函館でイカ食べて、温泉入った!
☽013☾
「かぐやー、まだー?」
「もうちょい!」
札幌への飛行機は昼からなので、半分寝ぼけたかぐやを連れて朝風呂で目を覚まし、朝食を済ませて、出発の準備をしていた。
「よっしゃできた、彩葉! 見て見てかぐやちゃん今日もかわいい☆」
「わたしもまけてない、わよ!」
洗面所から出てきたかぐやが勢いよく出てきたので、ウインクしながらかぐやに言い、二人してケラケラ笑った。
「さて、植物園だっけ?」
「うん!」
朝風呂の中で、早めにチェックアウトして、朝食は昨日の朝市で食べようかと話していると、ホテルの目の目と鼻の先にある温泉利用の植物園に、かぐやが露天からの展望で気付いたのだ。
「じゃあ、いきますかー」
「しゅっぱーつ!」
☽014☾
宿を道路を渡ればすぐの植物園は、中に入ると正面の大きなガラス温室と猿山が迎えてくれた。
「お! 彩葉! お猿さんだ!」
「植物園なのに猿もいるんだね」
スーツケースを転がしながら、猿山に近づくと、中でニホンザルがダルそうに寝転がっていた。
「ね、あれ、温泉かな?」
「あほんとだ、湯気出てるね」
9月も終わりとはいえ、まだまだ夏の残り香を感じる空気で、北海道といえど1枚羽織ると汗をかきそうな陽気だった。
冬はきっとにぎわうであろう猿山の温泉も、さすがにこの気温では入る気にならないのか、猿たちも倦厭していた。
「あ! あそこ、お母さんの背中にくっついてるー」
「ぷっ、寝るときのかぐやみたい」
「あー! いじわるゆってるー!」
8000年を超えて、体を、体温を、それぞれ取り戻したかぐやのことは喜ばしいが、さすがに残暑厳しい東京で毎夜毎夜引っ付かれると暑い。
「そろそろ一人寝覚えたら?」
そんな言葉にかぐやがスっと目をそらした。
不思議な態度に、小首をかしげてると。
「今、かぐやのベッド、トーテム君が……」
「あっ! またガラクタ増やしたでしょ!」
かわいくてつい……などと言い訳しながら、後ろ髪を搔くかぐやに嘆息する。
「はぁ……、次、私の部屋に入ってきたら勝手に全部片づけするからね」
「えーー!」
乙女には見せられないものが……などと言いながら人差し指同士をあてて、歯切れ悪くこちらを見るかぐや。
私の部屋ならいいんかい。
「まったく……、ほら、温室行こ」
かぐやの乱れた髪を手櫛で直してやり、手を引く。
「あっ、待ってよ彩葉!」
「んー?」
「写真!」
「そういえば、昨日もパシャパシャ撮ってたっけ」
「そー!」
あ、すみませーん!などと近くの観光客に声をかけにいくかぐや。どうやら猿山を背景に撮る気のようだ。
猿遠すぎて、山しか映らなくない?
「よっし! 彩葉! はい、ぽーず」
「いえーい」
ぱしゃり。
「あ、かぐや髪跳ねてる」
「ほらほら、行くよー」
「えー! 彩葉もう一枚! もう一枚!」
「おいてっちゃうよー」
「え~~~~」
☽015☾
温室の扉を開けるとモアっとした湿度と草の臭いを感じた。
バナナやマンゴーなど知ってる熱帯植物のほかに、見覚えのないよくわからないものも数々展示されていた。
―――にしても……。
「フン!」
柏手の音が温室に響く。油断した……、すさまじい蚊の量だ、水気の多い温室だからか。
「ねえ、かぐや、虫よけスプレー今出せる?」
「うーん、出せるけどいいのかなー」
「ん?」
なぜか渋るかぐやに目線を向けると、指にキレイな蝶をとまらせていた。
「あー、蝶も展示なのか……、じゃあダメそうだね」
「ねー、あ、キレイ」
同じ虫愛ずる姫君なのに、かぐやは蝶で、私は蚊。
どこで差が……、香水か?
「わーわわわ、彩葉! 助けて!」
ぼんやりそんなことを考えていたら、かぐやが蝶に集られてた。
「ぷっ、あははははは」
思わずお腹を抱えて笑うと、ひゃ~~~とか言いながらスーツケースも置いて外に避難した。
「まったく……」
かぐやのスーツケースを回収してやり、私も続く。
ガラスの天井で屈折した光の中で、かぐやに追い散らされた蝶が舞っていた。
☽016☾
空港では大きなトラブルもなく無事に新千歳空港に到着し、スーツケースを受け取って地下の駅に向かおうとするとかぐやに止められた。
「いーろはっ! なんか三階のアイスがめちゃうまらしいよー?」
腕時計をちらりと伺うと、まだ電車の時間には余裕があった。
「じゃあ、行く?」
「モチのローン!」
「古いな……」
くだらない話をしながら2階に上がると左手に見える生ポテトスナックにかぐやが捕まった。
「ねー! 彩葉! これも食べよっ!」
「東京でも食べれるでしょ、さすがに揚げてる時間なんて待ってらんないよ」
私の即座の否定にかぐやの動きが一瞬止まる。
来るか……! 超必殺技(ウルト)……!
「まあ、これからおいしいものいっぱい食べるんだもんねー」
こちらを覗き込むように体を曲げて、はにかんだかぐや。
―――妙に聞き分けが良いな。
そんな疑問をじゃがいものマスコットに置いて、私たちは案内板をつかって経路をなぞるかぐやの案内で、目的の店のあたりへとたどり着いた。
「彩葉、彩葉っ! なんかはすかっぷ?ってベリーソースかかったのと、メロンとバニラがあるんだって!」
「んー、じゃあ私はミックスでいいかな」
「りょーっ!」
たまにかぐやがするヤチヨのような仕草は、やっぱりヤチヨとかぐやは地続きなんだなと実感する。
「チョコレート工場の目の前の広場の右手ー……、あっ! あそこだー!」
駆け出すかぐやの置き去りにされたスーツケースも持ってやり、二刀流で後を追う。
「えっとねー、ミックスのとー、ハスカップかかったやつ!」
かぐやのスマホから流れる決済のふじゅ~の音を聞きながら木の下のベンチで席を確保していると、こちらに気づいたかぐやが両手にソフトを持ちながら歩いてきた……ってもう食ってやがる。
「むぐ、ほい彩葉、かぐやのも食べる?」
メイクを気にした様子もなく口元にベリーソースをつけたかぐやが、私の分を渡しながら、歯形付きのソフトを差し出してくる。
まったく……。
ん!うまっ!
ハスカップなる聞き覚えの無いベリーがおいしいのかと思ったら、下のソフトの濃さが尋常なものではなかった。今までのソフトは水で割ってたのかと思うくらい。
「これに比べると山岡はんの鮎はカスや」
「山岡ってだれよ」
かぐやの妄言にクスクス笑いながら、自分の分のソフトもスプーンで取り舐める。
んー、バニラにすればよかったかな。
「ねーねー、彩葉、かぐやにも一口ちょうだい?」
「ん」
「わぁー」
アイスを咀嚼しながら、無言で私の分もスプーンで差し出すと、パクリとかぐやが食べた。
「んー♪ こっちもう~~ま~~♡」
目をつぶりながらアイスの味をかみしめていたかぐやだったが、不意に目を見開き、スプーンを八の字に回しながら、中空を眺めてから、私を見つめてこう言った。
「そういえば間接キスだね」
「ブッ……んぐ……」
あぶないぞ酒寄彩葉、30も手前で公の場で噴き出すなんて大人の女じゃない。
えらいぞ酒寄彩葉、よくこらえた酒寄彩葉。
それでも顔に上った熱はなかなか降りず、スプーンを食べ終わったカップに置き、空いた手で顔を扇ぎながら、かぐやに文句を言った。
「ちょっと! かぐや!」
言われたかぐやは、いたずらそうな光を目にたたえながら、はにかんだ。
「にひひ~」
☽017☾
30分ほどかけて札幌駅に着いた私たちは、駅近のホテルへと荷物を置きに向かった。
どうやら札幌にも温泉地はあるそうなのだが、駅から2時間ほどかけた山のなかだそうで、今回はなんて事の無いビジネスホテルだ。
「んー、すっかりお昼逃しちゃったね」
ホテルの入り口の自動ドアを抜けながら言う私に、何やらスマホを弄っていたかぐやが提案してきた。
「だったら、ここ行こ!」
画面に映るパンケーキは、いつだか勝手に食べられたパンケーキのような厚いケーキが2段になっていた。
「いつもは映えって、クリームの山みたいなのにするのに、ずいぶんシンプルね」
「にっしっし、かぐやちゃんには考えがあるのですよ」
何やらたくらんだ風のかぐやがスマホをスワイプすると、アイスサンド、パフェ、ラーメンにジンギスカン……っておいおいおい。
「まさか、これ全部食べる気? 正気?」
「ねえーいーろーはー、つれてってー?」
「えぇ……」
昨日もかぐやに付き添って爆食して、脱衣所の体重計に怖くて乗れんかったのに。
「……ねえ、彩葉」
難色を示す私の態度に気づいたのか、宇宙一の甘えん坊は戦闘態勢に入った。
でも、ちょっとでも帰りが遅くなると、いつもの3割増しでウザく絡んでくるかぐやを置いてジムなんか通えないし。
―――職場に置いたタブレットの中のヤチヨで私のことは大体把握しているはずなのに。
「彩葉といっしょに……思い出、つくりたいな……」
本当にずるい、いつもいつも、お願いすれば私がなんでもハイハイって聞くちょろ葉だと思って、まったく―――。
「……まったく、いいよ」
「いいの!?」
「一、もうこれ以上、店を増やさない! 二、ごはんでダイエット手伝う事! 三、帰ったらランニング付き合う事!」
「やったー! 彩葉大好き!」
あ! そうだ、これも言っとかないと。
「四、一人で全部食べ切ること!」
「増えた!」
☽018☾
目的のパンケーキのお店はすぐそこだった。
「北海道で有名なお菓子屋さんはだいたい本店にカフェがついてるんだって」
赤坂のとらやでお汁粉が食べられるようなものだろうか。
2階の喫茶室へと行く前に、軽く1階を見て回ると北海道らしい十勝小豆の和菓子の贈答菓子ほかに、チョココーティングされた生ぶどうや、杏仁豆腐など、洋生菓子もおいており、少し驚いた。
「んお、この杏仁豆腐、お土産に……あー消費期限2日かぁ、みじか!」
「おもしろそうなのあった?」
「うん! 杏仁豆腐って、かぐやが作るときもアーモンドミルクとか使うんだけど、本当は杏仁霜とか入れるけど苦みとかあってめっちゃ扱い大変でさ、だから、ごますために臭いの似てるアーモンド香料とかで香料付けただけの牛乳プリンがスーパーで売ってるモノがほとんどで―――」
長い長い長い、そういえば、不動産屋の前で倒れた後のおじやの解説もスイッチの入ったように長かった。
いつも晩御飯の前に、シェフかぐやからの解説を聞いて、ぼなぺてぃ!だなんて言われながら、食べてるけど、案外喋り足りないのかもしれない。今度はもっとまじめに聞いてやるか。
「つまり?」
「たぶんめちゃうまだけど、お土産には持って帰れないねー」
「じゃあ、今日、ホテルで食べる?」
「いいの!?」
「店が増えた訳じゃないしね」
「やった! じゃあこれと! これも!」
「おいときなさい、食べきれないでしょ、まったく」
会計を済ませ、保冷バッグを下げながら2階に上がりテーブルについた。楽し気に鼻歌なんか歌いながら揺れるかぐやの前に、2段のパンケーキとレーズンの練りこまれたバターアイスのクッキーサンドが並ぶ。
パシャパシャ写真を撮るかぐやを見ながら、珈琲で口を湿らせてからパンケーキに手を出す。
クラシカルな小麦の味がする分厚いパンケーキは、今も流行りな、舌で押せば溶けるスフレパンケーキとはまた違った確かな歯ごたえとスポンジのふわふわを感じる。
かぐやは、バターを予熱で溶かしながらメイプルシロップでだくだくにしてかぶりついてた。
一口デカいな。
「もぐもぐ……うんまあああ! 彩葉のと全然ちが~う!」
「もうつくってやんないよー?」
片眉がピクつくのがわかる。
さすがに、あの小麦と水だけの貧乏パンケーキは作らないが、たびたびかぐやにせがまれてパンケーキを作っている。
昔の性分か、作るときは毎回一番安いホットケーキミックスであったため、このホットケーキとは比べ物にならない。
東京でスフレパンケーキを食べるときはこんなこと言わないが、同系統の上位互換であったため、口を滑らせたようだ。
「嘘嘘、ごめんごめん、彩葉のも好きだから、ね!」
「もってなんだ、もって」
片目をつぶって両手を合わせるかぐやに嘆息する。
にしても美味いなこのパンケーキ。
半分ほどを片付けて、クッキーサンドに手を出す。
たまの職場のお土産で食べるバターサンドのアイス版らしい。
食べると砕けたクッキーが皿に散らばりそうになり思わず手を片手を受け皿にする。
ツンとくる洋酒の香りと濃厚なバターの風味で中々に美味い。
これが現地でしか食べられないなら、確かにおすすめしたくなったリスナーの気持ちもわかる。
パンケーキを早々に平らげてから、クッキーサンドに手を出したかぐやも目を輝かせてる。
まったく……少しは味わって食べればいいものを。大口で平らげるかぐやを見ながら、珈琲で甘味を押し流した。
☽019☾
クーラーの効いた菓子店から、外に出ると夏の残滓がむわっと押し寄せてきた。東京に比べて湿度は低いとはいえ、気温はまだ高い。
隣のかぐやは次の店へのルートをマップアプリで調べてる。
肩越しに見るとルートに史跡のマークがあった。
「ねえ、かぐや、ここ行ってみない?」
「おっ、いいね~彩葉」
かぐやの踊る髪を感じながら、二人でビル街を歩く。
二人のサンダルのコルク底が歩道のタイルと鳴って、刻むリズムはまるでセッションのようだった。
目的のあたりにつくと、ビル街の中に木々が青々としたちょっとした林が現れた。
また植物園か?と思ってマップを見ると、どうやら全域が役所の敷地らしい。
私の3倍は有ろうかという高さの大きな門(不釣り合いな一軒家のものとおなじような表札には「北海道庁」と書いてある)をくぐり、正面にはレンガ造りの洋館? がそびえたっていた。
テンプレートな洋館といったデザインのそれは、近づくにつれて、巨大さを増し、なんだか自分の縮尺が狂ったような気がする。
遠目ではただの小窓かと思った窓が、自分の身長かそれ以上あり、身長3mの巨人の館といった形相だ。
巨人の館は正面玄関の石階段すら高く。登山に一家言ある(といっても1度富士山登っただけだが)私たちでも、サンダルでは転びそうになった。
チケットを買い改札を抜けると、あたりは重厚な木の色をした腰壁と白い壁紙のツートンカラーで、さらには真っ赤な絨毯で敷き詰められてテンプレな少女漫画の優雅なお屋敷といった印象を受けた。
天井を眺めると、一部の隙も無く豪奢な模様を刻んでおり、シャンデリアの根元など優雅なレリーフまであった。
「彩葉! 写真撮って!」
何か思いついた風のかぐやは、私にスマホを預けると3連のアーチをくぐり正面の大階段へとドタドタ駆けて行った。
「ちょっと! 危ないよ!」
思わず口を突いて出た注意も気にも留めず、踊り場から右に切り返し上階に消えていったかぐやが、手すりから身を乗り出し、私に指示を付けた。
「かぐや降りてきて、ぶわ! ってするから撮って!」
「はいはい」
構えてやると、その姿に満足したのか身をひるがえし、かぐやが再び消える。
数瞬のあと、優雅に降りてきたかぐやは踊り場で髪を手で払い現れた。
細く散った髪が風を掴み空を舞う、壁紙の白を背景に、降り注ぐ日光を浴びてキラキラと光る金糸はまるで本物の黄金のようで、画面越しに目を奪われる。
「いーろーはー! 撮れた!?」
壇上から両手をメガホンのようにして声をかけてくるかぐやに、気を取り直して画面を見ると、端に映る最新のフォトはパンケーキ。
思わず見惚れて、シャッターを押し忘れた。こちらも大きな声を出しながらかぐやに言う。
「ごめーん! もういっかーい!」
「えーっ!」
もー! なんて憤慨のかぐやは、再び踊り場から消えてゆく。
再び現れた太陽のお姫様の光を味方にした、その瞬間を今度こそ切り取った。
☽020☾
その後ぐるりと展示を見て回った私たちは、早めのクローズを迎えたレストランの前でよだれを垂らさんばかりのかぐやを引きずって、目的のパフェの店へとたどり着いた。
ショーウィンドウに並ぶドカ盛のパフェにドン引きしていた私だが、どうやら一番のウリはシンプルにカップに乗ったバニラアイスらしい。
そんなことはお構いなしに期間限定のパフェを頼んだかぐやを尻目に、勧められるがままバニラアイスとドリンクを頼んだ。
配膳される前に、時間潰しにぱらぱらとメニューをめくるとここでもパンケーキを出しているらしい。
パンケーキにすればよかったか? いやでもパフェ食べに来たんだし……どっちも……などと注文したばかりだというのに悩む目の前の食いしん坊を見て、思わず含み笑いをする。
目の前に並んだ、アイスクリームたちに手を付ける。
空港で食べたそれは濃厚という二文字といった感じだったが、こちらはさっぱりとした切れ味で上品な甘さだ。
単純な量の差で、早々に食べ終わった私は、頬杖を突きながら、珈琲片手に夢中になってパフェを攻略するかぐやを見守る。
視線に気づいたかぐやが、きょとんとこちらを見る。
―――鼻にクリームついてんじゃん、まったく……。
人差し指で拭ってやり、そのまま舐めとる。
「ん、甘い」
空になったパフェのカップを脇に追いやったかぐやは、机にもたれかかるようになりながら、半目でこちらを見やる。
「彩葉ってさー、だんだん帝に似てきたね」
「ハァ!? 私が? お兄ちゃんに!?」
10年たった今でもプロゲーマー兼配信者として活躍する兄は、自宅に乃依君を置くようになってから、なんだか色気が増したらしく、以前に増して濃ゆいファンからの崇拝を受けている。
そのアレと似てる!?
ありえない!!
カっと顔に血を登らせた私に、チークではない頬の赤みを持ったかぐやはいよいよテーブルに体重を預けて、上目遣いに私を見やりながら呆れたように笑った。
☽021☾
外に出ると町はすでに黄昏に染まっており、かぐやを伴って次の目的地に行こうと路面電車の駅に行こうとすると、ふと気づいた。
「あれ? このラーメン、空港にもあったし、というか新宿にもないっけ」
「え” っ! マジ!?」
かぐやが慌ててスマホで調べると、どうやら正解だったらしく、アホ毛が萎れて見えた。
「ヴェー……、どうしよ……彩葉」
「んー、そしたら、一個飛ばしてジンギスカン行っちゃう?」
「よっしゃ! 今度こそかぐやちゃんに任せて!」
くるりと今まで来た道を引き返し、先ほど見た大きなレンガ造りの建物に見送られて、ジンギスカン屋さんが入ったビルの中に入っていった。
エスカレーターで地下まで降りると、目的地だ。
店の入り口には様々なメニューが大きな写真と一緒に飾られており、そのすべてが二か国語だ。いまだに多い外国人観光客もよく来るビギナー向けなお店のようだ。
そうこうしてるうちに、席へと案内され、二人で着席した。
「彩葉も食べ比べセットでいい?」
「いいよー」
タブレットを見ながら、楽しそうに注文するかぐやを眺める。
「あ、これドリンクもつくんだ、ねえ、彩葉、ビールでいい?」
「おまかせしますよーかぐやさん」
メニュー表と一緒に置かれた、ジンギスカンの焼き方の説明書を見ると、ジンギスカン”鍋”という理由がよくわかる。
鉄鍋の周りに野菜を並べて、中心で焼いたラムの肉汁とタレで野菜を煮込む。
焼肉屋でたまにラムなんかを置いてたりするが、全然別の料理だ。
しばらくすると、空の鍋と一緒に、紙エプロンとビールが運ばれてきた。
「じゃあ彩葉! かんぱーい」
「かんぱーい」
ジョッキをぶつけ合ってから、ビールを飲む。
今日はなんだか、朝からずっと甘いものばかり食べていた気がするから、苦みと炭酸がしみる。
お酒を飲みながら、この2日間の写真を見返すかぐやを見てると、とあることに気付く。
「あれ、いつも料理の時は動画にする! ってカメラまわしてるのに、今回一回も撮ってないんじゃない?」
「んあ? あー、んー……、まっ、いいじゃん! 細かいことは♪」
かぐやの不審な態度に首をかしげると肉たちが到着した。
鍋奉行かぐやの迷いのない手で、お手本のように配置された野菜と肉たち。
そして、脂とタレの焼ける臭いであわてるかぐや。
「あっ、ヤバ、髪まとめないと、えーとえーとゴムは……」
そんなことだろうと思って既に腰を浮かせていた私は、すっと後ろに回り込んで、かぐやの髪をまとめてあげた。
「えへー、彩葉に髪結んで貰うの久々かも」
「そうだっけ?」
「たぶん?」
最近は、ほぼ毎日かぐやの髪を乾かしてあげてるから、あんまり自覚はないが……。
「じゃあ改めまして、かんぱーい」
「かんぱーい」
席に着いた、私を待ってからかぐやが再び音頭を取った。
焼けた肉を食べ進みながら、どんどん飴色になってゆくもやしを眺める。
はじめはにおいがキツイと聞いていたので、構えていたラム肉だったが、いざ食べてみると処理が良いのか気になるほどではなかった。
「あー、楽しすぎて夢みたい」
「昨日も言ってなかった? それ」
「かぐや、あと8000回は言っちゃいそう」
ビール一杯で酔ったのか、熱に浮かされたようにかぐやが言う。
「彩葉とまた出会えて、旅行して、お酒なんか飲んじゃったりして」
もーまったく……。
「ほら、焦げるから早く食べなー」
かぐやの方に肉を寄せ、促す。
私だって、半生をかけてここまで来たんだ、夢に終わらせてたまるもんですか。
「あー、もう一杯飲んじゃお、あ! 彩葉! この締めうどんっての頼んで良い?」
「第四項が守れるなら、ね」
「ヘーキヘーキ!」
☽022☾
ホテルに戻って早々に服に消臭剤を振りかけて、浴場に行って羊の臭いを落として、部屋に戻って来た。
ついにあきらめてダブルにした部屋は、チェックインの時にホテルマンに2度見されて、軽く心にダメージを負った記憶は今も鮮明だ。
「ねえ、彩葉! 杏仁豆腐開けて良い?」
「じゃあスプーン出すね」
冷蔵庫を開けるかぐやの横で、保冷バックの中でぐんにょりしている保冷剤の横で冷やされているプラのスプーンを2本取り出す。
窓際の丸テーブルに、それぞれカップを置き蓋を開けようとする。
きつめに接着されたフィルムを剥がそうと踏ん張っていたかぐやが、予想に反して中身が半分生クリームであったためにこぼしかけて慌てる。
「わーわわ、よし! セーフ」
「もう……よっと」
かぐやの失敗を見て、きちんとこぼさないように開ける。
ちょっと行儀悪いが、ミルクと一緒に啜るように杏仁豆腐を食べる。
昼のかぐやの解説のように、なんだか一味違う気がする。
……まぁ、貧乏舌なので違いはよくわからないのだが。
「ねえ、かぐや」
「ん~、うま、えっ? なに彩葉?」
「いやさ、明日は根室だっけ?」
「そー、いよいよ本命の蟹だよー、どうしたの?」
「いや、北海道で函館、札幌、根室ってなんかあったなぁって思って」
歴史の教科書の片隅に書いてあるひと単語がある。
三県一局。蝦夷地の開拓のため函館県、札幌県、根室県と事業管理局に分かれて分割で統治していた時代。
今回の食いだおれ旅行を計画してくれたかぐやは、函館で聞いた話によると明治初期は東京に居たらしいので、多分知らずの偶然の一致ではあるが、不思議な縁を感じる。
函館で明治を見て、札幌で明治から大正の開拓使を見た。
脳裏に浮かぶは、ヤチヨの8000年の間に見た赤の記憶。
そう、根室は北方領土に最も近い場所。
次は昭和だ。
まあ、今も訝し気に小首をかしげたまま杏仁豆腐を食べてるかぐやが、そんなこと考えてるわけもないか。
しばらく風邪で1日200文字もかけませんでした。
メインはずっと彩葉がかぐやかわいー♡って言ってるだけのつもりが
なんかずっと食レポさせてるような…?
くどかったら申し訳ないです。
札幌の北海道庁目の前の赤れんが庁舎はがっかり三大名物の時計台と違って()物理的にデカイので結構見ごたえがあります。
明治12年の焼失で焼け残ったレンガ壁が再建時からマルっとそのまんま残ってたり、空襲警戒のために黒ペンキぶちまけたりとなかなか面白いエピがあるのですが、彩葉たちはまあ興味ないだろうなとざっくりカット。
同じく白い恋人が提供してる限定クッキーサンドもあるのですが、それもバターサンドとかぶってるなってことでカット。
カットカットで薄味に。
北菓楼のラムソフトは酔いそうなぐらいラムが効いたラムレーズンソフトを出すのですが、これも時期的に売ってないので泣く泣くカット。
六花亭の杏仁豆腐はガチでうまいです。
結局、札幌中心街からほぼ移動せずに一日が終わってしまいました。
流氷も着てないのに根室に何をしに行くんだかぐや!
蟹食うんでしたね。
書きだめは0なので、いよいよ続くかは未定。
感想ください!