ダンジョンに生まれた私は、英雄の魂を育てて喰らう 作:ヨーヨーヨー
――朝の外壁は、まだ冷えていた。
オラリオの街並みを見下ろす高い石壁の上。夜の名残のような薄い霧が足元を這い、バベルの塔の影がゆっくりと路地へと伸びていく。石に染みついた冷気が、靴底越しに伝わり、指先までじんと冷やした。その静寂を切り裂くのは、金属が打ち合わされる乾いた音。
――ガンッ。
「……っ!」
アイズ・ヴァレンシュタインの鞘が、鋭く突き出される。踏み込みと同時に、空気を裂く音が遅れて耳に届いた。対するローエンの鞘は、ほんのわずかに角度を変え――受け流した。衝突の衝撃が、アイズの手のひらに鈍く残る。
「今のは、踏み込みが深い」
淡々とした声。
「半歩、短く」
「……っ」
アイズは歯を食いしばり、すぐに体勢を立て直す。足裏で石の感触を探り直し、重心をわずかに後ろへ戻した。風に揺れる金色の髪。吐き出した息は白く、すぐに霧へと溶けていく。外壁の通路は幅が狭く、足場も決して良くない。一歩踏み外せば、壁の向こうにはそのまま街が広がっている。
だが――それでも、ここは誰にも邪魔されず剣を振れる場所だった。少し離れた場所で、ベル・クラネルは息を呑んで見つめている。剣を振っているのはアイズのはずなのに、視線は無意識に、ローエンの足運びを追ってしまっていた。
(……速い)
見ているはずなのに、剣先が消える。軌道を追ったと思った瞬間には、すでに次の間合いに移っている。ローエンとアイズは、今日も鞘のまま。だが――その打ち合いは、明らかに“実戦”だった。一歩でも踏み違えれば、喉元に鞘が触れていてもおかしくない。それほど、距離が近い。アイズが、低く構え直す。わずかに膝を緩め、視線を相手の胸元に置いた。
「……次、行く」
「来い」
ローエンは、正面から受ける構えを取らない。半身。重心は、わずかにつま先寄り。逃げでも、守りでもない。踏み出すためだけの立ち方。アイズが踏み込む。横薙ぎ。
――ガンッ!
ローエンは受けた。
……が、その瞬間。ローエンの肩が、ほんのわずかに沈んだ。本当に、それだけだった。刹那の隙。鞘の位置が、わずかに外れる。
「――っ!」
(今……!)
胸が跳ねるよりも早く、アイズの身体が動いていた。教え込まれた距離。振り抜くのではなく、そこに置くように。
ガンッ!!
乾いた衝撃が走り、ローエンの鞘が、はっきりと弾かれる。
「……!」
ベルが、思わず息を呑んだ。小さく音を立てて飲み込んだ息が、喉の奥で引っかかる。ローエンは、そのまま一歩下がる。
「……いい」
短い一言。その声は淡々としているのに、アイズの胸には、確かに深く落ちてきた。胸が、大きく上下し、指先がわずかに震えている。
(……また、誘導された)
分かっている。今の隙は、偶然ではない。ローエンが、わざと作った“入口”だった。
(でも……)
それでも、そこに踏み込めたのは――自分だ。
「もう一度だ」
ローエンは、間合いを取り直す。アイズの足運びを、静かに見ていた。
「次は、そのあと」
「……そのあと?」
アイズが問い返す。息を整える暇もなく、視線だけを向ける。
「当てて終わりにするな」
「崩れた瞬間に、もう一つ置け」
「逃がすな」
「……うん」
短く返事をしながら、アイズは自分の呼吸を数えた。胸の奥に残る高鳴りを、無理やり押さえ込む。アイズの目が、鋭くなる。再び、打ち合い。
――ガン、ガン、ガンッ!
小さなリズム。乾いた衝撃が、石壁に反響する。速すぎず、遅すぎず。剣戟の間は、どこか意図的に整えられている。ローエンは、決して主導権を奪い切らない。だが、アイズが迷った瞬間には、必ず“正解の場所”に剣を置いてくる。
「そこだ」
「視線が浮いた」
「腰が先だ」
言葉は短い。だが、すべてが、いまの自分に向けられていると分かる。アイズは、歯を食いしばりながらも、確実に――食らいついていた。
(……あの時と、同じだ)
ふと、胸の奥に蘇る光景。
第37階層。終焉の闘技場。血と瓦礫と、咆哮。鼓膜が裂けそうな衝撃。肺の奥まで入り込む砂埃。視界の端で、崩れ落ちる地面。――ウダイオス。あの巨大な拳が、何度も何度も、自分を地面へ叩きつけた。
(……私は)
もう一度、あれを受けたら、立てないと分かっていた。
(まだ、足りない)
それでも、足を止める理由にはならなかった。自分の身など、どうでもよかった。剣を振れるなら。前へ進めるなら。――リヴェリアの防御魔法が、幾重にも身体を包み。それでも、肉体は限界の音を立てていた。
(……でも)
ローエンの声が、頭の奥で重なる。
『踏み込みは、恐怖の外に置け』
『剣は、力じゃない』
『届くと信じる場所に、置け』
あの時――ウダイオスの猛攻の中で。自分が最後に踏み出せたのは。間違いなく。
(……あなたの剣だった)
――ガンッ!
最後の打ち合い。鈍い衝撃が、手首を震わせる。アイズの鞘が、ローエンの胸元で止まる。
「……そこまで」
ローエンが、静かに告げた。アイズは、肩で息をしながら、ゆっくりと構えを解いた。張り詰めていた指が、ようやく緩む。胸の奥に、じん、とした熱だけが残っていた。
◇
「……ありがとう」
ぽつりと零れた声は、風にさらわれそうなほど小さかった。打ち合いの余韻が、まだ身体の奥に残っている。手首の微かな痺れ。ふくらはぎに溜まった重さ。心臓の鼓動だけが、いつもよりはっきりと聞こえていた。ローエンが、わずかに目を向ける。
「?」
アイズは、視線を少しだけ落としたまま言う。石壁の縁に残る傷や、欠けた石の隙間に、無意味に目を走らせながら。
「……あなたの訓練がなかったら」
言葉が、途中で詰まる。胸の奥に溜まったものを、そのまま言葉にしてしまっていいのか分からなかった。
「たぶん、私は――」
一瞬、唇を噛む。
「……あの階層で、勝てなかった」
ローエンは、すぐには答えなかった。ほんの短い沈黙。風が外壁を撫でて通り過ぎる音だけが、間に落ちる。そして、短く首を振った。
「勝ったのは、君だ」
「俺は、剣を置いただけだ」
その言葉は、あまりにも静かで、当然のようだった。だが――アイズの胸の奥では、まだ熱が引かない。ベルが、思わず一歩前に出た。
「あ、あの……!」
二人が、同時に振り向く。
「ぼ、僕も……!」
少し緊張したまま、背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
「ありがとうございます!」
勢いよく下げた頭の先で、耳まで熱くなっているのが分かった。
「ローエンさんのおかげで……本当に、分かることが増えて……!」
言葉が少し早口になる。自分が何をどう変われたのか。うまく説明できる自信はなかった。けれど、それでも――伝えたかった。ローエンは、わずかに目を細める。
「君は、よく伸びる」
「覚えこみが早い」
それは、技術を評する言葉のはずなのに。まるで――自分のことのように。ほんの少しだけ、誇らしげな響きが混じっていた。アイズは、それを見て――
(……)
胸の奥が、ほんの少しだけ、もやっとした。理由は分からない。分からないまま、言葉にできない違和感だけが残る。
「……」
ローエンが、アイズを見る。
「どうした?」
問いかけは穏やかだった。
「……別に」
アイズは、ぷい、と視線を逸らした。自分でも、少し子供っぽいと思った。ベルが、空気を読まずに言う。
「あ、あの……そうだ!」
思い出したように、声を上げる。
「実は……今朝、ステータス更新をしてきて……」
二人が、ベルを見る。
「……レベルが……」
喉が鳴る音が、自分でも分かるほどはっきり響いた。
「レベルが……2に……なりました」
一瞬。風の音しか聞こえなくなった。
「……え?」
アイズが、素で声を漏らした。
「……今、なんて」
自分の耳が、間違っていないか確かめるように。
「レ、レベル2です……」
アイズの目が、見開かれる。
「……」
言葉が、出てこなかった。
(……早い)
あまりにも、早すぎる。自分が、初めてランクアップした時。あの頃の時間と、自分の歩みと――自然と、比べてしまう。
(……同じじゃない)
はっきりと、そう分かった。
「……」
胸の奥が、きゅっと縮む。
(……異常だ)
才能という言葉だけでは、どうしても足りない。成長の速度。吸収の仕方。剣を振るたびに、形を変えていく感覚。それは、訓練でどうにかなる領域を、はるかに越えている。ローエンは、静かに笑った。
「そうか」
「よかったな」
「よく、やった」
その声は、まるで――本当に、自分の息子を褒めるようで。アイズの胸が、ちくりとした。
「……」
言葉にならない、小さな痛み。ベルは、顔を赤くして俯いた。
「い、いえ……その……」
指先を、ぎこちなく握りしめる。
「……でも……」
アイズが、ぽつりと漏らす。自分でも、止められなかった。
「……私が、レベル上がった時は」
一拍、置いてから。
「……そんなに、褒められなかった」
ベルが、固まった。
「えっ!?」
ローエンが、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……」
そして、わずかに苦笑した。
「そうだな」
アイズの前に立つ。視線の高さを、意識して合わせるように。
「君も、よくやった」
「無茶をして」
「自分を壊しかけて」
「それでも、前に出た」
一つひとつ、言葉を置くように。
「それは、簡単なことじゃない」
少しだけ、声が低くなる。
「誇っていい」
アイズの目が、わずかに揺れた。喉の奥が、きゅっと締まる。
「……うん」
小さく、頷く。ほんの短い返事だったが、胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ溶けた気がした。
◇
訓練が終わり、三人は外壁の縁に腰を下ろしていた。石壁は、日が昇りきって少しだけ温み始めている。冷たさが残る場所と、かすかに熱を帯びた場所が混じり合い、腰に触れる感触がまだらだった。
遠くに見える市場。屋台の準備をする人影。通りを行き交い始めた冒険者たちの姿。オラリオの街は、すでに動き出している。少し前まで、剣を打ち合っていた場所とは思えないほど、穏やかな時間だった。ベルは、外壁の縁に手を置き、街を見下ろしたまま、しばらく黙っていた。何度か口を開きかけては、閉じる。胸の奥で、言葉が行き場を失っているのが、自分でも分かった。
「あの……」
ようやく、声に出る。
「前から、聞きたかったんですけど……」
ローエンが、ゆっくりと視線を向ける。
「どうして……僕や、アイズさんに……」
言葉を選びながら、続ける。
「剣を、教えてくれるんですか?」
ほんの一瞬、間が空いた。ベルは、その沈黙が怖くなって、慌てて続ける。
「それと……」
「その剣は……どこで……」
途中で、言葉が詰まる。自分が踏み込みすぎていることに、急に気付いた。言いかけて、ベルは慌てて首を振った。
「す、すみません……!」
「無理に、話さなくても…いいんですけど……」
声が、少しだけ小さくなる。ローエンは、少しだけ困ったような顔をした。
「すまない」
「……あまり詳しく話せない」
その言い方は、曖昧さを残さなかった。
「事情がある」
ベルは、すぐに首を横に振る。
「いえ、大丈夫です!」
「気にしないでください!」
言葉は明るかったが、胸の奥では、ほんの少しだけ残念さが残っていた。それでも――無理に踏み込まないと決めている。ローエンは、しばらく黙っていたが――外壁の向こうに広がる街を、一度だけ見下ろしてから、
「……師事を受け入れた理由なら」
と、ぽつりと言った。アイズとベルが、同時に見る。
「昔……俺も、お前たちと同じだった」
「強さを、追い求めていた」
ほんの少し、目を伏せる。
「前しか、見えなかった」
その言葉は、どこか自分自身に向けられているようだった。
「……似ているんだ」
二人の立ち方を、無意識に見比べてから、
「君たちは」
アイズとベルを、順番に見る。
「俺に」
一瞬の沈黙。言葉の続きを、誰も急がせなかった。ベルが、ふっと笑った。
「……じゃあ」
「僕たちって……」
「似た者同士、ですね」
自分で言っておきながら、少し照れくさそうに頭を掻く。アイズが、少しだけ首を傾げる。
「……そう?」
ベルは、慌てて手を振る。
「ああいや…なんとなく…ですけど……」
視線を泳がせながら、笑う。
「……そうかも」
アイズも、ほんの少しだけ口元を緩めた。その横顔は、さっきまで剣を握っていた時よりも、ずっと柔らかい。ローエンは、それを見て、静かに息を吐いた。
(……悪くないな)
◇
その日の夕方。アイズは、ロキ・ファミリアの本拠地へ戻っていた。大きな屋敷。訓練場と居住区を兼ねた、活気のある建物。中庭からは、武器がぶつかる音や、誰かの笑い声が聞こえてくる。
(……いつもの場所)
ロキ・ファミリアの本拠地は、相変わらずだった。変わらない騒がしさ。変わらない強者たちの気配。それなのに――アイズは、ほんのわずかに、足を止めた。胸の奥が、妙に静かだった。朝の外壁で、剣を打ち合っていた時とは違う感覚。剣を握っていない今の自分は、少しだけ、心細い。
(……ローエンは、今なにしてるんだろう……)
そんな考えが、無意識に浮かぶ。自分でも、はっとした。
(……いけない)
ここは、自分の居場所だ。戻るべき場所は、最初から決まっている。そう思い直した、その瞬間だった。
「おっ」
聞き慣れた、少し間の抜けた声。
「アイズじゃん」
空を見上げていた顔を反射的に下す。そこにはホームの入り口から歩いてくるティオナとベートがいた。
(……みつかった)
なぜか、悪戯をした子供の様な。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「おかえりー!」
「……ただいま」
短く答える。ティオナは、相変わらず距離感がおかしい。ぐいっと顔を寄せてきて、覗き込むように言った。
「ねえねえ!」
「最近さー、朝早くからどっか行ってるよね?」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
(……見られてた)
正確には、見張られていたわけではない。けれど、毎朝同じ時間に抜けていれば、気付かれないはずがなかった。
「どこか行ってるの?」
探るような目。そこに邪な気持ちは一切なく。ただ単純な興味からの色をしていた。
アイズは、ほんの一瞬、迷ってから答えた。
「……訓練」
それは、嘘ではなかった。
「一人で?」
重ねてくる。
(……一人、じゃない)
けれど、どう言えばいいのか分からなかった。うまく説明できる気がしない。
「今日はみんなホームにいたから」
「他の誰かとしてたの?」
その言葉に、アイズの指先が、ほんのわずかに強張る。そこへ、被せるように――
「アイズに釣り合う冒険者なんて、そうそういねぇだろ」
ベートが鼻で笑った。その声音に、いつもの棘はあったが、どこか軽い。その態度が、かえって――
(……言わなきゃ)
という気持ちを、強くさせた。アイズは、少しだけ間を置いてから、
「……うん」
と、答えた。ほんの短い肯定。それだけで、空気が変わった。ベートの耳が、ぴくりと動く。
「あん?」
その声には、はっきりとした違和感が混じっていた。
「えーー!誰誰!?」
ティオネが、弾むような声で詰め寄る。
(……しまった)
一度口にした以上、もう引き返せない。アイズは、視線を少しだけ泳がせながら、
「……教えてもらってる」
と、続けた。自分でも、少し変な言い方だと思った。けれど、それ以上、うまく言葉が出なかった。ティオナとベートが、同時に固まる。
「……は?」
「今…何て?」
ベートの声が、明らかに裏返る。アイズは、その反応を見て、
(……そんなに変?)
と、心の中で首を傾げていた。
だが、次の瞬間。
「アイズが……教えてもらう……だと?」
その言葉に含まれた衝撃は、想像以上だった。自分が剣を教わることが、そんなにも異様なのだろうか。
「まさか……」
ティオナが、ぎゅっと拳を握る。
「フレイヤ・ファミリアとかじゃないよね!?」
「ありそうじゃん!オッタルとかさ!!」
その名前に、アイズは思わず目を瞬かせる。
(……違う)
(ぜんぜん、違う)
ベートも、露骨に顔をしかめた。
「……ちっ」
「だったら、面白くねぇな」
アイズの頭の中では、ローエンの静かな横顔が浮かんでいた。オッタルのような圧倒的な威圧感も、名のある強者特有の存在感もない。ただ、隣に立つと、不思議と呼吸が整う。
それだけの人だ。
(……でも)
それを、どう説明すればいいのか分からない。三人が勝手に盛り上がり、勝手に結論を出しそうになった、その時。
「うるさいなー、あんたら」
軽い声が、空気を切った。その一言で、ざわついていた廊下が、すっと静まる。アイズは、反射的に背筋を伸ばした。ロキだった。腕を組み、腰に手を当てたいつもの姿。だが、その背後には――
フィン。
リヴェリア。
ガレス。
ティオネ。
レフィーヤ。
ロキ・ファミリアの中核が、揃っていた。
(……まずい)
胸の奥が、ひやりとする。ただの雑談で終わるはずだった話が、いつの間にか、完全に「報告案件」になっている。
「なに騒いどるん?」
ロキの視線が、まっすぐアイズに向く。そして。
「何事だい?」
フィンが、穏やかな声で尋ねた。その視線は、やさしい。けれど同時に、何一つ見逃さない目だった。
ティオナが、興奮したまま叫ぶ。
「アイズにね!」
「最近、師匠ができたらしいんだよ!」
一瞬で、空気が固まった。アイズは、自分の心臓の音が、はっきり聞こえるのを感じた。
(……師匠)
その言葉が、自分の中で、少しだけ重く響いた。
「……は?」
「……師匠?」
リヴェリアが、静かに眉を上げる。ガレスの低い唸り声が、床に落ちる。そして――ロキが、一拍置いてから、
「ちょおおおおお待ちぃや!!」
と、勢いよく前に出た。
(……やっぱり)
嫌な予感が、現実になる。
「どこの馬の骨が!」
「うちの可愛いアイズたんを!!」
「たぶらかしとんねん!!」
完全に、話の方向がずれている。
「ぶっ殺したる!」
アイズは、思わず一歩、後ずさりしかけた。
「フレイヤファミリアのオッタルだって!」
「何と!」
「えええぇええ!?」
次々に飛び交う声。場が混乱に傾きかけた、その瞬間。フィンが、すっと手を上げた。
「みんな」
その一言で、空気が落ち着きはじめる。
「一旦、落ち着こう」
リヴェリアも、小さく息を吐いた。
「アイズの話が先だ」
その言葉に、アイズは無意識に、ぎゅっと指を握りしめる。
「アイズ」
フィンの視線が、まっすぐ向けられる。
「本当は誰から師事を受けているんだい?」
アイズは、少し迷ってから。
「……ローエン」
その名を口にした。
「……剣士」
「旅人…って言ってた」
「……詳しいことは、知らない」
「けど…優しい人」
場が、静まり返る。フィンは、興味深そうに顎に手を当てた。
「なるほど……」
「あのアイズが、教えを乞うほどの人物、か」
ロキとベートが、同時に言う。
「会わせんかい!!」
「会わせろぉ!!」
フィンが、アイズを見る。
「世話になっているのなら」
「一度、正式に礼を言いたい」
「それに……」
わずかに微笑む。
「純粋に、興味がある」
ロキが、うんうんと頷く。
「せやせや!」
「身元確認や、身元確認!」
ベートも、腕を組んで唸る。
「怪しい奴なら、すぐ分かる」
アイズは、少しだけ戸惑いながらも。
「……分かった」
と、頷いた。
(……なんだか)
(大きな話に、なってきちゃった)
そう思った瞬間、アイズの胸の奥に、かすかな違和感が走った。ただの挨拶で終わるはずがない。そんな直感が、理由もなく浮かび上がってくる。
訓練の場で交わした剣は、確かに「正しい」ものだった。けれど、あの剣は、オラリオのどの流派とも似ていない。そもそも流派と呼ぶにはあまりに“特徴”がない。
(……たぶん)
(簡単な顔合わせじゃ、終わらない)
ローエンの剣を、ロキ・ファミリアの第一級冒険者たちが見たら、どうなるのか。
そもそも――ローエンは、本当に「会ってもいい人」なのか。自分は、あの人のことを、ほとんど何も知らない。
それでも。ウダイオスの巨体を前に、身体が壊れるほど剣を振り続けたあの時間。
限界の向こう側で、背中を押してくれた声。その記憶だけは、嘘じゃなかった。アイズは、無意識のうちに、ぎゅっと手を握りしめていた。
はじめて感想いただきました。
ありがとうございます。
とても励みになっています。