子供の頃は皆を救うことが出来る勇者になりたかった。
きっかけはなんだったかな……多分、世界を救う勇者の絵本を読んで影響を受けたんだろう。
毎日木の棒を振って、手のひらのマメを潰しながら馬鹿みたいに努力を始めた。
少し大きくなったら周辺の魔物に片っ端から喧嘩を売り続けた。
ゴブリンを狩り、オークを狩り、ハーピを、ケルピーを、ヒポグリフを、コカトリスを……。
幾万との死闘を繰り返し続け、俺はいつしか戦いに魅入られた怪物、『剣鬼』と呼ばれるようになった。
だがそんなことはどうでもいい、俺は勇者となり世界を救う。その為にここまで戦ってきたんだ。
「聖なる
教会にて、祭壇の前。
白い髭をたくわえた老教皇が、震える手で聖杖を握り、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「その背に負うものが重責ではなく、人々の希望とならんことを……行きなさい。神の愛し子が住まう、この世界を守るために」
「はい!」
若者は力強く返事を返した。
しかし周囲の人間には祝福の歓声は無く、困惑した空気が漂う。
当然の反応だ、なんせ……。
「あんな子供に我が国の勇者として認定していいのか?」
「他国は常勝無敗の剣闘士に魔法院最高の天才魔術師、あらゆる戦場に現れて全てを射抜く弓兵……それに比べて」
「……剣すら握ったことが無いような農民、か。教皇様は何をお考えであの子供を勇者に」
肌は透き通るほど白く、重いものを持てるかも怪しい程の細い腕。誰がどう見たって勇者とは対極に居そうな人間だ。
――こんな奴が選ばれて俺が選ばれない? 何十年も剣を振り続けて名の知れた剣士になったんだぞ?
だってのにあんなどこにでもいる様な子供に負けただと!?
認められない、認めてなる物か!
俺は腰の剣に手を掛けた。
このふざけた茶番を止める。教皇の老いぼれた頭を叩き割り、あのヒョロガリの首根っこを掴んで引きずり下ろす。そして俺が、俺こそが勇者だと叫ぶために。
柄を握る指に力がこもる。殺気が漏れたのか、周囲の衛兵がギョッとしてこちらを向いた。
だが、俺が一歩を踏み出すより早く、教皇の濁った瞳が俺を射抜いた。
「――
水を打ったような静寂の中、俺の名が呼ばれた。
心臓が早鐘を打つ。まさか、間違いだったと言うつもりか? やはり真の勇者は別にいると? 俺は荒くなる呼吸を押し殺し、赤い絨毯を踏みしめて祭壇へと進み出た。ガキの隣に並ぶ。
近くで見れば見るほど頼りない。泣きそうになりながら俺を見る、ミルクの匂いがしそうなガキだ。こんなのが勇者? やっぱり有り得ねぇな。
「……何用でしょうか、教皇猊下」
「不満そうですね。無理もありません。貴公の武功、神も知るところ」
教皇は淡々と言い放つと、さらに残酷な言葉を続けた。
「しかし、貴公は選ばれなかった。勇者の器ではないからです」
「ッ……!」
「ゆえに、貴公には別の『天命』を与える」
教皇は俺と、隣のガキを交互に見つめ、厳かに告げた。
「この『勇者』の付き人となりなさい」
「……は?」
思考が停止した。付き人? この俺が?
何十年も剣を振り続け、魔獣の血を啜って生きてきたこの俺が、こんなガキの世話係だと?
「勇者には強大な魔力が宿っていますが、見ての通り、肉体は未成熟。戦場に出れば数秒も持たずにで死ぬでしょう」
「ならば、なぜ!」
「だからこそです。勇者は『鍵』であり、貴公は『錠』を守る『鉄扉』となるのです。……貴公が守らねば、この世界を救う光は、最初のスライムごときに食われて終わる。それでも構いませんか?」
卑怯な理屈だった。 世界を救いたいという俺の願いを人質に取り、プライドを粉々に砕く命令だ。
俺はギリリと奥歯を噛み締め、拳を握りしめた。爪が皮膚に食い込み、血が滲む。
隣を見ると、ガキがおずおずと俺を見上げていた。その瞳には、俺のような野心も嫉妬もなく、ただ純粋な不安と、申し訳無さが揺れている。
「あ、あの……ごめんなさい。僕なんかが、勇者で」
蚊の鳴くような声だった。罵倒の一つでも浴びせようと思っていた気勢が、毒気を抜かれたように霧散していく。こんな子供に、俺は負けたのか。
俺は長く、重い溜息を吐き出した。握りしめていた拳を開き、ガキではなく、教皇を睨みつける。
「……報酬は弾んでもらう。子守の相場は高いぞ」
「ええ、約束しましょう。王国の宝物庫を開放します」
俺は乱暴に踵を返し、出口へと歩き出した。 背後で慌てて追いかけてくる足音がする。
「ま、待ってください!あの、名前!お名前を!」
「……オウマだ」
「僕はです!よろしくお願いします、オウマさん!」
背中に投げかけられる無邪気な声に、俺は答えなかった。
勇者になれなかった男と、勇者になってしまった子供。 最悪でちぐはぐな二人旅が、こうして始まってしまった。
次回は同日の21時ごろに投稿します