──ここは冥界。
紫色の空が広がり、悪魔と堕天使が二分する地球と同程度の規模を誇る異世界だ。
その一角、北海道ふたつ分ほどの面積の領地がある。
そこは黒崎蓮夜が上級悪魔として認められ、与えられた土地だ。
上級悪魔として認められると、『悪魔の駒』と土地をもらうことができる。
蓮夜が手に入れた土地は、かつて旧四大魔王と袂を分つ前に父メフィスト・フェレスが所有していた土地ではなく、未開拓の土地だった。
それは蓮夜が親の威光を翳さないために選んだ土地だが、普通の貴族が聞いたら正気を疑うことだろう。
なぜならその未開の土地は、冥界の悪魔領のなかでも五指に入るほどの危険地帯だからだ。
なぜそんな土地を選んだのかといえば、まずは防衛面からだった。
接している領地がないため、守るのが容易いのだ。
あとは未開の土地のほうが好きに開拓しやすく、手付かずの危険地域なため資源も豊富に残っている。
さらに魅力的なのは、森に棲みついている魔獣たちだ。
蓮夜はその魔獣たちを修業相手にしているのだった。
魔獣を斃し、服従させていくのだ。
ちなみに開拓は、蓮夜自身も所属し父メフィスト・フェレスが理事を務める魔法使いの協会、『灰色の魔術師』から何人か引き抜き、さらに引いた図面を蓮夜が魔法を使って実現させているため、恐るべき速度で開発が進んでいた。
そうして天谷家を出立し、イタリアに戻る前に冥界の所領を視察したあと、蓮夜は間に合わせの仮住まいで品のあるチェアに腰掛けて背凭れに背中を預け、淡い光を放つ円形の魔方陣を展開していた。
その魔方陣の紋様が連絡先の相手を象徴するへと変わった。
やがて魔方陣には、椅子に優雅に座った中年男の立体映像を映し出された。
赤と青の毛が入り混じった頭髪を隙間なく固め、切れ長の両眼は右が赤で左が青の虹彩異色。雰囲気はどこか妖しげなものが漂う。
わずかに強面な顔が、それに反するように破顔する。
『──やあ、蓮ちゃん。久しいねぇ』
見た目に反して軽い声音で気さくに声をかけたこの男、冥界では古参の悪魔──メフィスト・フェレスだった。
メフィストは、かのゲオルク・ファウストと契約した大悪魔であり、元七十二柱の悪魔ではなく、番外の悪魔に区分され、人間界で『灰色の魔術師』と呼ばれる魔法使いの集まる協会のひとつで理事を務めている。
初代ゲオルク・ファウストと契約したあと、初代が亡くなられたあとも人間界に留まり、旧四大魔王と折り合いが悪かったこともあってそのまま協会のトップに位置したのだ。
そう、この通信は魔法だった。
──魔法。
それはかの偉大な魔法使い、マーリン・アンブロジウスから始まった、悪魔の魔力を模した技術だ。
黒、白、召喚、精霊、ルーン文字式、各地域ごとの術式、それ以外にも多種多様な魔法があり、それを扱う魔法使いはそのなかから自らのテーマを決め、一生涯そこに心血を注ぐ。
魔法使いとは、基本的に自らの魔法研究を生涯に渡って磨き続ける魔導の探求者のことを指すのだ。研究を秘匿するかチームでやるか、研究のやり方も十人十色だ。
そんな魔法使いと悪魔の関係は古より太く濃いが、人間が悪魔を呼び出して契約するのとはわけが違う。
そんな魔法使いと悪魔の関係は、大きく三つに分けられる。
ひとつめは用心棒。
ふたつめは悪魔の知識が技術。
三つめが己のステータス。
魔法使いに利点が大きいが、大成すればその恩恵を悪魔側も受けられるため先行投資の面が強い。
そんな魔法使いの所属する協会のひとつを管理・運営するのがメフィストだった。
先の大戦で数を大きく減らした悪魔は、元七十二柱にすらその影響が出ており、断然した家系も少なくない。
その断絶した家系の子孫が人間を始めとした他種族と交わり、密かに生き延びていることがあり、現悪魔政府はさまざまな事情から彼らを保護している。
しかし、なかには疎まれたりすることもある。
蓮夜のように後ろ盾があってもその傾向があるのだから、後ろ盾がないことがどれだけ厳しいのかがわかるだろう。
「ああ、久しぶりだな、父さん。でも、その蓮ちゃんはいい加減なんとかならないのか? 俺もいい歳なんだか……」
『いやいや、僕にとってはいつまでもかわいい我が子さ』
何度めかの講義にもやはり何度めかのメフィストの返しに、蓮夜は半ば諦めたように嘆息する。
『まずは修業お疲れさま。成果はあったかな?』
「ああ、それはもう充分すぎるほどに」
メフィストの問いに蓮夜は頷きながらそう言った。
槍術や体術を磨き、剣術も新たに覚えた蓮夜は充実していた。
何より春恋と縁を結べたことは何ものにも変えがたいことだ。
『それは何よりだ』
メフィストも息子の身に纏うオーラから、その成長が窺えて笑みを深めた。
「それで、タンニーンのじっちゃんは元気か?」
それをこそばゆく思った蓮夜は、話題を変える。
『ああ、もちろん。蓮ちゃんのことも気にかけていたよ』
「そうか……」
『うん。蓮ちゃんも知ってのとおり、タンニーンくんは、滅びそうなドラゴン種族をできる限り救済したいと言ってきて、それをおもしろいと思ったから僕の「女王」の駒をあげたんだけど、僕ってゲームに参加しないし、冥界の騒動にも首を突っ込まないから、基本的に自由にさせてるけどねぇ。以前は、レーティングゲームに積極的だったけどね。いまは、冥界の自分の領地で後進のドラゴンの育成やらに励んでいるよ。やー、龍王の鏡だよ、彼は。ほんとに元気なものさ』
蓮夜の言葉にメフィストは、息子との久しぶりの会話が楽しいのか、長々と過去のことを含めて近況を口にする。
ちなみにレーティングゲームとは、近年実戦不足を懸念される悪魔たちの訓練も兼ねられた、さまざまなルールのもとに上級悪魔が率いる眷属悪魔同士を戦わせる興行であり、冥界の娯楽として最も盛んなものと言っても過言ではないものだ。
「それで、わざわざ連絡をくれたのは?」
『息子と久しぶりのコミュニケーションさ』
「それならもうすぐ帰るからできるだろう? わざわざ連絡してきたからには、何か用事があるはずだ」
『バレたか。うんうん。ちゃんと勉強のほうもがんばっているようで、我が子ながら感心感心っと』
蓮夜の察しの良さにうれしそうに何回も頷き、メフィストは笑みを深めた。
『蓮ちゃんは、うちの協会の執行人だ。それはわかっているね?』
「もちろんだ」
メフィストの問いに蓮夜は静かに頷く。
各魔法使いの協会には、はぐれ魔法使いのような違法な研究や、魔法使用者を追って粛正する者たちがいる。
その者たちは、みな実力が協会でも上位に位置する者ばかりだ。
なぜならはぐれ魔法使いの大半は、欲望のままに魔法を使う者たちばかりで、そういった輩は力ばかりやたらと強いため、それを追う者も当然実力者でなければならないからである。
蓮夜もそのうちのひとりで、メフィストから仕事を回されることも少なくない。
『その蓮ちゃんに仕事をいくつかこなしてもらいたいのさ。眷属探しや領地開拓で忙しいところ悪いけれどね。優秀な魔法使いは、いつだって不足がちでさ』
「かまわないさ。仕事することに文句はない」
『ありがとう、そう言ってもらえて頼もしいよ。若い子たちに無理をさせるのは偲びないけどね』
メフィストの様子に蓮夜は、気負わずに返す。
それだけはぐれ魔法使いも優秀な者が多いのだ。
その力や知識をもっと他に活かしてほしい、というのが協会の者たちの正直な意見だった。
『では、仕事をいくつか振り分けるよ。詳細は追って送るから確認してほしい』
「了解だ」
『何かあれば連絡をしてほしい。可能な限り便宜を図ろう』
「わかった。ありがとう、父さん」
『うん。それじゃあ、蓮ちゃん。またね』
そのやり取りを最後にメフィストとの通信が切れた。
そうして蓮夜が待っていると、いくつかの資料の束が転送されてくる。
蓮夜はそれをひとつひとつ確認していき、優先順位が高い順に上から並べていった。
「……よし、さっそくやるか」
自分にそう言って蓮夜は立ち上がった。
To be continued
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