Fate/Doomsday of the FAKE やべーやつらの聖杯戦争 作:大嶽丸
──取り繕うな。
その命令は、“大英雄”の頑強な心の蓋に隙間を開ける呪いの言葉。
──お前が見てきた“人間達”を思い出せ。
続いて、その隙間から溢れ出す忌まわしい記憶。
“王の名を以て貴様を讃える! だ……だからそれ以上私に近付くな! ”
“化物め! ”
恐れ、憎み、嫉妬した者たちの顔。
“オレと共に居る間、君は化物じゃなくなるよ”
“つまり英雄! ……いや、この未来の王を護りし大英雄だ! ”
愚か者であったが、己を恐れぬ変わり者。
思えば、奴こそが最も人間らしい人間だった。奴との船旅の間だけは──。
“あなたは何も悪くない”
“だからどうか、世界を恨まないで”
“自分の血を憎まないで。あなたは強いからきっとできるわ”
“私にはできなかった”
自ら命を絶った、愛する妻の最期の言葉。
“おとうさ……”
そして、女神の策略により自らの手で葬ってしまった我が子の死に顔──。
脳髄を侵す悍ましい記憶。悪夢のようなそれは全て起こったことであり、消し去ることも忘れ去ることも出来ない、歴史にも記された事実。
完全無欠の英雄の心にこじ開けられた隙間。ほんの僅かなその隙間を埋めたのは──。
──“
憎悪。
害心。
怨嗟。
怒り。
侮蔑。
殺意。
人類が吐き出し続けた際限無き悪意の塊。並の神経の者は触れただけで気が狂い、死に至る呪詛の“泥”が覆い尽くす。
神々の栄光。そう讃えられた大英雄の性質は歪められ、神性は削ぎ落とされ、人間へと堕ちる。
「この毒は、今の私によく馴染むようだ」
──そして、復讐者■■■■■■が誕生した。
マスターとして命綱であるはずの令呪三画を消費し、それを作り上げた魔術使いは、満身創痍になりながらもその場に立ち、人間性が欠落した眼でその姿を見据える。
「大英雄よ。
「……良いだろう。我が復讐を成すため貴様を利用する。その価値が無くなれば貴様の素っ首、捻じ切ってくれよう」
目的は神々への復讐、そして世に轟く己が“忌み名”を消し去ること。
──そう成り果てた彼にとって、その出会いは正しく運命であった。
「異界より招かれし、偉大なる“先駆者”よ! こうして相対したこと、光栄至極に思うぞ!」
北の溪谷にて。
削ぎ落とされたはずの神性、もはや残滓ですらないそれが怯え、震える。
二度も殴られ、漸く眼前の男が尋常ならざる“神殺し”であることを悟り、そして何者であるかも理解した。
「先駆者……だと?」
「“成した”のであろう? あの耽楽に塗れた神々への“復讐”を……!」
「…………!」
「愚かな“ゼウス”の傲慢により生まれ落ちし兄弟よ! 神々の悉くを鏖殺し、オリュンポスを、奴らの時代を終わらせた貴様の大偉業を私は誰よりも敬意を表し、讃えよう!」
己と同じくゼウスの血が流れる者。復讐者は奴を父とは到底認めぬが、しかしそれでも眼前の男はまごうことなき同じ道を往く兄弟と言えよう。
並行世界、或いはよりかけ離れた世界か、いずれにせよ、彼もまたギリシャに生まれ、自分と同じ時代に神々に利用され、翻弄され、しかし自分と違い、報復し、復讐を果たした。
復讐者と成り果てた弓兵が目指す途方も無く険しい道のりの先にある大願を、奴はとうに成し遂げているのだ。
「ヘラクレス、お前は──」
「その名の英雄は既に存在しない。否、奴は英雄ですらない」
復讐者は否定する。かつての己を、世に名を轟かせるギリシャの大英雄を。
「耽楽に塗れた暴君共に迎合し、
「……では、お前はなんだ?」
男は瞠目する。
それは男の知る“ヘラクレス”とは違った。己と似た境遇でありながらオリュンポスの空気に毒され、嫉妬に狂い、英雄という名の神々の奴隷と成り果てた者ではなく、その有り様は──。
「私は、ただのしがない人間に過ぎない。オリュンポスの神々を否定し、蹂躙し、穢す。それだけの為に生きる復讐者に過ぎぬ」
「……そうか。こちらのお前は、“そう”なのだな」
「その様子だと、“そちら”の私もとんだ愚物だったようだ。何せ、貴様のような者が居るのだ、さぞ落ちぶれ、醜悪な汚物と化していたことだろう」
確信があった。
奴が“奴が生まれた世界”のオリュンポスを滅ぼした際、その過程できっとヘラクレスなる愚物も敗北し、殺されていると。
叶うならば、その光景を見てみたかった。奴らの栄光が崩れ落ちるその瞬間を。
「その“ネメアの獅子”を象ったカエストスも私を殺した際に奪い取った物ではないか?」
「…………」
大方、功業に対する報酬なのだろう。毛皮の代わりにそんなものを与えられていたという事実に復讐者は失笑する。
対して男は何も言わず、顔をしかめた。あの日、十三番目の功業として、己を仕留めんと襲い掛かってきた彼と殺し合い、死闘の果てにその顔を奪ったカエストスで原型が留めぬ程に叩き潰し、息の根を止めたことを思い出しながら……。
当時の己からすれば、似た境遇の兄弟として思うところがなかった訳ではないが、それでも己が復讐を阻む障害に過ぎなかった。
だが、こうして今、思い返すと──。
「偉大なる“先駆者”よ、私は歓喜している! 貴様がこの世に存在しているという事実は、即ち私がやろうとしている“復讐”は確かに“手の届く”大願であるということを証明しているのだから!」
心の底から笑う。
生涯を賭して成し遂げようとしていることを、既に成し遂げた者が目の前に存在しているのだ。これを喜ばすして、何を喜べというのか。
──神々は、殺せる。
地上の人間を玩び、運命を嘲笑い、己らだけが永遠に君臨すると思い込んでいた奴らも、他ならぬ人の手により捻じ伏せ、穢し、滅ぼすことが出来るのだ。
そして、奴らがこの身に刻み付けた“忌み名”もいずれ──。
その満面の笑みは、かつての“大英雄”が浮かべるものではなかった。
民衆から称賛される英雄の笑みでも、神々に忠誠を誓う従順な半神の笑みでもない。
憎悪のままに復讐心を爆発させるその笑みを、男はそれはもうよく知っている──。
「私は、異界で貴様が成したことをこの地にて成し遂げてみせる」
「……お前が私の知る
男は、問う。
とうに復讐を終えた“先駆者”としては、その許されざる道を歩むことは
何より、己はまだ何も知らない。この世界の在り方についてまだ何も……であれば、現時点で口出しするべきではないだろう。
故に、まずは同じ道を歩まんとする眼前の復讐者の名を知るべきだと思った。
「──ああ。是非とも、この名を覚えてくれ」
復讐者は力強く、名乗る。
「我が名は“アルケイデス”! アムピトリュオンとアルクメネの子にして、ミュケナイ王家の血を引く者なり!」
かつての幼名。神々に“忌み名”を与えられる以前の、己が人間としての真の名を。
改めて、神へと成り下がった愚物との決別し、過去の栄光、伝説、英雄として歩んだ己が全てを否定し、消し去らんことを誓う。
「こちらも問い返そう、兄弟。偉大なる“先駆者”よ、貴様の名は──」
「──この我を差し置いて、随分と長々と語る」
そして、“王”が痺れを切らす。
「!」
「神というのは何処でも変わらぬものよな。貴様の並々ならぬ殺意と憎悪は認めてやるが、その物言いは彼奴のことを上っ面しか理解せぬ愚物であると高らかに語っているようなものだぞ? 弓兵……いや、復讐者風情よ」
「横槍を入れるな、“弱き戦士”よ」
宝具の雨。通常の英霊ならば致命的な脅威であろう猛威を、復讐者──アルケイデスは当然のように一つ残らず捌き切ってみせる。
そして、こちらを嘲るギルガメッシュに対して、再び弱者と蔑んだ。
「──そこの神殺し、王命を下す。貴様の真名を名乗るが良い」
しかし、ギルガメッシュはこれに眉一つ動かさずに男の方へと顔を向け、そう命じる。
その名は、復讐者ごときの問いかけによって世に知らしめられる程に安いものではないと言わんばかりに。
「……“クレイトス”だ」
静かに、男は自らの名のみを告げる。
出身も肩書きも語らず、それだけで充分だと言わんばかりに。けれども、そこには確かな力強さがあり、力の象徴とも言うべきその名は聞いた者の心を震わせた。
真バーサーカー・クレイトス。
かつて、オリュンポスを滅ぼした“スパルタの亡霊”が、何の因果か此処に降臨し、この星の人理にも名を刻まんとする。
スノーフィールド警察署にて。
「すっごいねあのサーヴァント! 世紀の一戦とは言ったけどこんなダークホースの乱入は予想外かも!」
使い魔を介して半神達の戦いを見物しながら、フランチェスカはケラケラと笑う。
大英雄ヘラクレス。第五次聖杯戦争においてはアインツベルンがバーサーカーのクラスで召喚した、ギリシャは勿論のこと全神話含めても最強の座を争うであろう最高峰の英霊。
それが七つの中で最も強く適したクラスであろうアーチャーで、しかも聖杯の“泥”により歪曲され、アヴェンジャーのクラスへと転じた。
そんな化け物クラスのサーヴァントと相対するのは人類最古の英雄王ギルガメッシュ……史上類を見ない夢の対戦カードにワクワクしていたが、まさかその両者を上回るかもしれない“異界の神殺し”が乱入してくるとは。
(いやぁこんな残骸も残骸な
恐ろしいと同時に愉快にも思う。バーサーカーということはマスターは黒魔術の異端、ハルリ・ボルザークだろうか。
数合わせのつもりだったが、ここまでの大物を召喚してしまうとは。これだから今回の聖杯戦争は予想外の連続で堪らないのだ。
「クレイトス、か……聞かぬ名だな。アレクサンドロス大王の側近にそんな名の者が居たような気もするが、恐らく関係は無いだろう。ギリシャ神話ならばクラトスという“力の神”は響きが似ているが……」
偽キャスターもまたフランチェスカのように使い魔を介して得られた情報を元に真バーサーカーについて考察する。
「事態の対処へ向かうぞ。キャスター」
すると先程から黙っていたオーランドがそう言って日本刀を手に席を立つ。
「……構わんが、流石に三人纏めては厳しいぞ? もう少し情報を得られれば話は変わるがな」
「そうも言ってられん状況だ。このままでは流れ弾一つでビルが崩れかねん」
「あれれ正気? 昨日はアサシン一人に手も足も出なかったのに? 渓谷の子達は全員それと同じくらいの化け物だよ? 下手に邪魔なんかしたら金ピカの王様に──」
「承知している。だが、放置する訳にもいくまい」
白昼堂々カジノホテルを襲撃するという暴挙。今のところ死者は出ていないが、割れた窓ガラスで怪我人が出たとの報告もある。
聖杯戦争を開催する以上、民間人を巻き込む覚悟はしていたが、ここまで目に見える形で、然したる理由も無く民間人を巻き込むなど言語道断。すぐにでもあの真アーチャーのマスターを街から叩き出したかった。
被害を最小限にしながら確実に勝つ。その為にオーランドも、クラン・カラティンも動く。
「本当にお堅いねー。偽物のキャスターさんも言ってあげたら? 無謀だってさ」
「マスターの方針なのだから仕方あるまい。それに、宝具を人間に持たせて英霊を相手取ろうとしている連中には今更だろう」
「わお、冷たいねー」
これから規格外の怪物三騎相手に特攻させられるというのに余裕の態度を取る偽キャスターにフランチェスカは肩を竦めつつ、訝しげな視線を送る。
自分にも渓谷のサーヴァント達にも大して関心を持っておらず、それどころかマスターであるはずのオーランドすらも。己が目的以外どうでもいいのは実に魔術師らしいが、マスターの存在はサーヴァントにとって命綱だというのに。
(もしかすると、
触らぬ神に祟りなし。偽キャスターが何かしら企んでいることにはオーランドも気付いているのだろうし、看過しているのならば自分も一旦は放置しておくとしよう。
何せ、今は他にも問題が山積みなのだから。
「ま、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。手は打ってあるからさ」
「なんだと……?」
「今ね、横槍に向かってるの! 私が喚び出したサーヴァントが──」
──次の瞬間だった。
警察署が、否、スノーフィールド全体か揺れ動く。
「! これは……」
「ッ、何だ……ッ!?」
「……あれぇ?」
先刻の真アーチャーによる被害など比ではない。
オーランドは目を見開く。彼だけではなく、街に居る全ての魔術師とサーヴァント達が膨大な、それで居て異質な魔力の流れを感じ取った。
「あちゃー」
「ッ……貴様のサーヴァントか?」
「そうだよ☆ ──って言いたいところだけど残念。
険しい顔で問うオーランドに対し、フランチェスカはそっぽも向いてそう答える。
その顔には冷や汗が流れており、虚偽を述べておらずそれどころか本気で驚き、慌てているようでいつもの飄々とした態度が見る影も無い。
渓谷で、一体何が──。
ギルガメッシュ。
アルケイデス。
クレイトス。
英霊の中でも無類の強者三名が相対し、これより三つ巴の頂上決戦が勃発しようとしていた。
──その、はずだった。
「──涙雨」
不意に。
何処からともなく、女の声がする。それは決して大きな声ではなかった。
大地が震え、三騎の英霊が放つ殺気が渦巻くこの場所においては、風に紛れて消えてしまっても何ら不思議ではない程の、静かな声音。
「…………?」
ギルガメッシュが、僅かに眉を動かす。
アルケイデスの瞳が鋭く細められ、クレイトスは無言のまま周囲を見回した。
いつから。
何処から。
どうやって。
気が付けば、そこに“そいつ”は居た。
つい先程まで何もなかったはずの空間に、三騎からそう遠くない場所に、一人の“女”が立っている。
かの英雄王も、復讐に燃える堕ちた大英雄も、あのスパルタの亡霊すらも──。
今この瞬間まで、その存在を認識することが出来なかった。
「──降りて溢るる」
そして、認識した現在でも
雷鳴が轟き、尋常ならざる魔力がうねっているにも拘わらず、そいつ自身からは何の力も感じられず、むしろ希薄、本当にそこに存在しているのか、幻なのではないかとさえ思ってしまう程だった。
ただ理解出来るのは、そいつは“刀”を握っており、今にも鞘から抜かんとしているということ──。
「────」
刀身が、ほんの僅かに鞘から覗く。
それを視認した瞬間、三人の身体に同時に悪寒が走った。
──まずい。
クレイトスが腕を振るう。
アルケイデスが弓を引き絞る。
ギルガメッシュの背後へ黄金の波紋が幾つも開く。
止めねば。
それだけは絶対にさせてはならぬと、皆が本能的に理解する。
けれど、時既に遅し。
「──渡り川」
一閃が走る。
抜刀、ただ、刀を振り抜いた。
大地が割れ、空が軋む。
それは半神達を有象無象の如く薙ぎ払い、発生した斬撃の余波に過ぎぬ衝撃が波紋のように広がって何もかもを巻き込み、破壊をもたらす。
そして──。
残夢を染める繚乱の一太刀が、世界そのものを切り裂いた。
神殺し:EX
神霊、神獣、神性スキルを有する存在に対する絶対的な特攻。
バーサーカーはかつて戦神アレスの討伐から始まり、ポセイドン、ハデス、ヘリオスなどオリュンポスの神々の大半を殺戮し、最終的には主神ゼウスすらも殺害したことで“一つの神話を終らせた”ため規格外のランクを誇る。