指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった   作:麦果

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第九話

 

 

 ……その後。

 

 俺とツェッペリン。二人きりになった執務室では、驚くほど平和に時が流れていった。

 

 ツェッペリンの様子は普段と何も変わらない。

 

 どうやら、俺の心配は杞憂だったらしい。

 

 仕事のほうも順調に進み、やがて時刻が正午に差し掛かろうとした頃。

 

 俺とツェッペリンは昼食を摂るべく執務室を出た。

 

 どの陣営の寮で食べるか悩む俺に、ツェッペリンは「そんなに迷うのなら、鉄血にしてはどうだ?」と提案してくる。

 

 ふむ。たまにはいいかもしれん。

 

 彼女の提案に頷こうとする俺だったが、次いで「ちなみに今日の調理当番は“ローン”と“フリードリヒ”だ」と言ってきた。

 

 よし、鉄血だけはやめておこう。

 

 と、固く決意する俺である。

 

 ……結局、いつも通り重桜で昼食を摂ることにした。

 

 ツェッペリンには俺に合わせず好きに食べてきていいぞ、と言ったが「卿と同じでいい」との事だったので俺達は二人で重桜寮の食堂へと向かう。

 

 

「──ん? おお、これは。よくぞ参られたな、指揮官殿」

 

 

 重桜寮の食堂へ入るなり、俺達を出迎えるようにそう声をかけてきたのは重巡、“高雄”だった。

 

 艦船でありながら数多の剣術に広く精通しており、重桜きっての剣客として知られている。

 

 真面目で明朗快活な如何にも高潔な武人、といった性格の持ち主でとても好感が持てる人物だ。

 

 

「よっ、高雄。お前もこれからメシか?」

 

「いや、既に食べ終え──ン、ンンッ! ああ実は丁度拙者もこれから食べるところだったのだ。よければご一緒してよろしいか?」

 

「ああ。俺は別に構わないが……」

 

「…………」

 

 

 言いながら、ちらり、とツェッペリンの方に視線を向けると、ひどく不満そうな顔をしていた。

 

 ……どうやら、彼女はあまり気に入らないらしい。

 

 ツェッペリンは大人数で食べるよりものんびり静かに食べるほうが好きそうだからな。

 

 

「……悪い高雄。やっぱり今日はツェッペリンと二人で──って、あれ……?」

 

 

 彼女の誘いを断ろうと再び高雄のほうに視線を戻すと、なぜかそこに高雄の姿は無かった。

 

 ……いったい、いつの間にいなくなったのだろうか。

 

 俺が目を離したのはほんの一瞬だったと思うのだが……。

 

 

「ふふっ、悪いけど少しだけ眠っててもらうわね、高雄ちゃん?」

 

 

「……? とりあえず、席を探すか……」

 

「う、うむ。そうだな……」

 

 

 ──なぜかツェッペリンが物凄く戦慄したような顔をしているように感じたが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 ──それから少しして。

 

 適当な席を見つけた俺達は料理が乗ったトレーを持って、テーブルを挟み向かい合う位置に腰を下ろした。

 

 今日のメニューは鮎の塩焼き定食。

 

 実に美味そうだ。

 

 では早速食べよう、と料理へ箸を伸ばす俺だったが……。

 

 

「──こちらは私がいただきますわ」

 

 

 と。

 

 なぜか横から不意にそんな声がして、ひょいっ、と俺のトレーが何者かに奪われてしまった。

 

 ……というか、今の声は。

 

 

「……赤城」

 

 

 そう。見れば俺の隣の席にはいつの間にやら重桜最強の一航戦の片翼、赤城が座っていた。

 

 相変わらず神出鬼没である。

 

 

「はい、あなたの赤城でございます。こんなところでお会い出来るだなんて、やはり赤城と指揮官様は運命の赤い鎖で結ばれているのですわ」

 

「それを言うなら糸な、糸。というかそれ俺のメシなんだが……。食べたいなら自分で頼めばいいだろ。それとも爆食いしすぎてオーダーストップでもされたか?」

 

「む。赤城はそんなに食いしん坊ではありませんわ」

 

 

 赤城が少しムッとしたように唇を尖らせる。

 

 ……こうして普通に話している分にはまともなんだがなぁ。

 

 

「指揮官様はこのような他の女が作った料理などより、こちらの赤城特製の愛妻弁当をお召し上がりください。丹精込めて作ったのですよ?」

 

「……おぉぅ、コレはまた」

 

 

 ドンっ、という音を立てて三重に積まれた重箱弁当がテーブルの上に置かれた。

 

 いや運動会か。

 

 弁当を作ってきてくれるのは嬉しいが少しは量を考えてほしい。

 

 俺は食が細いのだ。

 

 

「さあ、たっぷりありますからたんとお食べになってください。不肖この赤城が食べさせて差し上げますわ、……っと、その前に──」

 

 

 赤城が箸を置き、視線を俺からその向かい側に座るツェッペリンのほうへと向けた。

 

 そして目を細め、鋭利な刃物のような眼差しで睨め据える。

 

 

「──何だ?」

 

 

 しかし対するツェッペリンも、全く物怖じしている様子はない。

 

 それどころか赤城の視線に対して正面から睨み返している。

 

 さすがは鉄血を代表する空母、艦としての貫禄が違う。

 

 

「あなたはたしか、今日の秘書艦だったわね。でも別に秘書艦だからって一緒にご飯まで食べる義務はないはずよ。……いいえ、そもそもこの赤城を差し置いて指揮官様とお昼を共にするだなんて、そんな権利は他の誰にもないの。──だから、早く消えてくださる?」

 

「卿からの許しは得ている。お前こそ邪魔をするな」

 

「私の指揮官様に手を出すつもり?」

 

「お前のではない。寝言を抜かすな」

 

「赤城のほうが指揮官様との付き合いは長いわ」

 

「だからどうした。卿に付き纏うだけの小判鮫の分際で図に乗るな」

 

「生意気ね」

 

「先に噛み付いてきたのは貴様の方だろう」

 

 

 ──赤城とツェッペリン、舌戦を繰り広げる二人の間で、バチバチと激しい火花が散っている。

 

 ……やめなされやめなされ、無益な喧嘩はやめなされ。

 

 

「……ふふっ、まあいいわ。ならばそこで大人しく見ていることね。私と指揮官様の深い愛を見せつけてあげますわ」

 

 

 と、挑発的な笑みを浮かべて再び俺のほうに視線を移す赤城。

 

 だが……。

 

 

「……(もぐもぐ)、うわっ……なんですかこの卵焼き、しょっぱ!……(もぐもぐ)、塩と砂糖の分量間違えてるんじゃありません?」

 

「こっちの唐揚げもだめね。……(もぐもぐ)、お肉が硬くなっちゃってる……(もぐもぐ)、酒とにんにくで下味を付けてから一晩冷蔵庫で寝かせておくといいわよ 、味もちょっとしつこいかしら」

 

「(もぐもぐ)……。そうですか? 鈴谷はけっこう好きですよ? この(あと)を引くような濃い味付けがたまりません。やはり濃いのはいいです。あっさりしたのもそれはそれで悪くありませんが。つまり鈴谷はなんでもウェルカムです! (もぐもぐ)」

 

 

「…………………」

 

 

 ──もうそこに、赤城が作った弁当などありはしなかった。

 

 代わりにあったのは、綺麗に完食され空になった重箱と、大鳳、愛宕、鈴谷の達成感に満ちた誇らしげな笑顔だけだった。

 

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

 

 本当にまあ、なんとも良い笑顔である。

 

 

「──あ・な・た・た・ち、ねぇッッ!!!!」

 

 

「ふん! お弁当を作って点数稼ぎなんてやり方があざといんですよ! というかこれなら大鳳のほうがもっと美味しく作れますし! 大鳳のほうが良妻賢母ですし!」

 

「そしてお姉さんのほうがそんな大鳳ちゃんの何倍も美味しい料理が作れるわよ? 指揮官だって食べたことあるでしょ?」

 

「鈴谷はむしろ指揮官に料理して貰いたい派です。きゃっ、言っちゃった♡」

 

「うるさいのよこの三バカ!! いつもいつも赤城の邪魔ばかりして、もう今日という今日は許さないのだから! そうよ、邪魔者はすべて、残らずソウジ(・・・)しませんとねぇ。……あは、はは、あははははは!!」

 

「あらやる気なのですか? ならば受けて立ってやります。いきますよ、601空発艦準備!」

 

「遂に高雄型最終奥義、牙突極式を披露する時が来たようね」

 

「ねえ指揮官。あんな野蛮な人たち放っておいて鈴谷とそこの物陰のほうにいきません? ひと夏のアバンチュールですよ」

 

「ってなに一人で抜け駆けしてるんですかこの淫乱重巡がぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 激昂する赤城とそれを煽りまくる大鳳たち。

 

 この重桜寮においてはもはや見慣れたただの日常風景である。

 

 

「────!」

 

「…………」

 

 

 わちゃわちゃと揉み合いになって取っ組み合いの喧嘩を始める四人をどこか遠い目で眺めながら、ズズッと緑茶を啜る俺。

 

 と、そんなとき──。

 

 

「──こんなところで奇遇ね、オサナナジミ」

 

「隼鷹……」

 

 

 熾烈なキャットファイトを繰り広げる四人の目を盗むようにして現れたのは軽空母、“隼鷹”。

 

 司令本部からは第十三海域と呼称される海域を攻略中に、重桜本国より増援として充てがわれた艦船だ。

 

 ミミズクのような羽角の付いた特徴的な紫の髪に、赤い瞳。

 

 重桜の空母らしく巫女服を思わせる衣装を纏っているが、やはり露出は多い。なぜ重桜の空母はこんなに胸元や足が露出しているんだ。

 

 ちなみに彼女は赤城、加賀、大鳳などとは違い、胸の谷間は完全に隠れている。代わりに横乳がはみ出ている。なんてこったい。

 

 

「これからご飯? じゃあ“今日も”一緒に食べましょ?」

 

 

 と、先程まで赤城が座っていた席に腰掛けながら、可愛らしく小首を傾げてくる隼鷹。

 

 それを見て、対面側のツェッペリンが訝しげな表情を浮かべた。

 

 

「……今日も、だと? 卿はいつもその女と一緒に昼食を摂っているのか?」

 

「いや、昼休みに隼鷹と顔を合わせるのはこれで四回目ぐらいだ。彼女は着任からそんなに経っていないからな」

 

「そんな!? 思い出して指揮官!! 私たちは“ずっと前から”一緒にいたのよ!? 食事のときも毎日毎食一緒だったじゃない!」

 

「なに!? そうなのか卿よ!?」

 

「記憶にない」

 

「食事だけじゃないわ。お風呂に入るときも一緒、夜寝るときも一緒、産湯に浸かったのも一緒、産道を通ったのも一緒、私たちは“肺呼吸を始める前から”ずっと一緒だったじゃない!! 思い出して!!」

 

「無茶言うな」

 

「ああ、なるほど……。そいつはそういうアレ(・・・・・・)なのか……。さすがは重桜だ」

 

 

 ツェッペリンが一人、納得したように頷いた。

 

 うむ。重桜はメシは美味いが所属している艦船がとにかくぶっ飛んだ連中ばかりなのだ。

 

 いや彼女たちごく数名を除けば他の艦船たちは皆まともなのだが……。

 

 赤城、大鳳、愛宕、鈴谷、隼鷹。

 

 今日はまた特に濃いメンツが揃ってるな……。

 

 

「ねえ指揮官。ここは悪い虫がたくさん居るようだから場所を変えない? “いつもみたいに”準鷹が部屋で料理を作ってあげるわ」

 

「なっ、またしても抜け駆けの気配! おのれ、そうはさせません!!」

 

「あぐっ!?」

 

 

 準鷹の存在に気づいたらしい大鳳が、彼女の背後から忍び寄って不意打ちのチョークスリーパーをキメていた。

 

 言うまでもなく、絞め技は反則である。

 

 

「おい何してんだ、やめんか大鳳! 窒息したらどうする!?」

 

「っ……! し、指揮官様がそう言われるのでしたら……」

 

 

 と、俺に名を呼ばれた途端、大鳳が顔を赤くさせながら腕の力を緩めた。

 

 が、その一瞬の隙に。

 

 

「よくもやってくれたわね……!! 私と指揮官の逢瀬を邪魔する虫けらが、くたばれぇ!!」

 

「ぐぇっ!?」

 

 

 ……逆に今度は怒り狂った隼鷹に、大鳳のほうが首を締められるのだった。

 

 ってか、なんでこいつら何の躊躇もなく相手の息の根を止めようとするの……?

 

 

「ねえここ!? ここを締めれば動かなくなる!?」

 

「ぢょっ、ギヴ……ギヴでず……!!」

 

「いいわ、その調子よ隼鷹ちゃん! もう少しで落ちるわ!」

 

「ライバルに死を! ライバルに死を!」

 

「何なら手伝ってあげますわぁ」

 

 

 見れば愛宕、鈴谷、赤城が隼鷹に絞め落とされる大鳳の様子を嬉々として見守っていた。

 

 圧倒的狂気──!!

 

 さすが重桜、修羅の国すぎる!!

 

 

「こら、だからやめろと言ってるだろうが!」

 

「離して指揮官、そいつ殺せない!!」

 

「殺したらまずいんだっての!! ああもう、いいから落ち着けお前ら!!」

 

 

 ……それにしても、普段からこいつらはやることが過激だが、今日は特に酷い気がする。

 

 …………(ぶるっ)。

 

 あれ、なんか妙な胸騒ぎが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 ──いっぽう、その頃。

 

 

「まったくアイツめ。いったいどこへ行ったんだ……」

 

 

 弁当の入った風呂敷包みを持ちながら、彼女、戦艦加賀は不満げな声で独り()ちた。

 

 せっかく手間暇をかけて作ってやったというのに、なぜ執務室にいないのかあの男は。

 

 まあたしかに、出来栄えを気にしすぎるあまりかなり時間がかかり、気づけば完成した頃には既に正午を回っていたのであの男が腹を空かせて食堂に向かっていたとしてもまったく不思議ではないのだが、こんなことなら朝から今日は弁当を作ってきてやると言っておけばよかった。

 

 そうしていればわざわざ寮舎から出て誰もいない執務室に向かい、再び寮に戻ってくるという二度手間は省けたというのに。

 

 と。少し自分のサプライズ心を呪う加賀である。

 

 

「アイツのことだ。どうせまた重桜だろう」

 

 

 そんな確信を持って、加賀は重桜寮の方へ向かって歩みを進める。

 

 そして馴染み深い寮舎へと入り、食堂スペースへ足を踏み入れ──ようとしたところで。

 

 

「──ほう。赤城姉さまに言われ入り口を見張っていれば、これはまた。まさか貴様が来るとはな」

 

「……っ」

 

「なあ、もう一人の私(・・・・・・)よ」

 

 

 ──自身と全く同じ姿をした、基礎と艦名を同じくするもう一人の自分と()(くわ)したのだった

 

 

 

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