違法研究所を壊滅させ、エルフを始めとした被害者たちを保護した蓮夜は、余計な者たちが来る前に転移魔法でその場を去った。
蓮夜が後宮として所有している超高層マンション、そこの地下へと被害者たちを収容し治療に関する能力を持つ恋人たちにあとを任せる。
蓮夜が頼りにする彼女たちならば適切な処置をしてくれることだろう。
何人かは完全に回復するはずだ。
そして蓮夜は次の任務へと向かった。
場所は某国の辺境の廃墟、そこに聳え立つ朽ちた城だ。
そこには強力な人外が住みつき、人間を食い物にしているという。
教会の悪魔祓いも派遣されているが、返り討ちに遭っているらしい。
蓮夜はその卓越した魔法の腕前で結界に穴を空け、音も気配もなく結界内部に侵入をはたした。
蓮夜は異界の空を瞬く間に翔け抜け、犯罪グループの拠点とされる街外れの廃墟の外に着地する。
蓮夜は廃墟の地面を、壁を足場にして獣のように音もなく駆け抜け、跳ね回る。
やがて古城の前までやって来た蓮夜は、その廃墟を見上げた。
強烈な魔のオーラが漂っており、不吉な様相を呈していた。
そうして蓮夜が古城を見上げていると、闇をも見通す悪魔の目がとあるものを捉えた。
城の壁が内側から吹き飛んだのだのだが、蓮夜はそれよりも注視すべきものを見つめていた。
──人だ。
意識がないのか全身の力が抜けているように手足を投げ出し、自由落下に身を任せている。
このままでは地面に叩きつけられて即死だろう。
否、仮に意識があってもあの高さから落ちては死は免れないだろうが……。
「……」
見捨てようかとも思った蓮夜だが、悪魔の瞳は克明にその人影を捉えた。
見覚えのある人物の姿に蓮夜は、認識したときには動いていた。
その場で跳躍すると落下してくる人影を受け止め、宙を蹴りながら衝撃を殺していき、地面に危なげなく着地してみせた。
短く呼気をつき、腕のなかの人物を見下ろす。
短く浅い呼吸を繰り返し、苦しげにしているのはいくつか歳上の美しい少女だった。
銀髪のロングヘアーをポニーテールに結い、豊かな胸部に押し上げられた戦装束は襤褸のようになっていた。
閉じられたまぶたの下には碧眼があることを蓮夜は知っている。
その相貌は汗と苦痛に歪んでこそいるが、誰もが振り向くような綺麗さとあどけなさが絶妙なバランスで同居した美少女だった。
歳の頃は蓮夜よりひとつか、ふたつは上だろう。
そんな彼女を受け止めた蓮夜の腕の感触、いつまでも衝突の衝撃がないことを疑問に思ったのか、少女のまぶたが開かれた。
「──ここは、私は…………ハッ!あ、貴方はあのときのっ!?」
意識が混濁していた少女は、蓮夜の存在に気づいて驚きの様相を見せる。
「久しぶりだな、シルファ。こんなところで何をしているんだ?」
蓮夜は少女──シルファへとそう返した。
少女の名はシルファ・ラングリス。
『剣聖』と称されるマルクオス・ラングリスを父に持つ少女だ。
蓮夜とシルファの出会いは、社交界の場だった。
そこは名だたる魔法使いや剣士、有力者などが集まる場で蓮夜はメフィストに、シルファはマルクオスに連れられて参加していた。
そこで少なからず交流を持ち、蓮夜とシルファは互いに面識があったのだ。
「ここで……っ、そうです! 私の仲間がまだ戦ってっ!」
前後の記憶が曖昧となっていたシルファは、蓮夜の問いにすべてを思い出した。
幼き頃より剣術を極めようと父親のマルクオスに指導してもらい鍛錬を積んでいたが、十五歳を迎える頃に修業場の森に生息していた魔獣をすべて斃してしまったことでマルクオスから旅に出ることを勧められ、かつての父と同じバウンディハンターになったこと。
はぐれ悪魔や自分を狙ってくる無法者や同業者を倒して着実に名を上げ、バウンディハンターとして活動しているうちにできた同性の仲間とともに、古城の攻略に乗り出したこと。
そこではぐれの吸血鬼を討伐したのだが、想定外の敵に遭遇し仲間を逃がすためにしんがりを務めたものの、すでに消耗していたこともあり、城外に吹き飛ばされ、間一髪のところで蓮夜に助けられていまに至る。
「私はすぐに戻らないとっ!」
「それはかまわないが……その想定外の敵っていうのはあれのことか?」
「──えっ? ……っ!」
初めてできた仲間を心配し焦燥に駆られるシルファだったが、蓮夜の言葉と視線を追うと古城の壁に空いた穴から現れる者がいた。
「──あら、助かっていたのね。残念だわ。死にかけていたら血を吸って楽に下僕にできたのに」
それはひとりの女だった。
黒のゴシックロリータ調のドレスを着込み、夜でもフリルの日傘を差した青白い肌の女。
「……吸血鬼か」
「あら、男? やぁね、汚らわしい」
そう言って取り出したハンカチを口元に当てて女は、蓮夜を蔑んだ瞳で見下ろす。
「おまえがこの古城の支配者か?」
「ええ、そうよ。新しい、という枕詞がつくけれどね」
蓮夜の問いに侮蔑はそのままに女は答えた。
「実は……」
シルファの説明をまとめるとこうだった。
シルファとその仲間に元の支配者たる吸血鬼が討伐され、そののちに悠々と現れたのがこの女だという。
「あんな低脳を父とは認めないわ。血を尊ぶあまりに下僕を作らず、衰退した吸血鬼など。この私はああはならない。私はたくさん下僕を作って人間界を支配してみせる。もちろん、下僕はみな、美しく、あるいはかわいい女の子のみよ」
そう言って笑った吸血鬼の女は、蓮夜を冷たく見下ろした。
「だから、私の支配する世界にあなたみたいな下賎な男は要らないわ」
その身に小さな紫電を纏い始める。
「跡形もなく焼き焦がしてあげる!」
黄金色をした小型の雷球が発生し、秒単位で大きさを増していく。
なるほど、全身に稲妻を纏ったのならば生粋の剣士であるシルファには、厳しい相手だ。
「さあ、まだまだ行くわよ!」
すでに自身の身長とほぼ同じ直径となった雷球に霞んで見えるが、吸血鬼の女さらに力を込めていく。
雷球は音を立てて膨張し、密度も濃く直径二メートルを超えている。
それは上級悪魔の魔力にも匹敵する魔法だ。
「あなたのような男は、私が支配する世界に必要ないのよれ
放電音がいまにも弾けそうなほどに高まっていく。
「どう、これが魔法の限界点よ」
雷球は肥大化し、短い雷が吸血鬼の女の肌からも放たれている。
その力は最上級悪魔にも迫るほどだ。
「さあ、絶望とともに消えなさい!」
吸血鬼の女が小さく力んだ瞬間、極大の雷球が放たれた。
雷速で迫るそれに対して、蓮夜は呆れたように言う。
「単に上級魔法の範囲を変更し、広範囲魔法を単体魔法に置き換えただけじゃないか。それはおまえの限界点だろう」
そう言って蓮夜は、小さな紫電を迸らせた。
それだけで極大の雷球は絡め取られ、蓮夜の支配下に置かれた。
「術式もまだまだ甘い」
さらに蓮夜は支配した雷球の術式を弄り、少ない魔法力で威力も範囲も倍以上にして使えるようにすると、そのまま相手へ撃ち返した。
「──は?」
あまりの早業に呆然も一瞬、そしてそれは致命的な隙だった。
雷速で迫る雷球は、躱す暇もなく吸血鬼の女に着弾する。
「あああああああっ!? そ、そんなっ、こ、こんなっ、こんなものぉぉぉっ! こんな、ものぉっ!」
「ああ、まったくだ。その魔法はこんなものでしかない」
雷速に押されて上昇していく吸血鬼の女に、蓮夜はつまらなさそうに返した。
「い、いったい、こんな魔法っ、いつの間に魔方陣の構築をっ」
「いや、初級魔法に魔方陣は要らないだろ」
「い、いえっ、要るでしょうっ!? 初級魔法、にもぉぉっ!」
あまりに隔絶した実力差を理解したと同時に雷球が弾け、吸血鬼の女は雷電に呑み込まれて消えた。
天を駆け巡る稲妻は、吸血鬼の女を再生の余地もないほどに焼き尽くした。
「終わったか。さて、あとはおまえの仲間だな」
「──ぇ、あ、は、はい!」
あまりの光景に呆然としていたシルファは、蓮夜の言葉に正気を取り戻し頷く。
蓮夜はシルファを魔法で浮かせ、ともに浮上していくと城壁に空いた穴から古城内へ入った。
「──シルファさん!」
「っ! ルーナ!」
城内を捜索していると、シルファと同い年ほどの女の子がボロボロの状態ながら、声を上げた。
シルファもそちらへと駆け寄っていく。
シルファは持っていた回復薬でも治ったが、ルーナと呼ばれた女の子のほうはかなり傷が深い。
「そんな……どうしたら」
駆け寄ったシルファは、ルーナの傷の深さに悲嘆する。
「私は、いいんです……シルファさんが無事でしたから」
「そんなこと……っ」
悲壮な空気のなか、蓮夜もそちらへ近づいていく。
「貴方ですか? シルファさんを助けてくれたのは。ありがとうございます」
「ああ。あとはそちらだけだ」
「私は、いいんです。この傷では、もう……きゃっ!? 冷たっ」
話の途中、悲劇的な雰囲気のなか、一刻を争うと蓮夜は手にした小瓶の蓋を開け、中身をルーナへ振りかけた。
頭からかかる液体に声を上げるルーナだったが、気づけばその傷がたちどころに癒えていくことに気づいた。
「あ、あの傷がこんな一瞬で……まさか、幻のアイテム、『フェニックスの涙、ですか!?」
その正体に気づいたルーナは、驚きの声を上げた。
シルファも目の前の現象や、秘薬の存在に驚きから目を見開いている。
フェニックスの涙は、その名のとおりに元七十二柱のフェニックス家に連なる悪魔が精製することができる、悪魔の世界の秘薬だ。
どんな傷も癒すが、その効能から貴重であり、それだけ高価なものだ。
実際名だたる魔法使いはおろか、悪魔でさえもなかなか手に入りづらい。
もはや伝説に片足を突っ込んでいる秘薬の登場に、ルーナもシルファも驚きは大きかった。
「まぁ、助ける手があったからな。シルファとは顔見知りだし、その仲間なら死なれたら寝覚めが悪い」
「それだけでこんな貴重なものを……貴方は高名な魔法使いか、悪魔ですか?」
「そうでもないさ」
蓮夜の態度にルーナは、ますます感銘した様子だった。
「ありがとうございます。おかげさまで助かりまたした。あらためまして、私はルーナ・フロックハートと申します。このお礼はいずれ必ずさせていただきます」
ルーナだけでなく、シルファも深く頭を下げていた。
「気にしないでいいが……そのときは遠慮なくもらおう」
そう言って蓮夜は肩を竦め、微笑を浮かべるふたりに言葉を続ける。
「あと、いくらフェニックスの涙でも失われた体力や血は戻らない。病院に行く──いや、送ってやる。俺はまだやることがあるからな」
「何から何までありがとうございます」
「ありがとうございます」
ルーナとシルファは深く頭を下げた。
それをこそばゆく思い、蓮夜は魔方陣を展開する。
ルーナとシルファに認識阻害をかけ、同時に転移魔法も発動させた。
「近くの街の付近まで転移させる。認識阻害をかけてあるから誰に見られる心配もないが、必要なくなったら解除しておけ」
「はい。ありがとうございます。このお礼はいずれ必ずさせていただきますね」
「私もこのお礼は必ず」
なおも言うルーナとシルファに頷き返し、蓮夜はふたりを近くの街まで転移させた。
立ちのぼる転移光に包まれたシルファとルーナは、やがてその光の向こうへと消える。
ふたりを近場の街にまで送った蓮夜は、踵を返すと城内を進んでいくのだった。
シルファ、そしてルーナとの再会はそう遠くないことをこのときの蓮夜はまだ知る由もなかった。
§
シルファ・ラングリスは、黒崎蓮夜との出会いを忘れない。
初めて会ったパーティで才能に恵まれ、誰よりも努力している強くて、どこか寂しく感じる少年のことを。
ずっと気になっていてこれまでは、蓋をしてきたのだが今回蓮夜と再会し、助けられたことで我慢できなくなった。
(いずれ、また必ずお会いしに行きます、レオンさま)
そう決意するシルファとの再会は、案外そう遠くない。
このときに自分を助けてくれた蓮夜にシルファは明確な好意を抱いた。
のちに蓮夜の父であるメフィストの古き友人シルファの父マルクオスのツテを頼り、蓮夜に再会し彼に頼み込んでメイド兼眷属にしてもらうのだが、それはまた別の話だった。
To be continued
『シルファ・ラングリス』表記は誤字ではないです。
励みになりますので本編、外伝ともにお気に入り登録、高評価のほどよろしくお願いいたします!