オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。エリクサーがエンディングまで余るタイプ。おかげで鎮守府は資材が有り余っている。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・吹雪:初代秘書艦。オタ提督とは海岸で拾われるという出会い方をしている。
・夕張:先日、オタ提督に女性限定のTRPGコンベンションを紹介されて参加。しかし、「クレイジーハードコア腐女子」というあんまりな事前情報を伝えられていたことが判明。後日、「提督はどこだ!」と一時期のこち亀(80巻~100巻くらい)の部長みたいな行動をとっている夕張が目撃された。尚、今回は登場しない。



オタ提督と製菓会社の陰謀の日

「あー、今日はバレンタインなんですねー」

 

 のんびりと鎮守府の廊下を歩きながら、駆逐艦吹雪は一人そう呟いた。

 今日は2月14日、バレンタインデーである。

 鎮守府ではオタ提督(以下、提督)が着任して以来、「バレンタイン禁止令」が発令されて久しい。

 うっかり気を利かせた艦娘達が提督宛に義理チョコを与えまくったら大変なことになるからという配慮と、提督の私情から出された命令である。

 せっかくのイベントをと思わなくもないが、わからないでもない理屈なので大抵の艦娘は命令に従っていた。

 ただし、何事にも例外は付きものだ。

 

「ヘーイ、ブッキー! 今日も元気ですネー!」

「あ、金剛さん。おはようございます」

「オー、ブッキー、提督がどこいったか知りませんカー?」

 

 話しかけてきたのは戦艦金剛だ。どういうわけか、ごく最近、彼女は吹雪のことをブッキーと呼ぶようになった。何か心境の変化があったのだろう。

 愛称で呼ばれるのは何か嬉しいし、金剛相手に詳しい事情を尋ねるのも無駄っぽいので吹雪はそのまま流している。

 

「今日はまだ見かけていませんが。どうかしたんですか?」

「勿論、私のバーニングラブを渡すためネ!」

 

 そう言って金剛は上品な感じに包装された箱を出して見せた。

 考えるまでもなく、チョコレートだろう。

 いかに提督がバレンタインを禁止しても、彼女のような人物の衝動を止めるのは不可能なのだ。

 

「せっかく禁止したのにチョコ渡そうとする人が多いから、司令官は逃げたんだと思いますけど……」

「相変わらずシャイな提督ネー。草の根わけても探し出してやりますヨー」

「あはは……」

 

 テンション高めな金剛が去っていき、後には苦笑いの吹雪だけが残された。

 

「お姉様は行ったようですね」

「うわ、いたんですか比叡さん!」

 

 突然現れたのは金剛型戦艦の比叡だった。そういえば、彼女にとって今日ほど大事な日はないだろう。姉に本命チョコを渡す算段をしているに違いない。

 実際、艦娘同士のチョコの交換は禁止されていないのでそこら中で行われているのだ。吹雪も先程、何人かとチョコを交換した。

 

「あの、比叡さんもチョコを?」

「勿論です! 姉様と、一応提督にもです」

 

 そう言って、二つのチョコを取り出して見せる比叡。一つは市販のもの。もう一つは不器用ながらも手作業でラッピングされたものだ。

 

「あ、この手作りのが金剛さん用ですね。相変わらずの姉妹愛ですねぇ」

「違いますよ」

「え?」

「この市販のものが金剛姉様の分です。提督には、こっちの失敗作こそ相応しい……」

 

 姉とは別ベクトルながらも、元気でテンション高めの彼女らしからぬ暗い瞳でそう言い捨てた。

 比叡は気合いを入れて料理すると大変なことになると評判だ。金剛用に気合いを入れてチョコを作り、結果として提督用になったのだろう。

 

「あの、あんまり司令官の体に悪い物は……」

「大丈夫。死にはしないから。む、お姉様が見えなくなりましたね。提督に接触する前にどうにかしなければ!」

 

 吹雪の言葉に適当に答えると、比叡は風のようにその場から去っていった。

 

「あー、まあ、大丈夫、かな?」

 

 経験上、比叡のこの手の行動は成功率が低いので、吹雪は気にしないことにした。

 

 ☆

 

 次に会ったのは正規空母の加賀だった。

 場所は駆逐艦寮の近くだ。空母の艦娘と遭遇するのは割と珍しいエリアである。

 

「吹雪さん、提督はこちらにはいないようね」

「あ、加賀さん。加賀さんも提督にチョコですか?」

 

 どうやら加賀も提督を捜して鎮守府内を徘徊しているらしい。吹雪は彼女がここにいる理由を、そんな風に察した。

 

「何を言っているの? 規則で提督にチョコを渡すことは禁止されているでしょう」

「そ、そうですね。それじゃあ、何の用ですか?」

 

 吹雪の問いに、加賀は無駄に誇らしげに宣言した。

 

「規則を破って提督にチョコを渡す子が沢山いるだろうから。お裾分けしてもらいに来ました」

「そこは予想してるんですね……」

「勿論です。赤城さんもお腹を空かせて待っています」

「一航戦って……」

「何か問題でも? そういえば、吹雪さんは赤城さんに憧れていたような覚えがあるのだけれど。チョコの用意などしていないの?」

「? 何のことですか? 空母の皆さんは勿論尊敬していますけど。私が憧れてるのは扶桑さん達ですよ」

 

 鎮守府の制空の要である正規空母は尊敬している。赤城も加賀も立派な艦娘だ。

 しかし、吹雪が憧れているのはどちらかといえば扶桑姉妹なのである。

 吹雪の言葉を聞いた加賀は、膝から崩れ落ちた。

 

「……そんな馬鹿な。情報に誤りが」

「あ、なんか、すいません……」

 

 頭を下げる吹雪。

 対して加賀は素早く立ち上がり、短く咳払いをすると、いつものクールで済ました口調で言う。意外と切り替えが早い人なのだ。

 

「いえ、いいの。私の思い違いだったようだから。とにかく、提督宛のチョコがあったら私達に少し回してくれると嬉しいわ。特に赤城さんが」

「はあ、わかりました」

 

 相変わらず、たまに態度と発言の内容が噛み合わない人だ。吹雪はぼんやりとそんなことを考えた。

 

 ☆

 

 次に出会ったのは秘書艦の軽巡洋艦、球磨だった。

 場所は食堂近く、執務室で仕事をしているだろう時間だったので、珍しいタイミングだ。

 

「吹雪、ここにいたクマかー」

「あ、球磨さん。どうしたんですか?」

「どうもこうも無いクマ。提督がいなくて困ってるクマ」

 

 なるほど。珍しいタイミングで会うわけだ。

 吹雪は球磨の事情を瞬時に把握した。

 事情は違えど、彼女もまたバレンタインから逃げ回っている提督を捜しているわけである。

 

「やっぱり逃げましたか、司令官」

「察しが早くて助かるクマ。メールとかで指示は来るクマが、トラック泊地の件なんかで溜まった業務が滞って困るクマ」

 

 球磨が話しているのは先日発生したトラック泊地襲撃のことだ。久しぶりの大規模作戦になり、鎮守府にもまだその影響が色濃く残っている。特に提督の残務処理などが。

 そんな中で行方不明になられて、球磨はさぞかし迷惑しているのだろう。

 

「明日になれば出てくると思うんですけど、今どこにいるのやら」

「全く、困ったものクマ」

「あはは。そうですね。そういえば、球磨さんは提督にチョコをあげたりしないんですか?」

「こう見えて、球磨は規則には従うクマ。秘書艦が率先して規則を破るわけにはいかないクマよ」

「確かに、そうですね」

 

 口調で誤解されがちだが秘書艦を任されるだけあって、球磨は意外と真面目なのだった。

 

「仕方ない。今日は提督無しでできるだけ仕事を片付けることにするクマ。提督は明日会ったらぶっ飛ばすクマ」

「て、手加減してくださいね」

「そこは大丈夫クマ。それじゃあ吹雪、頑張るクマよ」

「わかりました」

 

 そう言って球磨は去って行った。

 

 

 鎮守府の各所には提督の隠し部屋がある。言うまでもなくそれらの部屋には提督自慢のあれこれのコレクションが納められており、質も量も万が一艦娘に見つかったらちょっとただではすまないレベルだ。

 そんなわけで提督は巧妙かつ慎重に隠し部屋を増設しているのだが、ある例外が存在した。

 

「パスワード。変えてませんよね」

 

 吹雪である。

 彼女は提督の私室の屋根裏部屋にある隠し部屋。そこにつけられた電子ロックのパスワードを入力していた。

 提督との付き合いが長い彼女は、いくつかの隠し部屋とその入り方を把握していた。勿論、そのことを提督は了承している。無駄に付き合いが長いからこその信頼関係だ。

 

「良かった。開きました」

 

 入力したパスワードを受けて、電子ロックが解除されたのを確認し、吹雪は安堵の溜息をつく。

 時刻は深夜、そろそろ日付が変わりそうだ。

 提督は結局、バレンタインを完璧に逃げ切ることに成功した。

 

「こんばんは。やっぱりここにいたんですね」

「なんだ、来たのか」

「そろそろ日付も変わりますから。様子くらい見ておこうかと」

 

 隠し部屋は外の様子が見える小さな窓と大量の段ボールがあるだけの、殺風景で狭い場所だった。その窓にしても、灯りが漏れないように暗幕が引かれている。

 この部屋は提督が鎮守府で一番最初に作った隠し部屋だ。提督が鎮守府内を逃げ回る場合、最終的にここに来ることを、吹雪だけは知っていた。

 くつろいでいたらしい提督の隣に座ると、吹雪に缶コーヒーを一本くれた。

 

「チョコ、受け取ってあげればいいじゃないですか。金剛さんとか凹んでましたよ」

「すまないとは思うが。下手に受け取って面倒なことにならないか心配だ」

「今更バレンタイン解禁とかしたら、大変なことになりそうですね」

「最初から軽く宴会でもする行事にしておけば良かったかもしれないな」

 

 缶コーヒーを開けて、飲みながら話す二人。

 鎮守府が大所帯になり賑やかになるにつれ、提督と吹雪はたまにこの部屋で話すようになった。

 そして、二人で鎮守府にやってきた頃の静けさと穏やかさに思いを馳せるのだ。

 最初にたまたま吹雪がこの部屋を見つけ、エロ同人誌を読んでいる提督を殴り飛ばしたのも今では良い思い出だ。

 

「さて、川内も静かになったようだし、そろそろ戻るかな」

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 提督を呼び止めると、吹雪は包装された小さな箱を取り出した。

 箱の中身は、チョコレートであることは明らかだ。

 

「おい、チョコは」

「もう日付変わってますから。これはバレンタインのチョコじゃなくて、日頃の感謝の気持ちです」

 

 提督はチョコの箱をしばし見て、苦笑しながら言う。

 

「そういうことなら、ありがたく貰っておこう」

「そうしてください」

 

 提督がチョコを受け取ると、二人は部屋の外へと歩き出した。

 抜け駆け気味にチョコを渡した吹雪だが、球磨だけはこの件を察していたように思う。会った時、去り際に「頑張るクマよ」と言っていた。

 そういえば、提督は逃げ回っている間、何をしていたのだろう。

 目的を果たした満足感とちょっとした好奇心から、吹雪は聞いてみることにした。

 

「そういえば、提督は今日一日何をしていたんですか?」

「コレクションの整理だ。最近忙しくて薄い本を読む暇が無かったからな。それはもう久しぶりだから盛り上がって後半は仕事を忘れたね」

 

 とりあえず、吹雪は提督を殴り飛ばした。


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