ダンジョンに生まれた私は、英雄の魂を育てて喰らう   作:ヨーヨーヨー

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1話 集落の影

 朝の洞窟には湿った空気が漂い、石壁に小さな炎の影が揺れていた。

 ゼノスたちは、狩猟の準備を整えながら互いに視線を交わす。

 誰もが静かだが、互いを理解しており、秩序を守る。それは自然で美しい営みだった。

 

 私はその輪の中で、人間の少女の姿をとっていた。

 柔らかい髪、細い手足、無害に見える笑み。

 この姿なら、集落に馴染める――直感がそう告げていた。

 

(――この姿なら、恐れられずに済む)

 

(――少なくとも、ここで“在る”ことを許される)

 

 ◇

 

 リドが私の横で低く告げる。

 

「今日、外から客人が来る」

 

「客人……?」

 

「魔術師だ。フェルズという。近くを通るらしい」

 

 異質な存在への警告。胸の奥がわずかにざわつく。

 さらにリドは続ける。

 

「名前も決めた方がいいだろう」

 

 沈黙が訪れる。洞窟の闇に、私の呼吸だけが響く。

 名を持たぬ存在として生まれ、ただ“在る”だけの私は、初めて言葉を与えられる。

 それは鎖でもあり、灯火でもある。

 

「……シエラ。そう呼ぶことにしよう」

 

 リドの声は慎重で、まるで小さな命に触れるようだった。

 

(――シエラ……)

 

 言葉を口に出すと、内側にわずかに安心が広がった。

 “私”という存在が認められた瞬間、集落の中で生きる意味が、少しだけ見えた気がした。

 

 ◇

 

 狩猟班が洞窟奥に向かう。

 目標は、魔石を宿すゴブリン、洞窟の水場に潜むスライム、角を持つ小型オーガ。

 ゼノスたちは無駄なく動き、互いに目を配る。狩りの効率と秩序が美しい。

 

 だが、ゼノスたちの視界外で私は体を変化させた。

 腕や背中、脚の先から無数の触手が生え、空間を縫うように伸びる。

 触手には、狼のような獰猛な歯並び、サメのように尖った口が無数についていた。

 意思ひとつで高速かつ精密に動き、獲物を縛り裂き、魔石を吸収する。

 吸収した対象の生態、動き、癖――すべてを本能的に理解する。

 

 喉の奥から笑いが漏れる。

 

(……この感覚……たまらない)

 

(生きる者の必死さ、恐怖、抵抗……すべてが、胸に響く)

 

 ゼノスたちは触手の存在に気づかないが、微かな違和感と緊張を肌で感じる。

 リドの瞳に、一瞬の迷いと恐怖が走る。

 だが同時に――この小さな存在を見捨てることは、誰の心にも浮かばなかった。

 

 ◇

 

 やがて、洞窟の入口に異質な気配が漂う。

 リドが私を軽く押し、囁く。

 

「来た……フェルズだ」

 

 背の高い骸骨の魔術師。

 集落の空気が一瞬で変わる。ゼノスたちは無言で警戒する。

 だが敵意はない。関係は良好だが、互いに慎重であり、フェルズもゼノスも観察を怠らない。

 

「……なるほど」

 

 フェルズは私を一目見て眉をひそめた。

 その瞬間、洞窟の奥に微かな振動が走る。

 

(魂の位相が、合わない……)

 

(人間でもモンスターでもない、異端の存在……)

 

 解析すればするほど、歪みは増す。

 だが、フェルズは直感的に思った。

 

 敵意はないが、完全には把握できず、警戒を続ける。

 それが賢者の判断だった。

 

 ◇

 

 私は一歩前に出る。少女の姿で、柔らかく微笑む。

 

「……こんばんは。シエラといいます」

 

 喉の奥で笑いを殺し、無害を装う。

 

「……シエラか」

 

 フェルズの声は落ち着いているが、鋭い観察眼は隠せない。

 その瞳に、私の異質さと歪みが映る。

 

「異質……だな」

 

 フェルズは言葉を続ける。

 

「だが、敵意は感じない。観察する価値はある」

 

 ◇

 

 夜が更け、洞窟は静寂に包まれる。

 私は岩の上に座り、暗闇の中で触手を微かに揺らす。

 ゴブリンの肉、スライムの体液、小型オーガの骨と筋肉――

 捕食し、理解し、対象の生の感情を胸いっぱいに味わう。

 

(……生きる者の必死さ……恐怖……抵抗……)

 

(……この感覚、たまらない……)

 

 喉の奥から笑いが漏れる。

 

「……クフフ」

 

 洞窟に響くその笑いは、誰にも届かない。

 ただ、私だけが知る、生の感情を味わう快楽。

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