日常のホロライブSS(一話完結の短編集) 作:Sano / セイノ
「ねぇ、それ最近ずっとやってるけど何のダンス?」
淡かった夜闇は既に深まり、レッスンルームの冴え冴えとした明かりを浮かび上がらせている。収録後にも関わらず一人練習するさくらみこに目を留め、星街すいせいは声を掛けたのであった。
「これは神社で奉納する神楽舞《かぐらまい》。収穫を神様に感謝する秋のお祭りが今度あって、そこでやるんだぁ」
すいせいに背を向けたまま、言葉だけを返すみこ。
歌いながら踊るみこにすいせいは不思議そうに首を傾げてしまう。
どうにも彼女の知る神楽舞とは様子が違うのである。
「神楽舞ってそんなポップな感じで踊りながら歌うの? 普通はお囃子《はやし》に合わせてゆったりと舞うだけなんじゃなくて?」
「それは八乙女舞《やおとめまい》だねぇ。ウチの桜神社の神様はそこのところが結構自由なんだ。もちろん伝統の様式はあるんだけど、今はみんなに楽しんでもらえるように、みこが現代風にアレンジしてるの」
こちらに一瞥《いちべつ》も送らずに練習に打ち込む姿はまさにひた向きだ。
みこは、時に望外のポンコツぶりを露呈させるが、その本質は諦めずに努力し続けることができる稀有《けう》な人間なのである。
すいせいは、みこ本人にこそ言わないが、相棒のことを尊敬できるスゴイやつだと信じて疑っていなかった。
――神座《かみくら》におわす神様だけでなく、町の人たちのためにも精一杯したいという思いを火種に、みこは周囲を照らす火を燃やしている。きっとその身から漏れ出る優しくも眩い輝きが、人を惹きつけるのだろう。
その温かい火に手を伸ばし、間近で見続けていたいとすいせいは素直に思えた。
白上フブキは二人の紐帯《ちゅうたい》を指して、『やっぱみこめっとはてぇてぇな!』という怪メッセージをよく送りつけてくるが、それには〝ビジネスてぇてぇだから(怒)!〟とすいせいは決まって応じている。
「へえ、面白そうだね。ねぇ、私も見に行っていいの?」
すいせいの言葉にみこがぴたりと動きを止める。
そして彼女は大輪の花が咲いたような満面の笑顔で振り返った。
「え、すいちゃん、来てくれるの⁉ えへへ、だったら張り切ってもっと練習しなくちゃね」
× × ×
だが秋祭りの日、桜神社を訪れたすいせいを迎えたのは、熱で顔を真っ赤に火照らせたみこであった。
今年は季節外れのインフルエンザが猛威を振るっていたのである。
「みこはやる!」
「「無理だって」」
巫女装束に身を包んで眦《まなじり》を決したみこを、妹《いもち》と母親《おかあたん》が制止していた。
時は肌寒い秋の宵口である。
高熱に蝕まれた気怠い体で歌って踊るなんてできっこない。
そうと知りながらも、みこは諦められないのである。
ガタガタと寒さに震えながらも踏み出された足には力が十分に入らず、みこは大きく体勢を崩してしまう。
倒れかけたみこの細い体をすいせいが抱き留めた。
「みこち、無理しちゃダメだよ。今は休もう」
「……すいちゃん、ゴメン。せっかく見に来てくれたのに。お客さんもいっぱい来てくれているのに」
ぽろぽろと涙がみこの頬から零れ、すいせいの服に染みをつくる。
「みこ、持ってなくてゴメン」
ここ一番の正念場でいつも失敗してしまうみこは、自身の運の持ってなさを呪うしかない。俯き目を伏せてただただ詫びようとする彼女の顎に、すいせいは手を当て強引に上を向かせた。
そして、すいせいは見上げた相棒に不敵な笑みを投げかけるのである。
「大丈夫、私が持っているからいいの! みこちが頑張ってきたのは知ってる、だから私にも頑張らせて」
「……すいちゃん?」
みこの努力を後悔させたくない、だからすいせいも諦めないのである。
すいせいはみこの手を握り、優しく指同士を絡めた。
「私が舞うよ。見ててよ、みこち」
「でも……」
「大丈夫。練習していたのをずっと見てたから、もう私も覚えてる」
不安に揺れるみこの瞳に、微笑むすいせいが映る。
「うん……わぁった」
絡めた指でみこから取り上げた神楽鈴がシャランと音を立てた。
そしてすいせいは代わりに赤ちゃん用のガラガラを相棒の手中に押し込んだのである。
〝なんでだよッ!?〟と急に目を吊り上げたみこに、すいせいは〝そうそう、みこちはそうでなくっちゃ〟と飄々《ひょうひょう》とした態度を返すのである。
× × ×
すいせいは襦袢《じゅばん》の上に白い小袖《こそで》を羽織り、それを緋袴《ひばかま》で締める。着付けを手伝ってくれているみこの母親は、気遣わしげな表情をすいせいに向けた。
「すいせいちゃん、無理しなくてもいいんだからね」
「みこさんが大事にしている諦めないを、私も諦めないんです」
すいせいの決然とした口調に、みこの母親は微笑んだ。
「ふふ、ホントに娘に聞いていた通りの人。いつもみこをありがとうね」
「大事なパートナーですから。それにいつも私の背を押してくれるのはみこさんなんです。まあ、よく失敗してますけどね」
巫女衣装を着たすいせいは立ち上がり、穏やかな空気を置き去りにして足を踏み出した。
覇気を総身に纏いながら彼女が目指すのは、今宵のステージである神楽殿《かぐらでん》。
× × ×
舞台袖で、ダウンジャケットの上から毛布にくるまり、丸々と着膨れているのはみこである。彼女は祈るように手を組んで、静々と登場したピンチヒッターに心配そうな眼差しを向けていた。
だが、そんな彼女の心配は杞憂に過ぎなかった。
巫女装束のすいせいがお囃子を背に口を開くと、涼やかな声が零れ始める。
その澄んだ祝詞《のりと》は鮮やかな秋の音色を生み出し、聞く者たちに耳からだけでなく体さえ溶かすような甘美な響きを伝えるのである。そして、いつしかそれは音の奔流となって宙天を震わせ始めた。
それはまさに神がかりと言っても過言ではないのかも知れない。
条理ならざる神の理を孕んだ歌声が、夜空に青白い輝きを生んでいく。
それも一つや二つではない、瞬く間に数を増やしながら現れてゆく星々の光。
巫女がしなやかなに腕を振るたびに尾を引く流星の閃きが虚空に刻まれ、そしてシャランシャランという鈴の音は銀砂となって周囲に飛散する。
まるで星と戯れているかのように踊るすいせいの姿は、さながら星降りの歌姫。
いや、宵闇の天球で舞う彗星そのものであるかのようだ。
誰もが声もなくただ呆然と、淡い燐光でその身を飾るすいせいの神楽舞に心奪われていた。彼女が一たび歌えば、夜空に流れ星すら呼び寄せるのである。
(やっぱりすいちゃんはスゴい、そしてカッコいい……)
あの星のようなキラキラとした輝きは、かつてときのそらにも見たものだ。
それはいつしか憧れとなり、自身をアイドルの道へと向かわせた光。
あの煌めきがいつもみこの手を引いてくれるのである。
体を内側から激しく叩く動悸は高熱のためだろうか、それとも星の光に浮かされているからだろうか。
みこは思わず、その光に手を伸ばした。
奇しくも舞っていたすいせいもみこの方へと手を伸ばし、二人の視線が交差する。
自然と引き合い共鳴した二人は、まるで互いに求め合っているかのようであり、みこは知らず知らず頬が緩んだのであった。
× × ×
大神ミオ宅のソファでくつろいでいたフブキのアホ毛がピンと立ち上がり、彼女は突然跳ね起きて声を張り上げた。
「やっぱみこめっとはてぇてぇな!」
「きゅ、急にどうしたのフブキ?」
「……何かみこめっとてぇてぇの波動を感じた」
未だ虚空に視線を向け続けるフブキに、ミオは〝えぇ!?〟と困惑するのだった。
了