ダンジョンに生まれた私は、英雄の魂を育てて喰らう 作:ヨーヨーヨー
意識が、唐突に、形を持った。
暗い。
湿った空気。
岩の匂い。
水の滴る音が、遠くから静かに響く。
私は、そこに立っていた。
腕があり、脚があり、胴体がある。
だが、その内側は、人の構造とは決定的に違う。
(……私、は……?)
名前はない。
性別もない。
ただ、在るという感覚だけがあった。
無垢に生まれ、ただ空間に存在している――それだけの状態。
◇
「……止まれ」
低い声が、暗闇の奥から響いた。
気配が、いくつも、私を取り囲む。
人の形をした、モンスターたち。
――異端児。
鋭い瞳。筋肉質な体躯。獣の匂いと、人間の気配の微妙な混ざり合い。
彼らは、私を警戒しながらも、殺意は持っていない。
私を一瞥しただけで、その存在を判断する。
「……生まれたばかりか?」
問いかけてきたのは、蜥蜴人の戦士、リドだった。
大きな刃が背にあり、体つきは俊敏そのものだ。
私は、どう答えればいいのか分からず、ただ小さく頷く。
(……あまりにも、人に似すぎている)
それが、リドの最初の印象だった。
敵意はない。
だが、警戒心は確かにあった。
何者か分からない存在を、放置することはできない――その矛盾が、胸の奥で微かにざわつく。
◇
異端児の集落は、洞窟の一角にひっそりとあった。
火の灯りが所々に揺れ、簡素な石の家屋が並ぶ。
水場には幼い異端児が集まり、狩りの合間の大人たちが小さな石の炉で食事をしていた。
生活は決して豊かではない。
だが、互いに目を配り、助け合う空気があった。
声高に笑う者も、無言で食事を分け合う者も、同じ空間で生きている。
私は、その輪に溶け込むことを望んだ。
そのままでは、異形である自分を受け入れてもらえないだろう。
ならば――見た目を変えればいい。
(この姿なら・・・)
私は、自分の体を、人間の少女の形に変えた。
小さく、華奢で、柔らかそうな外見。
声も、手足も、愛らしく整えた。
◇
リドは、低く息を吐いた。
「……擬態か」
その言葉に、私は微笑む。
表情を作ったのではない。
自然に、心の底から湧き上がる微笑みだった。
(これで……みんなに馴染める)
集落での生活に溶け込むため。
警戒されず、敵意を持たれず。
それでいて、守ることもできる――そう直感したのだ。
リドはその様子を見つめ、心の奥で迷いを覚えた。
「――本当に、人間のように振る舞っている」
警戒心は薄れない。だが、妙な安堵が胸をよぎる。
この小さな姿で、彼らが自ら危険を招くことはないだろう。
そして――その目に、何か計り知れないものが潜んでいるのも感じる。
(……放っておけるのか……?)
誰かに食い尽くすような危険な存在であっても、見捨てることはできない。
だが、無垢に見えるその瞳の奥には、予想のつかない何かがある――
リドの胸に、微かな不安と同時に、奇妙な興味が芽生えた。
――この子を守ることで、何か新しい秩序が生まれるかもしれない。
あるいは……、自分たちの知らない力が、この集落に触れることになるのかもしれない。
リドは短く息を整え、顔に微かな緊張を残しつつも、静かにその場を見守ることを決めた。
◇
日々は、淡々と過ぎていく。
食事を作るため、狩りに出る者たち。
洞窟の奥から水を汲み、火を起こす者たち。
教え合い、助け合う。
私は、その隅で、ただ存在を観察するだけだった。
だが、食料は限られている。
洞窟の奥には、モンスターが潜む。
小さな狩猟は、生き延びるための必然だった。
私は、自然と彼らの狩りに同行するようになった。
初めは、手を出さず、ただ見ていた。
獲物が倒され、血が滴る。
体の奥に、微かな振動が走る。
――面白い。
その感覚に気づいた瞬間、私は、恐ろしいほどの満足を覚えた。
手を出さずにはいられなかった。
体の奥から、何かが目覚めるように、魔石を喰らった。
力が増す。
体が、世界の理を理解し始める。
(……これは、生きるということ……?)
(いや……もっと、違う……)
モンスターを狩り、魔石を喰らう。
命を断つ瞬間。抵抗が途切れる瞬間。
胸の奥が、微かに熱を帯びる。
(……今の、は……?)
小さく、笑いが漏れた。
「……クフフ」
リドが振り返る。
「どうした?」
「いえ。なんでもありません」
私は微笑んだ。
(……本当に、ただの子供なのか)
その問いが、リドの胸に、小さく残った。
まだ、この時の私は、自分が、何者なのかを、本当には知らなかった。