☽000☾
「彩葉ー! 準備できたー?」
「もうちょい!」
仕上げに香水を手首に振りかけて両手をすり合わせてから、軽く耳の後ろに擦って完成。
ちょっとだけ気合入れたメイクは、湯たんぽ(結局一緒に寝た)のおかげかすっかり戻った顔色とよく馴染み、普段より2割増しに映えてる……気がする。
にしても、かつての推し(今も油断すると中身がかぐやということも忘れて胸が高鳴ってしまう)と一緒にお出かけとは緊張する。
妙に勘の鋭いかぐやに見抜かれてないといいが。
玄関で待っていた二人に合流すると、準備万端って感じだった。
かぐやは初冬らしい厚手のスカートとコートに合わせた落ち着き目のトップス、ゴツめの靴は崩しだろうか。
ヤチヨもかぐやの服を借りてるからか、系統は似たようなフェミニンコーデだが、キャスケット帽が甘くなりすぎるのを防ぎつつ、見る人が見ればすぐに気づくヤチヨの美しい銀髪を隠している。
にしても……。
「ヤチヨはなんか……、コスプレ感あるね……」
「あはは~……、帽子被ってるんだけどね~」
お互いの緊張が伝わってか、どこかぎこちなさを感じる私とヤチヨ。
そんな姿をじっと数瞬見たかぐやは、おもむろに靴箱の上の物掛けから何かを取り出してヤチヨに渡してきた。
「コレかける?」
「いいね~、どう? 彩葉?」
かぐやが取り出したのは大き目の四角いサングラス。
素直に受け取ったヤチヨは軽く鼻にかけてこちらを見上げてきた。
いやー、それはちょっと……。
「ババ臭くない?」
「えー、じゃあこっち!」
「おー!」
続いて取り出したのは2040年柄のパリピグラス。
いつの間に買ったのよ、そんなもの。
手渡されるパーティーグッズを、目を輝かせたヤチヨがノリよくつけた。
そしておもむろに帽子まで取ってゴキゲンといった様子でかぐやと一緒に踊り出す。
見事なボックスステップの後に、締めでハイタッチ。
「いえーい!」
「イエーイ!」
「戻しなさい」
私の速攻の却下に二人とも不満げな顔で口をとがらせて非難するようにこちらを見る。
いや、それ着けて外出てる人間見たことないんだが。
「彩葉はわがままだな~……」
「ヤッチョはこれでいいのに……」
「いいわけないでしょ! ほら行くよ!」
これ以上変なものを出されて、せっかく綺麗に決まった二人を崩したくないなんて思いは口に出さず、ぶつくさ言うのを黙殺して開け放ったドアから外に連れ出した。
☽001☾
「やっぱないね~~」
「この辺のはずなんだけど……」
「そうなの?」
家を出て、公園通りを記憶を頼りに探すが、やはりというべきか路地は見つからなかった。
かぐやが良くて、ヤチヨがダメというのも考えにくいし、昨日ヤチヨが話してくれたお伽噺のように2回目は行けないということなのだろうか、非科学的だが。
「行けないものは仕方ないし、もうBAMBOOに行こ?」
「おーい、猫! どこだー」
諦めの悪いかぐやは促してもなかなか動かなかった。
屈みながら虚空に向かって呼び掛けるが当然ながら返答はない。
「んー……、ま、しかたないか、全メニュー制覇するつもりだったのに……ぶー……」
「毎日通う気かよ……」
名残惜しそうに立ち上がる姿を見ながらツッコミを入れる。
どうせ私も付き合うハメになるし、逆に見つからなくてよかったかもしれない。
「さて、じゃ、行きますかー」
「近いの、彩葉?」
出発を促すとくりくりとした眼差しでヤチヨに問いかけられてちょっと考えた。
北口から出て高松とのちょうど中間ぐらいだから……。
「んー、ちょっと歩くかな」
「じゃあ、お散歩だね!」
「さんぽ!?」
「犬かい……」
雑居ビルの隙間をまだ睨みつけていたかぐやが聞きつけて、輝く瞳で弾かれたようにこちらに振り向く。
その様子は、散歩の一言に食いついて自分でリードを咥えて来る大型犬のよう。
日の光を浴びて太陽のように輝く髪と相まってゴールデンレトリバーを幻視する。
自分の尻尾追いかけてる抜けてそうなやつ。
「彩葉と散歩ひっさびさ~」
「そうだっけ?」
「うん!」
ステップを踏むように楽しそうに跳ねるかぐやの言葉に、そういえばそうだったかもなんて思い起こす。
夜はかぐやも配信があるし、私も休日ぐらい家でのんびりしたい。
ちょっとした気分転換と言っても、ツクヨミにログインすれば事足りてしまうので、自然と最近は外出は減っていた。
駅前の空中回廊に上がる階段を鼻歌交じりに登るかぐやを見ると、もうちょっとかまってやるべきなのかもしれないと少し反省する。
「登頂! おー、空、青っ! 晴れてよかった~、ね、彩葉!」
「ヤッチョも~~、登頂!」
「最近降ってたからねー」
最後の段をぴょんと跳ねる二人にすこし遅れて追いつく、休日ということもあり、人通りが多くまさに都会の喧騒といった趣だが、二人の良く通る春風のような澄んだ声は耳に自然と届いた。
もう冬だけど。
☽002☾
空中回廊を抜けたらあとはモノレール沿いを歩くだけだ。
大学に行き出した頃には配信で稼げてたからバイトも辞めてしまっていたし、この道を通るのも久々だ。
「ここ、彩葉が歩いてたの?」
「そうだよ、ま、平日は遅番だったから夕方と夜ばっかだったけどね」
興味深そうに周りを見渡すヤチヨの質問に軽く答える。
土日や長期休暇は早番や一日中も入れてたが、まあそれはいいだろう。
「凱旋だね! 彩葉!」
「なにそれ」
錦の旗を飾って古巣に戻るといえば確かにそうなのだろうか?
でもかつての職場に客として戻るのは、ちょっと不思議な気分だ。
「ね! 彩葉! 手、繋ぎたいな」
「えっ、良いけど……」
「あー! かぐやも!」
楽しそうなヤチヨに促されて手をつなぐと、耳聡いかぐやが同調し両手を塞がれた。
まるで発見されたエイリアンのよう……、いや、私が一番身長が高いから逆に子連れ?
ま、どっちでもいいか。
「着いたら何食べる?」
「ヤッチョはパンケーキ!」
かぐやの質問に満月のように輝く笑顔でヤチヨが元気よく答えた。
色々あったがいまだに好物は変わりないらしい。
新作やら売れ行きが微妙な奴が消えたりやらで、私が居た頃もちょくちょくメニューは変わってたし、多少現在と異なっているであろうが当時のものは大体暗記している。
その中から選ぶなら……、そうだなぁ……。
「私はタコライスかなー」
「渋くない?」
「そう?」
よく店長が持って帰らせてくれたタコライス。
大体は冷凍して、学校に持って行くお弁当にしてたから、トマトもレタスもしおしおの奴しか食べた事がない。
それでも普段の粗食のパスタに比べたら何十倍もおいしかったのだが、いい機会だしフルパワーの味というものを確かめてみたい。
「もっと映えるやつがいーいー」
「映えって……、いや、まかないでよく食べてたから久々に食べたくてさ」
「あーわかるかも」
人の注文に口を出しながら駄々を捏ねるわがまま宇宙人に反論していると、ヤチヨが何やら訳知り顔でうなずく。
てかなんだ映えって、その太陽のような金髪ときらきらの笑顔で一緒に自撮りでもしてれば、場末の焼き鳥だって十分映えるだろ。
「タコライス食べたかったの? かぐやが作っちゃろか?」
「いやだから今から食べるんだって……」
そう言う事じゃないのだ。
いや、スパイスの使い方もプロ並みになってきているかぐやのタコライスも食べてみたいが。
その時、見覚えのある建物が見えてきた。
バイトに行っていた時によく目印にしてたビル、ここを曲がればBAMBOOはすぐだ。
「ほら、あっち曲がるよ」
「おっ、そろそろ?」
「そう、そこ曲がったらすぐのビルの一階」
そう声をかけると途端に二人で顔を見合わせてにんまりと笑う。
不気味だな……。
「よし! 彩葉の職場見学だ!」
「れっつご~~!」
空いた手を二人とも天に突き上げてずんずんと進む、その表情はワクワクが抑えきれないと輝かんばかりだ。
以心伝心の二人と違って、虚をつかれた私は軽く引きずられるような格好になる。
ちょ、力強いな。
「いや、今の職場二人とも来たでしょ、てか辞めたの10年前だし……」
諫めるような私のぼやきは、興奮した耳には届かなかったようだった。
☽003☾
「へー、思ってたよりランチメニュー充実してんねー、お、ナシゴレンプレートうまそー、うわ! こっちのやつスペアリブ乗ってんじゃん! すげー! かぐやこれにしちゃおっかな~」
「ここは王道にクラシックパンケーキ……、でもミックスベリーもいちごいっぱいでおいしそ~~」
「あ、タコライスまだあった、よかったー」
ポキ丼とかは消えていたようだが、目当てのタコライスは消滅を免れてたようで一安心だ。
メニューの写真たちに目を輝かせるかぐやとヤチヨを見ると、なんだか私まで褒められたようで、もう辞めたのに誇らしくなる。
「彩葉はタコライス?」
「うん、かぐやは?」
そう軽く言うと、途端に目をきつく瞑って歯を食いしばりながら唸りだした。
えっ、こわ。
「ぐぐぐぐぐ……よし決めた! 彩葉選んで!」
「えっ、私?」
「プロに任せた!」
「はいはい、ん? ……ふん!」
「あぁ~~」
目を瞑ってメニューを差し出すかぐやから受け取ろうとすると、未練がましくメニューを握っているので強めに引いて引きはがす。
選んでほしいのか欲しくないのかどっちだよ。
「うーん……」
折角の外食だし、かぐやが作ってくれたメニューに無いもので、かつ今後の参考になりそうなやつ……。
食べるのが好きなだけあって意外とグルメだからなー。
あ、そうだ。
「タコスは?」
「タコス~~?」
「ま、小麦のやつなんだけどね、一時期カレーだのトムヤムクンだの作ってたけど、アメリカって感じの作ったことないでしょ? ほら、チリコンカンもついてるし、だからどうかなーって」
怪訝そうなかぐやに生野菜の乗ったタコスの一式とチリコンカンとチキンのセットを指し示す。
スパイスにハマった! なんて言いながらカレーをイチから作ってた時期はあったが、そういえば、アメリカ南部というか中米あたりのメニューは見たことが無かったのを思い出したのだ。
「うーん……確かに無いかも? よっしゃ! 食べて勉強すっか! 彩葉食べたい?」
「かぐやのサルサは確かに気になるかも」
「サルサ? ってどれ?」
サルサはワカモレとかのタコスに入ってる具沢山のソースのこと。
その種類は千差万別、と言っても私も詳しく知っているわけではないのだが。
ワカモレとトマトと玉ねぎの奴しか知らないし。
「このプレートにはついてないよ、生野菜と味付けは全部タコミートだけだし」
「えー! じゃあわかんないじゃん!」
もっともなかぐやの反論を受けるが、プレートの野菜たちは実はサルサの具材とほぼ同一。
ちょっとライムの酸味が足りないかと思うぐらいで、くるんでしまえば味としては結構本格的だ。
ここからさらにシェフかぐやによるサルサを付けてパワーアップしたタコスを食べてみたい、なんてね。
「いや……、じゃあ対決しよっか、今度さ、私のサルサとかぐやのサルサでどっちのタコスがおいしいか」
「タコパだ! よし、サルサか……、調べてみよ」
タコパってそういう意味だっけ?
ま、いいか。
私の挑発に真剣な眼差しでスマホで調べ出すかぐやはそっとしておくとして、妙に静かなヤチヨが気になって様子を伺うと、こちらもこちらで大いに悩んでるらしく、ついに机に突っ伏してしまった。
「どーしよー彩葉~~、いちごぉ……チョコバナナ……」
「こっちもかい」
「どっちもおいしそうでー……」
ヘロヘロの声で言うヤチヨの頬をつつきながら、当時のパンケーキたちを思い出す。
クラシックも悪くないけど……。
「あー、じゃあ、ミックスベリーは? だくだくにイチゴソースかけるし、イチゴはちゃんとカットした奴だよ、冷凍じゃなく」
「えっ、ホント? じゃあヤッチョこれにしよー!」
ソースか生いちごか、それとも私のおすすめというエッセンスか、さっきまでの迷いが嘘のように即決したヤチヨ。
元気に跳ね起きたせいでズレた帽子を直してやりながら、呼び出しのベルを押した。
☽004☾
「いやー、おいしかったー、BAMBOO侮りがたし……」
「賄いがおいしいのも働いてた理由だしねー、あの時はお世話になりました……」
次の目的地であるカラオケに行く道すがら、両手を合わせて青春の1ページに思いをはせる。
南無、おかげ様で生きてます……。
ありがとう店長……、あの頃ほとんど私が業務やってた気がするけど……。
「彩葉に分けてもらったタコライスもおいしかったねー、すっごく久々に食べた気分」
「8000年ぶり?」
「そう!」
そういえば、
そう考えるとなかなか思い出深い味だ。
まぁ、私はあの時、数口も食べずにかぐやに取られたからろくに食べれなかったが……。
「ねー彩葉ー、カラオケどこ行くの?」
「北口ので良いかなって思ってたけど、どこか行きたい?」
「んー、歌えればどこでもいいしなー」
かぐやに尋ねられるが、私も正直どこでも良い。
大体機種も同じだし、違いはフードぐらいじゃないだろうか。
私が冷めすぎてるだけ?
「あっ、じゃあさ、コラボとかイベントやってるところはどう?」
すると見かねたヤチヨが助け舟を出してくれた。
コラボかー、かぐやがコンカフェとコラボしたことはあったけど、カラオケは終ぞお呼びがかからなかったなー。
「ヤチヨなーいす! どれどれー、おっ、黒鬼コラボだって!」
「えー……、休日にお兄ちゃんの顔とか見たくないんだけど……」
同意するようにパチンと指を鳴らしたかぐやが、懐から出したスマホで調べるとトップには見覚えのある3人の姿が。
うえー、せっかくおしゃれしたレア冬コーデヤチヨで超眼福なのに、身内のキメ顔なんか見たくない。
目の毒だ、文字どおり。
「そなこと言わずに~、対象店舗はどれどれ……、アレ? このお店立川にあったっけ?」
「ん? 4つ、5つぐらいあるしどれかは……あー、この店は無いかも」
立川駅周辺は割とカラオケも多く、いろんな店があるが、幸いというか不幸にもというか、兄とコラボしている店の系列店は無いようだった。
「ごみん……」
「い、いや、アイディア出してくれてうれしかったよ! ね! かぐや!」
せっかくの助け舟が難破してしまい落ち込むヤチヨを必死にフォローする。
超うれしかったよ! マジで! ほんとほんと。
まぁ……、兄じゃ無ければ……。
「んお? ま、無いなら無いで仕方ないしー、一番近いところでいっか、じゃあれっつごー!」
かぐやに目配せでヤチヨへのフォローの増援をアピールするが、まるで気にした様子もなく出発を促してきたのでついていくこととなった。
☽005☾
「かんぱーい!」
「カンパーイ!」
「乾杯」
色とりどりのソフトドリンクのプラスチックのコップをぶつけ合うと鈍い音がする。
なんとも締まらないが、ドリンクバーだから仕方ない。
「彩葉は、なにが聞きたいんだい?」
「えっ、私?」
「せっかくだから~、一番最初は彩葉が選んでほしいな!」
唐突にヤチヨに選曲を任されてびっくりしてしまった。
ヤチヨに歌ってほしい曲かー。
ぱっと思いつくのは、もう歌わなくなってしまったデビュー曲。
いまなら、お役目完了の意味も分かるけど、それでもあの瞬間の私の救いであったのだ。
折角、生歌が聞ける機会というなら……。
「えっ、えっと……、あのね、『Remember』が……」
「んー、よし来た! ヤチヨ張り切っちゃうよー!」
恐る恐る聞くと、ちょっと考えた風にちょっと顎に人差し指を置いていたが、すぐに満面の笑みで返してくれた。
よかった……、断られるかと思った……。
すると、私とヤチヨの会話を聞きつけたのか、かぐやがずいっと隣に寄せてきた。
「あー! 彩葉! 彩葉! かぐやは!」
「『私は、わたしの事が好き。』は? アレ最近歌ってなかったよね」
どうやら、ヤチヨの選曲をしていたのを羨ましく思ったらしい。
かぐやの歌は即興曲を含めて、配信で歌うカバーやそもそも私が作ったものなど、大体の曲を聴いているから、選べと言われても困ってしまう。
活動初期の曲は聞きなれているであろうリスナーのことも考えるとセトリから外れやすく、ちょうど最近はあんまり歌って無いなと思いチョイスしてみた。
これも結構思い入れは強い、私が作った奴だしね。
「あ、たしかに、じゃあ、彩葉の頼みとあらばひと肌脱ぐのもやぶさかでは……」
「ホントに脱がんでよろしい」
そう言っておもむろにコートに手をかけるかぐやに冷静に突っ込むと、けらけらと笑ってネタバラシをしてくる
「じょーだんじょーだん、でも暑くない? エアコン下げていい?」
そう言う事か、確かにちょっと暑いかも?
外で結構体が冷えてたからかあんまり気にならなくて、そういえばコートも脱いでいなかった。
「私はいいけど、ヤチヨは?」
「へーきだよー、機械だしね!」
「あっ、そっか」
無意識に流れでヤチヨに聞いてしまって、ちょっと気まずい。
自分で作っておいてなんだが、あまりに自然すぎてついつい忘れてしまう。
「てい! ふーあちー」
「私もコート脱ご、はいかぐや、ハンガーにかけちゃうから頂戴」
「おー、ありがとー」
たまたまコート掛けに近かったからと、自分のを脱ぎつつ手を差し出すと、豪快にコートを脱いだかぐやから手渡される。
ほのかに香る柑橘と花の匂いについ顔を寄せそうになるが気合で留めてハンガーにかける。
いやいや、何をやろうとしとるんだ私は。
☽006☾
「大切なメロディは流れてるよー♪」
最後の一音まで丁寧に歌いきり、名残惜しくも観客二人のミニライブは終わってしまった。
伴奏が終わると、涙をぬぐうのも忘れて拍手が出てしまう。
その姿にヤチヨはちょっと驚いた風な顔をしたあと、笑顔に変えてピースで返してくれた。
「いえーい!」
「う……ぐず……ヤチヨ……」
ファンサまで完璧……!
推せる! ……推してたわ。
超久々に聞いたRememberは私の顔の穴という穴から水分を抽出してきて、まだ熱を帯びた室内の空気と相まって喉の粘膜が張り付く感触すら覚える。
ちょっと抜けたカラオケ音源ですら、圧倒的な歌声でねじ伏せてツクヨミのステージすら幻視できる最高のステージだった。
さすが生歌なだけあって走馬灯すら見えるほどのすばらしさ、というかマジで見えた。
10年前の私に、ヤチヨとカラオケで生Remember聞けたなんて言った日には嫉妬で悶え苦しんで床を転げまわると確信を持てる、マジ最高。
「おー、彩葉の限界超無理推し活顔久々に見た」
「茶化すな」
「あぁん」
もう1時間ぐらい余韻に浸っていたい気分だったが、隣に座る空気の読めない宇宙人の茶々で現実に引き戻される。
肘で押しのけて撃退。
「よし! じゃあ、次はかぐやの番! 目玉かっぽじってよく聞けー?」
「それを言うなら耳でしょ」
「そーともゆー」
私の肘の力を利用してか、蝶のように重力を感じさせずに立ち上がったかぐやは、カラオケ機器の前にひらりと舞い降りた。
壁の液晶をバックライト代わりに立つ姿はいっぱしのアイドルのよう。
そっか、持ち歌だし今更歌詞見る必要もなのか、そもそも作詞かぐやだし。
「朝起きて今日は何しよっ♪」
「かぐやはやっぱり歌、上手だね……」
「そりゃ~、ヤチヨですゆえ~~」
歌い始めたかぐやに小声で感嘆していると、席に戻ったヤチヨが聞きつけたのかウィンクを飛ばしてくる。
ヤチヨはそうは言うけど……。
「にしては、雰囲気違うよね?」
「んー……まあね! ね! 彩葉! 何か食べたいものある?」
ふと浮かんだ疑問をぶつけると曖昧に笑って誤魔化され、フード注文用のタブレットを渡される。
お腹に具合を尋ねると7分目ぐらい。
量が少な目のカフェランチとはいえ(選ばなかったがロコモコとかを頼めば結構ガッツリしている)、丼ものだし、これ以上食べたらせっかくみんなでつくる予定の餃子が入らなくなってしまう。
「えーまだ食べるの? 夜入んなくなっちゃう」
「チーズフライだけ! ね! お願い!」
さっきのRememberの余韻もあってか、ヤチヨに頼まれちゃうと断れない。
というかそんな食いしん坊キャラだっけ?
「んー、じゃあ仕方ないなー」
「あーそこ! ちゃんと聞く!」
小さく両手を合わせて小首を傾げながらのおねだりに流されてタブレットを操作しようとすると、間奏中のかぐやに指を指されて怒られてしまった。
さっきのヤチヨの真似で小さく両手を合わせて謝罪のポーズ。
何か言いたげだったが、2番の歌いだしに差し掛かってしまって中断した。
そんな中でもガラッと表情を立て直すのはさすがプロライバーという感じがする。
「ふふ、怒られちゃったね」
「ふふっ、ねー」
私の真似っ子のせいか、思わず二人で顔を見合わせてクスクスと笑ってしまった。
☽007☾
「ばりばり、まったく……ぼり」
「ごめんって……」
「がりがりがり」
「めちゃ食うじゃん……」
憤懣やるかたないといった様子のかぐやは、どかっと大股で座って、机に並んだ芯にチーズの入った揚げ物をバリバリと齧り、生地の砕ける音で抗議してくる。
膨らむ頬と合わさってリスみたい。
「♪~」
「何入れたの?」
「おったっのっしみー」
私がかぐやに怒られてる横で、ヤチヨがタブレットを鼻歌を歌いながら操作していた。
つい聞いてしまうと、タブレットを胸に押し当てて隠しながらいたずらそうな笑顔で誤魔化される。
「おー、めっちゃある! かぐやも頼んで良い?」
気が済んだのか、机に転がっていたフード用のタブレットをいつの間にやら握っていたかぐやは、画面上の次ページのボタンを連打しながら高速で流れるメニューを眺めて目を輝かせた。
「晩御飯大丈夫でしょうね……?」
「へーきへーき、スイーツは別腹~♪」
「たく……」
怒涛の指の動きが止まったので、気になって画面を覗き込むとパフェを注文する気のようだった、スイーツってそう言う事か。
小声で話しているとスピーカーから聞きなじみのあるメロディーが流れてきた。
「ん? 『Ex-Otogibanashi』だ」
「おーひさびさー」
「かぐやあんまり歌わないもんね」
「めちゃむじーんだ、これが……」
キラキラ目を輝かせてたはずなのに、途端に渋そうな顔でむくれるかぐやについ笑ってしまう。
苦笑いだけど。
あれ? そういえばこの曲って……。
「へー、でもこれ、デュエットだよね?」
「ん? 一人でも歌えるよー、かぐやも行けるし」
「そうなんだ……」
ライブで二人で歌ってるイメージが強かったから意外だ。
そう思いながら、先ほどのかぐやのように液晶を背負って歌うヤチヨに目を向けると、ちょうど間奏に入った隙だったのか急にこちらに呼びかけてきた。
「ねえ彩葉!」
「?」
「
そう言っていつの間にやら手に持った2本目のマイクをこちらに差し出してくる。
え、ちょ、ま! どゆこと!?
困惑して硬直した体をよそに背中に優しく感じる力によってヤチヨの前まで押し出されて、転ばぬようにと立ってしまう。
「えっ、私!?」
「ほら! 始まっちゃう!」
「えっ、あっ」
急展開が飲み込めないまま急かされて、頭が真っ白のまま勢いのままマイクを握る。
ヤバ握っちゃった、いやまて、というかヤチヨとデュエット!?
あっ、歌詞が表示されてる!
歌いだしまで3秒もない!
待って、心の準備が!
ぐちゃぐちゃの脳内のまま必死にマイクを握りしめる私の視界には、いたずらが成功した悪ガキみたいな笑顔のヤチヨと、わたしをヤチヨの方に押し上げた姿勢のまま目をきらめかせるかぐやの姿が映った。
☽006☾
スーパーから帰ってきて、ぱぱっとかぐやが餃子のタネを作ってくれたので、皮の生地を冷蔵庫で寝かしながらソファーで休憩中。
これから三人で餃子づくりという重労働だ、既製品ならまだしも自家製の皮で包むなんてやったことが無い。
かぐやが言うには、歌いながら手を動かせばスグというが、どこまで信用していいのやら。
にしても人前で歌うなんてめったにしないことをしたせいでクタクタだ。
「いや~、ほんとに難しいねEx-Otogibanashi」
「えへへー、ごめんね~~」
嬉しさの中にひと匙の罪悪感を感じさせるヤチヨの謝罪を受ける。
ずるいよ……、そんな顔されたら許すしかないじゃん……。
「よかったよ彩葉! ね! 歌枠やらない? かぐやもっと聞きたいな~~」
「やらない!」
エプロンで手を拭いながらケラケラ茶化すかぐやにびしっと言ってやった。
身内みたいな2人の前でも緊張したのに、不特定多数の前なんてやってられるか。
「えー! 絶対大バズ確定だって! ヤチヨもそう思うっしょ?」
「ヤチヨも聞きたいな~」
「うっ、いや……ぜーったい無理!」
上目遣いのヤチヨに少し心が揺らいだが、無理なものは無理。
絶対に嫌!
「チョット脈ありだよね?」
「脈ありだね!」
くるりと私に背を向けて、こそこそと小声で話し合う二人。
てか、聞こえてるし……。
「聞こえてるぞー、やんないからね」
「えー」
「えー」
異口同音の不満を受けながら、数時間前のことを思い返す。
隣から聞こえるヤチヨの澄んだ声とのハモりの高揚感と、歌った後のわずかな疲労感を吹き飛ばすかぐやからの万雷の拍手。
まぁ……、楽しかったな。
「でも……、カラオケぐらいならいいよ」
「えっ! ほんと!? よっしゃ言質取ったからね!」
「なに歌わす気だよ……」
つい言ってしまった一言にガッツポーズを取るかぐやの姿に、いやな予感が一つ背筋を流れた。
超難産でした。
自分どうやって文章書いてたっけ…?ってなるレベルで。
感想とここすきください!