言い訳はあとがきに!
☽000☾
「ちょっと! かぐや! 早起きするんじゃないの!?」
珍しく自室で一人寝をしていたかぐやを揺するが一向に起きる気配がない。
私が不安に思って念のため早く目覚ましをかけていなかったらどうなってたことやら。
「おーい!」
「……彩葉……そんなにパンケーキ食べたら破裂しちゃう……」
「どんな夢だよ……、ほら! 起きなよ!」
夢見が悪くなったのか眉をひそめながら訳の分からない寝言を言うかぐやに思わず突っ込みながら、さらに強く揺するとようやく目を覚ました。
「へ……、あ、彩葉……、おはよ……」
「はい、おはよ、今日築地行くんじゃなかったの?」
「ん……、あっ! ヤバ! 今、何時!」
「4時半」
「シャワー浴びてる時間無いじゃん! 急がなきゃ!」
「たくもー」
バタバタと跳ね起きた寝坊助娘は叫ぶや否や開け放たれたドアから廊下に飛び出していくので、ちょっと大きめに声をかける。
「ご飯包んでリビングで置いてるから、持って行きなよー!」
時間的に店が開いてるかわからなかったし、ちょうど昨日タイマーかけてたお米が炊けてたからおにぎりを握ってやってたのだ。
かぐやには負けるだろうが、まあ食べれる味だろう。
すると遠ざかっていたドタバタをした足音が徐々に近づき、にゅっと左手だけグッドサインがドアの影から伸びてきて、そしてそのまま消えた。
「ふぅ……、さて、私はもうひと眠りするかなー」
久々に作ったおにぎりのせいか固まったような気がする肩を回しながら自室へと足を進める。
はてさて、どんな大冒険をしてくるやら。
☽001☾
「ごめん彩葉! 明日朝ごはん作れないかも!」
「ん? それは別にいいけど、どうしたの?」
日曜の晩、なんとなく流していたTVの大喜利の声をBGMにソファーでお茶を飲んでいると、突然両手を合わせて拝むように謝られた。
自主的と言ったら言い方は悪いけど、かぐやが好き好んでやってもらってる料理なんだから、偶にやりたくない日があって当然だし、代わるのはやぶさかではないから別に謝る必要なんかないんだけど。でも、どうして?
そんな疑問が顔に出ていたか、拝む手をすり合わせたかぐやがくねくねと腰を振りながら続ける。
「
「市場? あっ、魚か!」
「そー!」
そう言ってワクワクとした様子で両手を握りしめた。
市場といえば豊洲だが関係者以外は入れないだろうし、素人のかぐやが行くなら築地の場外市場か?
にしても築地かぁ……。
「築地に行くの?」
「うん! あっ、彩葉の親戚居るんだよね! 会ってみたいな〜」
「いないいない、かぐやが月とか言い出すから咄嗟に誤魔化しただけ」
「え〜〜」
残念……と口を尖らすかぐやに呆れともつかない緩い笑顔を返す。
そう、築地はカフェで真実と芦花に誤魔化すためについた嘘のかぐやの出身地。
まさか巡り巡って再び出てこようとは。
ま、でも、ちょくちょく私の居ない平日の昼に散歩して回ってるみたいだし、一応観光地なのでいつかはたどり着くものであったのだろう。
にしても……。
「で、朝起きれるの?」
「かぐやちゃんにまかせんさい!」
私の半目の疑問にどんと胸を叩いて威張るかぐや。
専業主婦といえば聞こえは良いがほぼニート。しかも、配信のせいでやや夜型のかぐやは朝に弱い。
URのアパートに住んでた時は何度コイツの騒音で叩き起こされたことか。
朝ごはんを作ってもらうようになってからは比較的ちゃんと起きるようになったが、それでも私が起きるときに横を見ればよだれを垂らして横たわってることも少なくはない。
まぁ、念のため私の目覚ましを早めにしとけばいいか、どうせかぐやのことだから始発で行こうとするだろうし後で時刻表を調べておこう。
「ふーん、まあいいか、じゃ、帰ったら楽しみにしてるから」
「うん! あーでも、おもしろそーなのなかったら手ぶらかも?」
「逆に面白そうだからってデカいの一本買って来るのはヤメてよ?」
マグロとか。食べ切れるかよ。
「ふっふっふー、お楽しみ!」
当然の私の小言は柳に風で全く響いた感じはしないが、最悪また男3人を呼べばいいか。
兄はともかくとしてあの雷からすら絶賛のメッセージ来てたし、呼べば喜ぶだろう。
「怪我だけはしないでよ?」
「うん!」
☽002☾
予定よりちょっと遅れた築地は地下鉄から地上に出れば、まだ冬ということもあり薄暗く、朝の冷たい風が薄っすらと魚の匂いを運んできた。
彩葉に握ってもらったおにぎりは早朝で空いてた電車の中ですでに胃袋へと入れた。乗り換えありとはいえ1時間ぐらい揺られて暇だったし。
築地遠くね? いや、むしろ立川が外れなのか? ま、どっちでもいっか。
てか、彩葉心配しすぎじゃねー? 東京だし朝ごはんなんかそこら辺で食べれるって。
いまだ子供扱いなのか、それとも彩葉が過保護なのか。
まあどっちでも嬉しいから良いんだけどさ。
あ、そうそう、味はね、ちょーおいしかった!
また作ってくんないかな? あーおにぎりパーティーとか? いやでも、もうすぐ暖かくなるし外で食べるのもいいなー、どっか遠くで。東京湾はね……、ちょっと……。
そんな事をつらつらと考えながら商店街? アーケード? を抜ける。
右を見れば道路を挟んで見慣れたビル群。左を見れば古びた商店。
時間が時間とはいえ、場所が場所なので結構多い観光客たちの楽しそうな顔を背景のコントラストがさらに強調するようで、わくわくがお腹の底から湧いてくる。
彩葉印のおにぎりのおかげかも知れないけど。
とはいえ一通り回ったけど戦果はあんまり。
おっ、と思うものはあったけれど、ほしかったものは見当たらず。
いっそ妥協もありなんだけど、せっかく来たし欲しいんだよなー、寒鰤!
彩葉が気づいてるのかはあんまりよくわかんないけど、日々の食卓ではなるべく時期のものを出すようにしてる。ちょっとした私のこだわりだったり。
やっぱさー、微細な味が違うわけよ、旬とそうじゃないものは。
せっかくフィジカルな舌のポテンシャルがあるのに、妥協するのはなんか違うじゃん?
でも、寒鰤はもう終わりかけだし出回る量も少ないのかも? いやー、もっと先に食べとけよって話なんだけど、正月はやっぱ鯛だし、なんかなんとなく波に乗り遅れちゃった。鰤だけに?
「時期外れすぎたかな〜、うーん……妥協……? でもなー……。おっ!」
腕を組みながら悩んでるとぐるっと戻って来てしまったが、風向きかさっきまでは気づかなかった油の香りがする。
目を凝らせば人だかりの向こうに卵焼き屋さんが。
そういや有名なんだっけ、築地の卵焼き。なんか見た気がする。
うーん、手ぶらってのもなんだし、お土産に買っちゃお。
そんなこんなで買った卵焼きは、割といい値段だったけれど相応にずっしり重く、そんな一箱をレジ袋に下げながらぶらぶらと歩く。
彩葉と一緒に来れたらなー、週末まで待てばよかったかな、でも思い立ったが吉日って言うし? なんて考えてると、薄暗かった通りが茜色に染まる。
気になってとんと一足飛びに雁木の外に出れば、茜色に染まった雲の向こうに真っ赤な太陽が顔を出していた。
普段じゃ空が白めば寝る合図。だいたいそういう時は配信が長引いちゃって徹夜してる時だし。
ま、そうなる時はゲームに苦戦して気が立ってるか、楽しすぎて話過ぎてるかだから寝れるかって言うと別なんだけど。
だから、早起きしてこんな朝焼けを見るのはだいぶ久々かもしれない。
体を手に入れる前、FUSHIの瞳を通してか、それともツクヨミを作ってから外を見て回る幽霊だった時か、もう定かじゃないけど、それでもずっと前だ。
朝の冷気と市場の熱気を胸いっぱいに吸って肉眼で見た朝日は暖かくて、映像なんかとはやっぱ違う。
視覚だけじゃなくて五感で太陽をいっぱい味わって地下鉄へと足を向ける。
次は彩葉と一緒に来ようなんて思いながら。
☽003☾
「ただいまー……」
ガチャリと開けた扉の向こうに声をかけるが当然ながら返事はない。
冷蔵庫に手に下げたお土産をねじ込みながら、ちらりと時計を見れば10時。当然ながら彩葉はもう仕事場だ。
静寂が嫌になり流れるようにTVを点けながらドスンとソファーに腰を落とす。
窓を見れば、茜色してた雲はいつも通りの白さで青い空に浮かび、呑気そうに風に流されていた。
いつも通りの空と、いつも通りの暇。
いつもだったら彩葉の帰りまでの時間つぶしで散歩でもするような天気だけど、帰ってきたばかりだし、早起きのせいか若干ダルいしで、出かける気力は無い。
クッションを抱き枕にだらりと体重をソファーに預ける。
刺激がないとつい思い返してしまう。
10年前、いやもうちょっとか、初めてツクヨミにログインした彩葉を見た時。子鹿のように足を震わせてはにかみながら憧れの
もう二度と会えなくても良いなんて思いながら、8000年ですっかり掠れた台本に従ってきた人生が報われた後、ハチャメチャなひと夏が終わって、臆病な私は、台本の向こう側、
彩葉のかぐやを8000年の地獄に叩き落としたなんて責められたら自分がどうなってしまうのかわかんなかったから。
今の生活は幸せだ。
何年も、何千年も夢に見た、再び取り戻した彩葉との暮らし。
彩葉がちょっと頑張りすぎちゃって夢よりもハッピーエンドなのは御愛嬌。
でも、いや、だから少し思うの。こんな私が報われて良いのかって。
もと光る竹でのスリープの情報整理は主観的には夢を見てるよう。
人間の夢も記憶の整理だって言うし、おんなじようなものなのかな。
情報を整理するということは必然的に、夢の内容は活動中に得た時間に比例する。
ヤチヨとして活動してたんだから配信やライブやその準備なんかは当然として、彩葉がツクヨミにログインするようになってからは彩葉のことが多くなる。積極的に監視してたってワケでもないんだけどね。でも、ついつい見てしまっていた。
だから、真実の家で楽しそうにダベってる笑顔も、KASSENで高スコア出して得意そうな顔も、私のライブに来てくれて感極まった顔も、何度となく夢で見た。
だからこそ、今の幸せは夢なんじゃないかって思っちゃう時がある。
実はあの昔話のあと彩葉とは物別れになって、スリープモードに入ってるもと光る竹での一夜の夢なんじゃないかって。
そんな元気いっぱいがぐやちゃんに似合わないナーバスな時はつい彩葉の布団に潜り込んでしまう。
あの温かさだけはここが現実だって証明してくれるから。
「うがああああ! ヤメヤメっ! ご飯つくろ!」
堂々巡りのくらーい思考を頭をワシャワシャして追い払って、立ち上がる。
時計を見ればもう11時すぎ、今から作ればお昼にちょうどいいだろう。
彩葉のおにぎりを食べてからもう6時間、お腹が空いてるから余計なこと考えちゃうんだ。きっと。
芦花直伝のヘアケアのお陰か、それとも彩葉が乾かしてくれるからか、自慢の髪は乱暴にしても手櫛ですぐに戻ってくれる。
「なっにつくろっかなー、おっ?」
髪を整えながらキッチンに入り、パントリーを漁ると見覚えの無い酒瓶が。
ラベルを見ればどうやら日本酒。買った覚えはないけど旅行のお土産の余りだろうか。
「あ、そうだ!」
せっかくだし挑戦しよう。
実はこの前の節分で彩葉が美味しそうに飲んでいたお酒、鬼殺し? だっけ? それでむせたのが悔しかったのだ。
おこちゃまは酒の味もわかんないんですのー? なんて言いそうな彩葉の顔! は別にしてなかったけど。でも、彩葉は飲めるのに私は味がわかんないとか悔しいし。
「おつまみはメンドいし……、常備菜でいっか」
冷蔵庫を占拠するタッパたちから適当に小皿に移す。
おひたしに煮豆、お漬物。ラインナップは多少ババ臭いけど、いまさらなんか作るってのもね。早起きのせいで若干眠いし。せっかくのお土産の卵焼きには手が出せないし。
普段はあんまり使わないキッチンカウンターの丸椅子に座って、恐る恐るお酒に口をつけると、この前のヤツとは違って、口当たりが軽くて飲みやすい。
「うま〜〜」
なんて感想が出る。
あの刺すような酒精の香りとは真逆に、なんだかメロンとか花みたいな華やかな香りと確かな旨味は飲む手を止めず、水とは言い過ぎだけどなんだかグイグイ飲める。というか前に飲んだことあるような?
常備菜たちも我ながらうまく作れたもので、なかなか美味しい。今日はお弁当作る暇がなかったけど、いつもは彩葉のお弁当にも入れてあげてる自信作たちだ。日持ちを考えたらなかなか新メニューを作れないのがちょっと難点だけど。
小皿たちが空になる頃には、ずいぶんといい気持ちになって、瓶を見れば残りは1/4といったところ。我ながらずいぶん飲んだものだ。
よし! これで彩葉といっしょに飲める! なんて思うと同時に、お酒のせいか早起きのせいか途端に眠くなってくる。
抗いがたいまぶたの重みについ突っ伏して、思うことは一つ。
あ、歯磨きしてない。
そんな思いも鈍った頭では足を動かすのも億劫で、そのまま衝動に任せて瞼を下ろしてしまって———。
☽004☾
「ただいまー、あれ? まだ帰ってない?」
今日も今日とてかぐやの晩ごはんを楽しみに扉を開けると、TVの音だけ空虚に響く真っ暗な部屋が出迎えた。
当然のことながら、いつも出迎えてくれる明るい声も美味しそうな匂いもしない。
「かぐやー?」
いつもとは違う部屋に、声をかけながら廊下を抜けて電気をつけると、キッチンカウンターで寝息を立てるかぐやの姿が。
よく見れば周囲には食器とともに立つ酒瓶が一つ。
電気がついてないことから、どうやら買い物から帰ってきて昼から一杯始めたらしい。
「———ふぅ、まったく良い身分じゃないの」
呆れとも安堵ともつかない息を吐いて、散らかった食器を片付ける。
にしても、平日の昼から飲んだくれるとは、ちょっと羨ましい。
洗い物をしながら見るかぐやの寝顔はいつもに増して穏やかで起こすのもなんだか気が引ける。
今日は疲れたし、ご飯はちゃちゃっと済ませて私もさっさと寝てしまおう。
「確か冷蔵庫に朝のご飯が……、おや?」
見れば冷蔵庫にはそれは豪華な包の箱が。ラベルを見れば卵焼きらしい。
ちらりと背後を見れば未だ起きる気配の無い金の頭が寝息でわずかに揺れていた。
「半分なら……、いいよね」
そう言いながら冷蔵庫から引き出して、包丁で切り皿に乗せる。ついでにいくつかのつまみも盛り付けてしまう。最後にビールの缶を持って起きる気配のないかぐやの横に座り、プルタブを押して一口含む。
「くーっ! ふう……」
喉を通り過ぎる炭酸で疲れを胃に押し込んで、息を吐く。
一人飲みは寂しいし起きないかななんて思いながら、隣のちょっとボサついた頭を手櫛でやってやってもむずがるように眉をひそめるが起きる気配がない。
というかこの体勢でここまで熟睡するとはどんだけ飲んだんだ?
酒瓶に手を伸ばして見るとほとんど飲んだ風の中身。4合瓶だから飲んだのは3合ほどか。というかこれって?
そんな疑問を持って、よくよく見れば、この前買っておいた地酒だった。
「あー、飲んじゃったかー」
この前の豆まきのときにかぐやが零していた地酒。そこまで言うならと買いたかったので探したがレア物と言うか一般流通をしてないものだったので諦めていたのだが、たまたま寄った百貨店の催事場で売っていたので二人で飲もうと思って買っておいたのだった。
別にかぐやのために買ったものなので、飲まれること自体は良いのだが、せっかく買えたのだし反応が見たかったのが正直なホンネ。
いや別にいいんだけどね? 本当に別にいいんだけど、ちょっと悔しいと言うかモヤっとするのは事実。
振ればチャプチャプと鳴る中身も僅かだし飲んでしまおうか。
ちょうどいいアテもあるしと、かぐやの築地土産の卵焼きに箸を伸ばすと、これがなんとも美味しかった。
冷えててもふわふわの甘い卵焼きは妙な魔力があり、お酒の力もあってグイグイと進んでしまって、ついついかぐやの分と残していた半分まで手を付けたところで、はっと我に返る。
「あちゃー、しまったな」
後悔先に立たず、まあでもお酒先に飲んだのはかぐやだし? これお相子ってこと……にはならないか。
ま、素直に明日謝ればいいっか。
そう結論づけて、食卓を方してから寝支度を済ませたが、相変わらずかぐやは夢の中。しょうがないので担いでかぐやの部屋のベッドに放り込んで私も寝た。
お風呂にも入ってなさそうなかぐやを明日放り込むためにちょっと早めの目覚ましをかけて。
☽005☾
「かぐやー、うお、まだ寝てる」
翌朝、隣室のドアを開けて控えめにノックするとまだ夢の中のかぐやの姿。酔いつぶれた時間は定かではないけど12時間は過ぎてるであろうにまだ寝てるとは。
こんなお酒弱かったっけ? まあいいか。
幸せそうに寝ている姿を見て、少し悪戯心が湧く。
「おーい、起きろー」
「へ……、あ、彩葉……、おはよ……」
「はい、おはよ、今日築地行くんじゃなかったの?」
眠気を払うように目を擦るかぐやにすっとぼけてみる。
「ん……、あれ? 築地なら昨日行ったよ?」
「昨日? 昨日は一日家にいたんでしょ?」
「え? 夢だった……? あ! 卵焼き!」
ハテナで瞳をいっぱいにしたかぐやが挙げる声で肩を跳ねてしまう。
あ、ヤバ。そうだ、謝ろうと思ってたんだった。
変なボケをしている場合じゃなかった。
「あっ、かぐや……」
声をかけようとするが、跳ね起きたかぐやは金のつむじ風となって階下へと駆けていってしまい、タイミングを逃す。
慌てて、キッチンに居るだろうかぐやを追う。
見れば、ちょうど冷蔵庫を見ていたのか扉を締めるところで、その後時計をチラ見してから慌ててお風呂場に駆け込んでしまう。
私も習うように時計を見れば時刻は4時すぎ、始発を考えれば昨日かぐやが本来起きるつもりの時間だ。
夢と零したあたり、きっと冷蔵庫に昨日の証拠の卵焼きを見に行き、それが無かったから、私の嘘に騙されて築地行きの準備を始めたのだろう。昨日の築地が夢と思い込んで。
かぐやの冒険を穢したようで胸に暗いものが湧き上がる。
なんであんなつまんない嘘をついてしまったのか……。
止めるには閉じられた洗面所の扉を開けて、かぐやに一言謝れば良い。モタモタしてれば私のせいでかぐやが無駄足を踏んでしまう。そう思って、洗面所の前まで足を進めるが、ピタリと一歩分前で立ち止まってしまう。
騙してしまった罪悪感か、うまく説明できないけど、なんとなくの気まずさからノブに触れず、立ち尽くす。
「やばばー、遅刻しちゃうー、まさか夢で行った気になるとは……、お、彩葉、ちょっとどいて」
「あっ……、うん……」
「……? あ! スマホスマホ〜〜」
モタモタしているうちに洗面所から出てきたかぐやとすれ違う。
謝ろうとするけれど、普段はあんなに勝手に憎まれ口を叩く私の口は今日に限っては妙に重く、結局かぐやが準備を済ませて出てくまで言い出すことはできなかった。
ただ、
「ごめんさっきのは嘘、卵焼きは食べちゃった、また今度一緒に買いに行こ?」
って言えばよかったのに。呆然と立ち尽くすことしかできなかった自分に嫌気が差す。
「バカや私は……」
一人ぼっちの家の中で悪態を零して自分の頬を張るが、痛みは顔ではなく胸からじくじくと響いた。
☽006☾
「ただいまー……」
「おかー」
夢と違ってちゃんと買えた寒鰤を捌いていると彩葉が帰ってきた。
正夢にならなくてよかった、まじラッキー。
そんなラッキーガールかぐやちゃんとは裏腹に、帰ってきた彩葉は声色はいつもより暗くて、意気消沈って感じ。
なんだろ、職場で嫌なことでもあったのかな?
まあ美味しいもん食べたら元気になるっしょ!
ぶっといの一本買ってきたし! 鰤だけに。
3枚におろすだけですごい脂で手がヌルヌルになるぐらいだし、きっと彩葉も喜ぶに違いない。
あー、捌くところ撮ったの後で編集しなきゃ。料理作るのも見てもらって反応見るのも好きだけど、編集はなー……。配信にすれば良かったかな。でもなー、彩葉をモデレーターにしないで一人で配信すると後で怒られるしなー。
「あのね、かぐや」
「ん? あ、ちょっと待って、これ漬けちゃう」
「あ……、うん、待ってるね……」
コートも脱がずに何かを話そうとした彩葉に待ったをかけて、手元の切り身をボウルに張った調味液のなかに沈める。
くらーい顔してからに! 腹ペコで話したって良いことなんかなにもない。たぶん!
とはいえ、今漬けた照焼きが食べれるのはだいぶ先、お刺身となめろうを先に出しちゃおう。卵焼きもあるし!
食卓に座りうつむき気味の彩葉の前に盛り付けた小皿を置く。ついでに私のも。
「はい、まずは食べて! そんでどしたの?」
☽007☾
「あー……」
どこか歯切れの悪い彩葉が気まずそうに頬を掻く。
なんだろ。
「ごめん!」
「へ? どゆことー?」
急に謝られても何が何やら。
「実は今朝、あんまりにもかぐやがぐっすり寝てるから意地悪したくなって、つい築地に行ったのは夢だったんじゃないかって言っちゃった……、ほんとごめん!」
そう言って手を合わせる彩葉。
挙句にこれはお詫びの品ですなんて言いなら、紙袋から昨日私が飲んじゃったお酒まで出してくるもんだからついおかしくなって笑ってしまった
「ぷっ、あはは、あそっか、騙されちゃったかー……、ふふっ、いいよ、鰤買えたし?」
そう言いながら眼の前の刺身をつまむ。うまー。
そもそも、どうせ1日目は成果なしで、もう一回来るか諦めるかだったのだ。
そしてかぐやちゃんの辞書には諦めるの文字は無いんだから、結果は変わらない。
むしろ、珍しい彩葉の悪戯なんてレアイベントを経験できた物珍しさのほうが優位。
明日は雨か霰かな。
なのに許しの言葉をかけてもなんだか怒られ待ちみたいな彩葉はしょぼくれたまま。
べっつに気にしてないんだからさっさと食べてほしい。むしろそっち待ちなんだが?
しょうがないから自分の皿のを一切れつまんで彩葉に差し出す。
まったく、手のかかるお姫様だ。
「ん!」
「え、あ、えと」
「ん!!」
するとおずおずと食べた。
「はむ……、うまっ」
「でしょー!」
しょぼくれてシワシワだった彩葉の顔が一気に輝く。
買いに行くのも捌くのも大した話じゃないけど、バカでっかい箱を運んでくるのはだいぶ重労働だった……。途中で諦めてタクシー使ったし。
ま、でも、この顔が見れたら苦労が報われたって感じ。
「ねえ、彩葉」
「……なに?」
仕切り直すように声をかけるとちょっとは復活した彩葉が聞く体制になる。
「今日さ、築地行ったんだー」
「うん」
夢で見たのとおんなじ綺麗な朝焼け。いや夢じゃないんだっけ。
そんなキラキラと輝く市場の中でくっそ重いスチロールの箱を抱えてよたよたと歩いた。
手の中の重みで彩葉が喜ぶ姿を想像しながら。
「でね、魚屋のおっちゃんが勧めてくれたのがね、めっちゃぶっとい鰤でさー、あ、後で動画見せるね」
「うん、見せて」
氷詰めながらお客さん持てるかい? なんて、心配されちゃった。
実際、途中で諦めてタクシー配車したんだからおっちゃんの見立ては正しい。
朝焼けは彩葉と見たかったなんて想いだけど、こっちは純粋に人手が欲しくて彩葉が恋しかった。
いやほんと、まじ重かった。ちょっと後悔したもん。
「朝日も綺麗でさー、今度一緒に行こ! かぐや一人じゃ買いきれないぐらい面白そーなもん死ぬほどあったし!」
「絶対行こ、明日にでも、仕事休むし」
罪滅ぼしとでも考えてそうな彩葉の真剣な顔につい笑っちゃう。
そんな切腹一歩手前の侍みたいな顔されても、逆に店の人困っちゃうでしょうに。
それに、明日も買ったら冷蔵庫から溢れちゃうって、極端だなー、もうっ。
「また今度ね!」
☽008☾
「これね、この前、節分のときに、かぐやが良いって言ってた地酒。珍しく催事場に置いてあって、二人で飲もうと思って買ったんだ。だからさ、お詫びってことで一杯飲まない?」
「飲む!」
紙袋から出したお酒のラベルを見れば昨日飲んだものと同じお酒。
そっか、なんだか飲んだことあるような気がしたのは旅行の時のだったのか。
こうして言った本人が忘れてた呟きを拾ってくれるからマメだなーって思う。
そんな気にしなくたっていいのにね。
ま、でも、素直に嬉しい。愛され感ってヤツ?
心が満たされるようでまさに夢心地。
“夢”見心地……。夢かぁ……。
「……あー、やっぱ辞める」
「どうしたの? まだ怒ってる?」
どこか不安そうに上目遣いで見てくる彩葉に笑みで返す。
夢みたいというか、まさしく何千年も夢見た今の日常。
よくよく考えれば、彩葉の冗談だってすぐわかる今朝の夢騒動だって、まんまと信じてしまったのはこの現実感のなさの所為。
そう思えば、悪いのは逆に私なのかも?
あの綺麗な築地の朝焼けが夢だったって信じちゃったように、きらきらしてる今の日々もどこか現実感がない。
もちろん幸せ過ぎてだけどね!
でも、ふっと目が覚めたら、ツクヨミで知らない
なんてね。
「?」
「いやね……」
そう言って、言葉を止める。
不思議そうな彩葉を見つめながら。
もしも夢でも。
ううん、たとえ夢だったとしても。
「また夢になっちゃったら困っちゃう」
どうか覚めないで。
以上、ご承知、芝浜でした。
ネタ切れに頭抱えてるときにあかね噺にハマって、一本落語をもとにしたのを書こうと思ったら、めっちゃ難しいし、スランプと言うかイップス的なアレで全く書けないしで、大苦戦しました。
結果として、更新めっちゃ遅れたのは素直にごめんなさい。
ちなみにそんな中、なんとかひねり出したのが前話だったりします。廓噺からの芝浜ってことで枕代わりで書いたのですけど、ここまで間が空いたら意味ないですね……。
月に一番近い場所に行って、ホントに月に行くまででシーズン1、そこから何気ない日常とかぐや(ヤチヨ)の弱さでシーズン2。と勝手に分けてたりします。
次はシーズン3! 公式の動きも活発で色々世に出てきてますので、色々摂取しながら続けて行きたいです。
実は、本作が処女作なもので、読み返すとアラがいっぱいでちょっと時間かけて直したいなという欲が沸々と。まあ、今も文章は下手なままですが。
なので、更新はお時間いただきましてちょくちょく直していこうかと。
シーズン3は大体一月に1話ぐらいのペースで書き上げたいものです。
1話をrayの衝撃のまま衝動に任せて書いていたときには考えられないぐらいの皆様に読んでいただけて、とても感謝しております。こんな乱文で大変失礼ですが、ここまで読んでいただきまして誠にありがとうございます。
お手数ですが感想、ここすき、高評価ください!
……そういえば最後に一つ、えっちなヤツは作者ページから飛べるらしいです。