・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・響:皆大好き第六駆逐隊の一人。練度的にヴェールヌイになっているが、面倒なので響と呼ばれている。たまにソ連寄りの発言をして周囲を戦慄させる。
・那珂ちゃん:艦隊のアイドルとして日夜活動している軽巡洋艦。
・夕張:艦これアーケードのおかげでSEGAに目覚めた。提督曰く、「もう、以前の夕張には戻れない……」。尚、今回は登場しない。
「さて、見回りの時間だな」
日付が変わる頃、執務室でコーヒーを飲みながら、オタ提督(以下、提督)は厳かに宣言した。
鎮守府の夜間見回りは提督や一部の艦娘の当番業務であり、今日は提督が当番の日だった。
「行くとするか……」
手元の書類に目を通してから、見回り用のライトを手に取り、執務室の外へと向かう。
最初に向かう先は、軽巡寮。
長い夜の始まりだ。
☆☆☆
提督が夜の見回りで一番最初に軽巡寮に向かったのは理由がある。
夜になると騒がしい艦娘がそこにいるからだ。
軽巡洋艦川内。
これまでの再三の注意とお仕置きにも関わらず、彼女にはあまり反省が見られない。
正直、もう面倒くさいから放置したいという意見もあるのだが、規律の問題なのでそうはいかない。
川内が夜戦に出撃していない時は、当番は真っ先に釘を差しに向かう、今も昔も変わらない光景である。
提督が軽巡寮に近づくと、叫び声が聞こえてきた。「夜戦! 夜戦!」と狂ったように連呼するその声は、間違いなく川内のものだ。
「チィ、もう発作が始まってやがる。早く止めないと……」
早く止めないと他の艦娘たちが抗議に現れて大事になるかもしれない。下手をすれば戦闘だ。それだけは避けなければならない。
提督は珍しく使命感を燃やしつつ、早足で現場に向かう。
その途中、寮の目の前で、白い影が目に入った。
慎重にライトを向けてみる。
「む……響か。驚いたぞ」
「あまり驚いているようには見えないけどね。こんばんは、司令官」
そこにいたのは駆逐艦の響だった。練度が上がって全身真っ白のヴェールヌイとなっているのだが、「呼びにくいから」という理由で鎮守府では響の名前のまま呼ばれている。
「たまたま叫ばなかっただけだ。こんなところで何をしている? 駆逐艦寮は向こうだぞ」
実際、幽霊でも出たかと思ってかなりビビった提督である。場所柄、幽霊の一つや二つ、発生してもおかしくない。
「私はあまりにも騒がしい軽巡洋艦に抗議に来たのさ」
言いながら、響はポケットから怪しげな錠剤を出してみせた。
「あの、響さん。それは何でしょうか?」
錠剤から不穏な気配を感じた提督。何故か自然と敬語になった。
質問に対して響は真顔で答える。
「……静かにさせる、お薬さ」
やばい。この人滅茶苦茶怒ってる。
提督はそう直感した。どうやら川内は連日の騒音で、怒らせたら不味い子の逆鱗に触れてしまったらしい。
これは止めねば。最悪、川内が文字通りの廃人にされる。
「響、それを使う必要はない」
「なんでだい? こいつを使えば、とても静かになるんだよ」
「大丈夫だ。俺がこれから川内をきっちり叱ってやるから。大丈夫だ」
安心感を出すために2回大丈夫と言ったが、言ってる本人は気が気でない。鎮守府で事件を起こすわけにはいかない。
「本当かい? 川内さんは言って聞く人じゃないと思うけれど」
「俺を誰だと思ってる。この鎮守府の提督だぞ。やるときはやる」
「……わかった、司令官を信じるよ」
しばし考えた後、ポケットに薬剤を戻しながら、響はそう言った。
「他の艦娘に迷惑をかけてしまってすまないな」
「まったくだよ。司令官が止めなかったらソ連式の手段で静かにさせてたところさ」
「ソ連式って……」
その薬剤を没収した上で響を捕まえるべきかどうか、そんな考えが提督の脳裏に浮かぶ。
そんな提督の思考に気づいたのか、響が笑顔で言った。
「大丈夫、危険な薬品じゃない。天然由来の成分さ」
まるで安心できない回答だった。
「響さん、あまり極端な手段は控えて頂きたいのですが」
「わかってる。川内さんに伝えておいてね。もう少し静かにしてくれないと、そのうち粛清されちゃうよって」
「肝に銘じておきます」
提督の言葉に満足気に頷きながら、響は駆逐艦寮へと去って行った。
見送りながら、提督は思った。響は怒らせないようにしよう、と。
ちなみにその後、川内は過去最高レベルで提督に説教をされた上で、しばらく遠征を申し付けられた。
その光景を目撃した艦娘は「まるで提督が何かに怯えているみたいでした」と語ったと言う。
☆☆☆
軽巡寮の用件を終えた提督が次に向かったのは、演習場方面である。演習場は広いこともあり、余計なイタズラを目論む艦娘が少なくない。見回りが必要だ。
ライト片手に海沿いを歩いていると、灯りの下に座り込んでいる影が目に入った。
「あれは……赤城か?」
海を見ながら座り込んでいるのは航空母艦赤城だった。
鎮守府における空母の代表格ともいえる彼女が、こんな深夜に何をしているのだろうか。
少し観察して、提督は気づいた。
「牛丼を……食っている?」
赤城は一人で海を見ながら牛丼を食べていた、それも悲しそうに。
いったいどういうことだろう、不気味な光景に困惑する提督だが、あることに気づいて全てを理解した。
「あれは、某牛丼店のテイクアウト……っ」
少し前、鎮守府と某牛丼店のコラボレーション企画があった。
牛丼とは豪快にかきこむ食事だ。そうなるとコンビニコラボの時と違って、大食漢の艦娘がキャンペーンに駆り出させると多くの者が想像していた。
大食漢の艦娘といえば赤城だ。自他共に認めるところである。
きっと彼女は、牛丼店コラボに自分の出番があると思っていたのだろう。
だが、現実にはそうはならなかった。
牛丼店とのコラボに選ばれたのは、割といつものメンバーだったのである。
今、赤城は一人で、自分がコラボに選ばれなかった寂しさを噛み締めているのだ。牛丼を食べながら。
「ここは異常なしだな……」
傷心の艦娘を見逃す情けが、提督にも存在した。
☆☆☆
「さて、気を取り直して……っと」
言いながら振り返った時、演習場に強烈な光の帯が見えた。
「あれは神通の夜間訓練か……」
近づいて見れば、神通が探照灯をつけながら、駆逐艦達へ猛烈な訓練を施していた。
この鎮守府の神通は駆逐艦がゲロを吐いても止まらない鬼教官である。提督がうっかり艦娘だったら即日死んでいると思うレベルの訓練を行う、恐ろしい存在。
正直、気の毒だ。そんな思いで訓練風景をしばらく見つめていたが、あることに気づき、慌てて視線を外した。
提督に気づいた神通が「提督がいらっしゃっていますね。皆さん奮起しましょう」とか言って、訓練のレベルが跳ね上がりかねない。
「ここも異常無しと。さて、あとは……」
そう言って演習場を離れようとしたところで、爆音が響いた。
「な、なんだ!」
音の方を見る。場所は演習場の敷地内だが、海ではなく陸の方、グラウンドになっている箇所から光の帯が見えた。
音と光、その2つから、提督は即座に原因を把握した。
「こ、今度は那珂ちゃんか!」
この音と光は、那珂ちゃんの夜間ライブだ。
走って現場に行くと、グラウンドのど真ん中に簡易ステージとスピーカー、それに探照灯を設置した那珂ちゃんが歌って踊っていた。
音に反応した駆逐艦がすでにサイリウムを握りしめて周囲に集まり始めている。すごい練度だ。
「川内に神通に那珂ちゃんに、川内型は夜になるとおかしくなるな……」
ある意味、姉妹艦らしくはある。にわかに熱を帯び始めたライブ会場を見ながら、そんな感想が浮かぶ。
「……いやまて、神通の夜間演習はともかく、このライブは計画されてたか?」
那珂ちゃんのライブは規模にもよるがそれなりに機材を使う。故に事前申請は必須だ。
少なくとも、今日この時間のライブについて、提督が許可を出した覚えはなかった。
携帯を取り出して、秘書艦に連絡をする。優秀な秘書艦は数コールで電話に出た。
「球磨、俺だ。この時間に那珂ちゃんのライブは計画されていたか?」
「そんな予定はないクマ。今起きている騒ぎはゲリラライブになるクマ」
「……やはりか。すぐにこちらに人を回してくれ。あと、念のため大淀にも連絡を」
「那珂ちゃんを支援してる子がいるクマね。多分、ファンクラブの駆逐艦クマ」
「わかってるなら話は早い。駆逐艦の逃走経路を塞ぐのも忘れるな」
申請なしのイベントを見過ごしたとあっては鎮守府の権威に関わる。最悪、那珂ちゃんのアイドル活動停止まである。
ここは提督として徹底した行動が必要な場面だ。
「了解クマ。提督はしばらくそこで曲を聞いてるフリでもしてるクマ」
「任せろ。得意技だ」
そう言って、提督は懐からサイリウムを取り出した。
サイリウムの扱いなら、鎮守府の誰よりも熟知している。この場に溶け込んで、相手の油断を誘うことなど容易い。
十分後、鎮守府内で前例がないレベルの大捕り物が始まった。
☆☆☆
午前二時。那珂ちゃんゲリラライブ事件の関係者を一通り捕縛したら、そんな時間になった。
鎮守府内を駆けまわって疲れた提督とまだまだ元気な球磨は執務室に帰還した。
提督はソファーに腰掛け、球磨はお茶の準備などを始める。
「疲れた……」
「お疲れ様クマ。もう交代の時間だから提督は休むといいクマ」
「うむ。有り難い……。一服したら、部屋に帰るかな……!」
球磨から交代を告げられた提督は、意外にも元気そうな返事をした。
それを不審に思った球磨が問いかける。
「提督、なんか妙に元気クマね」
「うむ。新しく発売したエロゲが楽しみでな。寝る前にやると決めていた」
この提督ならよくある発言だ。趣味の時間になった瞬間、体力が回復するのもオタクならよくあることだ。
「そうクマか。趣味があるのは良いことクマ。ほどほどにするクマよ」
「うむ」
話しながら球磨がテーブルにお茶を置いた。リラックス系のハーブティーだ。金剛あたりの手配したものだろう。
ハーブの香りを楽しみつつ、提督は語る。
「しかし、楽しみにしていたゲームを前にすると若い頃の情熱が蘇ってしまってな」
「エロゲじゃなければもうちょっと肯定的になるんだけどクマ」
「個人的な楽しみだ……迷惑はかけて……なんかいきなり眠くなって来たぞ」
お茶を少し飲んだ提督がそんなことを言い出した。
思ったより早く効いたクマ、と呟きながら球磨が答える。
「ただでさえ疲れてる提督が睡眠不足になったら困るから、一服盛らせてもらったクマ。響に感謝クマ」
「なんだと……」
さらっととんでもないこと言いやがる。だが、眠気が凄い。抗えない。
よりによって響の薬とは、これがソ連の力……。
抗いがたい眠気の中で、色々考えながら、提督は精一杯言葉を絞り出そうとする。
「くそ、エロゲが……」
そう言いながら、提督はソファに倒れこんだ。そのまま安眠に突入。
「よし、寝たクマね」
完全に眠っている。その点を確認した球磨は、提督を軽々と持ち上げた。お姫様抱っこで。
「やれやれ、疲れてるのに無理しようとするからクマ」
薬は入れたが、ごく少量だし、弱いものだ。提督が疲れている時用にと用意されているものである。
つまるところ、提督は仕事でそれなりにお疲れだったわけである。日中の執務の上に、先ほどの大捕り物が相当効いたのだろう。
「趣味の時間は持たせてあげたいけど、提督に寝込まれたりすると本当に困るクマよ」
趣味の時間が削られてしまうのは申し訳ないとは思うが、そこは我慢して貰うしかない。
なんだかんだで提督に何かあると鎮守府が機能不全に陥る可能性が高い。故に、提督の休養はとても重要なのだ。
幸せそうに熟睡する提督を運びながら、自分にしか聞こえない声音で、球磨は言う。
「そのうち、球磨達が提督にいくらでも趣味の時間を作れるようにしてみせるから、今は大人しく休むクマー」