ダンジョンに生まれた私は、英雄の魂を育てて喰らう   作:ヨーヨーヨー

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加筆・修正しました。


10話 剣の先にあるもの

――朝の外壁は、まだ冷えていた。

オラリオの街並みを見下ろす高い石壁の上。夜の名残のような薄い霧が足元を這い、バベルの塔の影がゆっくりと路地へと伸びていく。石に染みついた冷気が、靴底越しに伝わり、指先までじんと冷やした。その静寂を切り裂くのは、金属が打ち合わされる乾いた音。

 

――ガンッ。

 

「……っ!」

 

アイズ・ヴァレンシュタインの鞘が、鋭く突き出される。踏み込みと同時に、空気を裂く音が遅れて耳に届いた。対するローエンの鞘は、ほんのわずかに角度を変え――受け流した。衝突の衝撃が、アイズの手のひらに鈍く残る。 

 

「今のは、踏み込みが深い」

 

淡々とした声。

 

「半歩、短く」

 

「……っ」

 

アイズは歯を食いしばり、すぐに体勢を立て直す。足裏で石の感触を探り直し、重心をわずかに後ろへ戻した。風に揺れる金色の髪。吐き出した息は白く、すぐに霧へと溶けていく。外壁の通路は幅が狭く、足場も決して良くない。一歩踏み外せば、壁の向こうにはそのまま街が広がっている。

 

だが――それでも、ここは誰にも邪魔されず剣を振れる場所だった。少し離れた場所で、ベル・クラネルは息を呑んで見つめている。剣を振っているのはアイズのはずなのに、視線は無意識に、ローエンの足運びを追ってしまっていた。

 

(……速い)

 

 

見ているはずなのに、剣先が消える。軌道を追ったと思った瞬間には、すでに次の間合いに移っている。ローエンとアイズは、今日も鞘のまま。だが――その打ち合いは、明らかに“実戦”だった。一歩でも踏み違えれば、喉元に鞘が触れていてもおかしくない。それほど、距離が近い。アイズが、低く構え直す。わずかに膝を緩め、視線を相手の胸元に置いた。

 

「……次、行く」

 

「来い」

 

ローエンは、正面から受ける構えを取らない。半身。重心は、わずかにつま先寄り。逃げでも、守りでもない。踏み出すためだけの立ち方。アイズが踏み込む。横薙ぎ。

 

――ガンッ!

 

ローエンは受けた。

……が、その瞬間。ローエンの肩が、ほんのわずかに沈んだ。本当に、それだけだった。刹那の隙。鞘の位置が、わずかに外れる。

 

「――っ!」

 

(今……!)

 

胸が跳ねるよりも早く、アイズの身体が動いていた。教え込まれた距離。振り抜くのではなく、そこに置くように。

 

ガンッ!!

 

乾いた衝撃が走り、ローエンの鞘が、はっきりと弾かれる。

 

「……!」

 

ベルが、思わず息を呑んだ。小さく音を立てて飲み込んだ息が、喉の奥で引っかかる。ローエンは、そのまま一歩下がる。

 

「……いい」

 

短い一言。その声は淡々としているのに、アイズの胸には、確かに深く落ちてきた。胸が、大きく上下し、指先がわずかに震えている。

 

(……また、誘導された)

 

分かっている。今の隙は、偶然ではない。ローエンが、わざと作った“入口”だった。

 

(でも……)

 

それでも、そこに踏み込めたのは――自分だ。

 

「もう一度だ」

 

ローエンは、間合いを取り直す。アイズの足運びを、静かに見ていた。

 

「次は、そのあと」

 

「……そのあと?」

 

アイズが問い返す。息を整える暇もなく、視線だけを向ける。

 

「当てて終わりにするな」

 

「崩れた瞬間に、もう一つ置け」

 

「逃がすな」

 

「……うん」

 

短く返事をしながら、アイズは自分の呼吸を数えた。胸の奥に残る高鳴りを、無理やり押さえ込む。アイズの目が、鋭くなる。再び、打ち合い。

 

――ガン、ガン、ガンッ!

 

小さなリズム。乾いた衝撃が、石壁に反響する。速すぎず、遅すぎず。剣戟の間は、どこか意図的に整えられている。ローエンは、決して主導権を奪い切らない。だが、アイズが迷った瞬間には、必ず“正解の場所”に剣を置いてくる。

 

「そこだ」

 

「視線が浮いた」

 

「腰が先だ」

 

言葉は短い。だが、すべてが、いまの自分に向けられていると分かる。アイズは、歯を食いしばりながらも、確実に――食らいついていた。

 

(……あの時と、同じだ)

 

ふと、胸の奥に蘇る光景。

第37階層。終焉の闘技場。血と瓦礫と、咆哮。鼓膜が裂けそうな衝撃。肺の奥まで入り込む砂埃。視界の端で、崩れ落ちる地面。――ウダイオス。あの巨大な拳が、何度も何度も、自分を地面へ叩きつけた。

 

(……私は)

 

もう一度、あれを受けたら、立てないと分かっていた。

 

(まだ、足りない)

 

それでも、足を止める理由にはならなかった。自分の身など、どうでもよかった。剣を振れるなら。前へ進めるなら。――リヴェリアの防御魔法が、幾重にも身体を包み。それでも、肉体は限界の音を立てていた。

 

(……でも)

 

ローエンの声が、頭の奥で重なる。

 

『踏み込みは、恐怖の外に置け』

 

『剣は、力じゃない』

 

『届くと信じる場所に、置け』

 

あの時――ウダイオスの猛攻の中で。自分が最後に踏み出せたのは。間違いなく。

 

(……あなたの剣だった)

 

――ガンッ!

 

最後の打ち合い。鈍い衝撃が、手首を震わせる。アイズの鞘が、ローエンの胸元で止まる。

 

「……そこまで」

 

ローエンが、静かに告げた。アイズは、肩で息をしながら、ゆっくりと構えを解いた。張り詰めていた指が、ようやく緩む。胸の奥に、じん、とした熱だけが残っていた。

 

 

◇ 

 

 

「……ありがとう」

 

ぽつりと零れた声は、風にさらわれそうなほど小さかった。打ち合いの余韻が、まだ身体の奥に残っている。手首の微かな痺れ。ふくらはぎに溜まった重さ。心臓の鼓動だけが、いつもよりはっきりと聞こえていた。ローエンが、わずかに目を向ける。

 

「?」 

 

アイズは、視線を少しだけ落としたまま言う。石壁の縁に残る傷や、欠けた石の隙間に、無意味に目を走らせながら。

 

「……あなたの訓練がなかったら」

 

言葉が、途中で詰まる。胸の奥に溜まったものを、そのまま言葉にしてしまっていいのか分からなかった。

 

「たぶん、私は――」

 

一瞬、唇を噛む。

 

「……あの階層で、勝てなかった」

 

ローエンは、すぐには答えなかった。ほんの短い沈黙。風が外壁を撫でて通り過ぎる音だけが、間に落ちる。そして、短く首を振った。

 

「勝ったのは、君だ」

 

「俺は、剣を置いただけだ」

 

その言葉は、あまりにも静かで、当然のようだった。だが――アイズの胸の奥では、まだ熱が引かない。ベルが、思わず一歩前に出た。

 

「あ、あの……!」

 

二人が、同時に振り向く。

 

「ぼ、僕も……!」

 

少し緊張したまま、背筋を伸ばし、深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

 

勢いよく下げた頭の先で、耳まで熱くなっているのが分かった。

 

「ローエンさんのおかげで……本当に、分かることが増えて……!」

 

言葉が少し早口になる。自分が何をどう変われたのか。うまく説明できる自信はなかった。けれど、それでも――伝えたかった。ローエンは、わずかに目を細める。

 

「君は、よく伸びる」

 

「覚えこみが早い」

 

それは、技術を評する言葉のはずなのに。まるで――自分のことのように。ほんの少しだけ、誇らしげな響きが混じっていた。アイズは、それを見て――

 

(……)

 

胸の奥が、ほんの少しだけ、もやっとした。理由は分からない。分からないまま、言葉にできない違和感だけが残る。

 

「……」

 

ローエンが、アイズを見る。

 

「どうした?」

 

問いかけは穏やかだった。

 

「……別に」

 

アイズは、ぷい、と視線を逸らした。自分でも、少し子供っぽいと思った。ベルが、空気を読まずに言う。

 

「あ、あの……そうだ!」

 

思い出したように、声を上げる。

 

「実は……今朝、ステータス更新をしてきて……」

 

二人が、ベルを見る。

 

「……レベルが……」

 

喉が鳴る音が、自分でも分かるほどはっきり響いた。

 

「レベルが……2に……なりました」

 

一瞬。風の音しか聞こえなくなった。

 

「……え?」

 

アイズが、素で声を漏らした。

 

「……今、なんて」

 

自分の耳が、間違っていないか確かめるように。

 

「レ、レベル2です……」

 

アイズの目が、見開かれる。

 

「……」

 

言葉が、出てこなかった。

 

(……早い)

 

あまりにも、早すぎる。自分が、初めてランクアップした時。あの頃の時間と、自分の歩みと――自然と、比べてしまう。

 

(……同じじゃない)

 

はっきりと、そう分かった。

 

「……」

 

胸の奥が、きゅっと縮む。

 

(……異常だ)

 

才能という言葉だけでは、どうしても足りない。成長の速度。吸収の仕方。剣を振るたびに、形を変えていく感覚。それは、訓練でどうにかなる領域を、はるかに越えている。ローエンは、静かに笑った。

 

「そうか」

 

「よかったな」

 

「よく、やった」

 

その声は、まるで――本当に、自分の息子を褒めるようで。アイズの胸が、ちくりとした。

 

「……」

 

言葉にならない、小さな痛み。ベルは、顔を赤くして俯いた。

 

「い、いえ……その……」

 

指先を、ぎこちなく握りしめる。

 

「……でも……」

 

アイズが、ぽつりと漏らす。自分でも、止められなかった。

 

「……私が、レベル上がった時は」

 

一拍、置いてから。

 

「……そんなに、褒められなかった」

 

ベルが、固まった。

 

「えっ!?」

 

ローエンが、一瞬だけ言葉に詰まる。

 

「……」

 

そして、わずかに苦笑した。

 

「そうだな」

 

アイズの前に立つ。視線の高さを、意識して合わせるように。

 

「君も、よくやった」

 

「無茶をして」

 

「自分を壊しかけて」

 

「それでも、前に出た」

 

一つひとつ、言葉を置くように。

 

「それは、簡単なことじゃない」

 

少しだけ、声が低くなる。

 

「誇っていい」

 

アイズの目が、わずかに揺れた。喉の奥が、きゅっと締まる。

 

「……うん」

 

小さく、頷く。ほんの短い返事だったが、胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ溶けた気がした。

 

 

 

 

訓練が終わり、三人は外壁の縁に腰を下ろしていた。石壁は、日が昇りきって少しだけ温み始めている。冷たさが残る場所と、かすかに熱を帯びた場所が混じり合い、腰に触れる感触がまだらだった。

 

遠くに見える市場。屋台の準備をする人影。通りを行き交い始めた冒険者たちの姿。オラリオの街は、すでに動き出している。少し前まで、剣を打ち合っていた場所とは思えないほど、穏やかな時間だった。ベルは、外壁の縁に手を置き、街を見下ろしたまま、しばらく黙っていた。何度か口を開きかけては、閉じる。胸の奥で、言葉が行き場を失っているのが、自分でも分かった。

 

「あの……」

 

ようやく、声に出る。

 

「前から、聞きたかったんですけど……」

 

ローエンが、ゆっくりと視線を向ける。

 

「どうして……僕や、アイズさんに……」

 

言葉を選びながら、続ける。

 

「剣を、教えてくれるんですか?」

 

ほんの一瞬、間が空いた。ベルは、その沈黙が怖くなって、慌てて続ける。

 

「それと……」

 

「その剣は……どこで……」

 

途中で、言葉が詰まる。自分が踏み込みすぎていることに、急に気付いた。言いかけて、ベルは慌てて首を振った。

 

「す、すみません……!」

 

「無理に、話さなくても…いいんですけど……」

 

声が、少しだけ小さくなる。ローエンは、少しだけ困ったような顔をした。

 

「すまない」

 

「……あまり詳しく話せない」

 

その言い方は、曖昧さを残さなかった。

 

「事情がある」

 

ベルは、すぐに首を横に振る。

 

「いえ、大丈夫です!」

 

「気にしないでください!」

 

言葉は明るかったが、胸の奥では、ほんの少しだけ残念さが残っていた。それでも――無理に踏み込まないと決めている。ローエンは、しばらく黙っていたが――外壁の向こうに広がる街を、一度だけ見下ろしてから、

 

「……師事を受け入れた理由なら」

 

と、ぽつりと言った。アイズとベルが、同時に見る。

 

「昔……俺も、お前たちと同じだった」

 

「強さを、追い求めていた」

 

ほんの少し、目を伏せる。

 

「前しか、見えなかった」

 

その言葉は、どこか自分自身に向けられているようだった。

 

「……似ているんだ」

 

二人の立ち方を、無意識に見比べてから、 

 

「君たちは」

 

アイズとベルを、順番に見る。

 

「俺に」

 

一瞬の沈黙。言葉の続きを、誰も急がせなかった。ベルが、ふっと笑った。 

 

「……じゃあ」 

 

「僕たちって……」

 

「似た者同士、ですね」

 

自分で言っておきながら、少し照れくさそうに頭を掻く。アイズが、少しだけ首を傾げる。

 

「……そう?」

 

ベルは、慌てて手を振る。 

 

「ああいや…なんとなく…ですけど……」 

 

視線を泳がせながら、笑う。

 

「……そうかも」 

 

アイズも、ほんの少しだけ口元を緩めた。その横顔は、さっきまで剣を握っていた時よりも、ずっと柔らかい。ローエンは、それを見て、静かに息を吐いた。

 

(……悪くないな)

 

 

 

 

その日の夕方。アイズは、ロキ・ファミリアの本拠地へ戻っていた。大きな屋敷。訓練場と居住区を兼ねた、活気のある建物。中庭からは、武器がぶつかる音や、誰かの笑い声が聞こえてくる。

 

(……いつもの場所)

 

ロキ・ファミリアの本拠地は、相変わらずだった。変わらない騒がしさ。変わらない強者たちの気配。それなのに――アイズは、ほんのわずかに、足を止めた。胸の奥が、妙に静かだった。朝の外壁で、剣を打ち合っていた時とは違う感覚。剣を握っていない今の自分は、少しだけ、心細い。

 

(……ローエンは、今なにしてるんだろう……)

 

そんな考えが、無意識に浮かぶ。自分でも、はっとした。

 

(……いけない)

 

ここは、自分の居場所だ。戻るべき場所は、最初から決まっている。そう思い直した、その瞬間だった。

 

「おっ」

 

聞き慣れた、少し間の抜けた声。

 

「アイズじゃん」

 

空を見上げていた顔を反射的に下す。そこにはホームの入り口から歩いてくるティオナとベートがいた。

 

(……みつかった)

 

なぜか、悪戯をした子供の様な。そんな言葉が頭に浮かぶ。

 

「おかえりー!」

 

「……ただいま」

 

短く答える。ティオナは、相変わらず距離感がおかしい。ぐいっと顔を寄せてきて、覗き込むように言った。

 

「ねえねえ!」

 

「最近さー、朝早くからどっか行ってるよね?」

 

一瞬だけ、言葉に詰まる。

 

(……見られてた)

 

正確には、見張られていたわけではない。けれど、毎朝同じ時間に抜けていれば、気付かれないはずがなかった。

 

「どこか行ってるの?」

 

探るような目。そこに邪な気持ちは一切なく。ただ単純な興味からの色をしていた。

 

アイズは、ほんの一瞬、迷ってから答えた。

 

「……訓練」

 

それは、嘘ではなかった。

 

「一人で?」

 

重ねてくる。

 

(……一人、じゃない)

 

けれど、どう言えばいいのか分からなかった。うまく説明できる気がしない。

 

「今日はみんなホームにいたから」

 

「他の誰かとしてたの?」

 

その言葉に、アイズの指先が、ほんのわずかに強張る。そこへ、被せるように――

 

「アイズに釣り合う冒険者なんて、そうそういねぇだろ」

 

ベートが鼻で笑った。その声音に、いつもの棘はあったが、どこか軽い。その態度が、かえって――

 

(……言わなきゃ)

 

という気持ちを、強くさせた。アイズは、少しだけ間を置いてから、

 

「……うん」

 

と、答えた。ほんの短い肯定。それだけで、空気が変わった。ベートの耳が、ぴくりと動く。

 

「あん?」

 

その声には、はっきりとした違和感が混じっていた。

 

「えーー!誰誰!?」

 

ティオネが、弾むような声で詰め寄る。

 

(……しまった)

 

一度口にした以上、もう引き返せない。アイズは、視線を少しだけ泳がせながら、

 

「……教えてもらってる」

 

と、続けた。自分でも、少し変な言い方だと思った。けれど、それ以上、うまく言葉が出なかった。ティオナとベートが、同時に固まる。

 

「……は?」

 

「今…何て?」

 

ベートの声が、明らかに裏返る。アイズは、その反応を見て、

 

(……そんなに変?)

 

と、心の中で首を傾げていた。

 

だが、次の瞬間。

 

「アイズが……教えてもらう……だと?」

 

その言葉に含まれた衝撃は、想像以上だった。自分が剣を教わることが、そんなにも異様なのだろうか。

 

「まさか……」

 

ティオナが、ぎゅっと拳を握る。

 

「フレイヤ・ファミリアとかじゃないよね!?」

 

「ありそうじゃん!オッタルとかさ!!」

 

その名前に、アイズは思わず目を瞬かせる。

 

(……違う)

 

(ぜんぜん、違う)

 

ベートも、露骨に顔をしかめた。

 

「……ちっ」

 

「だったら、面白くねぇな」

 

アイズの頭の中では、ローエンの静かな横顔が浮かんでいた。オッタルのような圧倒的な威圧感も、名のある強者特有の存在感もない。ただ、隣に立つと、不思議と呼吸が整う。

それだけの人だ。

 

(……でも)

 

それを、どう説明すればいいのか分からない。三人が勝手に盛り上がり、勝手に結論を出しそうになった、その時。

 

「うるさいなー、あんたら」

 

軽い声が、空気を切った。その一言で、ざわついていた廊下が、すっと静まる。アイズは、反射的に背筋を伸ばした。ロキだった。腕を組み、腰に手を当てたいつもの姿。だが、その背後には――

 

フィン。

リヴェリア。

ガレス。

ティオネ。

レフィーヤ。

ロキ・ファミリアの中核が、揃っていた。

 

(……まずい)

 

胸の奥が、ひやりとする。ただの雑談で終わるはずだった話が、いつの間にか、完全に「報告案件」になっている。

 

「なに騒いどるん?」

 

ロキの視線が、まっすぐアイズに向く。そして。

 

「何事だい?」

 

フィンが、穏やかな声で尋ねた。その視線は、やさしい。けれど同時に、何一つ見逃さない目だった。

 

ティオナが、興奮したまま叫ぶ。

 

「アイズにね!」

 

「最近、師匠ができたらしいんだよ!」

 

一瞬で、空気が固まった。アイズは、自分の心臓の音が、はっきり聞こえるのを感じた。

 

(……師匠)

 

その言葉が、自分の中で、少しだけ重く響いた。

 

「……は?」

 

「……師匠?」

 

リヴェリアが、静かに眉を上げる。ガレスの低い唸り声が、床に落ちる。そして――ロキが、一拍置いてから、

 

「ちょおおおおお待ちぃや!!」

 

と、勢いよく前に出た。

 

(……やっぱり)

 

嫌な予感が、現実になる。

 

「どこの馬の骨が!」

 

「うちの可愛いアイズたんを!!」

 

「たぶらかしとんねん!!」

 

完全に、話の方向がずれている。

 

「ぶっ殺したる!」

 

アイズは、思わず一歩、後ずさりしかけた。

 

「フレイヤファミリアのオッタルだって!」

 

「何と!」

 

「えええぇええ!?」

 

次々に飛び交う声。場が混乱に傾きかけた、その瞬間。フィンが、すっと手を上げた。

 

「みんな」

 

その一言で、空気が落ち着きはじめる。

 

「一旦、落ち着こう」

 

リヴェリアも、小さく息を吐いた。

 

「アイズの話が先だ」

 

その言葉に、アイズは無意識に、ぎゅっと指を握りしめる。

 

「アイズ」

 

フィンの視線が、まっすぐ向けられる。

 

「本当は誰から師事を受けているんだい?」

 

アイズは、少し迷ってから。

 

「……ローエン」

 

その名を口にした。

 

「……剣士」

 

「旅人…って言ってた」

 

「……詳しいことは、知らない」

 

「けど…優しい人」

 

場が、静まり返る。フィンは、興味深そうに顎に手を当てた。

 

「なるほど……」

 

「あのアイズが、教えを乞うほどの人物、か」

 

ロキとベートが、同時に言う。

 

「会わせんかい!!」

 

「会わせろぉ!!」

 

フィンが、アイズを見る。

 

「世話になっているのなら」

 

「一度、正式に礼を言いたい」

 

「それに……」

 

わずかに微笑む。

 

「純粋に、興味がある」

 

ロキが、うんうんと頷く。

 

「せやせや!」

 

「身元確認や、身元確認!」

 

ベートも、腕を組んで唸る。

 

「怪しい奴なら、すぐ分かる」

 

アイズは、少しだけ戸惑いながらも。

 

「……分かった」

 

と、頷いた。

 

(……なんだか)

 

(大きな話に、なってきちゃった)

 

そう思った瞬間、アイズの胸の奥に、かすかな違和感が走った。ただの挨拶で終わるはずがない。そんな直感が、理由もなく浮かび上がってくる。

 

訓練の場で交わした剣は、確かに「正しい」ものだった。けれど、あの剣は、オラリオのどの流派とも似ていない。そもそも流派と呼ぶにはあまりに“特徴”がない。

 

(……たぶん)

 

(簡単な顔合わせじゃ、終わらない)

 

ローエンの剣を、ロキ・ファミリアの第一級冒険者たちが見たら、どうなるのか。

そもそも――ローエンは、本当に「会ってもいい人」なのか。自分は、あの人のことを、ほとんど何も知らない。

 

それでも。ウダイオスの巨体を前に、身体が壊れるほど剣を振り続けたあの時間。

限界の向こう側で、背中を押してくれた声。その記憶だけは、嘘じゃなかった。アイズは、無意識のうちに、ぎゅっと手を握りしめていた。




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