日本で一番、月に近い場所   作:五宝合体竹取ロボ

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【蛇足】眠れる森のかぐや姫

☽000☾

 

 

 雷から貰った手土産のお菓子を消費するために、デカフェの緑茶のティーバッグを落としポットにお湯を注ぐ。

 盆にのせたティーセットとお菓子を持って居間に足を運ぶと、かぐやがソファーで横たわりながらぼんやりとTVを眺めていた。その瞳はどこか膜がかかったようにぼんやりとしており、虹彩に映るTVの光をそのまま反射するようだった。

 

 「お茶持ってきたよ」

 「ん……、ありがと」

 

 眠たいのかなと思い声をかけるが、のそりと体を起こすかぐやの動きはどこか億劫そう。

 

 「大丈夫? 調子悪い?」

 「んー、ちょっと疲れたかな? 最近、楽しいが多すぎてはしゃぎすぎちゃったかも」

 

 そう言いながらお茶を啜る姿もいつもとは打って変わって覇気がない。

 

 「ホントに大丈夫?」

 「ひゃ、彩葉? にゅふ、くすぐったっ」

 

 様子のおかしさに思わずソファーの隣に腰掛けながら、首元や額を触るが指先はいつもどおりのぬくもりを伝えるばかりで特に異常は見られない。

 

 「熱はなさそうだけど……」

 「うーん、そもそもかぐやって風邪ひくのかな?」

 「あんたが知らなかったら誰がわかるのよ」

 「それもそっか!」

 

 言い終わるかどうかといったところで、ローテーブルにカップを置いて私の方へと甘えるように倒れこんできたかぐやの体を受け止める。

 腕の中の華奢な体は、いつもの活発さが薄れたせいか妙に小さく、そして薄く感じた。

 

 「彩葉はあったかいね」

 「急にどうしたの?」

 「んー、人恋しさ?」

 「なにそれ」

 

 首を傾げた勢いは髪に伝わり、私の体の上で金の川はせせらぎのような音を立てる。

 髪をまとめようと思って忘れたのかテーブルの上に置きっぱなしになってたシュシュが目についたので、かぐや越しに手を伸ばして、それで軽く髪をまとめてやって正面に尻尾を流す。

 お尻で踏みつけたらかわいそうだし。

 

 「ちょっとおセンチになった時は、イロハニウムをチャージして、元気100倍かぐやちゃんに……!」

 

 揺れる金の尻尾とシュシュを目で追ってたかと思えば、急に声を張り上げて、体を反転させて私のお腹に顔を埋める。

 

 「ちょっと! くすぐったいから、あと、そんな謎元素は存在しない」

 

 鼻先が腹筋をなぞってくすぐったい。

 てか、イロハニウムってなんだよ。月掘ったら出てくるの?

 

 「ふがふが、一体いつから―――、存在しないと錯覚していた?」

 「えっ、あるの?」

 「嘘だけど~」

 「もー、嘘つきはくすぐってやるー」

 「きゃー」

 

 服に口がふさがれたのか不明瞭で、しかし妙に芝居がかった口調で言ったかぐやに思わず反応してしまった。

 口惜しいところだが、科学者(もしくはエンジニア?)としての実力はかぐやの方が上。

 私はタイムマシンなんか作れないしね。

 だから、もしかしてなんてつい体が前のめりになってしまう。そしていっつも騙される。

 適当さはかぐやに戻っても相変わらずだ。

 

 「うーん、入浴剤の匂いしかしない! あとお風呂洗剤の匂い」

 

 入浴剤入れたお湯に浸かって、出るときについでにお風呂洗ったんだから当然だろ。

 

 「お風呂入った後なのに他の匂いしたらヤバイでしょ」

 「かぐやの出汁の匂いとか?」

 

 今のかぐやから出汁を取ったって、お風呂場に漂ってたシャンプーの柑橘と花の香りぐらいしかしないだろうに。

 それはそれとして言い方が若干キモい。

 

 「……明日から入る前にお湯張り直そうかな」

 「うそうそ、ジョークジョーク」

 

 私の本気を嗅ぎ取ってか、顔を上げたかぐやは誤魔化すように、にへらと笑った。

 

 んー……。元気そうに振舞っているけど、やっぱりどこか取り繕ってるように感じる。

 怪我をした猫が気丈に振舞うように。

 

 「で、本当に大丈夫?」

 「うーん、今日は早く寝ようかな、片付けお願いしてもいい?」

 「元からいつも私じゃん……」

 「それもそっか! じゃ、寝ま~す」

 「はいはい、あっ、歯磨きした?」

 「あっ、ヤバ、忘れてた、彩葉ナーイス、歯磨き歯磨き♪」

 

 そう言って洗面所へと行く背中は、さっきまでの姿とは違い確かな足取りだった。

 まるで意識してそうしているように。

 

 

☽001☾

 

 

 珍しく自分の部屋で寝たかぐやを見送っての翌朝。

 階段を下るといつもは忙しなく朝食の用意をしている金の影は無く、静寂の中で冷蔵庫の稼働音だけが響いていた。

 

 いつもとは違う静けさに、つうっと嫌な汗が背筋を舐めた感触を感じながら、私はそのまま階段を駆け上ってかぐやの部屋の前に立つ。

 

 胸に手を当てて数回深呼吸をしたのちに、ドアノブに手をかける。

 金属の冷たさが手汗を伝って鋭く手のひらを刺した気がした。

 その痛みにも似た感触に手を浮かせかけたが、根性で力を籠め直してそっと扉を開ける。

 

 「かぐやー……、おはよー……」

 

 声を絞ってゆっくりと部屋に入る。

 人間いつも完璧って訳じゃないし、今日は寝坊しただけ。

 昨日、疲れてるって言ってたしね。

 お寝坊さんに、いつも私の部屋を侵略してくる意趣返しとして逆に添い寝してやってもいい。

 

 そんなことを考えながら開けた戸の先で見えた光景は、額に大粒の汗をかきながら苦しそうに目を閉じているかぐやの姿だった。

 

 「かぐや!」

 

 起こしたらかわいそうなんて考えは頭からすっぽ抜けて、自分の物とは思えない悲鳴を上げながら急いで駆け寄る。

 

 「ん……、彩葉? あっ……ごめん、ご飯作らなきゃ……」

 「いいって! ん……、熱か……? ちょっと待って! 体温計持ってくるから!」

 

 起きようとベッドに手をつくかぐやを慌てて静止して、汗ばむ額に手を当てる。

 いつもべたべたしてくるからかぐやの普段の体温は大体は体が覚えてるが、汗を考慮に入れなくともわずかに熱い気がする。

 ごみごみとした部屋の中でどこに体温計があるかなんかわかんないから、急いで自分の部屋に戻ろうと体を翻すと、弱々しい力で手を握られた。

 

 「まって……、行かないで……」

 「大丈夫、すぐ戻ってくるから」

 

 嘆願を丁寧に手のひらから引きはがして、駆け足で扉へと急ぐ。

 なるべく後ろを見ないように。

 きっと、振り返ってしまったら動けなくなってしまうだろうから。

 

 

☽002☾

 

 

 電子音が鳴った白い棒をかぐやの口から引き抜くと銀の橋がかかった。 

 顔まで寄せるとようやっと見えるグレーの小窓に踊る数字は、異常事態を告げていた。

 

 「38度……、ちょっと高めだね、病院行く?」

 「んー、寝てる……、病院行ったらかぐやちゃん解剖されちゃうかもだし?」

 「確かに……」

 「うそうそ、宇宙人ジョーク」

 

 私を心配させまいとしてか、気丈におどけるかぐやの痛々しい姿からそらさないように目を意識して見開く。でもそんな私の合いの手はどこかぎこちなくて、どうやら役者には向いてないらしいなんて現実逃避気味に考えてしまう。

 

 「ほんとに病院行かなくて平気?」

 「大丈ぶい、こんなもん一晩寝れば治っちゃうって、それに彩葉今日仕事でしょ? 早くいかなきゃ、ね?」

 

 なにそれ、そんなことを気にしてたのか。

 

 「それなら平気、もう休みの電話入れたし」

 「えー、悪いよ……」

 

 こいつは……。

 かぐや以上に大事な仕事なんかあるわけないだろうに。

 ま、気が引けるんだったら仕方がない。気に病まないように言い訳してあげるか。

 

 「大丈夫、休みなんて余ってるぐらいだし、一日ぐらい休んだほうがみんなも休めるでしょ」

 「ならいいけど……」

 

 なおも何か言いたげに口の中で言葉を転がすかぐや。

 そんなに病院に行きたくないのか? それとも私に迷惑をかけたくないって?

 もしも後者ならとんだ思い違いだ。迷惑なんて10年前から死ぬほどかけられてるんだからなんだっていうんだ。これぐらい数になんか入らない。

 

 「はぁ……、いいよ、明日も熱下がんなかったら病院行こ?」

 「うん……」

 

 気まずげに布団を持ち上げるかぐやに向かってため息をつく。

 ま、ここ最近の病院は熱で行ってもよほどこじらせてなかったら解熱鎮痛剤貰って終わりだし、行く意味と言ったら、法定伝染病のウイルス検査を念のためにしてもらう程度だ。

 とはいえ、季節性の奴もまだ流行ってるし、そこらへんじゃなきゃいいけど……。

 やっぱり心配だし簀巻きにして病院に持ってくか?

 でも嫌がってるしな……、一応、昼までは様子を見てみるか……。

 

 「じゃあ、お水持ってくるね、熱以外に何か症状ある? 熱冷ましぐらいなら家にもあるけど」

 「うーん、ちょっとだるいぐらい?」

 「じゃあ、薬はいらなさそう……かな、辛くなったら言いなさいよ? メッセでもいいから」

 「わかったー」

 「いっつも返事だけはいいんだから……」

 「えへへー……」

 

 そうぎこちなく笑うかぐやを置いて、スマホを取り出してスポドリとかゼリーとか要りそうなものを配達アプリのカゴに放り込みながら、部屋を出ようとすると、

 「ねえ、彩葉」

 と声をかけられる。

 

 「ん?」

 「………、なんでもない」

 

 手を止めて振り返るが、数秒ほど目を泳がせたのちにすっぽりと掛布団に潜ってしまう。

 なんだろう、初めての熱で心細いとか? ヤチヨ時代はもちろん、あの夏も体を取り戻してからの今も、かぐや本人が熱を経験したことはないはずだ。月で風邪なんか引くわけはないし、私を含めて見舞ったことしかないだろう。できればそんなもの経験させたくはなかったけど。

 

 まあ、いい、とりあえず必要なのは水分補給だ、決済画面を見るに頼んだものは数十分で届くし、それまでのつなぎにさっさと水をもってこよう。

 

 「あっそ、じゃあ、すぐ戻ってくるからおとなしく寝てなさいよ」

 「はーい」

 

 ベッドからはさっきの押し殺した言葉とは打って変わって小気味のいい返事が返ってきた。

 

 

☽003☾

 

 

 水を持って行くついでにかぐやの顔を濡れタオルで拭ってやった後、配達を1階のボックスで受け取って、その中にある届けてもらったばかりの氷枕を中身を詰めて渡してやると気分が楽になったのかすぐに寝入った。

 氷枕とか咄嗟にモノが無くても今のかぐやを置いてホムセンなんか行けないし、現代文明様々だ。

 

 枕元に同封されていた常温のスポドリを置いてから、跳び箱に腰かけて寝顔を伺う。

 にしても座れるところここぐらいしかないんだけど。

 いろいろ支障をきたしてるし、やっぱり、いい加減片付けなきゃまずいなコレは……。

 

 「たく……、いい加減片付けなさいっての」

 

 そう言いながらだるまを足で小突くと、私の心とは裏腹に赤い体をゆらゆらと楽しそうに揺らした。

 

 朝とは違い安らかな顔をしているかぐやの顔をぼんやりと眺めると、不思議とお淑やかなお姫様に見えてくる。

 いつもはちょこちょこ動いて何かしらしてるし、じっとしている時なんか布団に潜り込んできた時ぐらいじゃなかろうか。あっ、この前、芦花と真実と飲んだ時に酔いつぶれた時もそうか。

 あの時は私以外は目が覚めたら青い顔してたっけ。おかげでかぐやがしばらくお酒を見ると嫌な顔するようになって、思わず笑っちゃった。

 

 そうそう、兄たちが来た時も、ボードゲームに熱中しすぎてもう日が暮れちゃったからって、みんなで晩御飯食べることになったけど、かぐやが熟成した鯛なんてものを出したせいで、すっかりお米が足りなくなって、男どものおかわりのために速炊きで追加を炊飯する羽目になったのもあったな。

 ご飯が炊けたからって調子に乗って次から次におかわりするのを見て、常備菜出しながら嬉しそうにしてたっけ。

 

 思い返すと、遊びにも手を抜かないかぐやがいつも率先して動いていた姿が目に浮かぶ。

 昨日、はしゃぎ過ぎて疲れたと言っていたのもあながち誤魔化しでもないのかもしれない。

 もういい歳(なんと8000歳)なんだし、もうちょっと落ち着きを持てば風邪なんか引かなかったのかもなんて考えてしまう。

 

 でも、

 

 「……かぐやが元気じゃないとつまんないよ」

 

 そう口から心が漏れた。

 

 

☽004☾

 

 

 熱した鍋に勢いよく撒いた酒とみりんが火を上げる。収まったら生姜と煮立てて、冷蔵庫に並ぶ出汁のコンテナを注いで冷やせばベースは出来上がり。

 醤油を回して味を見たら、洗った冷や飯をそっと入れて煮立たぬように弱火で緩く煮る。この時に椎茸茶を隠し味にちょびっと。

 とろみが出てきた塩梅で卵を二つ入れて蓋をして余熱で火を入れれば完成。

 

 仕上げに小ネギと鰹節の小鉢を脇に置き、匙と一緒に盆に並べて階段へと向かう。

 

 かぐやのレシピとはちょっと違う気がするけど、味はまあ大体一緒だしきっと大丈夫。卵2個入ってるし。

 最近のかぐやは顆粒出汁使わないからなー。

 

 などと考えていると部屋までたどり着く。

 扉を開けるとさすがに朝抜きの空腹で目覚めたのか氷枕に側頭を埋めつつ暇そうにスマホを眺めていた。

 

 「かぐやー、お昼ごはん作ったけど食べれそう?」

 「んー、食べる……、あっ、おじや?」

 

 声をかけると手からこぼれたスマホが重力に負けるようにぱたりとベッドに倒れ、画面が隠してた私の手元をかぐやの瞳がとらえる。

 蓋が閉まってる小さな土鍋しか見えていないはずなのに中身を当てるとは。

 どうやら、私の行動はお見通しって訳らしい。そんなにわかりやすかっただろうか。

 ま、別にサプライズがしたくて蓋閉めてたわけじゃないしどうでもいいか。

 

 「そう、名付けて彩葉スペシャル……なんちゃって」

 「おー、彩葉スペシャル、卵は?」

 「いや冗談だったんだけど……、卵? ほら、もちろん2個」

 「うわー、うまそー」

 

 口の端からよだれを垂らさんばかりのかぐやにちゃぶ台に盆を置いてから蓋を開けてみせると、目を輝かせる姿に少し安心する。

 食欲がなくても食べれるようにと、米の花とまではいわないけどそこそこ煮込んで半熟卵まで乗っけたのだ。どうやら、杞憂だったらしい。

 何はともあれ、ご飯を食べなきゃ良くなるものも良くならない。食欲があるのはいいことだ。

 

 「少し冷ましてるけど土鍋だし熱いかも、良く冷まして食べてね」

 「ねぇ、彩葉~~、ふーふーして食べさせて? お願い♡」

 「………、元気そうだから下で仕事してるね、食べ終わったら下げるからメッセ送って、じゃ」

 「え~~! ぶー……」

 「はぁ……」

 

 妙に元気そうにぶりっ子でおねだりしてくるかぐやに呆れて背を向けると、背後から拗ねたように唇を鳴らす音が聞こえて思わずため息を漏らす。

 

 「……たく、ふー、ほら」

 

 ここぞとばかりに甘えてくるかぐやにしょうがなく匙で表層の少し冷めてそうな部分を掬い取って、息を吹きかけて湯気を散らしてから口元に持って行ってやる。

 

 「わぁ……、むぐ……おいしい!」

 「よかった、あとは自分で食べられる?」

 

 かぐやの唇から匙を抜き取れば、病床とは思えない歓声が返ってきた。

 口に合ったようで一安心。

 匙を置きながら、続きを食べれそうか聞くと、

 「あーん」

 と雛鳥のように開いた口が返答してきた。

 

 「もー……、ほら!」

 

 熱のせいか、それともそれにかこつけてなのか、いつも以上に甘えてくるかぐやに、声ならぬ声を上げながら、もう一度表層を掬ってから口元へと持って行ってやる。

 

 「あちゅっ」

 「あっ! 大丈夫?」

 

 しまった、冷まし足りなかった?

 

 しでかした失敗に冷や汗をかきながら匙を盆に捨てて、急いでベッドに侍ると、

 「むふふ、うっそー」

 といたずらっ子のようにかぐやが笑った。

 

 「………」

 

 こいつは……。

 こっちはずいぶんと肝を冷やしたというのに……。

 

 「彩葉……?」

 「………」

 

 黙ってしまった私に不安そうに上目遣いで様子を伺るかぐやに段々と丹田がふつふつと熱を持つのを感じる。

 朝からどんだけ心配したと……!

 

 「彩葉……さん? むが!」

 「ふん! さっさと食べな! あとで下げに来るから!」

 「もがー!」

 

 ちょうどぬるそうな温玉を丸ごとかぐやの口に放り込んで黙らせて、ぱっと身を翻して廊下に出る。

 まったく、人をからかうぐらい元気が出てきたならあのぐらい食べ切れるだろう。

 勢いか、それとも怒りか、何かの風を受けて舞い上がった髪を感じながら大股の一歩を踏み出すと、背後からはぐぐもった抗議の声が聞こえた気がした。 

 

 

☽005☾

 

 

 もう日が沈んで月の光がカーテンの隙間から差し込む中、電子音が鳴る体温計を口から抜いて、画面を見れば37度ちょっとの微熱。

 まだまだ熱はあるとはいえ、峠は越したって感じ。朝はあんなに頭が重かったけど、今はずいぶんとすっきりした。

 万全……とは言い切れないけど、まあ、普通。

 ……いやちょっと見栄張ったかも。まだ少しだるいかな。

 

 ぬるくなった氷枕から頭を浮かして、そっと竹の意匠のベッドボードに寄りかかる。疲れちゃってベッドに寄りかかりながら私のお腹あたりで寝ちゃってる彩葉を起こさないように。

 体勢を変えたせいで頭の下からお尻の下敷きになった氷枕がぐにぐにして少し面白い。

 

 運よくなのか、ちょうど手の届くところにある眠り姫(いろは)の頭をそっと撫でて、乱れた髪を整えてあげる。

 

 いやー、にしてもビビったー。

 不動産屋さんの前の道で彩葉が倒れちゃったときから始まって、散々、熱出した人たちを見て来たし、見送った人もいたけど、まさか自分が罹るとは。

 てか、こんなしんどいのか~。これで軽い方っていうんだから人間って生きるのムズカシー。

 

 あっ、彩葉に移ったりしないよね? 今からでもマスクするべき? でも起こしちゃうしなー。

 

 抜けれるかどうかもぞもぞと布団の中で試してみるけど、起きかけたのか彩葉の寝ながらも眉をひそめたから、ぴたりと動きを止める。

 

 にしても。

 

 「ほんとはさ、迷惑なんかかけたくなかったんだー」

 

 眠ってて聞こえてないことをいいことにそっと胸の中に飲み込んだ言葉を吐き出す。

 散々、彩葉に思わせぶりなこと言われて逃げられてるし、仕返し……みたいな?

 

 「放っておいてくれても良かったんだよ?」

 

 病院に行きたくないのは本当。

 もと光る竹から生まれ直した私の体は数か月たった今、何割がナノマシン由来なのか私にもよくわからない。

 精密検査をした時にヒトとは違う何か変なものが出ちゃったときに、彩葉に迷惑がかかるんじゃないかって思ったら途端に怖くなった。

 だから寝てればいいなんて言い張っちゃった。

 ま、彩葉も似たようなもんだったし? 子供は親に似るって奴?

 

 で、寝てればいいって言ってるんだから、いつもどおりにお仕事行って、今日は何があったって教えてくれるだけでよかったのに。

 

 「でも、彩葉、看病するんだーって張り切っちゃうんだもん」

 

 心配そうな眼をして、私が照れくささを誤魔化すようにボケてもちゃんと乗っかろうとしてくれて。……なんかぎこちなかったけど。

 で、おじやなんか作っちゃったりして。

 あー、あのおじやおいしかったなー。あとでレシピ聞かないと。

 

 「言えないじゃん?」

 

 重荷になるぐらいなら私を置いて行ってもいいよなんて。

 

 「ん……、かぐや……?」

 

 しょぼしょぼした眼をこすりながらゆっくりと起き上がる彩葉。

 どうやら起こしちゃったみたいだ。

 

 「元気いっぱいかぐやちゃんだよー」

 「……熱は?」

 「さっき計ったら、ちょっと下がってた」

 「そっか……、よかった……」

 

 心から安心したようにふにゃりと笑う彩葉は、寝起きのせいか、いつもの強がりが消えて本当にかわいい。いっつもこうしてればチャンネル登録数も稼げそうなもんだけど、……まあいいか。この一番かわいい彩葉は私だけのモノ。そう思えば優越感で心がぽかぽかする。

 

 「ねえ、彩葉」

 「んー?」

 「言わなきゃいけない事があるの」

 「なに?」

 

 まだ片足ぐらい夢の世界にいるのか首が座らないまま聞き返してくる彩葉を抱きしめたい衝動をなんとか抑えながら、言葉を絞り出す。

 

 「移しちゃったらごめんね」

 「なんだそんなことか、いいよ、かぐやなら」

 「あとね」

 「ん?」

 

 じんわりと出てくる脂汗を感じながら、本題に入る。

 

 「トイレ行きたいからちょっとどいてほしいなーって……」

 「あっ、ごめん!」

 

 弾かれるように寄り掛かった体を起こした彩葉のおかげで重さから解放された体は、布団を抜け出して風のように廊下から階下の目的地へと駆けて行く。

 

 薄暗い中、螺旋階段を足早に降りていく途中で思うのはただ一言。

 

 人間、熱が出てようが緊急事態ではしっかり歩けるんだ! 新発見!




※この後しっかり彩葉に移しました

いやーラジオびっくりしましたね。公共放送の電波で急に告白したかと思いました。
ちなみに、ウェルカムボイスによると彩葉はガチギレすると黙るタイプなので、本編のパンケーキ当たりや鬼の面のスタンドのあたりは全然まだまだ半ギレだったという。

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