに言われたのでな……。特別に作ってやった。……ふん。ありがたく食べるのだな」
「……加賀が作ってくれたのか?」
「ああ……。天城さんに作り方を教わってな……。形が不格好なのは許せ」
「いやいや、そんなことないって。──ありがとう、加賀。嬉しいよ」
「っ……! そら、さっさと食べて早く仕事を終わらせるがいい……! 私は気が短いのだ、そんなに長くは待てんぞ……!」
「おう。任せろ」
「ふん……!」
……と。
こうして、なんだかんだ、その日はあっという間に時間が過ぎていくのだった。