ロスヴァイセと事件を解決してしばらくしたあと、北欧神話とギリシャ神話は問題なく協議を終えたらしいと、蓮夜はメフィスト・フェレスに聞かされた。
記憶は北欧の神々が見守るなか抹消したうえで、その魂はギリシャ神話側の冥府に落とされたらしい。
そんなことがあったなかでも、蓮夜は変わらない。
神クラスを前にしたことで力の差を、そして強さの上を知り、より自分を鍛えるようになったことくらいだ。
その蓮夜はいま、冥界の自領にある病院を訪れていた。
蓮夜が怪我や病気になったわけではなく、以前に研究施設から保護したエルフのふたりが数日前に目を覚ましたと聞いたからだ。
まず蓮夜が訪れた病室には、ふたりのエルフがそれぞれのベッドに寝かされていた。
同じ研究施設にいた者同士、下手に引き離すよりかは一緒にいたほうがいいという蓮夜の配慮だ。
「──あなたは……あのときの……」
「……っ」
蓮夜の姿を認めたふたりのエルフ──そのうちの金髪ロングのほうがそう口にした。
「気を楽にしてくれていい。初めまして。俺は黒崎蓮夜。またの名をレオンハルト・フェレスだ」
起き上がろうとする相手に蓮夜はそう言って椅子に座った。
「私は……キキョウよ」
金髪ロングのエルフはそう名乗った。
「あちらの子は、人見知りなの。だから私が話していいかしら?」
「ああ、それはもちろん」
銀髪のエルフを自然と気遣い、当たり前と頷く蓮夜。
金髪ロングのエルフ──キキョウの言葉に蓮夜は、静かに頷いた。
「それで、経緯は覚えているか?」
「ええ。何も記憶に齟齬はないわ。隠れ里にいたことも、あの研究施設に連れられたことも、あなたに助けられたことも……全部覚えているし、ここの人たちに教えてももらったから」
蓮夜の問いかけにキキョウはそう答えた。
「そうか……ならそのうえで訊く。これからどうしたい?」
身の振り方を訊くために蓮夜は、ふたりが目を覚ましてから事情説明を任せ、考えを整理させるために数日の間を置いたのだ。
「そうね……私は、少なくとも里に帰るつもりはないわ」
キキョウの言葉に銀髪のエルフも頷く。
蓮夜も看護師から報告は聞いていた。
ふたりは、里に見捨てられたことで捕まり、研究施設に送られることになったということを。
「そうか……ならそのうえでどうしたい?」
「──私は……あなたはどうしているのかしら?」
「俺か? 俺は自分を鍛えたり、領地の開拓をしたり、人材を探したり育成したり……まあいろいろだな」
「人材……なら私はどうかしら?」
問いかけに問い返され、蓮夜が答えるとキキョウは曖昧な問いを投げかけてきた。
「どう、とは?」
「私はあなたの力になれるかしら? あの地獄から助けてくれたあなたに、恩を返したいのよ。それにどこかに身を置くのなら、少なくとも助けてくれたヒトのもとがいい、というのはおかしなことかしら?」
「……いや、そんなことはないが。いいのか? 知ってのとおり俺は悪魔だぞ。半分だがな」
「ええ、もちろん。私はあなたがいいわ。あなたの力にならせてほしい」
「……わかった。そういうことなら歓迎しよう」
「ありがとう」
すべてを知ったうえでキキョウは、蓮夜のもとに身を置くことにひ、蓮夜もすべてを知ったうえでキキョウを受け入れた。
微笑むキキョウは、本当に美しく将来性に富んだエルフだった。
こうして見てもいま秘めてるオーラ量は、凄まじいものがある。
将来的には、魔王クラスや神クラスにも引けを取らなくなるだろう。
そんな逸材が自分のもとに来てくれるのならば、蓮夜は大歓迎だった。
キキョウもあの地獄から自分を救ってくれただけでなく、そのあともやさしく気遣ってくれた蓮夜ならばと、心の底から望んでいた。
「──あなたはどうするのかしら?」
キキョウはもうひとりのエルフ──同郷の銀髪のエルフに語りかけた。
「私は……私もあなたのもとに」
銀髪のエルフは、逡巡はあったが顔見知りのエルフもいる蓮夜のもとに残ることを決めた。
まだ外界は怖いが、それならば顔見知りがいて、自分を救ってくれた者もいるここに残ることを望んだ。
「わかった。歓迎しよう。あらためてよろしくな」
「ええ。それでお願いがあるのだけれど」
「ああ、なんだ?」
「私に名前をつけてくれないかしら?」
「……名前を?」
「ええ。過去の自分に訣別して、新しい自分を始めるために。あなたにつけてほしいの」
「あ、あの……私もお願いします」
キキョウの意外な申し出だったが、銀髪のエルフも同じように頼み、その表情はどちらも真摯的だった。
どうやら過去の弱い自分と訣別し、新たに強い自分になるための誓い──その第一歩というわけだ。
「そうか……わかった。──しかし、名前……名前か」
蓮夜は頷いて了承するものの即座に良い名前は思い浮かばない。
「──コードネームは、アルファ、ベータにしよう」
キキョウをアルファ、銀髪のエルフをベータというコードネームをつけ、あとは日常的に使う名前を考える蓮夜。
「新しい名前は、アルファがレイナ、ベータがシンシアだ」
レイナは女王の意味があり、シンシアは月の女神に由来している名前でふたりのイメージにぴったりだと蓮夜は思ったのだ。
「ありがとう、レンヤ。私はこれからアルファ、レイナと名乗るわ」
「あ、ありがとうございます、レンヤさま。私はベータ、シンシアとそれぞれ名乗ります」
キキョウ──アルファでありレイナは微笑を浮かべ、銀髪のエルフ──ベータでありシンシアは少し緊張しながらも微笑んだ。
§
レイナ、シンシアはそれぞれ訓練を開始した。
眷属になるにしろ、臣下になるにしろ、各々の適性がわからないことには進むべき道の選びようもないからだ。
まずは訓練という名のリハビリをしながら少しずつ適性を測っていくつもりだった。
そんななか、蓮夜は新たに目を覚ました銀髪の女の子──あの雪が降る結界内で保護したエルフの子に会いに来ていた。
「──初めまして。俺は黒崎蓮夜。レオンハルト・フェレスともいう。キミの名前は?」
「──私は……エミリア。ただのエミリア」
銀髪の女の子──エミリアは蓮夜の名乗りに応じた。
いろいろ検査した結果、エミリアはエルフだがハーフであることも判明していた。
また自分を傷つけないようにいまは、その強大な魔法力を封じている。
「そうか……ならエミリア。キミはどこまで覚えてる?」
「全部……」
「……そうか」
故郷が氷漬けになったことも、育ての母が殺されたことも覚えているようだった。
エミリアの育ての親であるフォルトゥナが、メフィストの古い友人だということには驚いたものだが……。
そのメフィストからもエミリアのことをよろしく頼まれており、自分のできることならば協力するとも言われていた。
「ならエミリア。何か行く宛はあるのか?」
蓮夜の問いにエミリアは首を横に振る。
「そうか……なら俺のもとに一緒にいるっていうのはどうだ?」
「……あなたのところに?」
「ああ、そうだ。俺のところには他にもエルフもいるし、あてもなく彷徨うよりかはいいと思うんだがどうだろうか?」
俯いていた顔を上げ、紫紺の瞳で見つめるエミリアに蓮夜はやさしく語りかけた。
エミリアは少し考えるそぶりを見せたが、小さく頷く。
「──うん。あなたのところでお世話になるわね」
そう言って微笑を浮かべるエミリアに、蓮夜はそっと手を頭に置いてやさしく撫でた。
「ああ、わかった。ゆっくりでいいからいまは休んでいるんだ」
「うん、ありがとう」
蓮夜の温かいぬくもりとやさしさにエミリアは、穏やかな表情で頷いた。
こうしてエルフ、ハーフエルフと立て続けに迎えることになるのだった。
To be continued
アルファとベータの名前は、もしかしたら訂正する可能性があります。
エミリアはようやく書くことができて満足です。
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