10:00
~Side 小笠原緋雨~
「よし! 硫化水素の臭いが消えたぞ! あの金属は有効的だったようだな!」
昨日わたしが刻んだ金属は、無事に役目を果たしたようですね。
ふふん。褒めてくれていいですよ。
「後はあのボタンを押せばいいでゲスね。ポチっでゲス」
『研究所内の空気環境の正常化を確認いたしました。隔壁を解除いたします』
ウィーン...
「これで先に進めますね」
「ふう。手間かけさせおって」
「本当ですよ!」
「小笠原...」
全くです! とんだ恥をかかされましたっ!
ガスは斬れないからキライですっ。剣圧で吹き飛ばそうにも室内なので、変に撹拌してみんなを危険に晒してしまいますので。
「ぐぅ~...」
「ヨツハさん。興味を持ちましょう」
大島の四ツ葉さんが立ったまま寝ていますね。
これは...
「日景さん、シャッターチャンスですよ」
「そうだね⭐️これが噂の天使の寝顔かぁ~。よぉ~し、コッソリ一枚...はい、チーズ⭐️」
「悪い奴らがいるな...」
「何やってんだ~、早く行けよ~」
「撮る瞬間に起きた!? 寝顔キャンセルだと!?」
どういう気配察知ですか!? さっきまで確かに寝ていたのに!?
この方、昼寝の達人...!?
「あたいの寝顔は100万GPだぞ~」
「いつでも見れる格安品だと思うのですが...」
「後で口座見ておいたほうがいいぞ~」
「怖いな!?」
...後輩たちも、多くの天才で溢れているようですね...
× × × ×
12:00
「赤い線がたくさん浮いてるでゲス!」
「どうやら、まだ解除されていないレーザートラップのようだな...」
「ふん。わしに任せろ。稀代の天才魔術師にとってはこんなの―――」
ビーッ ビーッ ビーッ!!
「帽子ーー!?」
「音に反応してキャンサーが!?」
「うおおおお! 撃てええええ!」
バキュン バキュン バキュン!!
パキィン...
「倒せましたね...」
「ぬわーーん! 稀代の魔術師なのにーー!?」
「最弱はすっこんでろでゲス」
「豊後おおおおお!!」
「やめろでゲス! ヘルメットをグリグリするなでゲス!」
全く、危なっかしいったらないですね。
「仕方ない...小笠原、頼めないか?」
丸山さんからお声がかかります。名誉挽回のチャンス!
と、行きたいところですがね。
「無論、天才のわたしには朝飯前ですが...もっと適任がいますよ。
ね、日景さん」
「あたし?」
肩をポンと叩く。
採用、内定です。
「ようはあの赤い線に当たらないように進めばいいのです。お願いできますか?」
「あいよ~⭐️」
ふふん。手柄をできるだけ後輩に譲るのも、立派な先輩の勤めですから。
「では、キラちゃん行きます! 一条煌めく流れ星~」
トコ トコ トコ トコ
「お~、するする抜けて行くぞ~」
「ハーン。美しい等速運動。お見事です」
そして日景さんは、赤いレーザーの間をするすると歩いて行きます。避けている不自然さも無く、普通に歩くように、それでいて全く危なげなく。
無事に最奥までたどり着きましたね。流石です。
「ポチっと。これでよし。
イェイ⭐️完了だぜ!」
「レーザーが解除されたでゲス! お前やるでゲスね!」
ピースサインを立ててニッコニコの綺羅さんが可愛いですね。
「へぇ~。凄いな日景は。小笠原は知っていたのか」
「ええ。日景さんとはよくお話しますので」
「...どちらかと言うと菅原と日景が一緒にいるのはボクも見かけるが...」
「...ええ。ハイ、そうですね。わたしはその横にいるだけのことが多いですね、ハイ...」
...菅原さんと日景さんは、その、いろいろありますからね...まあわたしもそのいろいろに加わっているわけではありますが...
「やったぜ緋雨ちゃん!」
「小笠原先輩ですっ。
さあ、行きますよっ」
「おうよ!」
彼女のことを立てることにも成功しました。ふふん、影ながら後輩に活躍を譲る先輩...ふふふ。
「......」
...どうしても、丸山さんには、わたしと綺羅さんが近いことを見られてしまいますが、こればかりはどうしようも。
いつか話さないといけないこととはいえ、彼女のことをいつ話すかは、慎重に。
何が何でもこの煌めく笑顔を守ると、わたしたちは決めたのですから。
× × × ×
15:00
~Side 柳美音~
「お嬢様。本日もお疲れ様でございます」
ヘリから帰投したお嬢様をお迎えする。
勿論無事だということはこの目で見ていたわけだが、実際にお迎えできるとやはり安心する。
「...ああ。こっちでは異常は無かったか?」
「異常はありません。橋頭堡設立の訓練も順調でございます」
お嬢様の無事を確認する傍ら、橋頭堡設立に向けての訓練も平行して行っています。
元より五部隊の合同任務なので、四ツ葉さん含め計四人抜けている状態ですが、問題なくこなせているとのこと。仲間が優秀で助かります。
「そうか...柳は流石だな」
「聞くところによると、先が塞がっていて進めないとのことでしたね。それで悩んでおいでですか?」
見れば、お嬢様の顔に陰りが。
とある筋で、道が塞がれていた件は知っていたが...
「あぁいや、それもあるが...」
「......?」
何か、別のところにお悩みのご様子。
...なるほど。
「柳」
「はい」
「このあと...は皆とカフェテリアで話があるし...夜か、二人で話がしたいんだが...」
ビンゴですかね。
流石です。
「承知いたしました。夜中の21:30に、宿舎の屋上が空きます。そちらでよろしいでしょうか」
「...つくづく優秀だなぁ。
わかった、用意を頼む」
「仰せのままに」
こちらからどう切り出そうかと考えておりましたが、徒労でしたね。
では、刻限までに、なるべく情報を集めるといたしましょうか。
そしてできれば、
× × × ×
21:30
~Side 丸山奏多~
「おおお~、宿舎の屋上はこうなっていたのか!」
カフェテリアで皆と話し、茅森たちのライブを見て、風呂にも一緒に入った。やはり日景は一緒に来なかったが。
普段はこのまま寝るところだが、屋上に集合だ。
正直少し...いやかなり眠いが...まあ、我慢だ...
「本日は雲も少なく、星空がよく見えますね」
「ここが柳のお気に入りスポットか」
「ええ。31Fの皆様が信用に値するとわかってからは、お嬢様がお休みになられた後、こうして屋上で一人、考え事をすることが日課でございまして」
「ふんっ、まあそれがいいっていうなら止めはしないが、たまにはボクにも相談しろよ」
「お心遣いありがとうございます」
だがなるほど、確かに見上げた夜空は綺麗で。
一人で静かに落ち着くにはいい場所だなと思った。とても落ち着く。涼しい風が眠気を吹き飛ばしてくれる。実に優雅な一時だ...
「で! なんでお前がいるんだ!?」
「えええ!? 居ちゃ悪いんですか!? 柳さんに着いて来てと言われたのにーー!?」
うん。何故か柳が
一番落ち着きがない奴が来たな...
「そうなのか柳?」
「はいお嬢様。重要参考人として招致いたしました」
「なんかわたし悪いことしました!?」
「きっと白状してくださるかと」
「何も悪いことしてませんけどーー!?」
「小笠原様。どうか静粛に」
「誰のせいだと!?」
任務中の時折見せる冷静さや支持は大層ありがたいんだが、こういうところは本当に先輩らしさがないな...いいところなのかもしれないが...
「というか柳、今日ボクが何の話をするかってお前に言ってなくないか?」
「
「...柳、お前とうとうエスパーを使えるようになったのか?」
「執事の嗜みです」
「執事凄いな!?」
本当にコイツは...まあ今さらか。
「...まあその通りだ。
昨日と今日、日景と任務で行動を共にして、はっきり言えば、ボクのセンスがあいつの状態に
戦闘できないのは仕方がない。だが、どうにもひとと馴染みきらなかったり、接触を嫌っているように感じた」
「なるほど。他には」
「...試験に不合格続きと言うのも変な話だ。見たところ戦闘センスは並みどころか光るものがある。流れ弾が当たりかけたときの足の早さと、随所で見る体捌きはまるで先輩部隊のようだったぞ。
なのに何十日も試験に不合格というのはおかしい。ワザとかと疑うのも無理は無い程にな」
ここまでが、作戦行動中に感じた違和感と、それに対する考察だ。
だが、何が原因かまるでわからない。ボクが悪いことしたのだろうか...
「...どうでしょう小笠原様。話してくださる気にはなりましたでしょうか」
「......」
「...小笠原、お前は何か知っているのだな?」
ボクの話を聞いて、小笠原は俯き、考えている様子だ。
「小笠原様は、日景君が話をしているとき、日景君を庇うような言動が聞いて取れました。立ち位置もそれとなく日景君の前に立っておいででした。まるで私がお嬢様をお守りするときのように。
そして決め手は日景君の言動です。あの臨時部隊の中で唯一、
「そうだったな、しかも最初から...」
『緋雨ちゃん⭐️肩の力が抜けてないぜ~? もみもみ~⭐️』
思い返せば、カフェテリアで会ったときから日景は小笠原を緋雨ちゃん呼びしていた。
「私とお嬢様は、日景君に害を為そうというわけではございません。もっとも、日景君がお嬢様に害を為す存在であれば話は別ですが」
「...いえ、それはありません。日景さんは優しい方ですから...」
「柳、よせ」
「失礼いたしました。
ですが、やはり詳細をご存知ですね?」
「......」
やがて上がった小笠原の顔は、沈痛な面持ちだった。
「...うう、菅原さんすみません。わたしには隠し事は向いてないのかもしれません...」
「...言いたくないなら、無理強いはしないぞ?」
「...いいえ。この話をわたしからしていいのか悩み、お時間をいただきました。
しかし、丸山さんを優しい方と信じ、丸山さんが信じる柳さんも信じることにします」
「...ありがとうございます」
座りましょう、と小笠原が指差した長椅子に三人で座る。
「...核心部分だけお伝えいたしますが...
現31Kの
彼女は、
「...そうなのか」
中々に、意外な話が始まった。
「明るくて元気なひとに見えますが...司令官から聞いた話では、かつて彼女の身に起きた多くの出来事がトラウマとして心に残り、対人、とりわけひとと肌で接触することに耐え難い恐怖を感じ、逃げ出したくなって、震えや動悸が止まらなくなる...とのことです」
「......」
「この基地のひとはいい方たちばかりだと、頭ではわかっているようなのです。でも体が本能的に強烈な恐怖を抱いてしまう。
そんな自分にも優しくしてくれるひとたちなのに、怖がってしまうと。ひとと親密になれない自分が嫌いで、勇気が出ない自分が嫌いで、治そうと必死になって、なるべくひとに触れない程度に近づこうとしているのです」
「そうか、だから辛くても、今回の臨時部隊に加わってくれたのか...」
「他にも、彼女の心には、こんな自分でもせめて何か役には立とうという意識があるようで...新宿のあの日に無理な出撃をしたり、毎日真面目に訓練し、欠かさず試験に挑戦して...」
...自らの無力を承知で、それでも諦めることなく戦場に赴くなんて、並大抵の精神ではない。正しく黄金の魂だ。
でも日景には、それが自らを苦しめる強迫観念になってしまっているのか...
「小笠原様。では試験不合格もそれが原因で」
「...はい。トラウマの影響か、彼女はキャンサーにセラフを使えません。
銃のセラフを握って、狙うところで、同じように震えや動悸が止まらなくなり、攻撃どころでは無くなるようです。
何十と繰り返してきた適正試験において、彼女は未だ一発も弾を撃てていないと、司令官より聞いています...」
「...そんな」
そんな、辛いことが。
「...それで、彼女はたった一人の部隊である31Kとして」
「はい。セラフを扱える貴重な人材である以上は部隊として配属させたい。しかし、ひとと接することが厳しい彼女に集団行動というのはあまりに酷なため、暫定措置として31Kの一人部隊として配属した...という話です。
彼女は他の第31期よりも早くに配属されたため、わたしたち30Gの庇護のもとで彼女に教育を...と行動を共にした際、司令官より話を聞きました」
...これが、真相か。
本当に、この世界は残酷なことばかりだ。
「...ちょうど、日景さんの今日の試験が終わったようですね」
アリーナのほうを見ると、日景が出てきたところだった。
「...唯一の希望として、一度でも接触を乗り越えられたひとは、恐怖が軽くなるようなのです。
そうした"乗り越えられたひと"には、彼女も気兼ねなく接することができるようで。
その調子で、キャンサー相手にも、一度でも乗り越えられたならばと、彼女はいつも、いつもいつも頑張っているのに...!」
日景の雰囲気は、全くもって喜んでいる様子ではない。ガックリと肩を落とし、下を見て力無く歩いている。
見たことのない一面だった。
そしてこれが、ボクの知らないところで幾度と無く繰り返されてきた悲しみだということか。
「...彼女はいつも試験を受けて、いつもあのように悲しい様子で出てくるのです。誰にも見られないよう、ひとがカフェテリアや風呂に集まる時間、深夜などに試験を終わらせて。
キャンサーにも、ひとにも恐怖を感じながら、それでも日景さんは諦めず、懸命に戦い続けているのです...!
どうかそんな彼女を、嫌いになったり、疎外したりしないで欲しいのです。彼女は、一人で必死に頑張っているんです...! どうか...!」
「どうか、お慈悲を...!」
そう、涙を流しながら悲しく頭を下げる小笠原に。
ボクは、何も言えなかった。
× × × ×
「...お嬢様」
「...すまん、今は何も言わないでくれ。
何も言えないんだ...」
「......」
あのあと、日景がこの屋上に来そうということで、ボクらの話は終わりになった。
小笠原はよく話してくれた。何だかんだで優しいあいつや30Gが日景の味方でいてくれたことが、せめてもの救いだった。
「...ん、おっす丸山ちゃん⭐️」
「...日景か。夜中までお疲れ様」
「イェイ⭐️」
少し歩くのが遅くなったのか、ちょうど日景とバッティングしてしまった。
いや...友達と会ったというのに、
...くそっ、今は笑え...! 胸を張れ...!
「...今日も試験だったんだろ。どうだった?」
「ん、よくわかったね⭐️
でもごめぇぇん、今日も不合格...⭐️」
「そうか、気を落とすなよ。お前は戦闘してくれなくても、十分ボクらの役に立ってくれているぞ」
「そうかなぁ~、そうだといいな⭐️」
こんな頑張る日景だから、司令部も毎日のように試験を受けるコイツを許しているんだろう。
どうか、一日でも早く、マグレでもいいから合格して、少しでも日景の気持ちが楽になればと願って。
「柳さんもお疲れ様⭐️」
「ええ、お疲れ様でございます」
「うん⭐️じゃ、またね~⭐️」
そう言って屋上に上がっていく彼女の背中を見送る。空でも見に行くのだろうか。
そういえば今日の空はどんな天気だったか...話が衝撃的で全く覚えていない。
「...柳、ボクは今、上手く笑えていただろうか」
「...恐れながら」
「...すまん」
「...悪いことではございませんよ」
いいや、日景は上手く笑っていたじゃないか。
きっとボクにも恐怖を感じながら、それでも上手に隠して、星のように輝く笑顔だったじゃないか。
「...何とかするぞ、柳」
「...仰せのままに」
ふざけるな。
何が上手に笑うだ。
何が恐怖を隠してだ。
「笑うなら、心の底から笑うんだ。
怖いなら、ちゃんと怖いって言うんだ。
じゃなきゃダメだ。隠して、誤魔化して、一人で抱え込んで、そんなのダメダメだ!
何よりそれを見過ごして放っておくなんて一番ダメだ! ボクが、丸山奏多が許さないぞ!」
ボクなら、丸山奏多なら、出来ることがあるはずだ。
「柳、遅くまで付き合って貰うぞ」
「御意。お嬢様の仰せのままに」
丸山として。友達として。
日景綺羅を、放ってはおかないぞ!