・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・秋雲:提督のオタ仲間な駆逐艦。同人イベントが近づくと外出許可を得るために文字通り奮戦する。
・川内:夜戦バカな軽巡洋艦。この鎮守府でもよく注意されるがめげない。
・伊勢:妹艦が個性的過ぎてちょっと影の薄い航空戦艦。基本的にノリの良い人。瑞雲愛は表立って見せてこない。
・夕張:先日、周囲のセッティングで提督との仲直りの場が設けられた。とりあえず秋アニメの話をするも、途中から提督が「あ、でもこれはホモじゃないから興味ないかな」と付け足し始める事態が発生。5回目でキレて殴りかかった。尚、今回は登場しない。
ある日の鎮守府。
オタ提督(以下、提督)は秘書艦の球磨と共に、艦娘たちの寮の前にいた。
今日の業務は苦情の入っている艦娘の部屋を確認することである。
「これ、俺が一緒に行くことないんじゃないか?」
最初の目的地である駆逐艦寮に向かいながら、提督が言う。
苦情と言ってもどれも深刻なレベルではない。球磨なり大淀なりから注意すれば良い程度だ。提督がわざわざ出向くほどだとは思えなかった。
「それこそが狙いクマ。「きちんとしないと提督が来る」と皆が思うようにする作戦クマ」
提督の発言を予測していたかのように球磨が答えた。どうやら、提督の存在前提の仕事だったらしい。
「なるほど。なんか、俺だけ嫌われそうだな」
艦娘も軍人とはいえ年頃の娘さんだ。中年に片足突っ込んでいる提督に部屋を覗かれるのはさぞ嫌だろう。
「仕方ないクマ。誰だって部屋にゴキブリが現れたら嫌だクマ」
「お、おう……」
あんまりな言い分に提督はそれだけ返すのが限界だった。
それからしばらくして、駆逐艦寮に近づいた辺りで、提督は口を開いた。
「……なあ、球磨。流石にゴキブリ扱いは傷つくんだが」
「申し訳ないクマ。つい勢いで言ってしまったクマ。反省するクマ」
球磨は素直に謝罪してくれた。
☆
「最初は秋雲の部屋か」
「たまに深夜作業の灯りが漏れたり、奇声が聞こえることがあるらしいクマ。あと、一部の駆逐艦を部屋に引き込んでるとのことクマ」
資料を手に球磨が説明してくれる。
秋雲はイラストを描くことが好きな艦娘だ。ついでにいうと提督と仲良しのオタ仲間でもある。
そんな彼女はイベントで配布するための同人誌を描いていることが多い。
「それって……」
「心当たりがあるクマ?」
大有りだった。奇声も一部の駆逐艦が引き込まれるのも同人絡みに違いない。
「まあ、な。何はともあれ行ってみよう。秋雲は在室なんだな?」
「今日行く予定のところは全員在室になってるはずクマ」
「抜かり無いな」
そんなことを話しながら二人は秋雲の部屋に到着。
中に入ると、机に向かって一心不乱に何かをしている秋雲の姿が目に入った。
間違いない、原稿中だ。
来客に気づいたらしい秋雲が提督たちの方を向いて、言った。
「お、こんちはー。どうしたの、珍しいじゃん」
いつものノリで挨拶してきた秋雲は、酷い有様だった。
目の下真っ黒、赤疲労どころではない憔悴しきった顔。
提督のよく知る人種の、よく見る状態である。
きっと、次のイベントが近いのだろう。
「あ、秋雲。どうしたクマ?」
若干引き気味の球磨。一方、提督の方は慣れた様子で秋雲に語りかける。
「締め切りが……近いのか」
「うん。そう……」
「提督、わかるクマか!」
「一応な」
今の問答で大体わかった。ついでに秋雲が描いている肌色成分多めの原稿も目に入った。良い感じだったので今度買うことを心に誓う。
原稿が球磨にバレると不味いので、提督は素早く秋雲に対してアイコンタクト。疲労状態にも関わらず、同族の秋雲は気づいてくれた。
迅速かつこっそりと肌色原稿を隠しつつ秋雲は言う。
「それで、二人とも何の用? 見ての通り取り込み中なんだけど」
「深夜作業と騒音で苦情が出ている」
「え、マジで? あちゃー、それは悪いことしたな」
「何をやってるか知らないけど、気をつけるクマ」
どうやら球磨は秋雲の原稿に気づかなかったらしい。助かった。これは小さいが重要な勝利だ。
「そうは言ってもなぁ。単純に人手の問題だし。あ、そうだ。提督、手伝ってよ」
「無理だ」
即答だった。良い回答を期待していたらしい秋雲の顔が引きつる。
「え? なんでよ、同類みたいなもんでしょ?」
「俺は消費型のオタクだからお前の作業を手伝うようなスキルはない」
「ああ……そういう話だったクマね」
ここに来て、球磨もようやく秋雲の行動について見当がついたようだ。半目で提督と秋雲の二人を睨む。
「秋雲、それはあとどれくらいで終わる?」
球磨の視線を努めて無視しつつ、提督は聞く。
「あ、あとちょっと。今日中だね」
「そうか。次からこういう状況になりそうだったら俺に相談しろ。色々と都合をつけるから」
「わ、わかった。ありがと」
「ああ、頑張れよ」
そう言って、提督はどこから取り出したのか、レッドブルを机の上に置いた。
とりあえず、秋雲の部屋の問題は今日中に解決するものとして、提督と球磨の二人は部屋を出た。
「提督、どうしてあんなの持ってきてたクマ?」
「秋雲の部屋と言われた段階で大体想像がついていたからな」
「わかってるなら最初から言うクマ。無駄骨クマ」
「念のために確認は必要だろう」
「まあ、わかる話クマ。別に女の子の部屋を見たいとか、そういう変態的な欲望からじゃないクマね?」
「お前、俺を何だと思ってるんだ……」
球磨の中で提督はどんな人物像になっているのだろうか。これまでのことがあるとはいえ、実像と大分離れている気がする。
そのうちしっかりと話さねばなるまい。提督はそう心の中で決めた。
「まあいい。駆逐艦寮は無事解決だ。次はどこだ?」
「軽巡寮クマ」
「軽巡か……」
「軽巡クマ……」
そう言って、二人共押し黙る。
軽巡寮の問題は、詳しく確認するまでもないくらい、明らかだったからだ。
☆
軽巡寮。言うまでもなく、軽巡洋艦の艦娘達が居住している施設である。
この施設における苦情の原因は、聞くまでもないくらいはっきりしていた。
川内型軽巡洋艦、一番艦、川内。
夜戦大好きな彼女は、夜になるとテンションゲージがマックスになり、物凄く騒ぐ。他の寮から苦情が出るほどにだ。
川内が艦隊にやって来て以来、多くの艦娘が彼女を注意した。しかし、どれも一時的な改善しか見られなかった。
この川内問題に対して、ついに提督が動く時がやって来たのだ。
提督と球磨の行動は早かった。
在室している川内を素早く物理的(椅子に縛り付けた)に確保。
室内に入って5分もせずに早業を成功させ、二人は川内を前に彼女の処遇について相談を始めていた。
「ちょっと、二人とも何するのさ!」
「夜になると騒がしいと苦情が来るクマ」
「それもひっきりなしにな」
「仕方ないじゃん! 夜だよ! 夜戦の時間なんだよ!」
開き直りやがった。
言葉が通じるのに会話のキャッチボールが出来そうにない。その事実に絶望しつつ提督は語りかける。
「川内、ここは鎮守府だ。戦場じゃない」
「何言ってるのさ提督! 常在戦場って言うでしょ!」
「……駄目クマ。交渉の余地がないクマ」
「これ、いっそ香取さんに預けるとかじゃ駄目か?」
「実は前にそれをやったんだけど、一週間持たなかったクマ」
「そうか……」
「そりゃそうさ! いくら香取さんでも私の夜戦魂まで消すことはできないのさ!」
「…………」
ドヤ顔の川内。
それを呆れて見る二人。
仕方ないので、提督はいくつか考えておいた対策を披露することにする。
「いっそ、50デシベルあたりの声量で電流が流れる首輪を明石さんに作って貰って……」
「そんなの川内と首輪の耐久勝負になるだけクマ」
「そうか、そうだな……。いや、いっそ夜になったら大破させて入渠という手も」
「それは名案かもしれないクマ」
「ちょっとちょっと、二人とも!」
話が不穏な方向に流れだしたのを察知した川内が割って入った。提督と球磨の目が本気なのに気づいたようだ。
「なんだ? 今、真面目な話をしているところだ」
「そうクマ。仕事の話クマ」
「私が夜になってもちょっと静かにしてればいいんでしょ? そんなの楽勝だよ!」
抗議する川内に対して、二人はノータイムで答える。
「いや、無理だろ」
「無理クマ」
こいつ何言ってるんだ? という表情だった。頭に来た川内は言う。
「く……この……っ。じゃあ、勝負よ! 賭けだよ賭け!」
「ほう、賭けとな」
「とりあえず私が一週間、夜に騒がしくしなかったら勝ち! そうしたら提督は一日私のいうことを聞くこと!」
「いいクマよ」
「ちょ、球磨。即答はちょっと」
「球磨にデメリットがなければ問題ないクマ」
どうやら提督にデメリットが発生していることは問題ないらしい。ひどい話だが、この鎮守府ではよくある光景でもある。
こだわっても仕方ないところなので、提督は話を進める。
「まったく酷い秘書艦だ。それで、川内が負けた場合はどうするんだ?」
「もちろん! 提督と球磨に一日こき使ってもらって構わない! どうよ!」
「どうよ、と言われてもなぁ。どうする?」
「いいんじゃないクマ? どうせ勝てるクマ」
「確かにそうだな。よし、川内。その勝負のった」
提督と球磨は、ほぼノータイムで結論を出した。
それを見た川内はこめかみ辺りをピクピクさせていた。大分怒ってる感じだ。
「……二人とも、その目論見の甘さを後悔させてやるよ」
深い怒りと共に、川内はそう宣言した。
3日後、提督と球磨にこき使われる川内の姿があったという。
☆
「次は戦艦寮か」
「なんでも夜になると騒がしいらしいクマ」
「戦艦でか? 騒ぐやつの想像がつかんな」
戦艦は性格的に大人といってもいい艦娘ばかりの艦種だ。先程の川内のように大騒ぎする問題児の心当たりがなかった。
「たしかに不思議クマ。でも、それを確かめるのも仕事クマ」
「それもそうか」
苦情が出ているのは間違いない。勘違いとか、遊びに来た川内が騒いだとか、色々と原因は考えられる。
ここはその辺りをはっきりさせておくべきだろう。
戦艦寮に入った二人が会ったのは、航空戦艦の伊勢だった。
「あら? どうしたのさ、提督。珍しいじゃん」
「仕事だ。戦艦寮が夜間騒がしいと苦情が入っている」
「え、ほんと?」
「何か心当たりはないかクマ?」
「うーん、あそこかな?」
ちょっと考えながら、伊勢は寮の中の一室に案内してくれた。
案内された先で提督たちは驚いていた。
その部屋は小さめの教室くらいの広さだった。
絨毯を敷かれた室内には小洒落た椅子にテーブル、ティーセット。それらに合わせた感じのデザインの収納。更にはクッションやらぬいぐるみが積み上げられている。
恐らく雑談用の部屋だ。しかし、二人が驚いたポイントはこの部屋の設備ではなかった。
提督と球磨はこの施設の存在を把握していない。つまり、無断で作られた施設である。
「なんだここ? こんな部屋あったか?」
「球磨も初めて見たクマ」
「ここは金剛さんなんかが他の艦種の子とティータイムできるようにって、空き部屋を改装して、最近作った部屋なんだ」
「ふむ……」
「ほら、戦艦相手だと駆逐艦の子とかちょっと怯えちゃうでしょ? だから、積極的に交流しなきゃねって話になってさ」
無断改装を提督が咎めると思ったのか、伊勢は擁護気味な話し方だった。恐らく、彼女もこの部屋をよく利用するのだろう。
「騒ぎの原因はここクマか」
「無許可だが、悪いことではないしなぁ」
「でしょでしょ。だからさ、大目に見てくれると嬉しいんだけど……」
なんとか丸く収まりそうだ。安堵の表情で話す伊勢。
しかし、そこに割って入る艦娘がいた。
「提督! 騙されています!」
「げっ、霧島!」
現れたのは金剛型戦艦の霧島だ。眼鏡をかけた頭脳派めいた戦艦娘である。
「霧島さん、どうしたクマ?」
「金剛姉様も関わっている手前、我慢していましたが、言うべきことは言っておくべきだと判断しました」
「言うべきこと?」
「見ていただければわかります」
言いながら室内に入ってきて、何やらごそごそしだす霧島。
「あ、ちょっと霧島!」
何故か慌てた様子の伊勢が止めにかかるが、その前に霧島は目的を達成していた。
「これを見てください」
霧島が指で指し示した先、ぬいぐるみの山の向こうに隠された棚があった。
棚の扉は開いており、そこには大人ならよく知っているものが並んでいた。
大量の酒瓶である。
「酒か……」
「お酒クマね」
「金剛姉様はティータイム用にこの部屋を改装したのですが、一部の艦娘がお酒を持ち込むようになっていまして」
「一部の艦娘か」
一部の艦娘の一人である伊勢に視線が集中した。
「え、えーと……駆逐艦の子には飲ませてないよ?」
流石に言い訳不能なのは察しているらしく、それ以上の言い分はなかった。
「霧島さん、夜になると騒ぐこともあるクマ?」
「はい。長門さんがいない時などに」
「なるほどな」
「あの、提督。今後気をつけるからできれば穏便にー」
詳しい話に伊勢が割り込んで来ようとしたが、とりあえず全員スルーした。
深夜に飲酒。そんな某軽空母のような真似を許すわけにはいかない。
某軽空母は飲んでないと手が震えるから仕方ないと諦めているが、そんな痛ましい同類を増やすわけにはいかないのだ。
「この部屋は一時閉鎖だ。細かいことは大淀とチェックした後だな。球磨、酒は全て回収しろ」
「了解クマ」
「そんな! 提督、お慈悲を!」
「勝手に酒飲んで騒いだんだ、慈悲はない」
「仕方ないクマ」
伊勢を無視して出て行く提督と球磨。
それを見ながら霧島が遠慮がちに口を開く。
「あの、提督。できれば昼間だけでも……」
「すぐには無理だが、大丈夫にする」
「安心しました。本当に閉鎖かと」
「お酒を持ち込んだ人が反省する程度の時間は欲しいクマ」
「それくらいなら。良い薬ですね」
膝から崩れ落ちる伊勢を尻目に、提督達は今後について細かく打ち合わせを始めるのだった。
一週間後。戦艦寮にティータイム用のラウンジが新設された。
☆
寮のクレーム処理という名のお部屋訪問。
二人は本日最後の目的地にやって来た。
すでに日は傾き始めている。意外と時間のかかる業務だった。
「さて、最後はこの部屋クマ」
「おい待て。俺の部屋じゃないか。何か問題あるのか」
よく知る自分の部屋の前に連れてこられた提督は、球磨に対して抗議の声をあげる。
自分はクレームになるほどの問題を起こしていたろうか。
「大有りクマ。深夜に奇声、艦娘がゲームで入り浸って食事の時間に遅れる、早朝に奇声、とクレームだらけクマ」
「マジか。クレームになってたのか……」
真剣な表情の球磨。どうやら本物のクレームらしい。どうせなら自分の部屋だけ離れた場所にしておけば良かったと、提督は今更ながら後悔した。
「秘書艦として見逃せないクマね。えっと、提督のコレクションは燃えるゴミでいいクマ?」
容赦なく行動に移ろうとする球磨から本気を感じた提督は迷わず土下座した。
そして、必死の嘆願を開始する。
「防音対策と、艦娘の出入りを制限するから少し待ってくれませんか……」
「もう一息クマ。実は最近、娯楽室が欲しいという要望が多くて困ってるクマ」
「わかった。今度の会議で予算とってくるから」
「あと、そろそろ休みも欲しいクマ」
「タイミングを見て秘書艦のローテーションも検討します」
「それ以外にも……」
その後、提督は更にいくつかの条件を押し付けられてから、ようやく開放された。
その頃には日はしっかりと暮れていた。