夏の暑さに弱かったり、リアルで忙しかったり、色々あったんです、色々……。
登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。大規模作戦により夏コミに参加できなかったため、深海棲艦への怒りを新たにしたらしい。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・日向:艦これアーケードのPVを見て、「これは瑞雲が主役のゲームだな」と確信している。
・大淀:提督の秘書官その2。とても優秀だがたまに怖い。
・まるゆ:保護者は木曾だが、最近は阿武隈とも仲が良いらしい。
・夕張:昨今の怒涛のスマホゲーラッシュで課金が止まらなかったらしい。一時期、某聖杯戦争ゲームの某漫画の主人公みたいになっていて、医務室に運び込まれた。尚、今回は登場しない。
「提督、これです」
「これか……」
オタ提督(以下、提督)は軽巡洋艦大淀と共に、ある場所にいた。
鎮守府内、改修工廠近く、主に資材置き場に使われているはずの敷地である。
資材置き場であるはずのその場所には、何故か巨大な建造物が建築されていた。
頑張って洋館を思わせる建築を目指したその建物には、看板に手書きで『ミステリーハウス』と書かれていた。
「大淀、これが何か説明できるか?」
「えっと、ミステリーハウスだそうです」
流石の大淀も説明できない。単純に看板を読むのが精一杯だ。
「それは俺でもわかる。作ったのはやはり明石さんか?」
「間違いないでしょう。この周辺の管理は、明石に任せてありますから」
まさかこんなものを作るとは、と苦悩をにじませつつ、大淀は言った。
明石というのは工作艦の艦娘で、鎮守府内の工廠を回している人物である。
「しかし、こんなものを作る予算と資材はどこから……。俺のチェック漏れか?」
「いえ、それはないでしょう。この建造物は近代化改修などで余った機材を組み合わせて作ってあるようです」
「なるほど。よく出来てるな」
よく見れば、建物のそこかしこに機銃やら砲塔やら、提督たちにとって見覚えのあるものが飛び出していた。
冷静に観察するとミステリーハウスより、簡易要塞といった方が適当な外見をしているように思えてきた。
「工廠の扱いは明石の自由にさせているとはいえ、まさかこんなものを作るとは……」
「自由すぎだろ……」
「申し訳ありません。私がしっかりしていないばかりに」
鎮守府内の立場の関係で大淀と明石はとても仲が良い。そして、大体において大淀が明石に迷惑をかけられている。
彼女もまた、苦労人なのだ。
それを理解している提督に、彼女を責める気は無かった。眼鏡キャラだし。
「いや、大淀は悪くない。明石さんのやることにあまり気を配っていなかったのは俺も同じだ」
「ありがとうございます」
「さて、どうしたものか……」
建物をじっくり観察していると、いかにも正面玄関といった装いのゲートの他に、もう一つドアがあることに気づいた。
一般家庭でよく見かけるサイズのドアには、『提督用入り口』と投げやりに書かれたプレートが取り付けられている。
「なんで俺だけ特別な入り口があるんだ?」
「艦娘じゃないから、でしょうか?」
とりあえず近づいて、軽くドアを開けて、中を覗く二人。
内部には、物騒なものがいっぱいだった。機銃、砲塔、魚雷に軍刀、どこから持ってきたのか巨大なプロペラやらスクリューも見える。
「あまり平和的でないものが見えるのだが……」
「廃棄させた武装類や、船舶の資材でしょうか……。あ、思い出しました」
「なんだ?」
「この入り口の文字、夕張さんの字です」
「あいつか……」
夕張というのは軽巡洋艦で、色々あって提督のことを蛇蝎の如く忌み嫌っている艦娘だ。
明石と仲が良く、彼女とよく一緒に作業している姿をみかけるので、今回の件にも絡んでいるのだろう。
「提督、入ってみますか?」
「嫌だ。こっちは使用禁止だ。何をされるかわからん」
「ですね」
夕張は、たまに提督に対して冗談抜きの殺意を向けることがある。
流石に明石も一緒なのでやり過ぎることはないと思うが、万が一ということは十分に考えられた。
「提督、いかがいたしますか?」
「そうだな。非番で暇そうな奴を集めて、探索しよう。大淀にはいくつか頼みもある」
「了解しました」
そんなやり取りをしてから、二人は一度、この場を後にした。
☆
30分後、ミステリーハウスの前に、提督と大淀に集められた艦娘たちの姿があった。
航空戦艦、日向。
航空母艦、瑞鶴。
潜航輸送艇、まるゆ。
以上3名が、提督と大淀が声をかけてやって来てくれた、優しい艦娘達である。
「とりあえず近くにいた3人に声をかけてみたのだが」
「皆さん、お忙しい中、申し訳ありません」
「大丈夫よ。こっちもちょっと時間できちゃったところだから」
「私も問題ない。提督の頼みだからな」
「まるゆでお役にたてそうなことなら、がんばります」
「明石の作った変な建造物を探検してくれ」という誘いに乗ってくれただけあって、3人とも友好的だ。
きっと、一緒にいた大淀が心底困った顔をしていたのもこの態度の理由だろう。
これならいける。提督はそう思った。
「それで、私達は何をやるんだ?」
「話した通りだ。このミステリーハウスを攻略する」
「はぁ~。こんなものがあったんですねぇ。気付かなかったです」
「お恥ずかしい。明石が勝手に作ったものでして……」
「なにやってるのよ、あの人……」
「しかし、よく出来ているな……」
それぞれの反応を返す3名と謝罪する大淀。既に大淀がちょっと気の毒に見えてきた提督である。
「とりあえず、こんなものがあるなら調べなきゃならん」
「明石を見つけて、詳しいところを聞かなければなりません」
「あー、明石さん、この中にいるのね」
「これだけ大きい建物だと、探すのは大変そうですねぇ」
「まぁ、そうなるな」
一応、3人とも納得したらしい。それを確認した提督は、入り口に向かって歩き出す。
こういうのは早めに済ませてしまった方がいい。
「念のため、気をつけていくぞ。まあ、艤装をフル装備、とまでは無くても良いだろうが」
ゲートを開け、中に入ると短い通路があり、また扉があった。
流石に罠はないだろうと明石を信じて、扉を開ける。
すると、その先は小さな部屋になっていた。
「ここは何を目的とした部屋なのでしょう」
「ふむ。更衣室とかに似ているな」
部屋の中はロッカーが並んでおり、ここで着替えて下さい、と言わんばかりの作りになっていた。意図はわからないが。
「提督、こんなものが」
「なんだこりゃ、水鉄砲?」
ロッカーを漁っていた日向が見つけたのは大型タンク付きのちょっと良い感じの水鉄砲だった。
どういうわけか、タンクの中には色水が充填されている。
「中に絵の具が入っているな」
「何よそれ、これで遊べってこと? ミステリーハウス的な要素はどこいったのよ」
「明石のことだから、作っているうちに忘れた可能性はあります」
「い、意外と適当な人ね……」
真面目な人間だったら、敷地内にこんな気合の入った違法建築はしない。常識の通用しない相手のことを考えるだけ無駄だろう。
「ともあれ、進むしか無い。日向、ドアの向こうから変な音は聞こえないか?」
「私にそういう技能はないのだが……。一応、明らかに不審な音はしないな」
日向に聞き耳の専門的な技能を期待していないが、艦娘の方が五感が鋭い。
とりあえずは安心だ。
一応水鉄砲を持って、全員で出発することにする。
「よし、いくぞ」
「あ、まるゆがあけます」
まるゆがドアを開けた。
ドアの向こうは広い部屋だった。
自然と先頭を切って室内に入ったまるゆが、全身真っ青になった。
唐突すぎて理解が追いつかなかったが、水鉄砲による射撃である。
「な、なんですかー、これ! 隊長! 隊長!」
「落ち着いてください、ただの絵の具です」
絵の具まみれになったまるゆを落ち着かせる大淀。
全員、素早く手近な物陰に隠れる。
「うっかり実弾とか飛んでこなくて良かったな。それはそれとしてだ、瑞鶴」
「なにかしら?」
「さっき、ちょっと時間できたところ、とか言ってたな」
「ええ、そうよ」
「それは、そこにいる加賀さんと関係があるのか?」
提督の指差した先、小さめの体育館くらいの広さがある部屋の中央に、サイドテールの人影があった。
航空母艦、加賀だ。
ちなみに水鉄砲を持っており、更に言うとなんか怒っているように見えた。感情の起伏がわかりにくい彼女には珍しいことだ。
加賀が口を開く。
「よく来たわね、五航戦……」
「あ、あんた、なんでここにいるのよ!」
「明石さんに教えて貰ったわ。ここにいれば貴方が来ると」
「加賀、一つ良いだろうか?」
なにやら言い争いを始めた加賀と瑞鶴に割って入ったのは日向だ。
「なにかしら」
「なんでそんなに怒っているんだ?」
口調に若干の怒りをにじませながら、加賀が答える。
「訓練の途中で、そこの五航戦が逃げ出したからよ」
なるほど、とその場の全員が状況を理解した。
これは恐らく、瑞鶴が悪い。
「あ、あんたがネチネチいってくるからでしょ!」
「逆上して出て行ったのは貴方、だからこれはペナルティよ」
加賀は迷いなく提督たちに向かって水鉄砲を射撃。
「うわ、あぶね!」
逃げまわる提督たち。それほど真剣に狙っていなかったのだろう、全員無事に回避できた。
「提督、そんなところにいると危ないわ」
散々撃った後、しれっと言う加賀。
対して、提督は質問をする。確認したいことが出来たからだ。
「お、おう。つまりなんだ、加賀は瑞鶴をここに置いていけば、見逃してくれたりするのか?」
「そうね。私に提督を攻撃する意志はないわ」
「まるゆはしっかり攻撃されたのですが……」
「ごめんなさい。射ちやすい目標があったから、つい……」
本気の謝罪の加賀。凹むまるゆ。
その様子を気の毒に思っていたら、日向が話をすすめてくれた。
「なるほど、理解した。行こう、提督。ここは瑞鶴に任せるのが良いだろう」
「うむ。そうだな」
全員、同時に瑞鶴に手持ちの水鉄砲を預けた。
「ちょ、なによ! 皆であの一航戦をやっつける流れにならないの!?」
持ちきれなくて足元に水鉄砲を並べながら叫ぶ瑞鶴。
対して、提督は肩に手をおいて、彼女を優しく諭す。
「加賀さんを怒らせたのはお前だ。そして、俺達は怒った加賀さんを相手にしたくない。わかるな?」
提督がそれだけ言うと、瑞鶴を置いて残り全員は歩き出した。
「さ、提督、行きましょう。明石を探さないと」
「そうだな」
「どこかで落ち着いて体を洗いたいですー」
「向こうの部屋に、シャワーがあったわ」
まるゆの言葉に反応した加賀が、出口を指差す。
こういう遊びをする以上、設備は揃えてくれているらしい。
しかし、シャワー完備とは、気合の入った建築である。暇だったのだろうか。
「それじゃあ、ごゆっくり」
「ええ、提督もお気をつけて」
「何いい感じで私を置いていってるのよ! うわ! 撃ってきた! この! この!」
戦いを始める2人を尻目に。4人はその場を脱出した。
☆
まるゆが体を洗って、次の部屋にやって来た。
次の部屋は、ガラクタだらけの迷路だった。
「なんだここは、倉庫か?」
「先程、順路という文字が見えましたが……」
「迷路みたいですねぇ……」
「どうやら、そのつもりみたいだぞ」
楽しい迷路、と書かれたプレートを見つけて日向。
プレートには他にもいくつか書かれていた。
「運動不足にお悩みの方が体を動かせるように、あえて障害物を配置しています」
「頑張って障害物を動かしてね、ですか」
「運動不足って、そんなの鎮守府にいるのか? 俺だって散歩くらいしてるぞ……」
そうぼやく提督に対して、近くの障害物を頑張って動かそうとしていたまるゆが言う。
「艦娘の装備の廃材ですね。隊長にはちょっと重すぎるかと」
「そうだな、提督が動かしていたら日が暮れるな」
軽々と障害物をいくつか動かしながら、日向がまるゆの発言を肯定した。流石戦艦、力持ちだ。
「日向、軍刀は持ってきているな」
「うむ。念のため、これだけ持ってきた」
「頼む」
「まかせろ」
艤装の一部である、軍刀を抜いた日向。
彼女は鋭い目つきになると、手近な壁やガラクタを次々と斬り捨て始める。
艦娘が艤装を持った時、その破壊力は尋常のものではない。
軍刀にはありえない切れ味と破壊力で、日向を先頭に一行は迷路を力づくで進んでいく。
そもそも、提督に明石の用意したアトラクションをまともに攻略するつもりなどないのだ。
素人の作ったアトラクションは、ちゃんと攻略できる代物になっているか極めて怪しいのと、単純に面倒くさいのがその理由だ。
「提督、あちらに出口と思われる通路がありましたぁ!」
斬り開かれた通路、ガラクタの隙間を覗きながら、まるゆが言った。
「でかした! 日向、頼む!」
「まぁ、そうなるな」
提督の声に答えて、一直線に進む日向。
「流石は日向さんですね、頼もしいです」
「声をかけて正解だったな」
感心する大淀に、同意する提督。ちょっと瑞雲にこだわりがあることを除けば、日向は意外と付き合いも良いし、頼もしい艦娘である。
しかし、そんな日向の動きが、突然止まった。
「くっ……」
軍刀を手に、苦悶の表情を浮かべる日向。
ただごとではないのは明らかだ。
「どうした!」
「すまない、提督。私では、これ以上進むことは出来ない」
「なんだと、どういうことだ!」
「これを見てくれ」
見ると、巨大な瑞雲の模型が道を塞いでいた。
「前に私が作って貰った巨大瑞雲の失敗作だろう……。これを斬ることは、私には……できない」
「まさか明石さん。この状況を見越して!」
「偶然だと思いますが……」
「どうしましょう。動きません」
一応、まるゆがどかそうとするがびくともしない。壁代わりに置かれているもので、溶接くらいされていそうである。
だがしかし、この巨大瑞雲をどうにかすれば、このフロアを抜けられるのは確かなのだ。
「ふむ……。日向よ」
「なんだ、いくら提督と言えど聞けることと聞けないことが……」
「今度、扶桑から瑞雲12型を借りてきてやるから、なんとかしてくれ」
「まかせろ」
返事と同時、日向はしめやかに道を切り開いてくれた。
☆
「すまない提督、私はこれを弔わなければならないんだ……」
瑞雲を自らの手で破壊した日向はそれなりに凹んだようで、ここらで帰ることになった。
まあ、すでに十分活躍したし、これ以上付き合わせるのも申し訳ない。
「お、おう。それなら仕方ないな」
「来た道を戻れば出られるはずですから、お気をつけて」
「了解した。加賀と瑞鶴がまだやりあっていたら、ついでに回収しておくよ」
「お気をつけて~」
とぼとぼと黄昏れた背中を見せる日向を見送った後、3人となった提督達は、次の部屋へと向かった。
☆
次の部屋は、妙に天井が高く、明るい部屋だった。
広さはさほどではなく、開放感がない、嫌な感じの場所である。
『ようこそ、提督と大淀とまるゆちゃん』
部屋に入るなり、明石の声が響き渡った。
声だけとはいえ、ようやくラスボスの登場で、提督としてはちょっと安心した。
最悪なのは散々探しまわった後、間宮辺りで遭遇することだったのだが、それは回避できそうだ。
『さすがですね。嫌がらせだらけの提督用通路を使わず、艦娘用のルートを、こんなに早く攻略するなんて』
「やっぱり嫌がらせだったのかアレ。選ばなくて良かった……」
『今のところ、ここが最後の部屋になっています。楽しんでくださいね』
「楽しんでって、おい、明石さん。話を」
『…………』
提督の問いかけに返事はなかった。
「話をする気はないようですね。困ったものです」
「この部屋は何なのでしょう?」
まるゆの問いに、提督は諦めたように答える。
「無駄に高い天井とか、この感じ、だいたい想像がつくな」
「さすがですねー。どんなことが起きるんですか?」
「多分、水攻めだな」
直後、天井のほうから大量の水の注入が開始した。
「あわわ。まるゆはともかく、お二人が大変です」
水の勢いに慌てるまるゆ。彼女はともかく、大淀と提督にとって非常に不味い事態である。
「大淀、大丈夫か?」
「はい。私は何とかなりますが、提督が……」
「多少は平気だが、天井近くまで水が貯まるなら、ちょっとマズイな」
「まるゆ! で、出る方法を探します!」
「頼んだ。大淀さん、最悪の時は頼む」
「了解です」
既に腰くらいまで溜まった水の中をまるゆが必死に脱出の手がかりはないか探し始める。
だがしかし、残念ながら、水かさは順調に増えて、提督と大淀は程なくして水に浮かび始めることになった。
まあ、ノーヒントでは仕方ない。
提督がそんな感想を抱きながら、徐々に迫ってくる天井を見つめていると、再び室内に明石の声が響いた。
『提督、楽しんで頂いていますか?』
「いや、ちょっと生命の危機を感じるんだが。脱出路がないし」
『? あれ? 提督の首くらいの高さで水が止まるはずなんですけど』
スピーカーの向こうから、驚いた様子で言ってくる明石。対して、大淀が冷たい声音で指摘する。
「現在進行形でしっかりと水が注入されていますよ、明石」
『げ……』
「故障か……」
明石の反応に、溜息と共に諦めの呟きをする提督。
「何か手はないのですか?」
『え、えーと。あ、底の方に緊急排水のボタンがあります! 部屋の真ん中辺りの床だけ、回せるようになってるの!』
「なんで底につけるんだ! まるゆ! 聞いたか!」
「はい!」
提督の声に答えたまるゆが、敬礼一つで即座に潜った。
戦闘能力に乏しい彼女だが、この場面ではとにかく頼もしい。
程なくして、仕事を完遂したまるゆのおかげで、部屋から水が排水され始めた。
☆
水攻めが最後の部屋というのは本当だったようで、排水された後、部屋の外に出ることが出来た。
びしょ濡れになった3人は、建物の外で一息ついていた。
「死ぬかと思ったぞ……。完全にデストラップじゃないか」
「申し訳ありません。明石が悪乗りして」
「まるゆのおかげで助かったよ」
「お役に立てて良かったです」
そんな事を話していると、建物から明石の声が響いて来た。どうやらこの違法建築、そこらじゅうにマイクとスピーカーを内蔵しているらしい。
『あー、皆さん、無事に脱出できたようで何よりです』
「ああ、何よりだ」
『提督、楽しんでいただけました?』
「途中まではな」
『お、大淀も楽しかった?』
「明石……」
怒りのオーラを立ち上らせながら大淀が言った。それを見たまるゆが怯える。マジギレだ。
「明石、違法建築物に関しては、貴方の管理内だから大目にみます」
『あ、はい』
「しかし、提督の命を危険に晒したことは許せません」
『す、すいません』
「許しません」
『え、えーと。大淀?』
明石の声には答えず、大淀はどこかと通信を始めた。もちろん、提督はそれを止めない。
「球磨さん。大淀です。明石以外の脱出は? 確認ですか。では、手はず通り、お願いします」
それだけ言って、大淀は通信を切った。
『あの、何をしたの』
姿を見せない明石に答えたのは、提督だった。
「球磨経由で、たけぞうがこの施設に向けて砲撃を開始する。なに、演習弾だから安全だ。死にはしない」
『え、ちょ……』
「提督、武蔵ってちゃんと呼んであげないとまた怒られますよ」
「いやー、怒るのが面白くてついな……」
「武蔵さん、気にしてましたよー?」
『ちょっと、3人とも!』
何やら明石が慌てているが、それを無視して和やかに話をする提督達。
『待って! 私まだこの中にいるのよ!』
もちろんそれは知っている。
だからこそ、3人はスピーカからの声を無視しながら歩き始める。
もうすぐ46cm三連装砲(演習弾)の砲撃がここに届く、非常に危険だ。
「今回はまるゆに助けられたな。何かおごろう」
「いえ、当然のことをしたまでです!」
「提督、せっかくですから他の皆さんも誘いましょう」
「そうだな。着替えた後、間宮に集まるように連絡してくれ」
「了解です」
穏やかな笑みを浮かべた大淀は、鎮守府内にいる球磨に向かって通信を始めた。
場合によっては、おごる人数が増えるかもしれないが、それも良いだろう。
一仕事を終えた提督は、穏やかな気持ちになっていた。
『ちょ、ちょっとー!』
明石ごと砲撃で爆発する施設を背景に。提督達は和やかに立ち去るのだった。