ダンジョンに生まれた私は、英雄の魂を育てて喰らう 作:ヨーヨーヨー
洞窟の奥、微かな風が岩の裂け目を通り抜ける。
湿った土と魔石の匂い、微かに漂う血の匂いが混ざり合い、空気を重くする。
ゼノスたちは狩猟の準備を整え、互いに目配せを交わす。
私――シエラは、少女の姿のまま、影のように後ろをついていった。
無害であること、馴染むこと。それが目的だった。
だが、私は心の奥で違う感情を密かに育んでいた。
――生きる者の必死さを、恐怖を、抵抗を、味わいたい。
岩壁の隙間から見えたのは、崩れた岩の影に潜む魔物たち。
ゴブリン、スライム、角を持つ小型オーガ――
彼らはまだ気づいていない。ゼノスたちは近づくが、戦闘はまだ始まらない。
私は一歩前に出る。
腕や背中から無数の触手を伸ばす。
その先端には、獰猛な狼の歯、鋭いサメの牙が無数に並ぶ。
高速で、精密に動き、魔物たちを捕らえ、内側から本能的に理解する。
捕食――というよりも、私はその感情を味わう。
恐怖、抵抗、必死に生きる姿――
それらが胸を震わせ、喉の奥から笑いが漏れる。
「……クフフ」
ゼノスたちは私の行動に気づかない。
だが、その空気の違和感、微かな緊張は感じ取る。
リドの瞳に、一瞬の恐怖と迷いが走る。
それでも、見捨てることはできない――守ろうという意志が、彼らの心を支配する。
◇
朝の光が洞窟の隙間から差し込み、地面に長い影を落としていた。
ゼノスの集落はまだ静かで、鳥の鳴き声や遠くの水の音だけが響く。
木漏れ日が苔むした石や倒木に反射し、小さな光の粒を作る。
私は、少女の姿で集落を抜ける。
胸の奥に、理由もなくざわめく衝動があった。
「……なんとなく、外の空気を吸いたい」
深呼吸をすると、湿った岩の匂いが鼻腔をくすぐり、鼓動が少し早くなる。
誰にも気づかれず、静かに――影のように歩く。
◇
小道を曲がったその先。
突如、少年の姿が現れた。
白い髪、血に濡れた腕、握りしめた剣。
その目は恐怖と不安に揺れながらも、決して折れない意思を宿している。
少年の口から、かすかに声が漏れた。
「くっ……まだ…だっ!」
剣を振るい、倒れた敵を払いのける。
私は、無意識に息を呑む。
魔力でも筋力でもない、胸の奥から発せられる魂の輝き。
必死に立ち向かうその姿は、私の本能を震わせる。
(……生きるって、こういうこと……)
胸の奥に微かに熱が広がる。
戦闘の快楽とは違う――もっと純粋で、魂そのものを揺さぶる感覚。
少年の前に、ゴブリンや小型オーガ、腕の長い蜘蛛型モンスターが群れをなす。
息を荒くし、足を踏みしめ、剣を振るう。
斬撃がオーガの腕を切り裂き、蜘蛛型モンスターが体を震わせて倒れる。
倒れてもなお立ち上がる姿勢、血に濡れた指先、震える体。
私は影に隠れ、背中や腕から無数の触手を伸ばす。
狼のような獰猛な歯と、サメのように鋭い牙を並べた口がいくつもついた触手。
敵の動きや少年の体の微細な動きを瞬時に理解し、反応する。
だが、あえて手は出さない。
――この魂の輝き、必死さ、恐怖、痛み、諦めない意思。
すべてを観察し、味わうためだ。
少年の心の内が、薄く透けて見える。
「……まだいける、僕は……負けない……!」
その声に、震え、怒り、恐怖、希望が混ざり合う。
腕の傷に手を当て、血で濡れた剣を握り直す。
その瞳には、恐怖を抑えきれぬ子供の弱さと、戦う覚悟が同居している。
その脆さと強さの混ざり合い――それが、私に快楽を与えるのだ。
「よし……次はあいつだ……ッ!」
声に出すことで、さらに集中力が増す。
倒れる敵を見て一度深く息を吐き、また次の攻撃に体を傾ける。
◇
戦いが終わり、少年は深く息をつく。
倒れた敵を見渡し、血で染まった腕を押さえる。
まだ名前も知らぬ存在。
それでも私は理解した。
(――この魂は特別だ)
(――もっと味わいたい)
胸の奥で熱が広がる。
触手は静かに体に戻り、少女の姿のまま影に徹する。
息を整えながら、私は静かに宣言する。
――私は、影になる。
――彼の背後で、誰にも気づかれずに。
――魂が最も輝く瞬間を、私だけが味わうための影に。
闇が照らすかのような小道。
世界の全てが、今、この瞬間、私のために動き出しているように感じた。
微かな笑みが、喉の奥からこぼれる。