☽000☾
とん、と踏み出せば橋の木板が鳴る。
板張りと朱の欄干のコントラストのおかげで能か歌舞伎か、それとも音に寄せてタップダンスか。
楽しくなって、スキップでもするようにさらに踏み出せば、いつか自分で設定した、きらめくしぶきのエフェクトが散る。
そんな光をまとってツクヨミを駆ける。
当てなどないけど、それでも歩幅に合わせて体は進む。
今日のツクヨミも大盛況で、人込みを抜けて道を歩けばヤチヨー! なんて
いつもどおりに。
楽し気に笑って。
☽001☾
出店を冷かして人通りのない路地を抜け、石畳を蹴り上げて摩天楼を上に抜ければ、AR風のネオンで照らされた瓦屋根たちがキラキラと輝いて、光で塗りつぶされた夜空の代わりに星のように瞬く。
そんな星海原の中に腰を下ろして、さっき出店で買ったドリンクをまじまじと見た。
カップにはどろりと重量を感じさせるプリン色と色とりどりの煌めくフルーツのスキン。
「すっかり味付きも馴染んじゃったなー、これも彩葉のおかげかにゃ?」
冗談めかしてクスクスと笑いながら口を付けると、既製のデータの寄せ集めとは思えない、真に迫った甘さと香り。
ちなみに商品名は、プリンアラモードフラペチーノ。
ランダムでフルーツの味に変わるのがアラモード要素らしい。
まだ数口だからプリンとクリームの味しかしてないけど。
空に浮かぶ大きなミラーボールの月は、今日も満月だ。
満ち欠けする機能がないだけだけど、それでもまんまるの月。
「この世をば、我が世とぞ思う望月の、欠けたることも無しと思えば~、なんてね」
どこかで聞いた歌を謳う。
聞いたのは京にいた時だろうか、江戸に居た時だろうか。それとも東京?
ま、自分の記憶ストレージを検索すればすぐなんだけど。
でも、そういうAI的なことは最近控えてる。
彩葉とかぐやと一緒に遊びに行ったあの日。
夢みたいに楽しかったあの日の前日、彩葉に告げられた私の変質。
それが進んだ時、私が何なのかわからなくなりそうだったから。
彩葉にとっては……、なんだろ?
「彩葉……」
満月の欠けるところが無いように、あまねく全てはわが物だなんて言わないけど、欠ける機能の無い月に照らされた
だからこそ私の物じゃないものは手に入らない。
「さびしいな」
最近あんまりログインしてくれない彩葉とかね。
☽002☾
今日も今日とて、動画編集。
びびびってやっちゃえばって思うかもだけど、やっぱり間とか見た時の繋がりみたいなのがあるから、結局は画面を映しながらちまちまやったほうがクオリティが高い……気がする。
ヤッチョは妥協はしないタイプなのです。
と言う訳で、いつものヤチヨ城の天守閣で、いつものように思い出の黒Tシャツで編集作業だ。
お供の駄菓子がちゃんと味付きになったことが最近のアップデートかも?
彩葉がサンプル選ぶって言った時に真っ先に指定したお気に入りの数種類。
それを指定したのは正確には私じゃないけど、でも主観的には地続きだから……。
「ヨシ! ……なんちゃって」
指を指したって誰も突っ込んでくれないから、しょうがないからセルフサービス。
とはいえ、こうしてネットミームを振っても、彩葉は不思議そうな顔してるだけなんだけどね。
キョトンとしたその顔が見たくてやってたりってのは……ちょっとあるかも?
「さって、編集も終わりーっと、サムネ弄るついでに彩葉の切り抜きでも~」
「私がどうかしたの?」
「バッ! ヒュウ!」
居るはずもない彩葉の声に、変な音が口から出る。
急いで振り返れば不思議そうな顔をした彩葉の姿が。
見たいって言ったけどこういうのじゃない!
あ、今の格好大丈夫……じゃない! まずい、だらける用の格好じゃん!
「あわわわ」
「?」
えーっとえーっと、デフォルトのプリセットは……、彩葉にデートにまた誘われたらとか考えて無駄にプリセット増やしすぎて見つからない、誰だこんなにぐちゃぐちゃにしたのは! 私だ!
「あった!」
そう叫ぶと、ウィンドウの着替えをタップして、いつもの『彩葉の推しの月見ヤチヨ』に大変身。
いやー、危なかった……。
「ふう……」
「別にさっきのままでよかったのに」
そう言って苦笑いする彩葉を直視できずに目をそらす。
彩葉の ”推し” で居られること、それだけが唯一の縋る先……っていうのは言い過ぎだけど。
でも、好きな人の前だと一張羅で居たいというオトメゴコロなのです。
全然、彩葉は気付いた気配が無いけど。
「えへへ……、で、どうしたの彩葉?」
「あー……、えっと、ちょっと失敗しちゃって、相談っていうか……、うん……」
どこか歯切れの悪い彩葉が頬を掻く。
うーん? 相談? なんだろ……、あ!
「あー? もしかしてかぐやと喧嘩でもした~~? ダメだよー、仲良くしなきゃ!」
ニヤニヤ笑いながら叱ると縮こまるけど芯は食ってない様子。
おや、外したか。
でも、お母さんとは最近良好そうだし、真実も芦花も、黒鬼だって元気に配信してるし、いよいよ何の話だろう?
「……喧嘩って訳でもないって言うか、むしろ怒ってくれた方が良かったんだけど……」
「?」
☽003☾
「あっはっはっは!」
「ヤチヨ!」
「いや~~、ごめんごめん、ふふっ」
かくかくしかじか。
懺悔するように語る彩葉と対照的なくだらない話につい失笑してしまった。
失笑と言うか、もはや大爆笑。
騙す方も騙す方だけど、騙される方もなんだそれ!
酔っぱらって昨日出かけたことを夢と思い込むなんて我ながらドジすぎる。
よっぽど日々が幸せ過ぎてぽやぽやしてなきゃありえないようなミスに、ついついちょっとうらやましくなるぐらい。
「あはは、あーおっかしい、それで? 彩葉はどうしたいんだい?」
「他人事だと思ってー」
「他人事だよ~、でも、迷える彩葉にびし! っとヤチヨが解決策を授けてしんぜよう、なんちゃって」
「もー」
私の冗談めかした態度にようやく肩の力が抜けた風で、自分の中にある答えを探し始める。
そんな横顔をただ眺める、頬杖でも突きながら。
深刻そうな彩葉とは裏腹に、ちょっとにやけちゃうのは許してほしい。
でも大丈夫だよ、彩葉は私が居なくたって独りで見つけられるって、知ってるから。
「よし、私、かぐやにちゃんと謝りたい」
「でも、許してくれたんだよね?」
「それでも」
そう言い切った瞳に灯る光に、つい悪戯したくなる。
「それは、彩葉が許されたいだけじゃないの?」
「うーん……、そうかも?」
いじわるな私の言葉に、素直に頷く彩葉。
「でも、そこで立ちすくんでたらまた同じ失敗を繰り返しちゃうだけ、だからちゃんと謝らなきゃ」
揺るがない瞳に、思わず笑みを返してしまう。
ま、かぐやはそもそも許してるどころか気にしてすらなさそうだし、これで一安心。
全く、手のかかるお姫様たちだ。
あ、そうだ。
「ねえ、彩葉! もしも仲直り出来たらさ、ヤッチョお願いがあるんだ」
「ん?」
ちょっと図々しいかな?
「かぐやのケーキ食べたいのです、三人で!」
「わかった、……でも仲直り出来なかったらごめんね」
そこの心配は別にしてないからいいんだけど。
OGETSU*1搭載機の試作ボディは
それはそれとして? なんだかギクシャクしてるみたいだし? 姑の視察だ!
久々にかぐやのご飯食べたいしね。
「たのしみ!」
「あーうん、頑張る」
だからそこは別に心配してないって! もー!
☽004☾
起き上がる感覚はまるで深い深海から海面に上がるよう。
ぱちぱちと瞼を瞬かせると、目に入るのは大きなTV。どうやら居間のソファーに座らされてるようだ。
手元に視線を移して軽く握って離してと、ぐっぱぐっぱしてると、前よりもぎこちなさが減った気がする。
彩葉の日々の改良のおかげか、それとも別か。
ま、今は困んないから、いっか。
「よいしょー」
手で弾みをつけて立ち上がってくるりと体を確認すると、黒を基調としたシックなワンピ。
パンクとゴシックの合いの子って感じだけど、装飾は少な目ですっきりした感じ。
彩葉の趣味じゃなさそうだしかぐやかな? 結構可愛い。
「あ、ヤチヨ起きた? どう?」
「ばっちりだよー、さっすが彩葉!」
そう笑いかけて、遠くキッチンに目線を向けると、私たちの会話も聞こえないぐらいの轟音を響かせながらかぐやがクリームを泡立てていた。
「仲直りできたんだね」
「うん、ヤチヨのおかげ」
「そんなことはー……、ちょっとはあるかも?」
「ありがとね」
「えへへー、それならヤッチョに感謝して、もうちょっとはツクヨミに来てくれてもいいと思うのです」
「え、そんなことは……、あ! 最近かぐやのモデレーターばっかで全然ツクヨミやってない!?」
本気で忘れてた風の彩葉に割と本気で傷つく。
釣った魚に餌をやらない派らしい。
でもライブに来てくれないってことはないだろうし、チケットの抽選履歴はあったハズだから、単に星の巡りのせい?
……抽選弄るか。
「しょぼーん……」
「いや、忘れてたわけじゃなくて……、あの、ホント違くて……」
落ち込んだ風に人差し指を突き合わせれば慌てて弁明する彩葉に内心満足をしてると、下ごしらえが一段落したらしいかぐやが寄って来た。
「おっ、ヤチヨじゃん、おっはー!」
「おっは~~☆ もう夜だけど。あっ、この服かぐやが選んだの?」
「そー! ちょーかわいくね?」
「かわいー!」
「でしょー!」
二人してカーテシーのようにスカートの裾(かぐやはエプロン越しだけど)を広げて笑い合う。
その笑顔には影は無く、ちゃんと仲直りできたようで一安心。
「あっ、何か手伝う?」
「んー……、座ってて! かぐやちゃんの腕見せたる!」
「おー!」
「ぬっふふ、あ! 彩葉! あれ持ってきて!」
「ん? アレ……?」
「大理石の奴!」
「あー、でも、チョコの匂い取れないって半泣きで洗ってた時から触ってないよ?」
「パントリーの奥仕舞ってるから! お願い♡」
「はいはい」
そんな二人の掛け合いを見て静かに微笑む。
めでたしめでたし……ってね。
☽005☾
ケーキを3人で平らげた後、ベランダに出て息を吐く。
体温の無いそれは、幸か不幸か夜風を白く染めずに透明なまま流れていく。
少し一人になりたかったのは、自分がお客さんだって突きつけられてるようだったから。
そんなつもりがあるわけないのは分かってても、被害妄想は止まらない。
ありえた私、彩葉と暮らす私。そして、それを見るだけの私。
あの夏で終わってしまえば、気付かなかった胸の痛み。
取られるぐらいなら、ありえた
なんてね?
一人立つベランダは宙に浮かぶようだけど、裸足のまま出たせいか感じるざらつきが地に足を付けていることを教えてくれる。
眼下は夢で見たとおりで、どこかツクヨミのソレを思い起こさせる姿で、かつてと寸分たがわず、遠い記憶をなぞるようにきらきら煌めく。
反面、見上げた空は地上の星々に塗りつぶされて、夜だというのに星など見えない。
唯一見えるのは遠く輝く三日月ばかり。
満月とは大違いの、削れて欠けた独りぼっちの星の子。
「あ、ヤチヨ、どうしたの?」
「オトメにはちょっと夜風に吹かれたい時もありまして~」
「そっか、となりいい?」
「大歓迎! ほらほら!」
私を探してかベランダに出てきた彩葉に、努めて明るく言って並ぶ。
上目遣いで伺う彩葉の顔は見慣れたはずの夜景を愛おしそうに見ていた。
「彩葉は、この景色は好き?」
「今はそれなりに」
「そっか」
「ヤチヨは?」
そう問われて言葉が詰まる。
好きか嫌いか。
かつてはこの景色を見たくて夢にまで見た光。
でもエピローグを迎えた今となっては。
「どうなんだろ?」
「?」
「でも……」
そう濁しながら右手を彩葉の左手と絡ませる。
指と指で抱きしめるように。
「こうしてみるのは好き」
「私もかも」
そう言ってはにかむ彩葉に、より指を絡める。
それこそ蛇のように。
「ぷっ……」
「ん? どしたの?」
永遠とも1分ともつかない至福は彩葉の吹き出すような声で終わりを告げた。
ちょいちょいと指で示されたのを見ると、ガラスに張り付いたかぐやがふくれっ面で鼻息の線まで付けてこちらを睨んでいる。
ぎょろりと動く眼球は彩葉と私とそして握り合う手のひらを順番に見てて何とも忙しそうだ。
おっ、目が合った。
「うーん、あっ!」
「どうしたの?」
「ちょっと彩葉そのままで立てる?」
「うん?」
「きゃっ、夜風が冷たいの……」
「わっ」
どこか芝居かかった声で彩葉に抱き着く。
片目でかぐやの顔を見ながら。
「それ私の! 返して!」
即応するかのように開け放たれた窓からは、初春の夜風を散らす暖かな甘い香りとともに金の弾丸が飛んでくる。
私とは逆側にくっついたかぐやのふくれっ面を指で突いて音を出せば、彩葉と二人でくすくすと笑う。
私は機械の体なのに、冷えちゃうから戻ろなんて彩葉が言うからついついエスコートされて光の中に戻れば、あの夏と変わらぬ日常の姿。
そして、指が離れた。
☽006☾
「あー、おいしかったなー」
あれから添い寝をねだったがなぜかかぐやと寝ることになって(彩葉はソファーで寝た、なんで!?)一晩明けたツクヨミでの普段どおりの日常。
手では次回のミニライブの当選に何でかまた落ちた彩葉のアカウントのIDをねじ込みながら独りごちる。
これで何連敗目か。
この場合、星の巡りが悪いのは彩葉なのだろうか私なのだろうか。
「かぐやが飴細工なんて一芸身に着けてるとは……、これはヤッチョも隠し芸増やさなきゃ……」
クリーム細工で彩られたホールのショートケーキはイチゴとのコントラストでただでさえお店みたいな出来だったのに、さらに飴細工なんて乗ってるんだから、もうなんかすごかった。
……その後、調子に乗って作ったデカイ飴製の鳳凰が彩葉に撤去されるところも含めて。
「もっと早く言ってくれればチョコ細工も見せるって言ってたけど、食べ切れるのかな?」
「冷凍すれば行けるんじゃないか?」
独り言に声が返って来た。
むにむにとふわふわの体を捩りながらFUSHIが寄ってくる。
「そんなもんかな?」
「さあな」
「つめたーい、ひえひえ~」
「食べたことも無いものなんてわかるわけないだろ! ばかたれ!」
「それもそっか」
ウミウシに何を言ってるんだか。
「ヤチヨ……、大丈夫か?」
「んー? へーきへーき、ケーキ美味しかったし、イロハニウムも摂取出来たし?」
「ならいいが……」
夜風の中で抱き着いた時に感じた温もり。
センサー越しでも火傷してしまいそうな、その温かさがあれば、まだ大丈夫。
「よし!」
ぱちんと両頬を叩いて気合を入れる。
弱気の風は ”月見ヤチヨ” には似合わない!
「さあ行くよFUSHI!」
「よっと!」
今日もヤチヨらしい笑顔で配信ボタンを押す。
いつもどおりに、楽し気に。
今日は彩葉は見てくれるかな? なんて思いながら。
かぐやメシで切りつけられたかと思ったら、お疲れ様本の監督絵で刺されました。
うーむ……。
感想とここすきください!