蓮夜はいま、冥界の自分の領地で営む病院を訪れていた。
蓮夜の領地は、上級悪魔として『悪魔の駒』を下賜された際に得たものであり、前四大魔王と仲違いする前の父メフィストが保有していた領地とは違う土地だ。
ゆえに未開拓であり、蓮夜が魔法を始めとした技術を投入して開拓並びに開発をしており、数年でかなりの発展を実現し、今日訪れた病院もそのうちのひとつだった。
ここには、女性陣のみが勤め、女性のみが入院や治療に診察が可能な場所で領民だけでなく、なんらかの事情から保護した者なども利用している。
あの銀髪のエルフの少女もここへと運び込んだ。
検査するとエルフではなくハーフエルフであることがわかったものの、体には魔法力の過剰な発露による疲労以外はなかった。
しかし、精神的な疲労は大きく、傷も負っているためいつ目を覚ますかはわからず、仮に目覚めても暴走する危険性がある。
なんにしても時間が解決するのを待つしかないという診断結果だった。
蓮夜は保護したまだ名前も知らない銀髪のハーフエルフの少女をしっかり面倒を見るように言い含めたあと、鍛錬していた。
クー・フーリンのおかげで七日程度ならば休むことなく全力疾走するだけのスタミナが身についているが、蓮夜はどんなときも日課の鍛錬を休むことだけはしなかった。
ストップ&ゴーによる過負荷全力疾走をしながら、蓮夜はさまざまな体術の型、技の反復練習をする。
槍にしろ、刀にしろ、振るうのは己の体であり、武器は体の延長線上であり、一部だ。
近接戦をするならば己の体こそが基本にして奥義たるものなのだ。
疾走しながら体術の動きから魔槍を創りだし、流れるように振るう。
こんなふうに鍛えている蓮夜は、転生悪魔や一部の上級悪魔を除けばかなりの異端児だろう。
だが、蓮夜からすれば悪魔の駒が生まれた経緯などを考えれば──そうでなくとも蓮夜は努力をするのが好きだが──当然の帰結だった。
そんなふうに鍛錬をしていると、同じように走り込みをしているひとりの男がいた。
黒の短髪に紫色の瞳をした、体格のいい美丈夫だ。
お互いに並走していると、抜かし合いの全力疾走が始まり、山をいくつも登り降りしながら走っていく。
登山と下山を全力疾走しながら繰り返して十個の山を踏破したあと、ふたりはようやく脚を止めた。
「──久しぶりだな、サイラオーグ」
「──うむ、そちらも壮健なようだ、黒崎蓮夜」
そう言い合って向かい合ったふたりは、固く握手を交わす。
美丈夫──サイラオーグ・バアルと、混血悪魔の黒崎蓮夜の出会いは、数ヶ月前のことだった。
いまのように走り込みしていたサイラオーグを蓮夜が抜いたのが始まりだ。
サイラオーグも負けじと抜き返したが、また蓮夜が抜き返しと、それを繰り返しているうちに交流を持つようなになった。
元七十二柱の第一位『バアル』家に生まれながら、魔力特性を継げなかったサイラオーグ。
『番外の悪魔』として生まれながら、混血で神器を所有した蓮夜。
身分差はあれども境遇が近く、お互いに鍛錬する同世代の男性悪魔とあって、ふたりはすぐに意気投合するようになり、いまに至るまで交流が続いている。
「それで、そっちは最近どうだ?」
「変わらずだ。俺にできることはあまりに少ない。ゆえにこの身を鍛え続けるのみだ」
蓮夜の問いに悲観も卑屈もなく、サイラオーグはそう言って笑った。
「相変わらずで何よりだ。俺も変わらず自分を鍛えながら目的に向かって進んでいるよ」
「そうか。お互いに夢、目標に向けて邁進しているようだな。そんなおまえとは、いつか大きな舞台で戦える日が来ることが楽しみだ」
「まだ俺は、眷属のひとりもいないのにか?」
「おまえならば問題ないだろう。すぐに実力のある眷属が揃うさ。もちろん、俺の眷属には負けるがな」
「言ってろ。おまえの眷属にも勝る眷属を集めてみせるさ。たとえ出だしが負けていても、がんばれば上回るだろうしな」
「ふっ、それでこそ黒崎蓮夜。我がライバルたる男だ」
蓮夜とサイラオーグは、楽しそうに言葉を交わしていた。
大王家の悪魔と混血の悪魔だが、お互いの間にそんなしがらみはどこにもなかった。
あるのは確かな友情と、何よりも戦闘意識的なところに起因した認め合いだ。
この男ならばと、お互いに疑いようもなく信じていた。
「さて、俺はそろそろ行くぞ」
「ああ、またな、サイラオーグ」
「うむ、また会おう、黒崎蓮夜」
しばしの談笑をたあと、ふたりはそれぞれの道に向かって再び駆け出した。
このふたりが正面から向かい合うのは、実にいまから四年後となる。
§
サイラオーグと再会して数日、五月も初旬の頃だった。
いろいろと意識が高まった蓮夜は、冥界から人間界の各地にある拠点のひとつへと移動していた。
そこで人間界の新鮮な情報を収集しているのだ。
人間たちには理解できない、あるいはただの事件と片付けられていることも、異形や異能に理解ある者が見ればそちらの関係したことだとわかることがある。
蓮夜はネット、雑誌、新聞といった方面から多角的に人間界で起きた事件を洗い出していた。
「……これは」
蓮夜が目にしたのは、テレビに大々的に報道されたニュースだった。
陵空高校という日本の高校二年生二百三十三人を乗せた豪華客船、ヘヴンリィ・オブ・アロハ号が海上事故により沈没したという内容だ。
蓮夜が冥界にいた間に起きた事件であり、生き残りは修学旅行当日に参加できなかった十人にも満たない生徒だけらしい。
海難事故に見えるだろうが、蓮夜はニュースの内容の端々に違和感を覚えていた。
蓮夜は魔法術式を流してインターネットに接続し、電子上の隠蔽された情報を気づかれることなく抜き取る。
陵空高校二年生二百三十三人を乗せた豪華客船の沈没事故は、蓮夜の予想どおり海難事故などではない。
計画された襲撃による結果だった。
「五大宗家……のはみ出しものが集まった組織『空蟬機関』か」
いにしえより日本の異能、異形に関する秩序を護る五つの家系、すなわち──姫島、櫛橋、童門、森羅、百鬼からなる五家は、四神と黄龍をそれぞれ司り、御家ごとに五行も司っている。
その属性の加護を得られない者は家を追放され、なかでも不平不満を抱えた輩が集まったのが『空蟬機関』だ。
この組織は、五大宗家への復讐のためにある神器を狙い、その神器を持つ生徒がいる陵空高校を修学旅行のタイミングで襲撃したようだった。
ここまでわかったのは、蓮夜が『空蟬機関』とは別の組織が隠蔽工作をした形跡を見つけたからだ。
「……堕天使も関わっているのか」
理由はわからないが、グリゴリが介入しているらしいということに蓮夜は目を細めた。
「つまりは、この生き残りに『空蟬機関』とやらの狙っている神器があるわけか」
それが何かまではわからないが、蓮夜はろくなものじゃないだろうと感じていた。
「……情報は適宜収集するとしようか」
そう決めた蓮夜は、いまはどうしようもないとこの件に関しては保留にするのだった。
事態が本格的に動きだすのは、実にこの二ヶ月後になる。
To be continued
というわけで、サイラオーグの登場でした。この関係は本編でも継続しています。
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