日本で一番、月に近い場所   作:五宝合体竹取ロボ

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珈琲片手にご覧ください。


【蛇足】夜と猫と、時々、カフェ

☽000☾

 

 

 玄関横の配信部屋でいつもの雑談配信をモデレーターとして見届けた金曜のある日。

 

 「はー、おしまぁい、お菓子たべーよ……ん? あれ?」

 

 配信終了と同時に机に置いたチョコ菓子の大袋をあさるかぐやだったが、中に入るのは小袋の残骸ばかり。

 

 「ねー、彩葉ー、もう一個あったっけ?」

 「昨日ラスいちだーって騒いでたのかぐやでしょ? 買ってないよ?」

 

 首だけこちらに向けて話すかぐやに、呆れながら返した。 

 

 「ぐわー、しまった! 今日買い物行ったのに! くっそー」

 

 ばったんばったん暴れるかぐやを尻目に壁にかかった時計を見れば11時に針を示している、もう深夜だ。

 

 「はっ!」

 

 じろりとかぐやの目だけがこちらに動く。

 まさか……。

 

 「ねぇ、彩葉……」

 「その手は食わん!」

 

 先制防御。

 断固として拒否する!

 

 「絶対いや! メイク落としたし、というかもうお風呂入ったし! ていうか仕事帰りだしもう寝かせてっ!」

 「お願い、彩葉……」

 

 両手を握りしめ、潤んだ目で鼻をすすりながらこちらを見つめる甘えん坊に徹底抗戦の構えで抵抗する。

 というかウソ泣きだろそれ! いつもいつもちょろ葉はどうせすぐ折れるって足元見て!

 

 私が折れないことを見るや、みるみるうちに頬が膨らみ、宇宙一かわいそうな女の子から新種のフグにジョブチェンジしたかぐやは、床に転がり駄々をこねだした。

 

 「かぐやこのまま小腹減ったままじゃ寝らんなーい! やだやだやだー!」

 「暴れたって歌ったって嫌なものは嫌! もう寝るからね!」

 

 腕を組み、仁王立ちで宣言すると、うつむいて垂れた前髪で表情を隠しながらすっとかぐやが立ち上がった。

 

 ようやくあきらめたか……?

 

 「いいもん! かぐや一人で買い物行ってくる! 彩葉のバカ! ふんだ!」

 

 急に喚いたと思えば、足音を立てて部屋着のまま玄関のコート立てから上着一枚だけ取って外に出て行ってしまった。

 

 バタンと音を立てて閉まる扉。

 

 は?

 

 えっ。

 

 「………」

 

 ……てか、鍵と財布は?

 

 

☽001☾

 

 

 うっすらかぐやの魂胆を感じつつ、かといって立川とはいえ東京の夜道に一人で放り出すわけにもいかず、財布と鍵とスマホを取って(幸い服は外に出れるレベルの部屋着だった)コートを羽織りドアを開けた。

 

 そこには準備に多少時間をかけたにもかかわらず、エレーベーターホールで手持無沙汰にたたずむかぐやの姿。

 

 はー、やっぱりか。

 

 「はー……、財布も持たずにどこ行くつもり?」

 

 溜息混じりに声をかけるとぷいっと顔をそらされる。

 こいつ……。

 

 「わかった、わかったって……、もう外出ちゃったし……、いいよ、どこ行くの?」

 「ほんと!? 彩葉大好き!」

 

 さっきまでの澄ました顔はどこへやら、喜色満面といった感じで、とてとてとこちらに寄る。

 

 ………。

 

 ガっとつかんだ肩に徐々に力を入れていく。

 

 「ん? 彩葉……?」

 「フンッ!」

 「彩葉……? 力強いよ……? かぐやちゃんそんな肩凝ってないかもぉ~……いたたたた!」

 

 一発シメとこう。

 

 「あのね、東京だって夜は危ないんだからね? もうこういうことしないでよ! いーい?」

 「だって彩葉だって、バイト帰りにこのぐらいの時間出歩いてたじゃん……」

 「なんか言った?」

 「ぶー……」

 「かぐや?」

 「……ゴメンナサイモウシマセン」

 「よろしい」

 

 まったく……。

 反省の色が1ミリも見受けられない金のつむじを見ながら、許してやることにした。

 

 「……たく、で、どこ行くの?」

 「んー……、コンビニ?」

 

 なんで疑問形? まあいいか、コンビニなら下に降りて50mかそこらだ。

 

 エレベーターのボタンを押すと、うっすらとモーターの音が聞こえる。

 

 ちらりと横の宇宙人を伺う。

 かぐやも風呂上りでノーメイクのはずだが、長いまつげも、紅差す頬も、潤った唇も、あと水をはじくような純白の肌すらそんな感じはしない。

 最近は私の真似をしてか、外に出るときはうっすらメイクしてるようだが必要があるのかとすら思う。

 

 エレベーターの外扉の銀にうっすら反射する自分の顔を見ると、ため息が出る。

 

 「はぁ、結局、私すっぴんなんだけど……」

 「彩葉はすっぴんでも十分かわいいよ! かぐやが保証しちゃる!」

 

 親指を立てて不敵に笑うお姫様を半目で見てるとエレベーターが扉を開いた。

 

 調子ばっか良いんだから……。

 

 

☽002☾

 

 

 明るいエントランスから外に出ると雨の匂いがした。

 キラキラと光るアスファルトを尻目に手のひらを天に差し出すと、特に濡れた感触はしないからもう上がってるのだろう。

 

 「彩葉、はい!」

 

 ぴょんと一足先に外に出たかぐやが右手を差し出してくる。

 

 「はいはい」

 

 左手を乗せるとそのまま指を絡めてくる。

 そのまま夜の町へ引っ張り出される。

 靴が濡れたアスファルトを叩く音。

 

 立川駅の周辺はもう深夜だというのに、車のテールランプが尾を引いてる。

 夜はあんまり出歩かないから町の表情も変わってなんだか新鮮だ。

 

 鼻歌を歌いながら歩くかぐやに引っ張られながら、どこかじめっとした空気を抜けると、不意に風が隣の金糸を浚う。

 

 金に覆われた視界が晴れると、目的のコンビニの明かりに照らされた黒い影が現れた。

 ―――さっきまで居たっけ……?

 

 「お、猫だ! 待てー!」

 「あ、ちょっと!」

 

 私の手を振り払い近づくかぐや。

 突然寄って来た不審物にも動じず、2つの金の星がじっとこちらを見つめる。

 

 かぐやに追いつき、膝を折って黒い毛玉を見る。

 

 「全然動じてない、ずいぶん人慣れしてるね」

 「ねー、撫でれるかな?」

 「辞めといたら?」

 「うりー」

 

 私の忠告をさらっとスルーして手をかざすかぐやの手のひらをするっと抜けた黒猫は、5mほど離れて私たちを見つめた。

 

 「あっ待って!」

 

 そんな黒猫を狩猟本能が刺激されたかぐやが俊敏に追いかけた。

 これじゃどっちが猫かわかんないな……。

 

 「ぬお!」

 「おお」

 

 追いついたかぐやが撫でようとすると、またしても見事な身のこなしで避けて、つい関心してしまう。

 そして、また5mほど離れてこちらを見る。

 

 「もう辞めたら?」

 「嫌がってる風でもないんだよなー」

 「えー、本当?」

 

 かぐやの言葉に疑問を持つが、件の猫を見ると毛づくろいまで始めてる。

 そうして、また私たちを見つめる。

 

 「んー? ついてこいって事? にゃんにゃん」

 「通じないでしょ……」

 

 にゃーにゃー鳴きながら近づくかぐやを呆れたように見てた猫は、気怠そうにまた歩き出す。

 本当についてこいという事らしい。

 

 「彩葉! 行ってみよ!」

 「はいはい」

 

 いよいよ星でも出てきそうなぐらい瞳を輝かせたかぐやが猫を指さしながら言う。

 ま、私も気になるしね。

 

 そのうち公園通りからふっと路地に曲がった。

 

 駆けだしてついてくかぐやの後を追いながらふと思う。

 

 ―――あれ? こんなところに路地なんかあったっけ?

 

 

☽003☾

 

 

 猫に先導されて歩く路地を何度かぐねぐねと曲がるとちょっとした通りに出た。

 夜だというのに煌々と照明を焚いた店々はなんだか賑わってるようだった。

 

 サビまみれの昭和どころか大正の香りまでする看板や、毒々しいネオン、異国の言葉(寡聞にも知らない言語だ)が書かれたおしゃれな看板、様々な看板が立ち並ぶ通りは、ここが立川ではなく異国にでも立ち入ったような錯覚を覚える。

 

 でも新宿の方のギラギラとした感じではなく、どこか穏やかな雰囲気が漂う。

 通りですれ違う通行人たちの表情のおかげだろうか。

 

 「近所にこんな場所あったんだね」

 「ねー、明日お昼にまた来よ?」

 「ま、休みだしね」

 「いえーい」

 

 軽口を叩き合ってると、一つの店の前で猫が立ち止まった。

 するすると店の前のベンチに座ると、もはや役割を終えたと言わんばかりに丸まってあくびまでしてる。

 

 「おーい、ここかー?」

 

 尋ねながら撫でだしたかぐやに、あんなに避けていた猫は片目だけ開けてほぼ無抵抗でされるがまま。

 どうやら目的地らしい。

 

 店を見ると擦り切れた看板にはうっすらと喫茶店の文字。

 歴史を感じる木枠の出窓に、木の骨組みをむしろ強調するように間を埋める真っ白な漆喰の壁。

 店前をベンチのほかに様々な草花の生えた植木鉢で埋めておりなんとも風情ある店構えをしていた。

 重厚な木製の扉にはopenの文字の黒板、営業中のようだ。

 

 「かぐやー、入ってみる?」

 「うりうりうり、んお? おー! 行こ!」

 

 重厚な鋳鉄のドアノブを引くと軽快にドアベルが鳴る。

 鈴の音を合図に辺りに暖かな空気を伴ったコーヒーの香りが漏れ出した。

 

 

☽004☾

 

 

 「いらっしゃいー」

 「あのー、二人なんですけど……」

 「お好きな席にどうぞー」

 

 薄暗い店内のカウンターの向こうの店主の声は軽快だった。

 

 席を探そうとあたりを見渡すと、暗い色のシックな木のテーブルと背もたれ付きの椅子がそれぞれ4脚。

 店の半分が雑貨店を兼ねてるようで、2段ほど高いステージの上には雑多な小物たちが陳列された棚やテーブルが並んでいた。

 

 テーブルだけを吊るしたライトで照らしてる光景はまるでスポットライトを浴びているようだった。

 雑貨店部分と打って変わって質素な喫茶スペースは磨き上げられたテーブルから反射する暖色の光が、白い塗り壁の表面を光で削って複雑な影を落としており、まるで影絵の壁紙のようだ。

 

 「彩葉―、なににする―?」

 

 店内を見渡していると、かぐやがすでに着席しており、なんだったらメニューすら開いていた。

 もっとこう……なんか……ま、いいか……。

 

 お腹の奥に釈然としない気持ちを飲み込んで、椅子を引いてかぐやの対面に座る。

 

 「む」

 

 すると、すっと席を立ったかぐやが私の隣に座り直し、音を立てて椅子をずらしながら寄って来た。

 

 「なに? どうしたの?」

 「向かいだと見にくいでしょー!」

 

 そういいながらメニューを開きなおす。

 

 一緒に選びたかったのか? かわいいところもあるじゃん。

 

 図解付きのメニューはファイリングもされており見やすかった。

 

 「お、パンケーキもあるんだ」

 「もう日跨いだんだし、こんな時間に食べると太るよ?」

 「へーきへーき! かぐや太んないし!」

 

 はっ? 初めて聞いたんだが。

 くそ、北海道旅行明けのダイエット中にかぐやが涼しい顔してた理由はこれか!

 

 クリームドカ盛のスフレパンケーキを見ないようにしてるとロールクレープに目が留まる。

 生地だけをくるりと巻いたクレープの細巻が6つほど並んでおりなんだか筏のようだった。

 

 「へー、これクレープ生地だけを巻いた奴なんだ」

 「かぐや、ロールクレープってミルクレープの海苔巻きしか知らなかった! へーおもろー」

 

 感心したように言うかぐや。

 海苔巻きって……、いや言いたいことはわかるけども。

 

 ……よし決めた。

 

 「私決めたよ、かぐやは?」

 「えー! うーん……イチゴのパンケーキも良いし、メロン乗ってるフルーツパンケーキも捨てがたいし……、あっ! こっちのロールクレープにカスタード乗ってる奴ちょーうまそー!」

 

 怒涛の3候補。

 まったく、これじゃいつまでたっても決まんないな。

 

 「じゃあ私のロールクレープ1個あげるから、パンケーキにしたら?」

 「えっ! いいの! やった、じゃあかぐやこれにしよー」

 

 指さす先はイチゴ。

 

 ふとかぐやの指先を見ていると、近くのドリンクセットの文字を見つける。

 

 「あ、かぐや、ドリンクセットもあるんだって」

 「いいねー、彩葉どれにする?」

 「私は珈琲でいいよ」

 

 ぱらぱらとフードのページをすっ飛ばすかぐやを見ながら言うと、なんだかムカつくにんまり顔でこちらを見てきた。

 なんだよ。

 

 「ふっふっふー、珈琲って200種あんねん」

 「ないでしょそんなに」

 「てへっ」

 

 ふざけたことを言うかぐやであったが、確かに豆からこだわってるのかコーヒーだけで10は超える数だった。

 

 「普段飲んでるのは産地不明のインスタントだからなー」

 「じゃあ、かぐやちゃんセレクト!」

 「なにそれ」

 

 自信満々な姿に思わず笑みが出る。

 

 「深煎りのキリマンジャロはナッツみたいだし、ハワイ・コナはリフレッシュ効果! ブラジルも最近はモカがだんだん侮れなく……」

 「はいはい、じゃ、珈琲博士にお任せしますよ」

 「任された!」

 

 彩葉のクレープに合うのはやっぱ王道のキリマンジャロ? いやでも……いっそハーブティーでも……などと小声で真剣に悩みだすかぐやを頬杖をついて見守る。

 あの10年間もタブレット越しにヤチヨ(かぐや)と話しながら食べる事はあっても、やっぱり体を手に入れてからのここ数か月は格別だ。

 毎日が楽しくて仕方ないって顔をしているかぐやを見れば、私の片思いじゃないことはよくわかる。

 昼間はほとんど構ってあげられないのだけが心苦しい。

 

 あれ? でも職場のタブレットに大概ヤチヨがいるし、そんなことはないのでは?

 いや、最近は別人なんだっけ?

 

 なんだか、最近になってさらに複雑になった、かぐやとヤチヨの二人三脚に思考が脱線していると、決まったのかにんまりした顔でかぐやがこちらを見た。

 

 「決まった?」

 「うん!」

 「じゃあ呼ぶね」

 

 机の上に置かれたベルを鳴らす。

 遠くから店主の軽快な返事が聞こえた。

 

 

☽005☾

 

 

 元気よくメニューを指さしながら注文をするかぐやを眺めてると、メモを持ってそれを書きこむ店主がどこか意外そうな眼をしていることに気付く。

 

 「あれ? もしかして閉店間近でした?」

 

 かぐやの注文の終わりを待って、恐る恐る聞くと、店主は想定外の質問でも受けたかのように目をぱちくりとさせた。

 

 「あーいやいや、大丈夫ですよゆっくりしてもらって、ただ、こんなに若いお客さん来るの久々だからびっくりしちゃって」

 

 若い? さっきまで見ていたフードメニューは若者向けといった感じだったから疑問に思う。

 かぐやの頼んだスフレパンケーキだってクリームとイチゴマシマシで何ともめでたそうな紅白山だったし。

 

 小首をかしげる私たちを見て、なんだか焦ったように店主が手を振りながら弁明する。

 

 「いやね、この通りは満足した人しか来れないんですよ」

 「満足?」

 

 なんだかオカルト的なことを言い出す店主に思わずオウム返しで聞いてしまう。

 

 「うーんと、ここらは何でも揃うけど、それが欲しい人は絶対にたどり着けない、猫が招かないからね」

 

 ぼんやりと入口の方に目線を向ける店主、その先には今も丸まってるであろう黒猫がいる。

 

「生涯で絶対に欲しい! ってものを手に入れた人間だけがここにたどり着ける、でもそういう人はもうすでに欲しいものを持ってるから、ここのモノは何もいらない」

 

 ちょっとしたモノならみんな買うけどね? じゃなきゃ商売あがったりだ、だなんて店主が笑う。

 

 なんだか哲学的だ。

 欲するものは招かれず、招かれるものは欲さない。

 ま、そんな魔法みたいな入場制限なんかできないし、店主の冗談だろう。

 くすりと笑いかけて返す。

 

 「そんな場所だと平和そうでいいですね」

 「だろう?」

 

 ウインク一つ置いて店主はカウンターの中に帰って行った。

 ちらりとかぐやを伺うと、話について行けてないのかそろそろ首の角度が90度を超えそうになっていた。

 

 

☽006☾

 

 

 配膳されたスイーツたちをパシャリと撮る。

 あとで真実に自慢しなくちゃ。

 

 にしても……。

 

 「すごい山だね……」

 「うん……」

 

 かぐやの手元に来たのは山だった。

 元が分厚いパンケーキだからか山盛りのクリームと合わせて、もはや荘厳ですらあった。

 

 「食べきれるの? それ……」

 「深夜のスイーツは別腹! うおおお!」

 

 気炎を吐くかぐやが登山に取り掛かってるのを尻目に、私は自分の筏に手を出す。

 

 あっ、そうそう。

 

 「はい、かぐや、あーん」

 

 ナイフで切ってやったクレープをフォークでかぐやに差し出す。

 

 はじめは驚いたように目を見開いていたかぐやだったが、きらりと瞳が輝きそのままぱくりと食いついた。

 いつか見た動物園の亀の餌やりを思い出す。

 

 「こっちもう~~ま~~♡」

 

 どうやら、お気に召したようだ。

 

 自分の皿に取り掛かると、素朴な小麦の味を覆い隠すような濃厚なバターの風味とぱりぱりとした食感が癖になりそうだった。

 

 かぐやが選んでくれた珈琲の豊潤な香りでバターを追い出していると、かぐやの手の速度がだんだん落ちてきてることに気付く。

 

 「あんたまさか……」

 「んぐ、いける! 行けますよー彩葉さん! かぐやちゃん見くびってもらっちゃあ困る!」

 「口調崩れてんじゃん……」

 

 大丈夫か? ほんとに。

 

 私に見せつけるように大口でパンケーキを詰め込んだら、喉に詰まらせたらしく、どんどんと胸を叩くかぐや。

 青い顔になったかぐやに仕方なしにお冷やを寄せてやると喉を鳴らして一気飲みした。

 

 「ぷはー! 死んじゃうかと思った……」

 「パンケーキ詰まらせて死ぬとか変な記録にノミネートされそうだから絶対辞めてね……」

 

 具体的には進化論にちなんだアレとか。

 

 水を飲んですっきりしたのか、食べ進め出したかぐやを珈琲片手に見てると、ふとマグカップが気になった。

 

 白地のカップの縁に丸まる黒猫の垂らしたしっぽがそのまま取っ手になったマグカップ。

 

 「気になりますか?」

 「あっ、騒がしくてすみません」

 「いえいえ、良いんですよ」

 

 騒ぎ過ぎたのか、お冷やを注ぎに店主が現れた。

 にこやかな顔から、別に注意しに来たわけではなさそうなのが救いか。

 

 「ウチで使ってる食器は全部販売してるんですよ」

 「あ、隣の雑貨スペースですか?」

 「ええ」

 

 店主と歓談してると聞きつけたのか隣から呑気な声が店内に響く。

 

 「かぐやこれ欲しい! かわいい!」

 「またモノ増やして……」

 「ふふ、気に入ってもらえたなら良かったです、ああ、お会計は雑貨も含めてまとめてで良いですよー」

 「あっ、ありがとうございます」

 

 いい加減隣室の伏魔殿を解体する日が来たのかもしれない。

 デカキモいぬいぐるみ増やすぐらいなら許してやるが、部屋でお菓子食べてるはずなのに外でゴミ捨ててる気配がないんだよな……。

 

 「ねえ、かぐや」

 「ん? なに?」

 「明日部屋片づけるから、隠したいものあったら帰ったら隠しなさいよ」

 「え゛! なんで!」

 

 フォークを取り落して目を見開くかぐやと、私たちをみてクスクス笑いながら去っていく店主。

 

 釈然としなさそうな表情で生クリームとイチゴを流し込んだかぐやが、うって変わってドヤ顔しながら左手を上げてくる。

 

 「たく……調子いいんだから」

 「どやー」

 「はいはい、えらいえらい、でも片付けはやるから」

 「えー!」

 

 指をつつきハンドサインを交わした。

 

 

☽007☾

 

 

 伝票を持って、床が少し高くなった雑貨スペースに登ると小気味いい木の音がした。

 さっきまで食べていたテーブルと同型のテーブルたちにはカフェらしい食器や珈琲豆、ミルやコーヒーサイフォンまである。

 他は雑貨屋らしい色とりどりのガラス細工や小物、バスソルトまであった。

 

 壁を見渡すと本棚が天井まで届いており、市松模様のように観葉植物と本が交互に並んでいる。

 よく見ると本も売り物だ。

 

 「おー、すげー、楽しそうなもんいっぱいある!」

 「買いすぎないでよー!」

 「わかった!」

 

 ほんとにわかってるんだろうか。

 光り輝くかぐやの眼差しを見ると不安になる。

 

 「さて……」

 

 目当てのマグカップを探すと目の前にあった。

 未開封の箱たちの上に裸の見本が2つ寄り添っている。

 私たちがさっき使ってた白カップに黒猫のほかに黒カップに白猫の奴もあるようだ。

 

 「かぐやー! マグカップ白い奴と黒い奴あるけどどっちがいいー!?」

 「くろいのー!」

 

 声を張り上げて聞くとコダマのように答えが返ってきた。

 黒か、じゃあ私は白いのにしちゃお。

 

 手にマグカップの箱を持つと、かぐやが余計なもの買ってないか見に寄ってみる。

 

 籠一杯に数々のよくわからないものを抱えたかぐやが、いま目を輝かせてるのは簡易燻製キットのチップ。

 そういやいつだかも家で炭火で焼きたいとか言い出してたっけ……。

 

 「報知器鳴るから絶対辞めてね」

 「あ、彩葉! これグラスの中に3分だけちょびっと煙出して香りだけ付けるんだって! だめ~?」

 「へー、今はそんなのあるんだ、ま、換気扇の下で使うなら良いよ」

 「やった!」

 

 ららら、スモークサーモンーなんて即興曲を歌いながら店内の回遊を続けるかぐやの後を追う。

 それスモークサーモンなんて上等なモノ作れるんだろうか……。

 

 ふいにあくびと供に眠気が来る。

 さっき珈琲飲んだのになと思いつつ腕時計を見るともう2時半を回ってる。

 そりゃ眠いわけだ。

 

 「かぐやー、そろそろ帰ろ?」

 「えー! まだまだ見足りなーい!」

 「私眠いし、てかもう3時なるし、起きてまた来たら?」

 「えっ3時? うわマジじゃん!」

 

 私の腕時計を見せるとびっくりした顔をした、楽しすぎて時間を忘れていたらしい。

 

 「さて、かぐや、買い残したものは?」

 「いっぱいある!」

 「諦めなさい」

 「えー!」

 

 かぐやに聞くとまだまだ物足りなさそうだったが、さすがにここらが引き際だろう。

 手に持ってたマグカップをかぐやの籠に入れてそのまま籠ごと取って、聞き耳を立てていたのか笑顔の店主が待つレジまで行く。

 さすがのかぐやもこの時間に粘る気はないのかおとなしくついてきた。

 

 「お会計お願いします」

 「はい、ありがとうございます」

 

 紙袋に雑貨が流れていくのを見ていると、やっぱりヘンテコなものが多い。

 ほんとに使うんだろうな……。

 

 「あっ、ふじゅ~使えます?」

 「ええ、大丈夫ですよ、バーコードを」

 「はい」

 

 ふじゅ~

 

 

☽008☾

 

 

 外に出ると、あの猫がすくりと立ち上がり、来た時とは逆方向に歩き出した。

 帰り道までエスコートしてくれるらしい。

 

 こんなに賢いなら、店主の話も信じたくなってくる。

 

 猫に連れられて歩く通りは、さすがにちらほら電灯が消えていて、もう閉店といった感じでもの寂しさを感じる。

 

 ずっしりと重量を感じる紙袋とかぐやの右手で両手を塞がれた私は、そのまま視線を周囲に向ける。

 さすがに猫が先導してるのは私たちぐらいだが、みんな穏やかな顔で帰っていく。

 

 そのうち公園通りにたどり着くと、猫はすでに消えていた。

 

 「なんだか不思議な場所だったね」

 「ねー、明日はもっと探検だ!」

 「もう今日だけどね」

 

 鼻息の荒いかぐやに左手を無理やりえいえいおーと天に掲げさせられながら家への道を歩く。

 さすがに丑三つ時にもなると人通りは少なかった。

 

 マンションのエントランスに入るところで、結局目的のお菓子を買ってないことに気付く、カフェでかぐやが入れてたものにもお菓子の類はなかったはずだ。

 

 さすがに2周目は嫌な私は、そっとかぐやを伺うが、上がった血糖値のせいか、家にたどり着いた安心感か、あんなに元気だったかぐやも眠そうに目をこすっていた。

 

 胸を撫でおろした私は、エレベーターのボタンを押しながらそっと祈る。

 ……どうか気づきませんように!

 

 

☽009☾

 

 

 当日は朝っぱらからかぐやに叩き起こされたが、布団に引きずりこんで黙らせて二度寝を決め込んだ。

 それから少し日を置いて、私たちの写真で興味を持った真実と一緒にあの路地を探したが、不思議と終ぞ見つけることはできなかった。

 

 真美は独占なんかずるいー!だなんて言いながら、代替のカフェでパンケーキを食べながらむくれていたが、かぐやと私は首を捻るばかりだ。

 

 夢かとも思ったが、今も食器棚に居る2匹の猫が証拠になっているし謎が深まるばかり。

 

 真美と別れて家に帰ってから、次は見つけ出して全メニュー制覇する! だなんて気炎を上げるかぐやを微笑みながら見守りつつ、珈琲をマグカップに注ぐ。

 

 ふと思う、そういえば、あの店主、男の人だっけ、女の人だっけ?

 

 




SFとはS(少し)F(不思議)の略なのです。

かぐやが月に帰った後の彩葉が各部屋をめぐるシーンで、かぐやの部屋が机に空き箱やらゴミやら飲みかけのペットやら置いてる汚部屋なのがバレますが、果たして数ヶ月は野放しのこの世界ではどうなってるやら。

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