祠を壊されてしまったTS娘「また、あの祠を壊したんか!?」 作:葛城
──けっこう誤解されがちだが、電動ハンマーというのは工具でありながら、悪霊退治においては欠かせない現代の武器でもあり防具でもある。
まず、壁に穴を開けたりタイルを削って剥がしたりなど色々な使い方があるのだけど、彼女の場合は違う。
まず、電動ハンマーを起動する。
発せられる爆音は、夜なら苦情待った無し。
しかし、この爆音が悪霊を始めとした怪異……この世に存在してはならぬ存在への威嚇となり、清めの音となる。
そう、電動ハンマーの真骨頂は、その音によって破邪の力を持たせた、局所的な除霊道具なのである。
その効力はすさまじく、ただ稼働しているだけで、悪霊や怪異たちは近寄れない。
常人ならば堪らず耳を塞いでしまうぐらいの爆音が、人ならざる者たちを苦しめ、遠ざけ、祓ってしまうのだ。
ちなみ、彼女が愛用している除霊武器であり除霊防具でもあるランマーも音によって人ならざる者たちにダメージを与える事が出来るのだが、アレは強すぎるのが弱点でもある。
地面をドドドっと踏み固めていくならまだしも、こんな一般的な建築基準のマンションなんかで使ったら、底が抜けてしまう。
数多の人ならざる者たちが一目置いて怯える彼女にも勝てない相手がいる。
それは、賠償金である。
しらばっくれると確信を得ている時はいくらか強気にはなるが、今回はそうではない。
というのも、彼女が居る場所は、不審者を除けば自分しかいないという事になっている場所なのだ。
そんな場所で何かトラブルが起これば、最初に疑われるのは彼女であり……疑いが晴れても、じゃあおまえは何をしていたんだっていう職務上の指摘を受けかねない。
口頭注意で済むなら万々歳だが、業務放棄と見なされ、トラブル上の損害を請求されたとなれば……彼女は怒りのあまり周囲を焦土に変えるだろう。
それを防ぐために、あと、なんかこのマンションに巣くう者たちによって犠牲になったかもしれない人たちのために、彼女は走るのだ。
その姿は、まさしく勇敢なる戦士。
聖剣よろしく電動ハンマーを、彼女は頭上へと振り上げた姿勢のまま……タッタカ・タッタカと階段を駆け上がってゆく。
エレベーターは、使わない。
このマンション内に巣くう者たちの手段は今も不明だが、エレベーターがある種のキーになっているのは既に見切っている。
だから面倒くさいとは思いつつも、彼女はドドドドッとハンマーの爆音を奏でながら、階段を一段飛ばしに駆け上がって──その時であった。
『こんにちは』
『こんにちは』
『こんにちは』
階段の通路を埋め尽くさんばかりに、人が立っていた。 屋上まで半分ぐらいの位置に差し掛かっていた時だった。
比較的若い人が多いが、その表情は貼り付けたかのように微動すらせず、ハンマーを掲げる彼女へ挨拶してきた。
いったい、この者たちは何者なのか……残念ながら、それは彼女にも分からない。
だって、それらの顔ぶれの中に、彼女の知り合いが一人もいなかったからだ。
まあ、大して知り合いが多いわけではないけれども、それを抜きにしても、こんな場所で遭遇するような変な知り合いに覚えはなく……そのうえ、だ。
なんと言えば良いのか、気配が違う。
生きている気配はする。だが、違う。同時に、死んでいる気配もする。
つまり、生きているのに死んでいるとかいう、太陽の光を浴びているのに、浴びたところの体温が奪われていく……そんな、相反する気配がするのだ。
当然ながら、そんなのはまともな存在ではない。
生まれつきとか、そんな話ではない。
言うなれば、生まれつき一切の呼吸を行わず生存し続ける人間がいるのか、というレベルの話だ。
生まれつき才能に恵まれていたら、100mを2秒で走り抜けられるか。
生まれつき頭が良かったら、マッチ棒一つの熱源だけで鉄を折り曲げられるか。
事はそういう話であり、物理法則が根本から変わらない限りは起こりえない現象であり存在……というのが、眼前の者たちなわけだ。
ゆえに、あまりにも異質過ぎた。
その証拠に、彼女の後を付いてきている頭筋肉ポポポ女が、その者たちを威嚇するかのようにムキッとポージングを取った。
ポポポ女からしても、こんなヘンテコなやつらを前にするのは初めてだったようで、けっこう困惑した様子であった。
「──ふんぬ!」
それを見て、彼女は──一切の迷いなく、『祠』をぶん投げた。
そう、忘れてはいけない。『祠』にとって、そこらへんはまったく関係ないし、意味などない。
ただ、男が居れば女にTSさせるビームを打ち込むだけで、女が居ればもだえ苦しんで絶死させるビームを放つだけである。
たとえソレが、生きているのか死んでいるのか分からない相手だとしても……『祠』には関係なかった。
──その瞬間、立ち塞がる者たちの断末魔があたりに響いた。
男は例外なく女性へ、女性は例外なく即死して。忘れてはいけない、この『祠』は、けして善良な存在ではないのだ。
あっという間に、階段から男の気配が消えてゆく。と、同時に、続々と数を増やしていく、新たな女たち。
しかも、ただTSした元男が増えるわけではない。
それまで、隣の者が苦しんでいても『こんにちは』と繰り返すだけで、反応らしい反応を見せなかった者たち……だが、今は違う!
『こんに──え、あ、あれ、あれ?』
『お、俺はいったい……え、これ、おっぱい?』
『──っ!? お、女になってる!?』
『……ど、どうしたんだ?』
反応は文字通り、人それぞれであった。
正気に戻ったのか、それとも演技できなくなったのかはさておき、だ。
己の状況が分からず周囲を見回し、次に自身の身体を見下ろして……現実を受け入れられず困惑する者。
同様に困惑しつつも思考を巡らせたけれども、何気なく感じる重みに気付いて、触ってから目を瞬かせる者。
他の者たちと同じく自分の胸に膨らみを見つけ、同時に、股間の感覚の違いに気付いて顔を赤らめる者。
そして、己が女になっている事に欠片の違和感も抱いていないが、周囲の者たちの動揺を察して困惑する者。
まさしく、千差万別としか言い表せられない光景。
混じり合っていた生と死と男女の臭いは掻き消え、今の階段通路は年若い女たちの香りで満ちていた。
そう、年若い女の香りだけ。
生と死など関係ない、TSした元男の現女の匂いが満ちて、よけいに意味不明な気配になっていた。
『──我、悔い無し──』
そんな中で、一仕事を終えた『祠』だけが実に良い空気を吸っているかのような、満足気なご様子であった。
擬音で表したら、『ニチャァ……』だろうか。
あまりにもキショイことをやった『祠』に対して、彼女はうわぁ……とゴーグル越しに汚いモノを見る目で見つめた。
その後ろ姿を、ポポポ女は『……ポポポ、あんたがやったのでは?』とても冷たい眼差しを向けていたが……言っておくが、勘違いしてはいけない。
こいつら、一切の誇張なくどっこいどっこいなカルマの持ち主である。
そう、この場に善人などいない、全員が悪人なのだ。
ただ、悲しいのは、こいつら全員自分の事を善なる者だと思っているので、けっこうな頻度で誤解が生じやすいのだけれども。
「道は開いた、行くぞ!!」
まあ、この場においては一般人など居ないので、誤解もくそもないのだけど……とにかく、困惑するTSした元男たちをしり目に、彼女はタッタカと階段を二段飛ばしで駆け上がっていく。
幸いにも、だ。
今の彼女は作業服を着た、立派な作業員。
その手に電動ハンマーを持っているのだから、誰が見ても彼女を業者の人と思うだろう。
ゆえに、万が一異変に気付いた第三者(ぶっちゃけ、関係者)が居ても、一目で彼女とは分から──っと、その時だ。
──プルル、プルル、プルル、と。
電話が鳴った。というか、実はずっと鳴っている。けっこう前から、ずっと鳴り続けている。
どこの電話って、それは管理人室だ。
電話の相手は、オーナー。1秒の間を置くことなくず~っと、鳴り続けている。
いったいどうして……残念ながら、それを知る術が彼女には無い。
何故ならば、彼女は現在非常階段より屋上を目指している。つまり、管理人室からは離れていて、当たり前だけど電話のコール音なんて届くわけがないのだ。
そのうえ、彼女はスマホを始めとした携帯電話の類を持ち合わせていない。
なので、彼女がふと思い立って管理人室に戻らない限りは、電話が来ている事になど気付けなくて当たり前である。
……ちなみに、だ。
オーナーがひたすら電話を掛け続けている最中、代理人は……愛車をフルスロットルで走らせ、このマンションへと向かっていた。
とんでもない速度だ。事故ったら即死しても不思議ではない速度だ。
仮に警察に捕まったら一発で免許剥奪されるぐらいのスピード超過であり、下手したら捕まるぐらい飛ばしまくっていた。
だが、代理人は一切スロットルを緩めない……怖くないのだろうか?
答えは、怖くない。
何故ならば、己が事故など起こさないし、警察に捕まらないという確信を持っているから。
でも、今の代理人は恐怖に身体をガチガチにしていた。絶対に事故死などしないと分かっているのに、恐怖に歯がカチカチと鳴っていた。
このまま時が過ぎれば、警察に捕まって破滅する事よりも、命を落とす事よりも、はるかに酷い結果になるのが分かっていたからだ。
だから、止めるのだ……屋上へと向かう彼女を。
本来ならば、屋上へ向かおうとする考えすら浮かばないというのに、どういうわけか彼女は……いや、もう今はどうでもいい。
とにかく、止めなければ──その一心で、既にこれ以上回らないのが分かっていてもなお、代理人は……ギュッと、スロットルを吹かしたのであった
……一方その頃。
件の彼女だけど、そんな思いなど欠片も知る由がないわけで……うおおお、と気合を入れ直して屋上へと駆け上がっていた。
「──鍵があるぞ!?」
『ポポポ、そりゃあ、あるでしょ』
しかし、彼女の前に立ち塞がったのは、どデカい扉に分厚い南京錠と、一目で特注製だと分かる鍵穴であった。
これでは、彼女が常日頃から練習しているピッキング技術でも歯が立たない。
頭クソ肉ポポポ女のマッスルポーズによって開錠は……駄目だ、扉の向こうにはプロテインの気配が無い!!
同様に、扉の向こうにはTSが出来そうな男の気配が無い。すなわち、八方塞がり──否、ここにはハンマードリルがある!
「──ふんぬ!!」
ハンマードリルを以てしても破壊するのに時間を要しそうな南京錠だが、忘れてはいけない……彼女のハンマードリルは、普通のハンマードリルではない。
彼女と融合した『古き神』の力が込められた、聖なるハンマードリル……たかが南京錠が、防ぎきれるわけではなかったのだ。
だが、しかし……ここで、問題が一つ。
さすがに、鋼鉄である南京錠を破壊するとなれば、騒音もその分だけ増大する……誤魔化すための業者姿だが、だからといって節操なく騒音を出して良いわけではないのだ。
「ポポポ女、消音しなさい!」
『ポポポ、怪異使いの荒いお人だ……』
そんな時に役に立つのが、筋肉に頭がやられたポポポ怪異である。
指示を受けたポポポ女はポーズを取る。その動きに合わせて、ピクッピクッと筋肉が震える。
──その時、不思議な事が起こった。
ポポポ女の見事な筋肉の震えが特殊な音波を作り出し、あらゆる音に対する反作用……すなわち、消音効果を発生させたのだ。
これぞ、『マッスルキャンセラー』。
高架下の100デシベル以上の騒音化でも、話し声が出来る程度に音をかき消して……ん?
そんなのがあるなら、最初から使わなかったのかって?
残念ながら、事はそう簡単には運ばない。
車を走らせれば燃料が減り、身体を動かせばお腹が空いてくるように、『マッスルキャンセラー』の連続使用は酷く腹を空かせる。
良質なたんぱく質と、良質なビタミンやミネラルの補給。すなわち、プロテインの補給無くしては使えない禁断の技なのだ。
なので、事が終われば早急にプロテインを渡さないとかなり機嫌が悪くなるので、こういう緊急時以外では使わないようにしているわけだ。
……とまあ、そんなわけで、だ。
『マッスルキャンセラー』が無かったら彼女とて顔をしかめていたかもしれない騒音の果てに、ばきん、と南京錠を破壊して──よっしゃ、と突撃する。
ご丁寧に、扉を開けた先はまだ屋内で、少しの階段を昇れば……今度こそ屋上へと続く扉があった。
もちろん、その扉にも鍵と南京錠が取り付けられていたのだけど……幸運なことに、その扉は普通の扉であった。
どうやら、先ほどの分厚い扉は、住人には防火扉とかそんな感じで誤魔化していたのだろう……で、だ。
『電動ハンマードリル改・キック』
ハンマードリルを装備することで威力が0.9倍になった必殺のケリによって、扉は変形して屋上の彼方へと滑って行った。
……なんで威力が下がったのかって?
そんなの、ハンマードリルが邪魔で蹴りにくいからだ。
そうして屋上へと躍り出た彼女は……すぐに、屋上中央に設置された部屋を見つける。
その部屋には窓など無くて、扉があるだけ。大きさからして、せいぜい物置ぐらい……だが、彼女には一目でわかった。
そこに、このマンションの秘密があるということに。
「……クライマックスだ、褌締めて覚悟しなよ」
『ポポポ……筋肉が飢えているわね』
『──(TSの気配無いなあ……)』
ついに、彼女たちは……決戦のバトルフィールドへと乗り込むのであった。