日常のホロライブSS(一話完結の短編集) 作:Sano / セイノ
因果応報という言葉があるように、投げたものは自分にも返って来る。
そう、かの有名な反逆の王子だって『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』と言っていたじゃないか。大空スバルは、どうして自身はあんなことをしてしまったのだろうか、と今更ながら悔やんでいた。
事の発端は友人である猫又おかゆからの依頼だった。
配信用のサムネ作りを請け負ったスバルは、猫の少女から送られてきた画像に苦笑いしてしまった。それは羽織ったワイシャツから牛ビキニを覗かせたおかゆのイラストだったのである。
(……これで何を配信するつもりなんだよ)
配信内容に首を捻りつつも、スバルはいつも通り集中線とド派手な文字で目を惹くサムネを仕上げたのである。ピンク色の大きなハートを背景に、その文字が刻んだ配信タイトルこそが『どすけべ配信』だった。
自身でもちょっと躊躇してしまうくらいの画面を飾るど・す・け・べの衝撃。
元々のややセンシティブなイラストとも相まって、改めて見てもそのインパクトに笑ってしまう。完全にいかがわしいことこの上ない。
一体これで猫の少女は何をするというのだろうか。
(まあ、猫又さんならこれくらいでもいいだろッ!)
気の置けない友人相手に、遠慮は不要。おかゆならこれくらいの攻めたサムネすら、笑いに変えてしまえるだろう。彼女になら、どすけべを強いるくらい問題なさそうなのである。
――そう思って、スバルはサムネを送り付けたのであった。
そして、おかゆがそのサムネのために用意した物こそが、どすけべルーレットであった。
罰ゲームを決めるルーレットには、『腹筋』や『腕立て』、『スクワット』などの筋トレ種目や『くすぐり』が並んでいる。要は、どすけべを想起させるような乱れた息を配信に乗せるという企てだ。
「スバルちゃんがあんなサムネ作ったんだから、責任とって一緒にやってくれるよね?」
とおかゆに真顔で問われ、スバルとしては頷くしかない。自身が全力で投げたボールが、勢いそのままに返ってきたのである。
結果として、スバおかのゲーム配信で使われることになったルーレット。
中には、冗談で入れたかのように極小の狭い範囲に『チュウ』があった。
〝チュウくらい入ってないと、どすけべじゃないよ〟というおかゆの提案を、0.1%の当たらない確率にすることでスバルが仕方なく飲んだのである。実際に猫又おかゆは悪友のような遊び仲間であって、口づけを交わすような間柄ではない。それを互いに理解しているからこその、『チュウ』0.1%なのである。
× × ×
――まさか、こんなことになるとは。
「ほわぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
耳を劈《つんざ》くスバルの絶叫が配信部屋に轟いた。そのハイパーボイスに隠れているが、おかゆの方も〝ええぇぇぇぇぇぇ、うっそぉぉぉ!?〟と猫耳をピンッと立てて叫び声を上げている。
敗者であるスバルが回したルーレット。
〝じゃあルーレット、スタートッ〟とまわした回転盤は、冗談で入れた『チュウ』0.1%を見事引き当てていた。まさに冗談のような結果に二人して雄たけびを上げながら、目を剥いてルーレットを凝視したのである。
結果を震える指でさしながら、スバルはおかゆに困惑気な顔を向けた。
だが、猫の少女の方は意を決したような眼差しを返してきたのである。
「やるよ、スバルちゃん。もう決まったことなんだから」
遊び友達の全く動じない歴戦の配信者ぶりに、スバルの方は逆に動揺を誘われる。
(猫又さん、腹すわり過ぎだろッ!?)
「もう、早くチュウしてよ」
そう言って唇を突き出すおかゆに、スバルはブンブンと頭を振る。
「いやいや、待ってよ。やるとしても普通ほっぺじゃん!」
「違うよ、キスは口同士でやらないと」
逃げるかのように後退りする自身の体を、猫の少女はじりじりと追い詰めていく。
胸を叩く鼓動が、痛いほど早くなっているのが分かった。あまりに信じがたい状況に、呼吸が不自然に乱れて変な汗が滲む。
——もう後ろは壁際だった。
壁に凭《もた》れて座っているような姿勢のスバルに、おかゆは四つん這いのまま覆い被さってくる。
「僕だって恥ずかしいんだからね」
「待って待って待って!」
拒むように突き出したスバルの片方の手、それに合わせるようにおかゆもすっと手を伸ばす。スバルの手の中にするりと入ってきた猫の少女の手のひら、そして指同士が吸い付く様に絡み合あった。
顔を寄せてくるおかゆに、もうスバルの方はその求めを受け入れるしかない。
おかゆの綺麗なアメジストのような瞳を見上げると、乱されたスバルの思考がぐるぐると巡ってしまう。
(うわッ……間近で見ると、猫又さんマジでかわいいんだけど……え、この美少女とキスってマジで言ってんの?……あ、目を閉じると睫毛ながッ……というか、オレなんかがキスしていいわけ?……いや、そもそもオレらただの友達だったはずなんだけど……)
「じゃあ、いくよ。チュ~」
そして、唇同士が触れ合った。
「ん……んぅ」
驚くほど柔らかで優しい感触が、スバルの言葉を封じ込める。
だが言葉よりも雄弁な二人の繋がり、それを言祝ぐかのようにおかゆが使っている柔軟剤の甘やかな香りがスバルを包み込んだ。
花開いたのは、なにも柔軟剤のフローラルな香りだけではない。
細かく震える自身の体、その中に萌《きざ》していた蕾《つぼみ》が綻《ほころ》び始めたことに、スバルは気づいた。果たしてこの胸に満ちる充足感は歓喜なのだろうか。
互いの唇が名残惜し気に離れていく。
それは唇同士が僅かな時間触れ合うだけのキスだった。
二人して頬を染めながら、目を合わせないように視線を泳がせる。
だが、互いの手は依然として握り合ったまま。きっとこの些細な出来事は二人の何かを変えてしまったのだ。
(あぁ、あじまっ――)
× × ×
「――てたまるかぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛」
雄たけびを上げながら、勢いよくベッドから跳ね起きたスバル。彼女は辺りをキョロキョロと見回して、大きく安堵の息を吐いた。
(夢か……マジで夢でよかった~)
今回夢見の悪さを通して、適当に放り投げたものが放物線を描いて戻ってくる悪夢にスバルは震えたわけである。
こうして彼女は、これからの人生に一つ大きな自戒となる注(チュウ)を付け加えたのだった。
了