「生まれは、結構な田舎町でさ。
緑豊かで、動物がたまにいて、夜は蛙がうるさくて、小麦が匂ってもおかしくない。そんなところだった」
そこで、日景綺羅という少女は生まれた。
「これが、あたしが初めて撮った写真。
カメラをお父さんに買って貰って、その場で撮った家族全員の写真。
えへへっ、お父さん優しそうでカッコイイでしょ」
丸メガネで、背が低くて、ちょーっと頼りなさそうだけど。
優しくて、笑った顔が柔らかくて、いろんなことを話してくれた。大好きなお父さん。
そして、まだ小さい綺羅ちゃん。小学校2年とかだったかな? まだお父さんのお腹くらいの身長しかないや。えへへっ。
「...うん。早速ごめんね。
既にお母さんは亡くなっちゃってるの。あたしを産んだ後、足を怪我しちゃって、それから立て続けに体がおかしくなっていっちゃって...」
まだ綺羅ちゃんが幼稚園児くらいの頃だった。
お父さんから、お母さんはお星さまになったんだよって教えられた。
だから、綺羅ちゃんを産んでくれたお母さんの写真は、この写真帳のどこにもない。
顔も声も、記憶に残っていない。
「...寂しさを埋めるために、お父さんからカメラを貰って、あたしはたくさんの写真を撮った。
ほら、お友達の写真がたくさんあるでしょ。えへへっ。
田舎だから緩くてね。学校でもカメラも使わせてもらえてたんだ」
そこからは、友達と遊んでいる綺羅ちゃんの写真がたくさんだ。
鬼ごっこ。すべり台。ドッヂボール。放課後の掃除中の写真もあるね。先生に貸して撮ってもらったものもある。
当時から、走る系の遊びでは抜けて強かった。かけっこも一位だった。
でもドッヂボールとかサッカーとか、ボール系はすこぶる苦手で...あっ、負けて泣いてる綺羅ちゃんの写真がある。先生め、撮ってる場合かーっ。
「...で、この写真だね」
そんなある日のこと。
あたしが指さしたのは、一枚の写真。なんてことはない夜空を撮った写真だ。
だけどこのときの綺羅ちゃんの記憶は、あたしにも深く刻まれている。
「お父さんが連れてってくれて、一緒に山を登ったんだ。
そこでお父さんが望遠鏡を取り出してね。あたしに"宙"を見せてくれたんだ」
田舎だから、元から夜空は綺麗だったけど。
お父さんの望遠鏡で見る夜の"宙"は、神秘的で。
肉眼では見えてなかったけど、もっとたくさんの星があることを綺羅ちゃんは知った。
「お父さん、学生時代から天体観測が好きだったみたいで、お母さんともそれ繋がりで出会ったんだって。ロマンティックだよねぇ~☆
あたしの綺羅って名前も、そこからなんだ。"宙"に浮かぶ綺羅星たちのように綺麗になって、そしてあたしにも星を好きになってもらえたら嬉しいって」
その話をしてくれたお父さんの笑顔は、お星さまにも負けないくらい輝いていたよ。
それで、ちょうどその話をしてた時なんだよね。
「そのときだったよ。
お空に、一条の光が煌めいたんだ」
まさに、瞬く間のことだったけど。
夜空を見上げてた綺羅ちゃんの目に、その輝きが強烈に焼き付いた。
「今の何!? 今の何!? って、お父さんに抱き着いたっけ☆
それでね、お父さんがお話してくれたんだよねっ」
"あれはな、流れ星様だ。たまーに見れるんだ。綺羅は運がいいな"
"知ってるか、綺羅。流れ星様にお願いをするとな、優しいお星さまが叶えてくれるんだ"
"綺羅も、誰かの願いを叶えてくれるような、素敵な人になるんだぞ"
「ゆったりとした夜...時が止まったような夜空...
そこに、瞬く間に過ぎ去っていった、一条煌めく流れ星。
とても、とーーっても、綺麗だった」
流れ星になりたい。
お父さんの思いは、そのまま綺羅ちゃんの願いになった。
「学校で、みんなのお願い事を聞くようにしたんだ。
困ってることを聞いたり、一緒に遊んだり、お掃除を手伝ったり。
皆、喜んでくれたし、お友達も増えた」
皆の願いを叶える、"流れ星の子"。
勿論、小さなことが多かったし、失敗もたくさんしちゃったけど。
頑張った後に撮った写真には、皆の笑顔がいっぱいだった。
お友達も増えて、写真の枚数も増えて。綺羅ちゃんも喜んでたし、お父さんも喜んでくれた。
「何もない田舎だったけど、笑顔とお友達と、綺麗なお空があった。
あたしの、最高の故郷だったんだ。
でもね...」
ペラリと、写真帳をめくる。
ひとの笑顔の写真で幸せに満ちていた写真帳が―――転じて、都会の風景の写真ばかりに変わる。
「転校、したんだ。中学生に上がる少し前の時。お父さんの仕事の都合でね。
あたしを立派に育てるには、どうしてもお金が必要だった」
別れは、突然だった。
田舎だったから、小学校のお友達はそのまま中学校に上がっても一緒なものだと思ってたのに。
学校の皆は、泣いて別れを惜しんでくれた。
寂しいよぉ~って。また一緒に遊ぼうねぇ~って。先生も綺羅なら大丈夫だって言ってくれたっけな。
寄せ書きとか、お歌とかも歌ってくれたっけな~。綺羅ちゃんも泣いたなぁ~。
「お引越しして、学校が変わった。
仲良くしてたお友達は誰もいなくなったし、夜空を見た山にも行けなくなった」
引越し先は、都会の近くのいわゆるベッドタウン。
人が住みやすいように、そこそこ発展しているところだった。
「綺羅なら大丈夫ってお父さんも言ってくれた。
勇気を出して、学校に行って、元気に挨拶して。
...でも、その教室は、寒かった」
何も。
なんにも返事が無かった。
冷えきった、輝きの無い目をたくさん向けられて、綺羅ちゃんは全身が震えた。
故郷の教室は皆の目が輝いていて、夜空を見上げた日ですらあの教室ほどの寒さを感じたことは無かった。
「それでも負けじとあたしは、皆の願いを聞くことにした。それがお友達になれる方法だと思っていたから。
けれども、それも全く上手くいかなかった。皆、別に困っていなかったし、困っていてもあたしに言ってくれなかった」
うるさい。
なんだよお前。
めんどくさいな。
話しかけないでくれ。
来るな、変人。
そんな言葉ばかり返ってきた。
「カメラも禁止された。教室でいつも通り使おうとしたら、先生に見つかって。
怒られて、なんで怒られてるのか本当にわからなくて、それを言ってまた怒られて。
その日から、先生にも問題児扱いされるようになった」
変なことしないで。
子供に悪影響があったらどうするの。
保護者に何か言われたらどうするの。
そんなことを言われた。
「変わり者の、面倒な転校生。
そんな風に見られて。
あたしはいつしか"流れ星の子"をやめた」
幸い、勉強はできた。故郷で"流れ星の子"として、勉強を教えたりノートを見せたりしてたから。
だから、黙って自分の勉強だけして、一人で帰る。"普通の子"になった。
それが、"皆"の願いだと思ったから。
「撮るひとがいなくなったカメラが、行き先を無くして向けられただけの、なんの変哲もない風景。
それが、この写真たち」
だから、この風景の写真たちには、綺羅ちゃんの思い入れなんてこれっぽっちもない。あたしにもない。
心配するだろうお父さんのために、ただカメラのバッテリーを消費して、写真帳の空隙を埋めるためだけに作られた、そんな写真たちだ。
「都会って凄くて、夜も明るいんだよね。明かりも何も持たずに出歩けちゃうくらい。
でも、そんな都会では、夜空のお星さまも見えなくなっちゃった」
故郷では家の窓からでも夜空の星が見えた。たくさん。たーーっくさん。
もしかしたらお星さまになったお母さんもいるかもしれない、綺麗な星空。
それが、ほとんど消えちゃってて。
わかりやすい星しか、見えなくなっちゃってた。
「あたしのせいなのかな。あたしが悪い子だからかなって泣きながらお父さんに聞いちゃったっけ。
綺羅は悪くないよ。都会ってそういうところなんだって、お父さんも辛そうに教えてくれた」
これじゃ、流れ星なんて夢のまた夢。
「寒い教室。冷えた雰囲気。星の無い夜空。
それでも、何年か経ってあたしも慣れた。そんな"普通の子"になっていた。
そしたら、ある日」
ぺらり。ページをめくる。
お父さんと、あたしと、女性が一人写った写真があった。
「おかあさんが、現れた」
お父さんが、お酒を飲むところで出会ったらしい。
詳しくは子供の綺羅ちゃんにはぼかされたけど、多分バーだったんだと思う。
「いつも通り勉強しながらお父さんの帰りを待って。ただいま~って帰ってきた声におかえり~って返して。
玄関を見たら、お父さんの横に女性が一人いて。
突然でごめんだけど、今日からこのひとが綺羅のお母さんになるから、よろしくねってお父さんに告げられた」
女性は、ちょっと都会のひとっていう雰囲気で。
綺麗で、背もお父さんと同じくらいあって、綺麗ちゃんより高くて。
そして―――お腹には既にお父さんとの子がいるって話だった。
「今まで寂しい思いをさせたけど、これからはこのひとがいるからねって。お父さん言ってくれた。
お母さんも、丁寧に挨拶してくれた。
二人ともとっても嬉しそうで。
そうか、これが二人の願いなんだって思って。
"流れ星の子"は、ただ二人を応援することにした」
よかったねお父さん☆
よろしくねお母さん☆
せっかくだから、お写真撮っていい?
ハイ、チーズ! キャハハ☆
そんなことを言って、この写真を撮った記憶がある。
上手だったと思うよ。本当に。
「"普通の子"になりきったあたしに、お母さんは優しくしてくれた。
学校から家に帰ったら、お帰りって言ってくれた。
一緒にゲームをしてくれたり、お父さんとの思い出を話してくれたり。
それにあたしは、"普通の子"として、接し続けた」
事実、"普通の子"になってからは、学校でもお話しできる子くらいはできたり。
新しいお母さんとの仲も、悪くはならなかった。
"流れ星の子"として、"普通の子"でいてくれという皆の願いを叶えることは、決して間違いではなかったんだとあたしも思う。
「そんな日々が続いて、お父さんとお母さんとの写真も何枚か撮って。
ある日、手の込んだお食事と一緒に、お母さんが話を持ち掛けてきた」
綺羅ちゃん、大事なお話があるの。ってストレートに言われたっけ。
「どこか、無理をしてないかって。本当は辛い思いをしているんじゃないかって。
それでも大丈夫なように、演じてくれているんじゃないかって。
勘違いならいいけど。お母さんは大丈夫だから、思っていることがあったら話してほしいって言われた」
上手にできていたと思っていた。でも見抜かれていた。綺羅ちゃんの"普通の子"が。
迷ったけれど、"流れ星の子"として、話してほしいというお母さんの願いを叶えようと、全てを話すことにした。
「故郷のこと。それと今との違いのお話。
学校でのこと。ひとが冷たいこと。
そして、お家のこと。二人の願いを叶えようとしてたけど、本当はとても戸惑っていること」
正直に話をする綺羅ちゃんのことを、お母さんは真剣に受け止めてくれた。
ときに相槌をして、ときに同調してくれるお母さんには、とても話がしやすかった。
「ありがとうって言ってくれた。正直に話してくれて嬉しいって。そしてそんな思いをさせてごめんなさいって。
これからは、あなたに心を開いてくれるよう、もっと頑張るから。
だから、どうか私のことを、心の底からお母さんだと思ってほしいって」
"綺羅ちゃん。私はあなたのことも、本当の子供のように思ってる。"
"それだけは、信じてね"
「そう言ってくれたお母さんの目は真剣で、とてもウソには見えなかった」
このひとの前でなら、"流れ星の子"でもいいのかもしれない。
綺羅ちゃんに、そう思わせてくれた。
紛れもない、お母さんの姿だった。
「その次の日から、お家の空気は一変した。いいほうにね☆
あたしが何も遠慮せずお母さんのことを手伝うようになって。
最初は困惑してたお母さんも、それがあたしなんだと理解してからは、あたしに出来ることをわざと残しておいてくれたり、難しいことを教えてくれるようになったり、それで開いた時間に勉強を教えてくれたり。
あなたこんな素敵な子だったの!? なんて驚いてくれたね。えへへっ」
距離が一気に縮まった綺羅ちゃんとお母さんを、お父さんも目を点にしながら見てたっけ。僕を置いて行かないでくれよ~なんて言ってたお父さんを二人で笑ったものだ。
「あたしもお母さんのことが大好きになって。
そんな中、お腹がちょっと大きくなってきて。
その子のためのお買い物を、あたしとお母さんの二人で行こうって話になって」
ぺらり。ページをめくる。
ショッピングモールの写真だ。
綺羅ちゃんとお母さんが笑顔で並んで歩いている写真があって。
そこで、この写真帳が終わりを迎えた。
× × × ×
「えっ...終わりか...?」
「もう続きが無いのですか?」
「...なんか、これからだってときに感じるのだが...」
お菓子は、もう食べきってて。
時間も、22:00を過ぎたころ。
...迷いが生まれた。
「...ごめんね。ここから先は、ちょっと覚悟が必要なんだ」
どうしても、思い出す必要がある。
あのときの記憶を。
全ての声を無視し、裏切り続けた流れ星の軌跡を。
「...綺羅、話してくれ」
「...綺羅さん。頑張って」
奏多ちゃんと緋雨ちゃんの、二人の手があたしの手に重なる。
暖かい。
ちゃんと暖かい手だ。
勇気をもらった。
「...ありがとっ、二人とも。
それじゃあ、話すね」
大丈夫。あたしはもう大丈夫。
そう信じて、あの日のことを記憶から思い出す。
× × × ×
「大丈夫な、はずだったんだ」
何やら、西の方で妙な騒ぎが起きているらしい。
変な生き物が暴れているらしい。
綺羅ちゃんにとって、それくらい他人事だったんだ。
『館内へお越しの皆様へ! 危険な動物がこの建物に多数接近しているとの報告が入りました! 慌てず、ゆっくりと行動してください! また、妙なものを見つけた方は、速やかに近くの従業員へお知らせください!
繰り返します! 館内へお越しの皆様へ―――』
「危険な動物?」
いまいち、要領を得ない館内放送だった。
「どうしよっかお母さん...」
「そうね...まあここは3階で高いし、最後に買いたいものがあるから、それだけ...」
パリィーン。と。
ガラスの割れる小さな音が、天井から聞こえて。
そこから、黒くて、腕がたくさんある、見たことのない巨大な動物が。
あたしは持っていたカメラで撮ろうとして。
そしたらそいつが、あたしに向かって飛んできて―――
「綺羅ちゃんッッ」
ザシュッ
ベチャ ベチャ
「...え...」
顔に、暖かい液体がかかった。
目を開けたら。
赤くて黒い何かが、お母さんの大きなお腹を貫いていて。
綺羅ちゃんの目の前で止まっていた。
「ごふっ...!」
お母さんの口から、お腹から、また暖かい液体が、たくさん落ちる。
血だった。
お母さんの、そしてお母さんの赤ちゃんの命が、零れ落ちる。
「あ...あ...!」
綺羅ちゃんは、足が震えて立てなかった。
お母さんが、死んじゃう。
「きら...!」
ぽんっと。
お母さんの手が、力なく肩に置かれる。
冷たい。
あんなに暖かったお母さんの手が、とっても冷たい。
「きらっ...!」
その手も、零れ落ちる血も、どんどん冷たくなっていって。
「おかあさんは...だいじょうぶだから...!」
「あ...おかあ、さん...」
「だから...!」
冷たく、今にも崩れ落ちそうなお母さんの体。
その、最期の言葉を聞いた。
「だから...おねがい...にげて...」
ザシュッ
お母さんの体から、黒い何かが引き抜かれ。
大量の血と共に、お母さんが倒れて。
「うああああああああああああああああああああああああああ!!!」
叫びながら綺羅ちゃんは逃げた。
振り返らず、脇目も振らず。ただただ全力で逃げた。
動かなかった体を動かしたのは、お母さんの最期の言葉。
お願い、逃げて。
まさにその"願い"が、"流れ星の子"を突き動かした。
「ひたすらに、逃げて逃げて、逃げ続けた。
街はキャンサーに襲われて、燃えて、臭くて、煙かった。
助けてって声がどこからも聞こえた。
けれどもあたしは、その願いの全てを無視して逃げ続けた」
救いを求める手すら振り払って。走り続けた。
「孤独な流れ星の子は、ただただお母さんの最期の願いだけを、叶え続けた」
家に帰ろうとしたけど、お父さんとも連絡が取れなくなって。
だから、行く当てもなく街から逃げて。
ひたすらに奴らから逃げて、隠れて。
逃げて逃げて、逃げ続けて。
「そうして、"流れ星の子"は、この基地にたどり着いた」
あたしはあの日から、一度も流れ星を見ることができずに、ここにいる。