魔法使いたち 作:(ё)
その日、学び舎としての平穏は、空を切り裂く五つの光条によって終わりを告げた。
戦闘開始の合図があるまで、両方の選手は待機する。
ナリウル……単一の魔法を用い、一瞬の攻防を得意とする選手。
リオン……複数の魔法を用い、長丁場の攻防を得意とする選手。
どちらが勝利するのか、その期待を込めて観客は1年生のみに留まらず、6年生まで出てきている。
期待のニュービーは、この栄えある魔法学院において多い。派手な魔法を使う者ほど注目され、そしてこの今回の決闘にてどちらが強いのか、雌雄を決する。
その光条はモニターとなり、内部を映し出す。
マジックバトルの開始の合図でもあり、その一つ一つが輝いて光源にもなる。
学校の広大な全敷地を飲み込むようにして常時展開されている、正五角形の巨大なドーム状結界。
その半透明の障壁は、内側の光景を歪ませ、外の世界から切り離された完全な隔離空間を作り出していた。
だが、その結界の内部に、さらに入れ子構造となってその場所に結界が貼られた。
その結界の外では、取り残された生徒たちが息を呑み、今か今かと開始を待ちわびている。
だが、その声が内側に届くことはない。そこは既に、法も常識も通用しない、ただ己の技量を審判する場所……
生の坩堝たる闘技場へと変貌していたのだから。
■
擬似的な太陽が点灯し、気温は一気に上昇する。
燦々と輝く光源も、発光魔法が掛けられているのか。
強烈な輻射熱を感じる。
昼夜とも得意であるが、昼のほうができるだけ有難かった。なぜなら、夜はとんでもなく寒いし自然に吹く風が強すぎるからだ。
昼間というのはリオンがいちばん慣れている時間帯であり、しかも正午。
これほどまでに素晴らしいことはない。
「ようやく……ようやくだ。」
「ようやく決闘開始か……フフ。心が踊る」
リオンは、決闘1日前、砂漠をモチーフとしたフィールドだと知り歓喜した。
そのフィールドは、最も得意とする場所であったからだ。
砂漠の熱砂は、地面にヒーターがある関係上……表面がいちばん冷たい
輻射熱の主となる熱源、高い天井に浮かぶ太陽の点灯は恐らくつい先程。
砂の比熱を考えれば、中心部には熱が籠もっているが、表面まで熱が伝わりきるにはまだ早い。
予熱不足による表面の冷たさが何やら砂漠の再現にしてはややチープだと感じたが、リオンは流した。
(何で学年対抗のマジックバトルでこんな不備が起こるのだろう?)
(まあいいか。)
しかしその抱いた疑問はリオンもナリウルも同じであり、まずはそんなことを考えるより先、太陽によって気温が上がりきる前に探索をしようとほぼ同時に走り出した。
幸いなことに、すぐ近くにあった宝箱の中に"圧倒的優位"に立てるアイテムが入っていた。
ニンマリと笑いながら、ナリウルが手の内の瓶を太陽に掲げた。
表面で散乱するその光は、青色に変化していた。
だが、それと同時にリオンは音もなく、足跡もなく、砂の上を滑るように移動し続けていた。
それは慣性の法則が泡を吹いて倒れるもので、物理に反した挙動に見えた。まるで氷の上を滑るように移動するその背中は、まるで見えないプロペラがあるようにどんどんと加速していき、時間と共に速度が上昇する。
ナリウルが砂丘に足を取られようとも、自分は最初から魔法を使い、スイスイと滑るリオン。
歩き、走る。あるいは飛ぶという移動方法そのものに第4の選択肢を突きつけた。『滑る』という行為は本来、砂漠地帯では難しい。しかし、彼の能力を使えば余裕の極み。あらゆる環境で、これと同じ芸当ができてしまう。
「アッパーフォース」
その時、空気はリオンへと服従し、水平移動するリオンを斜め上に打ち上げた。お目当てのアイテムが入った宝箱を見つけるために、飛び上がった。発見されるリスクこそあるが、高所からいくつもの宝箱を次々と発見しては開けていく。
宝箱は砂丘の隙間やオアシスの噴水など、建物に配置されていることが多い。
宝箱から青いラベルの瓶を1本見つけると、満足げにチェストリグに挿した。
周りの砂丘に積もっていた砂も同時に、リオンの心情に合わせるように浮かび上がり、まるでグッドマークのような形を作った。
身長を優に超えるその大きな砂の右手は、ただ砂を固められたものと思えない性能をしている。
のたうち回り、砂を巻き上げていく。
手首から先だけが動くホラーな映像は、初見の観客から驚愕を呼んだ。
「すごい!なんて精密な造形だ……特に構造が凄いぞ!人体解剖学をどれだけ忠実に再現したらあの右手を作れるようになるのか!?凄すぎる!?何だあれ!?」
べた褒めのその言葉も、周囲の観客は冷めたような目線で見ている。
その1年生は困惑しながら、何故かと問う。九月の入学したての彼には、このような光景は極めて洗練された物に見えたからだ。魔法の緻密な操作と類まれなる魔力量に裏打ちされた、質と量の完璧な両立。
すると周辺の『同級生』が、その1年生に諭すような口調で言う。
「あいつは勝てるような相手じゃない。もし倒せるなら就職に有利かもしれんが、俺はあいつのせいで実技点が足りずに1年生のままになってる。」
「お前もそうなりたくなきゃ、あいつには絡むな。」
呆然としつつも、光条のモニターを見つめる。
文字起こしされている字幕には……とてつもない歓喜の文が並んでいた。
アイテムを拾ったのだろう。
しかしどれも抑揚から表面的な物に感じられ、本心が一切籠っていないと察知した。
ピンマイクから拾っている影響で結界越しにハッキリクッキリ聞こえてくるその声は、極めて軽快だった。
「お、いたいた」
すると、真っ直ぐに向かって走るナリウルが見えた。この直径5キロという空間において、推力に優れるナリウルが圧倒的有利を取っていると思い、展開を予想する。
「せい!」
一瞬にして砂の指はナリウルの元に向かうが、それをナリウルはガードして見せた。
六角形の板を大量に展開するナリウルに向かい、次々に砂の右手が群がる。
おおよそ5Mもあろうかという大きな右手だけではなく、顔ほどの小さい手が地面にわさわさとバタつきながら満ちている。
自慢の推力はどこへと消えたのか、魔力弾を地面に撃ったり右手に撃ったりと……場当たり的な対処のように思えた。
(持久力切れを目指す極めて陰湿な戦略だ……乾燥した地形とは裏腹に、かなり絵面が地味。とんでもないな。)
観客は気付かぬ間に口角が上がっていたことに気づき、震えた。
期待しているのだ、リオンがナリウルを完封することを。
「またかよリオンのやつ!頼むぜナリウル!あいつの鼻っ柱を叩き折ってやれ!」
(隣の観客のブーイングがうるさいなあ……でもこれをリオンは知らない。もし仮に聞いていたとしたら、"この手段を持っているのなら使わない方が失礼だ"などと返すかな?)
と、本人が聞いていたら激怒しそうな勝手な妄想を連ねて、1年生はリオンという人物像をイメージで補完し、定めた。
彼は2年生だが、ほとんど全ての同級生に決闘を仕掛けては一方的に勝利し、残酷な手段を使ってマジックバトルをした。
テレビ中継で見たことがある。
市街地では、民間人を模した人形を殺しうる攻撃をすると失格になるというルールの穴を突き、スクールバスをジャックして轢いたり……
はたまた原生林を模したフィールドでは、一撃で殺せる設定のナイフを持って木の上でガン待ちしたり。
1:3や1:5など、圧倒的不利な人数差を搦手で覆すし、市街地ではピックアップトラックをパクって容赦なく轢いた。
(しかも今回は1:1で、開始5分以内に瞬殺し続けた砂漠フィールド。どうなるか明白!)
しかし、その1年生と、隣にいる同級生の1年生は固唾を飲んで見守った。
何をするのか知りたいのだ。1年前の時のレクリエーションのように砂の迷宮を作ったりするのか、それとも砂の拳で握りつぶすのか。
結界のかなり端にドームを大量に作り、まるで雪のイグルーのようなものが数百も砂から隆起して生まれる。
1年生や2年生などの観客の1部はリオンに倒され、魔法の練度において明確に『劣る』と突きつけられた者たちだ。
しかし、2つ隣の席に、立ち上がりながら応援している生徒がいた。
(彼は6年生のワッペンを付けている。おそらく、リオンとはマッチングしたことがない人だろうか?)
「リオンー!やっちまえ!コテンパンにしろ!」
このように声援を飛ばす者もいたが……彼らはマジョリティー。
リオンの技を卑怯と言わず、褒める者。
敗れたことを才能の差などで正当化していない者たちである。
正当な評価を下しているのはどちらか、というのはフラットな視点を持つとすぐに分かるだろう。
1年生は光条のモニターから見るが……砂の影響か、見えずらくなったことを感じる。
猛烈な風が吹き始め、右手が砂丘を崩してナリウルに突撃している。
巻き上げられた砂は嵐となって、モニターの映りを悪くさせる。決闘の結界には熱源感知や透視など付与されているが、それでもなお粉塵という特性上、極めて視界が悪い。
一方の1年生を2回体験している生徒は何も見えないこの空間にテレビ越しに見ていた光景を回想し、猛烈な既視感を覚えた。
ナリウルがどう切り抜けるのか期待するが、内心ではリオンが倒すのか、ナリウルが切りぬけて倒せるのかをまだ予想できていなかった。
己の心の中ではリオンが負けて欲しいが、このままではナリウルがリオンに勝てないのだ。
もう一方の生徒、そして不特定多数の一般人が混ざった観客たちは、ドームに隠れる芋戦法に文句を言い、正々堂々戦えとブーイングを飛ばす。
「卑怯者!卑怯者!卑怯者!」
「面白さが足りない!」
しかし、観客は罵声を浴びせていた一方。
唐突にリオンは動いた。
砂嵐の外縁部、ステージの際で砂のドームばかり作っていたと思ったら、いきなり砂嵐の中から巨人の手が現れたのだ。
観客は、すわ2つ目かと思い、今後の展開が気になったが……ナリウルが最初に壊した方の右手が、再び動いていた。
魔力弾を受けて、粉砕された砂の山。そこから無数の小さな手が生まれ、ガードに飛びかかっていく。
(あの右手を打破しても、復元されて削り殺される!自分と同じように、ナリウルも負けてしまうのか……)
右側の観客席の生徒たち……同級生は立ち上がって、光条のモニターに映り出されている選手を見つめる。
ナリウルは群がる右手を推力の噴射で纏めて粉砕し、水平に飛んでいる。
その軌道は真っ直ぐで、愚直なまでに直進だった。
リオンとナリウルの簡易マップをスマホ画面で見つつ、驚愕した。
(ナリウルは砂嵐の中にいるはず。)
(それなのに2つ目の右手を向かわせず、自ら壊し、ドームの中に隠れている…一体なんの目的があるんだろう?)
しかし、ある恐ろしい事実に気が付く。
選手の目にはバイザーが取り付けられ、視線をトラッキングし、スマホ画面とモニターに映し出す。
座席の机の上にある立体的に投影された40分の1スケールの人形。
それは選手の動きを再現し、ホログラムでステージをリアルタイムで表現する。
単なる光の配置によるまやかし、触れられないものといえども……中々に精度がいい。
しかし。見間違えでなければ……
(ナリウルは移動しているのにリオンの視線が正確に追跡している。位置的に砂のドームが遮蔽物になるし、砂嵐で透視魔法を使ったとしても見えないはず。)
(一体何を使って把握してるんだ……?)
その視線は、期待か落胆か。どちらとも言えない表情が、飛ぶホログラムに向けられていた。
周りの観客の反応から、探知された時点でもうダメなんだ、と察したのだ。
(リオンには大量のアイテムが揃っている。)
(恐らくバイザーの効果だ……)
(だが何だろう?アレ、どういう原理のものだ?)
(透視魔法は分厚い壁よりも粉塵を極めて苦手とする。つまり、砂という大量の阻害物がある時点で把握などできないはず。)
(何らかの手段を用いて索敵している?)
(どうやって……?)
1年生からデフォルメされたリオンに向けられていたその視線は、羨望。
隣の席の"1年生2回目"の同級生はアプリを起動していないようで、ARホログラムが出ていない。
同級生の視線はスマホ画面ではなく、モニターに向いていた。光の束が彩るモニターは照らされて煌めき、その色はグラデーションとなって刻一刻とマーブルになっていく。
その変化がどうにも何かを表しているようで、胸騒ぎがした。
一説によれば色がオレンジの時はフィールドアイテムが配置されまくっているとのことだが……共同演習とは違い、そのようなことが大会にも適応されるのなら。
この大会は、リオンに蹂躙される。
■
ビュウ……ビュウ……ッ!
風の音ではない。それは、大気が悲鳴を上げている音だった。一方向に固定された指向性の暴風は、地表に敷き詰められた白い砂を根こそぎさらい上げ、視界を白銀の闇へと変えていく。
砂のドームは削れていないが、もう15分以上も続けられている影響が確実に出て、フィールド全域が完全に砂嵐の中だ。
最初は小さな渦だったのに、あっという間に急拡大。
リオンが仕掛けたこの戦術は、単なる目くらましではない。
舞い上がる数億の砂粒。それら一つひとつが、暴風のエネルギーを蓄えた極小の弾丸と化している。
それはリオンが二重の意味を込めて名付けた、『デザートナイフ』。
この渦中に放り込まれた者は、ただ立っているだけで全身の皮膚をヤスリで削られるような感覚に襲われ、目を開ければ即座に視界を奪われる。
柔らかい眼球に、時速百キロを超える砂の礫が当たればどうなるか。視界を塞ぎ、あらゆる五感を制限する。
風によって聴覚を、砂によって触覚を、砂と風によって視覚を。
それはもはや、戦闘と呼べる代物ですらなくなるはずだった。
砂という研磨剤は高速で動くとヤスリがけの如く、当たったものを削ってしまう。
しかし、ナリウルは違かった。このまま砂嵐をガードしていてもジワジワと壊され、決着が遅れるだけだと思ったのだ。
「ブースト」
極限まで短いその声は、魔法を最大まで引き出そうとする。本来の用途から離れた、短時間での圧倒的な推力。
それが発生し、体を超高速で動かす。
血液が足に偏るような、そんなものを感じつつ。
砂に逆らうようにして直進する影響で、ガードが削られる速度が急激に上昇した。
しかし、そのようなことも気に止めず、ボボボボボ、と5発の魔力弾を指先から一瞬で発射した。
砂嵐には開いた扇のような穴が開き、リオンまでの道を指し示した。
それは魔力弾とはいえど……使われているのは節約された魔力であるというのが見て取れた。
観客や生徒はナリウルの魔力がマトモに残っていないと思い、負けを確信する。
(あれは俺も経験した、『負けのパターン』だ。)
(打開しようとした所を殺される!)
(ナリウル……頼む!勝て!)
1年生2回目。それが意味することはどういうことか。
魔法学院なんて背伸びした場所に来てしまった、実力不足の結果。しかし、それを直視したくないからこそ、同級生は観客席に座り、両手を合わせて祈る。
魔力弾によって少しだけ砂嵐が晴れたという期待は、字幕のついたリオンの言葉に粉砕された。
「お前が、私の技に耐えているガード。その魔力ロスが大きいという特性はキツイよねぇ!一瞬だけ晴れてもどうしようもないぞ!材料はそこら中に、いくらでもあるんだからな!」
地面から砂が次から次へと補充されて、晴れた嵐が再び粉塵を纏い、まるで意志を持ったようにうねる。
曇天の空となり、黄色に濁った空。それは、全て砂によって構成された妨害なのだ。
そしてスマホ画面にリアルタイムで流れているTPSモニターは、小さな砂の拳が体を左右に殴り押し、地面の砂はまるで蛇のように鎌首を持ち上げて、腹を突き殴る。
無様に転ばせようという意図が感じ取れた観客は、もはや敗北が確定した後の死体蹴りを見ているような気分になり、冷めた視線を送った。
画面上のナリウルは一方向に加速するという選択肢を取ったが、これではもう負けたようなものだ……と。
それが観客の総意であり本音。ナリウルは隠しダネが何も無い一発屋だと悟ったのだ。
輝かしいトーナメントの勝ち上がりも、全ては短期決戦だった。つまり、持久戦に持ち込まれた時点で……もう負けは確定したのだと、諦めるような視線を観客は送っていた。
これまでのマジックバトルは映えがあったが、最後の学年対抗で映えが無くなった。
そのように感じるインフルエンサーや大企業の役員、その家族など……さまざまな人々が共通して敗北を思っていた。
ナリウルの勝利を祈る同級生は、どうかここから逆転してくれと、悲鳴のような声を内心で上げる。
だが、スマートフォンから聞こえてくるナリウルの声だけは勇ましかった。
「負けてたまるかよ!てめぇの種は割れてんだ!お前は魔力でゴリ押しでやってるんだよな!もうすぐ切れるんじゃねえか!?嵐が縮んでる、虚仮威しだろう!?バレちまったなあ!」
(リオンはたぶん、完全な魔力切れだ。砂嵐の規模は大きいけど、さっき右手を崩した。あれはつまり、操作できる魔力が残ってないってことなのか!)
1年生はそう思い、リオンに勝てるのではと誰もが一転して思った。
一瞬だけ開けた視界。その先に見えたリオンに向けてただ愚直に推力を噴射した。
『真っ向からの粉砕』を狙い、その生徒……ナリウルは走る。
リオンがチェストリグから青いラベルの貼られた瓶の中身を急いで引き出し、飲むと、周りの生徒は動揺した。
結界の内部すべてが砂嵐に覆われていても、戦況が変わったとしても、この光条の熱源感知などの効果によって配られたスマホを持っている観客ならば探知可能であるが……しかし、このアイテムを今飲むということは予測不可能だった。
大企業の役員やその家族などが手に汗握る戦いを期待し、スマホ画面を見つめた。
リオンの位置はナリウルの軌道上と完璧に一致していると確信して、応援を飛ばしながら見ていた。
「おお、ペイル・リキッドだと……!リオンも使うのか!」
生徒は涙を流しながら、ナリウルとリオンに拍手した。死なない決闘といえど、これほどまでのデッドヒートした決闘は久方ぶりだったからだ。
学年対抗はやはり面白いと生徒の誰もが思い、その覚悟に涙腺がふと緩んだ。
魔力を一瞬で回復するその液体は極めて高価。価格もさることながら、その副作用ゆえ規制されることもあった。
しかしその副作用、万力で頭を締め付けるような強烈な頭痛を取り除くと……どうしても強力な鎮痛効果を持つ成分を入れる必要があり、そうなると薬学上の法律に引っかかるため副作用があるリキッド……ペイル・リキッドのみが流通する。
"魔力の全回復"にてこれから戦うのだと察し、リオンが勝つのかと思い、生徒らは声援を浴びせる。
一方、観客らは違う。
逆転アイテムを勝者側が使うとどうしようもないほど不利になる。
つまるところ、先にペイルリキッドを使ってしまったナリウルと、リオンでは……温存できた魔力量が違う。
「ねじきれろ!」
リオンが放ったのは極めて雑な、対象を絞らない魔法。だがしかし、その威力は恐ろしい。逆方向に回転しながら、まるで旋盤に巻き込まれたように正面すべての空間が破壊された。
(砂は回転方向を示す指標としてナリウルが使うことができるだろうけども……あんな荒れ狂う回転の波を乗りこなせるのか?)(推力では無理じゃないか?)
空気が服従し、砂が渦を巻いて超高速で回転する。それはまるで巨大な蛇が二匹いるようで、恐ろしい威力を見た者に直感させる。
当然、リオンはその中にいるナリウルに向けて放っている。
まるで滝壺のように規則的な回転は、まるで洗濯機に入れられたタオルのように体をグルグルと回し、異なる回転がかかる。
「痛ってえなあ!」
しかし、その途中。
右腕が強力な捻じりに耐えられずに肘から逆方向に曲がり、肩関節が脱臼した。
いくら肩関節は球ゆえ可動域が広くともそれは理論上。柔軟性が悪かった!
光条には選手の負傷箇所が映し出されているが、肩に手首に肘に、ありとあらゆる関節がやられていた。
「ただの砂じゃねぇな!固まってやがるっ」
岩。まさに岩だ。
数十kgはある砂の岩が、ぶつかったのだ。
対するナリウルも、そんな怪我をしてさえいても、極めて冷静かつ落ち着いて、対処をした。
(残っていた魔力でガード、右腕にはもはや使わない!己の勘に全てを委ねてただ加速する!!)
一瞬で右腕は折れ、そして砂に削り取られこの世から消失した。
リオンには未だ負傷箇所がない。
この出血は、いくら結界があるとはいえ負荷が強すぎる。
しかし、そんな不利は、徐々に激烈な風として顕現する。
再び轟く風の音は、もはや桁違いなほどに強くなる。
砂という天然の研磨剤を含みながら、ゴゴゴゴゴゴと、異音を発しながら膨れ上がる砂嵐。
人など軽く吹き飛ばせる。砂嵐に上から加わる猛烈な縦回転によって乱流がいくつも発生し、侵入を阻もうとする。
中では砕け散る岩が、再び纏まり、ナリウルへと殺到する。
「はは!こっちだよ!来てみなよ!来れないだろう!?」
前方からの風に乗ってリオンの声が届くが、そんなことを気にしていられる余裕は無い。
観客は、拙い挑発の手段だと、ナリウルのTPS視点で見ていた。
「ウオオオオオオオオ!」
既に体は中に浮き、空を飛びつつも、全速力での突進により、姿勢の制御は可能。
殺人的な加速がその体に叩きつけられる。
砂のせいで何も見えないが……そして、声を発することによる位置の露呈も構わない。
なぜなら、ナリウルはこの一撃に全てを載せるつもりだからだ。
「食らえや!バースト・キック!」
自分の体の1部位にのみ加速をするとどうなるか。踵……足裏という部位は当然、足に接続されており、膝に関節があるため曲がる。
すると上半身が意図せずとも回転し、流れを乱してより大きな表面積を得る。
つまり、砂により広い面積で当たってしまう。
しかしサンドブラストがいくらあったところで結界によって死ぬことはない。
本来なら右腕の消失というものは出血多量で死ぬようなことだ。しかし、この決闘用の結界はかなり強い。
救急車に使われている結界と同じで、死だけは免れることができるのだ。
医療用結界があるということはつまり、とてつもなく痛いのを覚悟すれば、肩の脱臼と関節への負担など無視できる。
しかし、腕が消えたことによってバランスを失っているのか……斜めに飛んでいる!
「ここだ!」
既にペイル・リキッドなどの強力な回復剤を使い切ったナリウルにとって、もう後がない。
(ノーアイテムで奴と戦う必要がある!クソ!)
(だが確かに捉えた!その命、貰うぜ!)
視界不良による空間識失調に襲われながらも、なんとか当てた。ガードの面を押し付け、確かに貫通した。
ボスッ……ドサ。
しかし、チープな音を立てて倒れたのは『砂のかたまり』。
背後から耳打ちし、喋ってくるのは……リオン。
「お見事。もし、私に当たっていたら肋骨どころか背骨は折れてただろうね。」
「でも、当たらなかったらそのブーストも意味をなさないじゃんね。」
「いやあ大健闘だよ、本当に健闘した。君のような骨のある人ばかりだといいんだけどねぇ。」
砂嵐が解かれ、まるで天使のように空から舞い降りるリオンの姿は、逆光によってナリウルの目には表情が分からなかった。
それと同時に、己の完全敗北を悟る。
リオンは空をいつのまにか飛んでいたのだ。
だから外した。
そう思い、砕け散った左腕と、数え切れない数の骨の破片と共に己の未熟さを痛感する。
「そうだ!君の敗因を教えてあげよう。」
「まず大きく1つ、僕の砂嵐の中でガードを15分も継続したこと。感知範囲は砂嵐の中、つまりフィールド全体だ。砂で削れなくとも、全身をガードしたままだとブーストが使えないんだろう?どれだけ素早くとも、直線的なら動く的だね。」
リオンはクルクルと、人差し指を回して、数を数えていく。つらつらと読み上げられるそれは全て敗因。
メンタルが折られるような、棘のある言い方、
「で、まあ言わなくとも分かってるだろうけど……最大の敗因は、攻撃を外したこと。」
「場所を移動しない、だなんて悪手をやると思ったかい?お疲れ様。でも良かったよ。次はもっと頑張りなぁ!」
パン、と手を叩いて話を締めたその瞬間、ナリウルは更なる激痛を知覚した。
腹から飛び出したのは、1本のナイフ。当たると死ぬオブジェクト。ナリウルは、何としてでもナイフを拾ってリオンに当てるつもりだった。
しかし、暴風の中、どさくさに紛れて引き寄せた。
背中から貫通するその痛みを感じ、限界に達していたアドレナリンが再燃する。
「クソ……俺の負けだ。」
ナリウルは悔しかった。同期を演習ではボコボコに打ち倒し、本番のトーナメントでも優勝した。
過去……高校では無敗だった。こんなにも高い壁があるなど、分からなかったのだ。
「まあ、挫折も経験のひとつでしょ?」
「お疲れ様♩」
意識が成り立つ限界をとうに超えていた負傷と、先程の刺突が呼び水となり、視界が急速に遠のいていく。
砂嵐が晴れ、砂が体に降り積もる。
ナリウルは決闘の代表選手を辞めることを決意したが、そんなことを知らない去りゆくリオンの背中から……声が漏れた。
いや、気絶しても聞こえるように言ったのか。
「私の魔力量は君とほとんど同じなんだよ?」
「探索・戦闘・勝利……SBWを満たす能力を要求されてるんだから、君の推力は探索に向いてるはずだよね。」
「でも実際は、宝箱は殆ど全部私が見つけた。」
「何でだと思う?」
問いかけるような言葉をかけたが、リオンには、答えさせるつもりなど無かった。既にナイフを当てた時点で試合は終わり、自分のピンマイクが一切光っていない。
「君が巨大な右手と戯れてる間に、私はステージを探索したんだよ。高所を取れば視界が有利になるんだ。」
「砂嵐は確かに渦を巻いてたけど、私が空を飛ぶから上空には無い。つまり君は魔力弾を使って足元の敵を晴らすのではなく、自分に推力を乗せて砂嵐の無い空に飛ぶべきだった。」
「はは、残念。そんなこと言っても、実際に君は無理だったんだから無用のif論か。勝手に発想力の塊みたいなイメージを勝手に持っちゃってごめんね?」
「空を飛べば君は強かった。でも、2次元的発想に縛られてたらその魔法も可哀想だ。」
どこまでも冷酷なその事実。
しかし足元に徹底的に注意を払わせ、空を飛ぶという選択肢を砂嵐というもので無くしておきながらの、この言い草。
これが2年生の代表選手の力だとでも言うのか。指を鳴らしただけで、闘技場の中に乱立したドームを全て解体した。
3ケタという数も。指を鳴らしただけで一瞬でただの砂山に戻る。
これこそがリオンの圧倒的な魔法である。
ファンファーレと共に、リオンは次の試合に向かった。
闘技場、そのうち四つの出口は用途別。
ナリウルは西に運ばれ、勝者たるリオンは、勝者の道たる方向へと歩いていく。