・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。春アニメで話題になったおっぱい紐について哲学的な思索に耽っている。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・金剛:問答無用で提督に思慕の念を抱いている戦艦の艦娘。アプローチが積極的すぎてオタ提督には引かれている。
・雷:人を駄目にする艦娘の才能がある駆逐艦娘。
・大淀:眼鏡。
・夕張:Gのレコンギスタを最終回まで見たが、富野アニメ初心者であったためポルナレフ状態。その様子を提督に鼻で笑われて着実にストレスを溜めている。正直、夕張に落ち度は無い。尚、今回は登場しない。
この鎮守府ではオタ提督(以下、提督)が隠し部屋を持っているように、艦娘達にも秘密の部屋が存在する。
「ヘーイ、雷、お待たせしたネ」
「待っていたわ、金剛さん!」
鎮守府の一室、極力外部に明かりを漏らさない工夫を施された部屋で、戦艦金剛と駆逐艦雷は待ち合わせをしていた。
「それで金剛さん、例のものは?」
「フフフ、ばっちりデース」
雷に答えながら金剛は彼女らしくない無骨なデザインのリュックサックを床に置いた。どすん、と鈍い音が響いたことからそれなりに中身が詰まっているのがわかる。
「すごい……こんなにたくさん」
素早く中身を確認した雷が感嘆の声を上げ、これなら大丈夫ね、と彼女は付け加えた。
「大枚はたいて青葉に持ってきてもらったデース」
リュックの中に入っているのは提督のコレクションである薄い本だ。
この二人は、提督の好みを把握するために、薄い本のコレクションに手を出したのである。
ちなみに青葉経由で持ってきて貰い、後でこっそり返してきて貰う予定である。金剛はそこまで含めて料金を払った。
「こ、これを読めば司令官の好みの女性がわかるのね……」
「そうデース。提督の女性の好みから夜の好みまでバッチリデース。グフフフ」
あの提督相手に何が二人をそうさせるのか問いたくなる行動力である。本人達としてはライバル達に差をつけるためにやむなくとった作戦なのかもしれないが、提督に好意的な艦娘以外が見れば「なにもそこまで」と言われる状況であろう。
「じゃあ、さっそく……」
ごくり、と喉を鳴らしつつ薄い本に手を出す雷。しかし、その手を金剛が止めた。
「金剛さん?」
雷が見ると、金剛は「雷用」と付箋の貼られた薄い本を持っていた。
「過激すぎる内容だと雷が危険ですカラ、青葉に事前に選別して貰いました。……分別しても内容はそれなりデス。覚悟はいいデスカ?」
一応、青葉や金剛的にも駆逐艦にエロ本読ませることに思うところはあったようだ。ギリギリのところで良心を発揮したらしい。
対して、雷は覚悟を決めた女の顔で言った。
「大丈夫。覚悟は出来てるわ」
数時間後。二人は提督秘蔵の薄い本を全て読破。
途中、内容がアレでアレすぎてオーバーヒートしかけたが、二人は並々ならぬ執念でその試練を乗り越えた。
「や、やり遂げたデース」
「うぅ……裸が……裸が……」
だいぶ心にダメージを受けた様子だ。
「そ、それで金剛さん、提督の好みだけど」
「……いっさらさっぱりわからなかったデース」
提督は作家買いするタイプなのだった。二人にとって残念なことに、提督は好きな作家の描いた薄い本を優先して購入するため、そこに女性の好みは現れにくいのである。
ついでにいうと好きな作家のタイプも「何となく気に入ったから」なので青葉が集めてきた薄い本の内容はエロやらギャグやらシリアスやら大変なことになっていた。
「オー、ゴッデス。私にどれだけの試練を与えれば気が済むのですカ……」
「一体どうすれば司令官の好みの女の子になれるのかしら……」
落ち込む二人。
しばらくして、うなだれていた金剛が顔を上げて、座った目つきで言う。
「こうなったら最後の手段デス」
「最後の手段?」
怪訝な顔をした雷に、金剛は目をグルグルさせながら宣言する。
「普段、提督の近くにいる艦娘から提督の好みを聞き出すデース!」
「そ、それよ金剛さん! なんで気づかなかったのかしら!」
「当然ネー! ライバルに頼るわけにはいかないからネー!」
秘書官の球磨、提督と秘書官をサポートする大淀などは一番提督と親しい艦娘といえる。
それは同時に提督争奪戦の一番の強敵であることも意味する。おいそれと頼るわけにはいかない。金剛が勝手にそう思ってるだけだが。
「そ、それもそうね。でも」
「もう手段は選んでられないネー!」
積極的にアプローチするも提督から芳しい反応を得られないので、金剛なりに焦っているのだ。
「そうと決まったら早速行動ネ! 花の命は短いから迅速に行くデース!」
「ま、待ってよ。私も行くんだからー!」
無軌道な情熱の塊となった二人が隠し部屋を飛び出した。
☆
軽巡大淀は提督と秘書艦を支援する立場にある艦娘である。そのため、居場所に当たりをつけるのはそれほど難しくない。
金剛達は資料室に一人入っていく大淀を発見し、素早く部屋の中に飛び込んだ。
「大淀さん、発見!」
「ナイスよ、雷! ヘーイ、大淀ォ!」
「珍しい組み合わせですね。何か御用でしょうか?」
突然の来客に対しても余裕の態度を見せる大淀。普段から提督の奇行を見慣れている故の対応である。
「ちょっと聞きたいことがあるネー」
「なんでしょう?」
「提督の女性の好みのタイプを知りたいの!」
「ふぇ?」
二人の言葉は想定外だったらしく、珍しい声を出す大淀。それを気にせず、金剛達は話を進める。
「私達、提督のためにもっと自分を磨きたいネー」
「大淀さんなら提督と付き合いも長いし、知ってると思って」
「ちょ、ちょっと待って下さいね。あ、どうぞ、座ってください」
そう言って、大淀は二人を近くにあったテーブルに案内し、自身はお茶の準備を始めた。
「なるほど。理解しました。つまり、提督とお近づきになるために好みを把握したいと」
お茶とお菓子をひと通り味わいながら話を聞いた大淀は、ようやく得心したようだった。
「その通りネー」
「よろしく頼むわ!」
なぜあの提督に対してそこまで必死に、という顔を一瞬して、すぐに戻す大淀。恋愛は自由だ。
「そうですね。提督の好みのタイプは……えーと……えー……」
「もう、焦らさないでよ、大淀さん!」
「うーん……」
「もったいぶるのは良くないネ!」
「……すいません。提督の女性の好みについて、全く思い当たりません」
期待に満ちた目で問いかける二人に対して、大淀は心底申し訳無さそうに言った。
どうやら、本当に心当たりがないらしい。
「なん……ですって……」
「どういうことネー! 提督はよく皆と女の子について話してるはずネ!」
「それです。提督が話すのは主に、漫画、アニメ、ゲーム、小説の登場人物に関してなのです」
「はい?」
疑問顔の二人に対して、大淀はすらすらと答える。
「例えば、先日はメガネについて私に熱く語ってくれました。曰く、『眼鏡がキャラクターの根幹を成している場合、よほど特別な理由なく外すことは、何らかの心理的変化が提供されないと許容することは難しい。また、外見レベルを上げるためだけに最初から眼鏡を外すことを前提として作られているキャラクターには悪意を感じる。そういう輩は敵だと思っている。わかるな、大淀』という感じです。わかりません、と即答しましたが」
「司令官はたまに難しい話をするわね。全然わからないわ」
「私にもちょっと難しいネー」
提督の会話の内容は特に重要ではないのですが、と提督の発言を全て切り捨てた上で、大淀は言わんとする所の説明を続ける。
「つまりですね。提督が話して褒める女性像というのは基本的にフィクションの中の存在なんです」
「ふむふむ」
「ですから、残念ながら私も提督が現実の女性について語っている場面を見たことがありません」
「オーマイガー」
「なんて……こと……」
膝をついて項垂れる金剛と雷。
「大淀さんなら何か知ってると思ったのに。流石は司令官ね」
「難攻不落デース」
「お役に立てなくて申し訳ありません」
「謝ることじゃ無いデース」
「そうよ。私達が勝手に聞きに来たんだから!」
重ねて謝罪する大淀に、金剛達は素早く立ち直って返した。立ち直りの早さは二人の美点だ。
「しかし、提督の女性の好みを把握していそうな艦娘ですか。可能性が高いのは、秘書艦の球磨さんなどではないでしょうか」
「確かに、確実そうね」
「クマーは提督の一番近くにいるライバルですが、この際四の五の言ってられませんネー」
大淀の話はいちいちもっともだと、頷きながら二人は次の目標を定める。
「球磨さんなら、ちょうど執務室に一人でいるはずですよ。提督は見回りなので」
「チャンスね! 金剛さん!」
「サンキュー! 大淀! ちょっと執務室に行ってくるネ! そして、提督のハートを仕留めるネー!」
「仕留めるだと死んじゃうわよ! 金剛さん!」
今が好機だとばかりに、どやどやと部屋から出て行く二人。
後に残された大淀は、疲れた様子で溜息をつくのだった。
☆
執務室についた金剛と雷は、ノック無しで入室した。
「失礼するわ!」
「ヘーイ! 秘書艦! 提督がいないのはわかってるネー!」
「な、なにクマ! 球磨の貴重な安息タイムが粉砕されたクマ!」
一人でコーヒータイムを楽しんでいたらしい球磨が、物凄いびっくりしていた。
「ちょうどお茶してるわ!」
「話を聞くのにちょうどいいタイミングですネ!」
「こ、金剛さんと雷クマか。何か用クマか? 提督なら見回りだから、その辺にいると思うクマよ」
来客者とその目的を素早く察知した球磨が若干面倒くさそうに二人にそんなことを教えてくれた。お前らの大好きな提督は向こうだから球磨を休ませるクマ、という感じだ。
「今日は球磨さんに用があって来たの!」
「クマ!? クマに用だったクマか!」
意外な答えに驚く球磨に対して、金剛がどストレートな質問を投げつける。
「提督の好みの女性のタイプを教えるデース! 秘書艦ならそのくらい把握してるはずデース!」
質問を受けた球磨は、きょとんとした顔をしてから自身も質問で返してきた。
「提督の女性の好みクマ?」
「そうよ!」
「それは二次元クマか? 三次元クマか?」
「もちろん、三次元デース!」
「じゃあ、知らないクマ」
あっさりとした、そっけない答だった。
「…………」
「納得いかないという顔クマね」
「そりゃそうよ!」
「提督と一番長い時間を過ごす秘書艦ならそのくらい何となく把握しているものじゃないんですカー? プライベートな話題だってあるはずデース!」
「ないクマ」
やはりあっさりとした、そっけない答だった。
「は?」
「提督と球磨はあくまでビジネスライクな関係クマ。仕事中に個人的な事情に踏み込まないことで業務を滞りなく進めているクマ」
「オ、オウ。意外とドライですネ」
「必要以上に関わらない、適度な距離を保つ。これが秘書艦を続ける秘訣クマ」
したり顔でコーヒーを飲む球磨。ちなみに提督のコレクションを勝手に入れていたりする。
「どうしよう、金剛さん……」
「大淀が知らなくてもクマーなら知ってると思ったのに、残念デス」
あまりにも予想外の展開である。明確な答えがないにしろ、何らかの手がかりくらい掴めると思っていたのにご覧の有様だ。二人には提督がどんどん遠くなっていくように感じられた。大抵の艦娘にとってはむしろ望ましい話だが。
「なんだ、他の人にも聞いているクマか」
頷く二人。
「だったら吹雪に聞くのが良いクマよ。提督との付き合いは一番長いし、色々と余計なことまで知ってるクマ」
球磨の一言で、落ち込んでいた二人の顔に輝きが帰ってきた。
「オー! それデス! なんでブッキーのことを忘れてたんデショー!」
「ほんと、最初から吹雪ちゃんに聞けば良かったじゃない!」
吹雪本人が聞いたら傷つきそうな発言をしながら部屋を飛び出していく金剛と雷。
それを見送った球磨は、疲れた様子でコーヒーを口に運びながら、他人事のように呟いた。
「……吹雪も大変クマね」
☆
金剛と雷は、駆逐艦寮の庭で花の世話をしている吹雪を発見した。
すかさず二人は突撃する。
「見つけたわ! 吹雪よ!」
「ブッキー! 見つけたデース!」
「ふぇ! な、なんですか二人して! 鬼気迫る様子ですよ!」
「ちょっと私達に付き合うデース!」
「大丈夫! 悪いようにはしないから!」
ぐふふふと笑ってない目で言う二人。ただならぬ様子に吹雪はちょっと怯え気味だ。
「そ、その顔で言っても説得力ありませんよー!」
「いいからいいから」
「四の五の言わずに提督の女性の好みについて話すデスヨー!」
「へ、どういうことですか?」
「つまりですネー」
庭に誰かが設置したベンチに腰掛けて、金剛と雷は事情を説明した。
「なるほど。それで、司令官の好みというのは二次元の話ですか? 三次元の話ですか?」
「球磨さんも同じこと質問してきたわ」
「まず次元の話から始まるところが提督らしいデスネ……」
「いや、大事なところなので」
真顔で答える吹雪。冗談ではなく重要なところらしい。
「えっと、三次元の方の好みの話をお願いするわ!」
「わかりました。えっと……ちょっと待って下さい……はて?」
吹雪の反応に、二人は見覚えがあった。大淀は似たような反応をしたし、球磨など最初から「知らない」と切り捨てた、その時と同じ流れを感じさせる反応だ。
「もしかして、一番付き合いの長いブッキーですら提督の好みを把握してないとかいうオチですカー?」
「二次元なら色々と把握してるんですが……。例えば、おっぱいのサイズについて10回くらい熱く語られましたし。でも、三次元の方だとなにぶんインパクトのある記憶がないもので……」
申し訳無さそうにセクハラトークをされた過去について話す吹雪。彼女自身がセクハラだと思っていないところが毒されすぎなのだが、残念ながらそこに突っ込む者がこの場にはいない。
「そんな……吹雪ちゃんなら知ってると思ったのに」
「ごめんなさい。具体的な容姿とか性格のことになるとちょっと……あ、でも前にそれっぽいことを言ってたような」
「さすがブッキー! ちゃんと知ってるじゃないですカー!」
「教えて教えて!」
最後の希望がもたらされたとばかりに明るい表情になった二人に対し、吹雪が語る。
「私が秘書艦をしている時に、万が一、司令官が結婚するような奇跡が起きるとしたらどんな相手かという話になって」
「奇跡が起きないと結婚できない前提なのね……」
「確か、「我ながら可能性が低い話だが、自分の趣味に寛容でのんびりまったり暮らせる相手がいいな」みたいなことを言ってた気がします」
「オー、それは……」
「ちょっと難しい話よね……普通は」
普通に考えると「趣味に寛容」という提督の要望を満たすのは難しい。しかし、鎮守府内に限れば提督の理想を実現できそうな艦娘はたくさんいる。
残念ながら、二人にとってライバル達を引き離す材料になるとは思えない情報だ。
「駄目ネー。その話だけだとミー達がぶっちぎりで提督のハートを掴めるだけの情報にならないネー」
「残念ね……」
「あ、なんかすいません」
「後はのんびりまったりという部分ですけど。提督がのんびりしてる姿をあんまり想像できないデース」
「そうね。いつも忙しそうに蠢いているものね」
「え? そうですか?」
「? どういうことデス?」
「そういえば吹雪ちゃん、その話、いつ司令官としたの? いつも忙しそうにしてるのに」
「えっと、確かここに来たばかりの頃、二人で釣りをしながらだったはずです。ここに来た当初は割と暇でしたから、司令官とのんびりする時間もあったんですよ。あ、それと、今でも時間を見て二人で海岸を散歩したりするんですよ。提督、運動不足らしくて、気にしてるみたいなんです」
くすくす笑う吹雪に対して、金剛と雷は引きつった笑みで呟いた。
「どうしよう金剛さん、全部初耳なんだけど……」
「ジーザス……。なんかすごい負けた気がするデス」
ここに至ってようやく、二人は最も注意するべき艦娘の存在に気づいたのだった。