Fate/Doomsday of the FAKE やべーやつらの聖杯戦争 作:大嶽丸
時は少し遡る。
ファルデウスは、困惑していた。
彼の一族は、代々人形を使う魔術師の家系であり、建国当時からアメリカ政府と関係を持つ。
また遠い親戚がかつて第三次聖杯戦争に参加し、その経験を元に彼の一族は米国で聖杯戦争を再現しようと試みた。
計画は政府機関管轄の下、数百年後を見据えて準備が進められていたが、冬木の聖杯の一部を“採取”してこのスノーフィールドで培養することで百年を待たずして聖杯戦争を開催することに成功する。
自らの土地で聖杯戦争を執り行うなど不可能に思っていたファルデウスは使命感を胸に、運営にして“真なる聖杯戦争”に参加するマスターの一人として、かつての第三次聖杯戦争で親戚が召喚し、猛威を振るったというアサシン──イスラム教ニザール派の暗殺教団の長、ハサン・サッバーハを召喚しようと工房にて儀式を行ったのだが──。
「あなたが、私を喚んだ者か」
有り得ない詠唱。
起こり得ぬ儀式。
それによって喚び出されたのは、髑髏の仮面を付けた暗殺者などではなかった。
(なんだ……? 彼女は……)
長い紫色の髪を靡かせ、妖艶な雰囲気を纏う女性。頭髪と同じ紫の瞳はどこか気怠げで、白い肌と整った顔立ちが目を引く。
袖や裾に紫と青の意匠を施した、白を基調とする軽装の上着。その下には、胸元と腹部が大きく開いた黒のインナーを覗かせている。下半身は黒紫のショートパンツにロングブーツという出で立ちで、酷く特徴的な装いでありながら、不思議と目を離した瞬間には見失ってしまいそうな程に彼女自身の存在感は希薄だった。
左手には鞘に納められた細身の、しかし身の丈はある太刀を携え、右手には鮮やかな深紅の和傘を差している。
そんな暗殺者とは到底思えぬ風貌を前に、ファルデウスは戸惑いつつも冷静さを保とうとした。
自分はマスターだ。ならば目の前にいる存在が何者であろうと、まずは分析しなければならない。
そう自分に言い聞かせながら、魔術師としての眼で彼女を視る。
そして──。
今度こそ、表情が固まった。
(は──?)
筋力EX
耐久EX
敏捷EX
魔力EX
幸運E
宝具EX
思考が停止する。
一つを除き、全ての数値が測定不能、評価規格外というあまりにも馬鹿げたステータス。唯一最低値の幸運が逆に際立つ。
見間違いかと何度か確認するも結果は変わらず。EXというのは通常の基準では数値化や比較が出来ないことを意味し、Aランクより無条件に強い純粋な上位互換ではないが……。
(だとしても異常なステータスだ。もし仮に、これがシンプルにAランクまでの枠組みでは測定出来ない桁外れな能力値だとすれば──)
背中を冷たい汗が伝った。いずれにせよ、自分はとんでもない存在を召喚してしまったのかもしれない。
「……どうした、答えないのか?」
「ッ────!」
耳に響く問いかけに、思考が引き戻される。
恐ろしく平坦で静か。けれど、まるで直接意識へ触れてくるような、感情を揺さぶらされる声であった。
ファルデウスは僅かに息を整える。
「……ええ。それで間違いありません。私があなたを召喚した魔術師です」
努めて平静を装い、返答する。
「ファルデウス・ディオランドと言います。大変失礼しました、アサシンの英霊を召喚するつもりでしたので驚いてしまいまして……」
「………………」
女は、ジッとこちらを見据える。
その紫の瞳に自分の顔が映り込んでいることに気付いて、ファルデウスは僅かに眉を動かした。
油断すると引き込まれる、そんな錯覚を覚えた。
「……そうか」
やがて女が口を開く。
「なら、間違いはない」
「え?」
「私のクラスは確かにアサシンなのだから」
先刻よりも少し落ち着いたように感じる声で告げられる事実。
どうやら彼女がこの真なる聖杯戦争における暗殺者のサーヴァント……“真アサシン”であるようだ。
「そう、なのですか? では、あなたはかの暗殺教団の長、ハサン・サッバーハの一人で?」
「いや……きっと、私はそのような名では無い」
即座に否定し、しかし何故か曖昧な回答。
「此処に馳せ参じるはずだった“影なる者”は在るべき場所へと還った。恐らくは彼があなたが喚ぶはずだった者なのだろう」
「はい……?」
アサシンのクラスであるにも拘わらずその語源であるハサン・サッバーハではない。それはあの警察署を襲撃した偽アサシンの方もまたハサンでなかったことから、そのような可能性もあるとは予想していたのでファルデウスにとって別段驚くようなことではなかった。
しかし、所々言い回しが引っ掛かる。特に最後の部分は一体どういう意味だろうか。
「そもそも私は暗殺者を生業にしたことはない。ある程度“存在を認識しづらくする”術は所有しているが……その類いの仕事はあまり期待しないでくれ」
「…………」
ファルデウスは改めて彼女を見た。
気配遮断──D。
確かに低い。この規格外のステータスを持つサーヴァントにしては、むしろ不自然な程に。
「……成程。確かに、あなたはどちらかと言うとセイバーの方が適正があるように見えますね」
手に握る長い刀へと視線を落す。
「それで……僭越ながら教えてくれませんか? あなたの真名を」
意を決して問う。
ファルデウスの知識では、この容貌だけで彼女が一体どこの誰なのかを見極めることは出来ない。
東洋系の顔立ち。
刀。
和傘。
恐らく日本に関係する英霊。
だが、ここまで異質なステータスを誇る存在が、一体何者なのか。
ファルデウスは知りたかった。
「……分からない」
「は──?」
本日二度目の、素の声が出た。女……真アサシンは特に気にした様子もない。
「すまない。どうやら召喚の際に何らかの不備があったようだ」
淡々と告げる。
「元より記憶が朧気なこともあって、名はおろか己が一体何者なのかも判然としない」
「記憶喪失……ということですか?」
「そういうことになるな」
あまりにもあっさりしている。
記憶を失っているというのに、彼女には焦燥も恐怖も見られない。まるで、それが自分にとって当然の状態であるかのように。
「幸いにも戦い方や“宝具”の発動方法は身に染み付いているので戦闘に関しては支障は無いが……不完全な状態なことには変わりはない。申し訳無く思う」
「いえ、こちらこそ謝罪させてください」
ファルデウスは苦笑した。
「十中八九、我々の不手際による要因でしょうから。何分今回の聖杯戦争は色々と特殊なもので……」
正体不明。
規格外のステータス。
本来有り得ぬ八騎目。実際には九騎目であるのだが、そのことを知らないファルデウスにとっては八騎目だ。
偽りの聖杯戦争を呼び水に本物の儀式を行う。
そのような外法による影響か。当初からイレギュラーの連続なのだし、こういったこともあるのだろう。
そう、無理矢理納得する。
(とはいえ、記憶喪失のサーヴァントを引き当ててしまうとは……)
異常な数値もそれが関係しているのかもしれない。幸いにも彼女は随分と落ち着き払っており、低姿勢。存在そのものの異質さと比べて真アサシンは言い方は悪いが、御しやすそうな風に思えた。
一先ず良いサーヴァントを引き当てたとファルデウスは胸を撫で下ろす。
「構わない。ところで──」
そう思ったのも束の間。
「あなたに、信念はあるか?」
空気が変わった。
ゾクリ、と背筋に走る寒気にファルデウスから表情が消える。
「信念……?」
「ああ。この願望機を巡る戦いにおいてあなたが掲げる信念、大義、願い……それが何なのか、そして貫き通す覚悟はあるのかを知りたい」
つい先刻までと声質も、喋り方も、何も変わっていないはずだというのに。
その単なる問いかけに心臓が大きく跳ね、息が詰まる。
本能が告げていた。
この質問の答えだけは、絶対に間違えてはいけないと──。
「…………」
ファルデウスは黙り込んだ。
そして。
「……我らが合衆国の為に魔術のすべてを捧げる」
静かに口を開く。
「それが私の信念ですよ」
嘘はない。
取り繕いもない。
「それは……たとえ他者の命脈を止めることになったとしてもか?」
質問は続く。
「人を殺す、という意味でしたら勿論。我が国の為なら私は国民を殺すことすら厭わない」
僅かな間。
「私自身を含めて」
断言する。
そこに一切の虚言は無かった。
死ぬ覚悟も、殺す覚悟もある。己が掲げた大義の為ならば、その大義そのものに自らを捧げることすら躊躇するつもりはない。それがファルデウス・ディオランドという男だった。
対して、眼前の女の表情は変わらない。
「──そうか」
静かな声。
まるで判決を言い渡される被告のように、ファルデウスは固唾を飲む。
「私が刀を抜く理由は、今も昔も変わらない。誰かの意思によって左右されることなど決して無いが、今の私は単なる影法師であり、数ある足跡の一つでしかないようだ」
サーヴァント。
英霊。
境界記録帯。
聖杯からもたらされた知識により自らが“本人”ではないことを把握し、また記憶を失い、聖杯へかける願いも当然無く、真アサシンは何の目的も無い現状を打開する為に役目を欲する。
このまま“虚無”へと溶け込んでしまう前に。
「故に、その信念を失わぬ限り私はあなたの力となろう」
それは契約だった。
こうしてファルデウスは、真なる聖杯戦争のマスターの一人となり、同時に聖杯戦争が如何なるものなのかを、思い知らされることになる。
「これが……聖杯戦争か……!」
そして現在。
再びファルデウスは思い知らされた。
聖杯戦争というものの理不尽さを、そして自らのサーヴァントが如何に規格外であるかを。
英雄王。
大英雄。
そして神殺し。
先刻、スノーフィールド北部の渓谷にて勃発した二人のアーチャー衝突は、更に両者に匹敵、或いは凌駕しかねない神殺しまでもが乱入し、魑魅魍魎跋扈する三つ巴の戦いへと変わろうとしていた。
白昼堂々行われ、しかも魔術の隠匿など微塵も気にしていないこの規模の戦闘を運営であるファルデウスが見逃すはずもない。
事態の鎮圧。
その為に彼は自らのサーヴァントを出陣させたのだが──。
「ハァ……ハァ……まったく、本当に出鱈目ですねアサシン……!」
結果として、
信じて送り出した真アサシンは現場へ到着するなり即座に“宝具”を発動。三騎の英霊を纏めて撃退するというとんでもない成果を挙げた。
だが、同時に彼ら以上の被害を出した。
今は協力者により“隠蔽”されているが、ファルデウスは知っている。
渓谷の空に残っている、“傷痕”を。
空間そのものが切り裂かれたとしか思えない、一筋の裂け目。それはどれだけ時間が経とうとも消えることなく、空に刻み付けられていた。
脳裏に焼き付くその光景を思い出すだけで、ファルデウスの背に嫌な汗がつたう。
(すまない。手加減はしたのだが……)
念話越しに聞こえた、あまりにも平然とした声。
(あれで、ですか……!?)
(ああ。だから三人とも生きている。皆、なかなかの手練れだった)
(本気なら仕留めていた、ということですか……どうやら私はまだあなたのことを過小評価していたみたいです)
やはり。
あの化け物染みたステータスは、何ら偽りなどではなかった。
暗殺者を生業にしていないと言いつつ、あの規格外三人に全く気取られずに接近し、宝具の一撃を以てして追い払い、世界に消えぬ傷を残す。もし仮に手加減などせずに本気だった場合、一気に三騎の英霊が脱落していたということになる。
尤も、そうなればファルデウスも死ぬ。
何故なら──。
(宝具の発動……それだけでここまで魔力を持ってかれてしまうとは……!)
個人の魔力量自体は決して多いとは言えないが、それでも政府機関の協力もあり、ファルデウスはサーヴァントを十全に扱うだけの魔力を用意していたつもりだった。
しかし、どうだろうか。今は真アサシンにより膨大な魔力を吸い上げられたことにより立つことも儘ならず、息絶え絶えであった。
──真アサシンの宝具。
それは彼女が扱う神速の抜刀術が昇華したものであり、種別は何と“対界宝具”に分類される。
即ち、ただの一太刀が世界に影響を及ぼすということを意味する。実に規格外な代物であるが、それに相応しく、発動には多大な魔力を消費してしまうようだ。手加減してこれならば全力で放てばファルデウスは間違いなく魔力供給が追い付かずに干からびるであろう。
「我ながら……」
ファルデウスは、力なく笑った。
「とんでもないのを引き当てたようですね」
燃費は最悪だが、かの英雄王ギルガメッシュを上回るであろう、トップサーヴァント。
それを自分は使役することに成功した。
果たして。
これは幸運なのか、それとも──。
「……こればかりは、自分の運用の仕方次第でしょう」
下手すると聖杯戦争を一日もせずに終わらせかねないジョーカー。それを運営側かつ、何を仕出かすか分からないフランチェスカや何かを企むオーランドが召喚することが無かったことに一先ずは安堵するとしよう。
(しかし、アサシン。まだ工房に戻っていないのですか?)
念話を繋ぐ。
(指示してから、だいぶ経ちますが……)
返事がない。
(アサシン?)
少しして、漸く返答があった。
(ああ……そのことなんだが)
妙に歯切れが悪い。
(……どうかしました?)
まさか、予期せぬ事態に陥っているのか。
戦闘の余波で負傷した? 敵に追跡されている? それとも、何か別の存在に襲撃されたのか?
様々な可能性が脳裏を駆け巡り、顔を強張らせるファルデウス。
そして、真アサシンは──。
(道に迷った。場所が分からない)
至極真面目な声で、こう答えた。
(──はい?)
呆気に取られる。
ファルデウスは知らなかった。何もかもが規格外の自らのサーヴァントの数少ない欠点を。
真アサシンは、致命的なまでに方向音痴であった。
【Class】アサシン(真)
【真名】■■■■■■■
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力EX 耐久EX 敏捷EX 魔力EX 幸運E 宝具EX
【クラススキル】
気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
アサシンは生来の暗殺者ではないので気配遮断のランクは低いが、ある固有スキルと併用することで限定的にBランク相当まで向上する。
うーんチート