指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった   作:麦果

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第七話

 

 

 

 ──憎んでいる。すべてを……。

 

 

 …………………………………………………

 

 

 

 

 ・…月…日 (─) 晴れ

 

 窓から太陽の光が憎らしいほど容赦なく差し掛かる晴れ。

 

 我は今日、この母港に着任して初めての秘書艦当番を迎える。

 

 思えば、指揮官とまともに言葉を交わすのは着任時の挨拶以来か。ちょうどいい、我が卿たる者が我と共に終焉のシンフォニーを奏でるに足る真の傑物であるか、この目で見極めてやろうではないか。

 

 そう思って粛々と卿の仕事を手伝っていると、不意に「ツェッペリンっていい声してるよな。なんか聴いてて落ち着くよ」と言われた。

 

 なんだそれは……。

 

 そして何なのだその無邪気な笑顔は。我を愚弄しているのか。憎らしい。

 

 

 ……それにしても。

 

 そんなことを言われたのは初めてだ。

 

 そうか、我の声は落ち着くのか。

 

 ………………憎らしい。

 

 

 

 

 ・…月…日 (─) 快晴

 

 澄み渡った雲一つない青空が視界いっぱいに憎らしく広がる快晴。

 

 再び秘書艦当番の日が巡ってきた。

 

 今日こそあの男が我が盟友となるに相応しい男か見極めてくれよう。

 

 と。注意深く卿を観察しながら執務の補佐を行っているとふとした拍子に卿と目が合った。

 

 「どうかしたか?」不思議そうに訊ねてくる卿に我は至極冷静に落ち着いた態度で「な、なな、なんでもにゃいぞっ……!!」と返答して何事も無かったように顔を逸らした。

 

 指揮官はそんな我に「なに照れてるんだ?」と笑いながら言ってきた。

 

 ……ほう、この我に嘲笑を向けてくるとは中々豪胆な男ではないか。憎たらしいが少し見直したぞ。

 

 あと我は別に照れてなどいない。極めて冷静だった。本当だ。

 

 ……しかしこの男、間近でよく見ると意外と整った顔をしているな……今まで意識したことはなかったが、なぜだか最近は特に凛々しく見える気がする。我の気のせいか? 憎らしい。

 

 

 −追記−

 

 仕事終わりに卿から「今日は助かった」と、食堂で“くれぇぷ”なる食べ物を馳走になった。

 

 初めて食べたソレは、バナナと生クリームとチョコレートソースからくる甘さと、薄皮で弾力のある生地が見事に調和した、凄まじい破壊力を秘めた菓子であった。

 

 憎らしかった。

 

 そして卿から「ツェッペリンは本当に美味そうな顔で食べるよな。奢り甲斐があるよ」と言われた。

 

 心外だ。我は食事を摂る際も憎悪以外の感情は持ち合わせていない。だというのになぜこの男はそんなにも幸せそうな顔で微笑んでくるのか。まったく理解に苦しむ。

 

 憎らしい。

 

 

 

 

 ・…月…日 (─) 曇り

 

 我が憎悪のように分厚い雲が太陽の光を覆い尽くす曇り。

 

 やっとこの日が来た!またしても秘書艦などという面倒な役回りが巡ってきたまったくどうして我がこんな雑事などをやらされねばならんのか甚だ気に食わない上に極めて憎らしいがこれも仕事なので仕方ないため憎らしくはあるがやってやるとしよう。

 

 今日は執務の合間、卿に「みんなには内緒だからな?」と母港の巡回中、隠れて“そふとくりぃむ”なる物を馳走になった。冷たさの中にあるバニラの甘さと濃厚なミルクの味わいが絶妙なハーモニーを奏でており大変憎らしかった。

 

 二人で“そふとくりぃむ”を片手に海沿いの通りを歩いていると不思議と心に正体不明の憎らしい感情が溜まっていった。

 

 ……誰かに対してこんなにも憎悪を抱いたのは初めてだ。

 

 これは黒山羊の角笛が鳴り響く時も近いかもしれん。

 

 

 −追記−

 

 卿に先日、Z35(フュン)とユニオンのサラトガの二人に“からおけ”なるものに誘われたことを話したら「俺もツェッペリンの歌聴いてみたいな」と言われた。

 

 我が「そ、その内な……」と返すと、卿はいつもの子供のように憎らしい無邪気な笑顔を浮かべて「楽しみにしてる」と言ってきた。

 

 

 ……本当に、何なのだこの男は。

 

 憎い、憎らしい。

 

 ……卿よ。我は──。

 

 

 

 ──憎んでいる。あなたのすべてを……。

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 ……朝。

 

 エンタープライズら三人の艦船が熾烈な料理をバトルを繰り広げていた頃。

 

 重桜寮のとある一角。

 

 共同広間へと繋がる通路を歩きながら、ボソリと声を漏らす女性。

 

 

「もう……加賀ったらいったいどこにいるのかしら……」

 

 

 濡れた羽のような艶やかな長い黒髪を揺らし、人の目を惹き付けて離さない蠱惑的な美貌を持つ彼女。

 

 艦名()を正規空母、“赤城”という。

 

 重桜最強にして無敵艨艟(もうどう)と讃えられる、栄光の一航戦がその一人。

 

 平時の戦績においては相方の加賀に一歩譲るが、“あるモノ”が絡んだ時の爆発力はその加賀をも容易く凌駕してみせるという、間違いなく重桜屈指の実力者。

 

 自称“愛に燃える女”。

 

 そんな彼女は現在、行方のわからなくなった加賀のことを煩わしげな表情で探していた。

 

 部屋にはおらず、食堂にもいなかった。

 

 すれ違う艦船に行方を訊ねても誰も見ていないという。

 

 そうして寮舎の中を半ば彷徨うように歩きながら、しばらく彼女のことを探していると、ふと、とある広間の方から二人分の話し声が聞こえてきた。

 

 片方は重桜時代にとても世話になった自身の戦術指南役である恩師の巡洋戦艦“天城”。赤城が唯一、“姉さま”と慕っている相手。

 

 そしてもう一人は赤城たちのような古参でなく、ここ最近着任したばかりの新顔。戦艦“土佐”だった。

 

 土佐のほうとはあまり接点がないが、実質的な姉妹艦である正規空母・加賀、その加賀と基礎と艦名を同じくする戦艦・加賀の妹ということもあり、広義的に見れば彼女も自分の妹なのかもしれない、と密かに悩むぐらいには少し複雑な関係であったりする。

 

 

 丁度良いから、彼女たちにも加賀の行方について訊ねてみよう。

 

 そう思って赤城は、広間に繋がる障子の引き手に手をかけた。

 

 だがそこで──。

 

 

「──うふふ。加賀ったら本当に不器用なんですから。妹のあなたに、こんなにも気を遣わせてしまうだなんて」

 

 

「…………………っ」

 

 

 ……と。

 

 恩師の口から、今まさに自分が探していた人物の名前が急に飛び出してきて、思わず戸を開ける前に赤城その場に固まってしまった。

 

 次いで。

 

 

「──まったくです。姉上はアレで本当に隠しているつもりなのでしょうか? 必死で気付かない振りをしているこちらの身にもなって欲しいものです」

 

 

 という土佐の声。

 

 会話の流れからして、彼女たちが言う加賀は、今赤城が探している空母の加賀ではなく、土佐の姉である戦艦の加賀の方だろう。

 

 ならば自分には関係のない話だ。

 

 ……が。

 

 なぜだか赤城は、彼女たちの会話から何やら不穏な気配を感じた。

 

 戦いの中で磨き上げた自慢の勘が告げている。

 

 ここは黙って会話を聞くべきだと。

 

 そして赤城はそのままじっと息を潜め、気配を殺し、そっと二人の会話に耳を(そばだ)てた。

 

 

「最近、夜になるといつも部屋を抜け出しては朝まで帰って来ず、その上、何かと指揮官の話ばかりしてくる。極めつけに突然手元を隠すように手袋なんかも身に着けるようになって、これだけ状況証拠が揃っていれば嫌でも察するというものです」

 

「ふふっ。でも意外でしたわね。てっきり私は、指揮官様は一航戦の二人のどちらかと結ばれると思っておりましたが、まさかこちらの加賀を選ばれるとは。何か特別なきっかけでもあったのでしょうか?」

 

「さあ。少なくとも私は聞いた覚えがありませんが……、──ッ。誰だ!」

 

 

 話している途中でこちらの気配に気付いたのか、土佐が鋭い声を上げると共に、こちらの方へ駆け寄ってくる。

 

 

「─────!」

 

 

 勢い良く戸が開け放たれる音。

 

 そして向かい合うような形で赤城は土佐と対面した。

 

 

「なっ……赤城……!?」

 

 

 赤城の顔を見て、土佐は酷く驚いたように声を上げ。

 

 次に──。

 

 

「……まさか今の話、聞いていたのか……?」

 

 

 まるで何かに怯えるように声を震わせながら訊ねてきた。

 

 ……嗚呼、そうか。と思う。

 

 おそらく自分は今、彼女が怯えるほど恐ろしい顔をしているのだろう。 

 

 けれど、だからといって自分の感情を抑えられるはずもない。

 

 この燃ゆる愛のその発露。

 

 ……深い深い激情を。

 

 

「申し訳ありません、天城姉さま。そして土佐。……今の話、詳しくお聞かせ頂いても?」

 

 

 

 ──ここにきて。

 

 (ようや)く彼女は動きだす。

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 ……エンタープライズたちが料理勝負を繰り広げたその翌日。

 

 少し早い朝の執務室──。

 

 

「──なあ指揮官、もっとくっついてもいいか?」

 

「駄目だ。仕事に差し支えが出る、というか少しは慎みを覚えろ……」

 

「むぅ……つれないな……」

 

 

「誇らしきご主人様、紅茶が入りました。どうぞ、冷めないうちに」

 

「おかしいな。俺の知ってる紅茶はこんなにドス黒い色はしてないんだがな?」

 

「はい。こちらはシリアス特製のオリジナルブレンド、その名もロイヤルマムシサソリスッポンローズヒップティーでございます」

 

「いやゴリっゴリの精力剤じゃねぇか! アホか!!」

 

「どうぞ冷めないうちに」

 

「飲むかバカ!」

 

 

 と、未だ始業時間前にも関わらず、執務室はとても賑やかなことになっていた。

 

 昨日、どちらが護衛艦になるかで揉めていたシリアスとエンタープライズであるが、結局どちらか一人ではなく二人一緒に仲良く担当しようということで話がまとまったらしい。

 

 ちなみに俺はエンタープライズが護衛艦になることを了承した訳ではないので、現状、彼女は執務室に勝手に入り浸っているだけである。

 

 ……ええっと、今日の秘書艦はたしか“グラーフ・ツェッペリン”だったか。

 

 鉄血の最古参艦船の一人で、鉄血陣営ではこの母港唯一の空母。

 

 たぶんこの状況見たら驚くだろうなぁ……。

 

 ツェッペリンは自分では感情表現に乏しいと思っているようだが、その実、端から見ればめちゃくちゃ表情豊かだからな……。彼女の驚いた顔が今にも目に浮かぶようだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 普通に見たら両手に花という、まさに男冥利に尽きる夢シチュエーションなのだが、残念ながら、俺には既にケッコンしている相手がいるわけで、今のこの状況は修羅場以外の何物でもない。

 

 加賀(戦艦)に見られたらどう言い訳すればいいのか。

 

 ──と、その時。

 

 

「──入るぞ、卿よ」

 

 

 軽く扉をノックする音がしてそちらに目を向けると、どうやら今日の秘書艦のご登場らしい。

 

 ツェッペリンが普段通り、平淡な声で執務室へと入ってきた。

 

 

「おはよう、ツェッペリン。今日一日よろしくな」

 

「──ああ。よろしく頼む。……しかし卿よ、その前に──」

 

 

 そうして。

 

 ツェッペリンは俺とその側に控えるエンタープライズたちへと順に視線を向けながら。 

 

 

「……これはどういうことか、説明して貰えるのだろうな?」

 

 

 ……と。

 

 酷く冷たい声と眼差しで、そう言ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 ……時は少し遡り。

 

 ──天城たちとおはぎを作っているときの戦艦加賀。

 

 

「──なあ天城さん。餡子の量はこのぐらいで良いのだろうか?」

 

「ええ、そうです。上手ですよ、加賀。(……ごめんなさい、加賀。赤城に全部言ってしまいました……)」

 

「姉上。私も何か手伝うことは──。(……すみません、姉上。赤城の圧力には逆らえませんでした……)」

 

 

「……ふっ。まさかこの私が、他人の為にこんなものを作る日が来ようとはな」

 

 

 そんな風に顔を綻ばせる加賀に対し、天城と土佐の二人は罪悪感からか、同時に彼女から顔を背けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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