オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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サイシュウカイカッコカリ


オタ提督と艦娘たち

 駆逐艦吹雪。吹雪型一番艦にして、鎮守府の最古参にして、初代秘書艦である。

 オタ提督(以下、提督)と共に鎮守府で長い期間を過ごして彼女にとって、ある問題が生じていた。

 

 鎮守府内の空気が妙なのだ。なんというか、誰もが浮き足立っている。

 原因ははっきりしている、提督だ。

 提督の様子がおかしいのだ。いや、様子がおかしいのはいつものことだが、なんというか、質が違うのだ。

 最近の提督は、何やら真面目ぶった顔をして良く外出する。戻ってくるといつも通り奇行に入りつつも、たまに深刻な顔をしたりする。

 目撃されるのは鎮守府のそこかしこ。当然、艦娘も提督の常ならぬ姿を目にするわけである。

 あの提督がおかしい。おかしいのはいつものことだが、異常なおかしさだ。

 

 そんなことがあって、提督はじめ、鎮守府全体が何だか変な雰囲気なのである。

 流石に気になったので提督に直接聞いてみたが「何でもない」みたいな回答だった、嘘だと思う。ちなみに一緒にいる秘書艦に聞いても「知らないクマ」とのこと。

 提督はともかく、球磨の方は本当に知らない様子だった。

 

 このままではいけない。

 鎮守府内の変な雰囲気を打開する術はないかと、吹雪は相談できそうな艦娘のところに行くことにした。

 

 最初に行ったのは食堂だ。

 そこには戦艦金剛がいた。気さくで話しやすく、年長者らしくアドバイスもしてくれる。こういう時、頼りになる存在である。

 中に入ると金剛が手招きした。向かいの席に座ると、周囲の艦娘が聞き耳を立てているのを感じる。皆、吹雪が何故ここに来たか気づいているのだろう。

 

「ブッキー、ここに来たのは提督の件ですネ?」

「あ、はい、そうです。やっぱりおかしいですよね」

 

 私物の紅茶セットを使って、お茶を用意してくれる金剛。いつも通りの陽気さだが、雰囲気に気遣いを感じる。

 

「それで、提督の落ち着きがない原因はわかったんですカ?」

「司令官に落ち着きが無いのはいつものことだと思いますが……」

「そういう意味じゃないヨー。わかってるでショー」

 

 咎める金剛に、苦笑しながら吹雪が答える。

 

「直接聞いてみたんですが、「まだ話せない。悪いことじゃない」の一点張りです。ああ見えて、仕事に関する口は硬い人ですから……」

「ガッデム。提督でそれなら、球磨は? 吹雪なら何か教えてくれるでしょう?」

「いえ、よく知らないそうです」

「大淀は?」

「聞けると思いますか?」

 

 軽巡洋艦大淀。秘書艦の補助みたいなことをしている艦娘であり、事務能力の高さから、下手をすると秘書艦以上の情報を持っていてもおかしくない。

 しかし、なんとなく怖い人物である。あと、秘密は絶対に喋らないタイプでもある。

 

「……大淀から聞き出すのは、ちょっと勇気がいる行為すぎますネ。ともあれ、秘書艦にも伝えられないようなことが進行中ってことですカー」

「そうですね。大規模作戦前という雰囲気ではありませんし、何が起きているのかわかりません」

「ふふふ、これはアレだヨ。アレ」

「あれ?」

 

 いきなりニヤニヤしながら金剛は言い放った。それも大声で。

 

「ケッコンデース! ケッコンカッコガチ! 提督もいい歳だから身を固める覚悟を決めたのでしょう! 相手は勿論、私ネー!」

「いえ、それはないと思います」

 

 即答だった。紅茶を口にしながら、あくまでも冷静に吹雪は金剛の妄言を否定した。

 

「ブッキー、なんでまた即答デスカ! まさか、貴方……」

 

 なんか驚愕している金剛。何を考えているのかわからないが、吹雪はあくまでも冷静に答える。

 

「いえ、別に私が相手とかではなく。司令官が本当に結婚するならわざわざ隠したりしないでしょうし、そこかしこで兆候があると思うんです。式の準備を相談するとか。あの人、自分の情報に関しては脇が甘いですし」

 

 過去のことを思い出しながら吹雪は答える。提督は自分のことは話したがらないようで、必要があればベラベラ話す。たまに必要がなくてもベラベラ話したりもする。おかげで古参の艦娘は提督の出身地などに無駄に詳しかったりもするのだ。

 

「さ、流石は初代秘書艦ですねネー。説得力がありマース。それじゃあ、結局提督は何をやってるんデショー」

「それがわからないんですよねぇ……」

 

 吹雪はため息を一つ。同時に、聞き耳を立てていた一同もため息をついた。

 

 ☆☆☆

 

 収穫無しで食堂を出た吹雪が、次に向かったのは工廠だった。

 目的としている相手は軽巡洋艦夕張だ。彼女はなんだかんだで提督と仲が良い(と吹雪は思っている)ので相談するべきだろうという判断したのだ。そして、工廠なら明石経由で変わった情報が入っていてもおかしくない。その辺りも期待しての行動選択である。

 

 工廠にある夕張に部屋にやってくると、彼女は何やら作っているところだった。

 中を見ると、小さな神社といった感じのものが室内に完成していた。

 吹雪に気づかないまま、その社の前で夕張は厳かに宣言する。

 

「……完成、したわ」

 

 夕張は感動に打ち震えていた。渾身の作品らしい。

 感動の瞬間に悪いと思いつつも、話を進めないといけないので声をかけることにする。

 

「あの、夕張さん?」

「あら、吹雪じゃない。どうしたの?」

 

 ようやく気づいてくれた夕張。(提督以外には)いつも通りの気さくな感じで反応してくれた。

 

「ちょっとお話に。というか、なんですそれ? 社?」

「これは、こう使うのよ」

 

 言いながら夕張は部屋の隅からダンボールを持ち出して来た。

 厳重に梱包されたそれから出てきたのは見たことの無い機械だった。

 黒っぽくて、古い感じの。恐らくゲーム機だろうか。

 

「なんですか、それ?」

「これは、ご神体よ」

「ご神体? その社のですか? 機械に見えますけど」

「またの名をメガドライブ。セガの魂が形になった名機よ。これをご神体とすることで私の信仰はようやくスタートする」

「はあ……」

 

 わけがわからないのでスルーすることにした。オタクの妄言に付き合うと酷い目にあうと、吹雪は経験上よく知っていた。

 

「個人的なことだから吹雪ちゃんにはわからなくていいの。それより、お話って何かしら?」

「司令官のことです」

「チッ……」

 

 一瞬で、空気が凍った。夕張の目が爆雷ソナーガン積みで潜水艦を前にした時みたいになった。怖い。

 

「あのアホのことなら、吹雪ちゃんが一番良く知ってるでしょ? 付き合い長いし」

 

 いきなり投げやりな態度になる夕張。この人、割と本気で提督を嫌っている時があるなぁ、と思いつつ話をする。

 

「そ、そんなことないですよ。最近はあまり話す時間もとれませんし、すごく忙しそうで」

「……そういえば、なんか浮足立ってるわね。私への嫌がらせも完全に無くなったし」

 

 今気づいたという風に言う夕張。どうやら、何かしら事情を知っているようには見えない。

 

「その様子だと、夕張さんが何か知ってるわけではないんですね」

「知るわけないでしょ。ああ、明石さんから何か聞いてると思ったのかしら? あの人も多分知らないわよ。秘書艦と大淀はどうなのよ?」

「球磨さんも何も聞いてないそうです。大淀さんはちょっと怖くて」

「なるほどねー。ま、大淀さんは知ってても教えてくれないでしょうね。えーと、そうだ。鳳翔さんには聞いてみた?」

 

 意外な名前が出てきた。軽空母鳳翔は鎮守府内で居酒屋を運営しており、たまに提督が出入りしている。

 鎮守府のおかんと言われる彼女になら、提督がポロっと情報を漏らしている可能性は十分にある。

 

「鳳翔さんですか。それは盲点でした。提督、たまに鳳翔さんのところに行ってますもんね」

「私たちには話せないようなことを話してる可能性はあると思うわよー」

「そうですね。行ってみます」

 

 我が意を得たりとばかりに、部屋を出て行く吹雪。

 それを見送って、夕張は一人呟く。

 

「ま、吹雪ちゃんがどうしてもって言えば、教えてくれると思うけどね。あのアホは甘いから」

 

 とりあえず、夕張は社にご神体の設置をする作業に入った。早くこの場を清めたくて仕方ないのだ。そう、SEGAのために。

 

 ☆☆☆

 

 居酒屋鳳翔の営業は夜がメインだが、ランチタイムもやっている。

 幸い、まだ開いている時間帯だっので、鳳翔に会うことが出来た。

 

「いらっしゃい、吹雪さん」

「こんにちは。鳳翔さん。あ、長門さん、こんにちは。お昼ですか?」

「先ほど食べ終わったところだ。それと、少し世間話をな」

 

 カウンター席には戦艦長門が座っていた。彼女はたまにここでランチを食べることがある。

 

「あの。お邪魔ですか?」

「そんなことはないわよ。吹雪さんも、提督のことで話があるのでしょう?」

 

 カウンターにお茶とお菓子を用意しながら、席に誘う鳳翔。どうやらここに来た理由はばれているようだった。

 

「私も? 長門さんも提督のことを話してたんですか?」

「うむ。最近の奴は何やら浮足立っているからな。鳳翔さんなら何か知らないかと思ったのだ。その様子だと、吹雪も同じ用件だったようだな」

「ええ、まあ。司令官の様子がおかしいのは確かなんですが、誰も理由を知らないみたいで」

 

 カウンターに座り出されたお茶を飲みながら言う吹雪。ちなみに出されたお茶菓子は間宮羊羹だった。

 吹雪たちの会話にくすくす笑いながら鳳翔が反応した。

 

「皆に心配されて、提督は幸せ者ですね」

「む、無闇に心配させる提督にも問題がある」

「怪しい動きは良くしますけれど、今回みたいのは初めてなので、ちょっと心配で」

 

 むっとして言う長門に、不安そうに答える吹雪。

 鳳翔はおかんの呼び名にふさわしい微笑と共に二人に言う。

 

「残念ながら、私も提督から何かを聞いているわけではありません。お二人が知らないようなことを、私が知っているなんてことはありませんよ」

「そうですか……」

「案外、出世する話でも出ているのかもしれんな。提督は上層部と仲が良いみたいだし」

「……あり得なくはないですね」

 

 提督は鎮守府のために、上層部に取り入っていた。それが仇になったのかもしれない。

 出世は良いことだと思うが、提督が鎮守府に居なくなったらどうなるのだろうか。あまり意識しなかった状況に、吹雪は漠然とした不安を覚える。

 その表情に気づいたのか、鳳翔がフォローしてくれた。

 

「大丈夫ですよ、吹雪さん。あの人は事案になるようなことはしても、本当に困った事件は起こさなかったでしょう」

 

 その通りだった。あの人はギリギリ信用できる人だ。かなりギリギリだが。

 

「ありがとうございます。鳳翔さん、長門さん。とりあえず、司令官が話すのを待とうと思います」

「うむ、何か困ったら相談するといい」

「また遊びに来てね」

 

 実質的な収穫はなかったが、精神的な収穫を得て、吹雪は鳳翔の店を出た。

 

 ☆☆☆

 

 駆逐艦寮に戻ってきた吹雪は、庭で深雪、白雪、初雪の三人と話していた。

 

「結局、司令官から話すのを待つことにしたんだね」

「うん、話さないのには理由があると思うし」

「めんどくせーな。直接聞けばいいだろ」

「司令官、意外と口が堅いから教えられないことなら、教えてくれないと思う」

 

 吹雪型のいつもの仲間とそんな会話をしていると、話しかけてくる声があった。

 

「いたいた。提督、吹雪がいたクマよ」

「おお、ここにいたか」

 

 声の主は二人。どちらもよく知る人物だった。

 見れば、提督と秘書艦がこちらに向かってきていた。

 何か用だろうか、呼び出しせずに二人が直接やって来るのは珍しい。

 

「し、司令官。どうしたんですか?」

 

 突然の来訪に驚く吹雪。対して、提督はいつになく真剣な顔つきだった。

 

「吹雪、大事な話がある。聞いてくれ」

「ふぇっ、大事な話ですか? ここでですか?」

 

 大事な話し。この男から個人的にされるそんな話題は数少ない。まさか、金剛の言っていた結婚(ガチ)か、などということが脳裏をよぎる。

 なんとなく、周囲の仲間達も「吹雪なら、あるいは……」みたいな顔をしている。同じような妄想をしたらしい。

 流石にいきなり結婚(ガチ)はないにしても、吹雪個人に対する真剣な話であるのは間違いない様子。ただならぬ状況である。

 

「あの、司令官。他の場所で……」

「ここで十分だ」

 

 はっきりとした口調で言う提督。やはり、顔つきも口調も真剣だ。更に、少し緊張しているようにも見える。

 注目する吹雪型。期待するな、期待するなと自分に言い聞かせつつも、何かを期待してしまう吹雪。

 ゆっくりとした動作で、提督が懐から何かを取り出す。サイズ的に良い感じ。いや、まさか、いやそんな。

 

「見てくれ、俺が学生の頃から発売を待っていたライトノベルの最終巻がついに発売したんだ。この喜び、吹雪ならわかるだろう……」

 

 懐から取り出した文庫本片手に、喜色満面で提督は語りだした。

 

「死ねばいいのに……」

 

 怒りを通り越して、感情を失った顔で、吹雪が握り拳を振りかぶった。

 

 ☆☆☆

 

 結果として、吹雪が心に傷を負った一件で、提督の落ち着きが無い騒動は幕を閉じた。 

 別に提督はライトノベルの件だけでそわそわしていたわけではなかった。

 「心配をかけていたようだから」と前置きした上で、ついに事情を話してくれたのだ。

 話の内容は、この戦いについてだった。

 

 艦娘達の戦いは無駄では無かった。

 

 度重なる深海棲艦との戦い、その棲家への攻撃。

 自分達が勝っているのか負けているのか、それすらも判然としない戦いの日々。

 

 だが、そうではなかった。

 人類が深海棲艦相手に勝利を重ねたのは無駄ではなかった。

 

 あの日、吹雪にぶっ飛ばされた後、提督は教えてくれた。

 

「太平洋の向こうの艦隊と連携し、深海棲艦を殲滅にかかる」

 

 鎮守府の人員は再編成され、静かな海を手に入れるための戦いは次の段階に入る。

 つまりは、そういうことだった。

 

 そして、その前準備として、吹雪達は南に向かうことになったのだ。

 

 ☆☆☆

 

「少しずつ、人が増えて来ましたね」

「賑やかになるのは良いことネー。準備で忙しくて出撃できないですけどネー」

「準備が整えば、きっと忙しくなりますよ」

「私達の頑張りで平和が近づくなら、望むところデース!」

 

 胸を張って豪語する金剛。

 とある南の島。建設中の泊地、鎮守府と比べるとかなり簡素な執務室から海を眺めながら、吹雪と金剛はそんな会話をしていた。

 大規模な人員の再編成の結果、吹雪と金剛は新たに作られる泊地にやってきた。

 二人の他にいるのは駆逐艦と軽空母が数名に夕張と、まだまだ小さな基地である。

 人も物も、全てこれからの場所。

 まるで、提督と吹雪が来たばかりの頃の鎮守府のような場所だった。

 

「ところで、吹雪。時間の方はどうですカー?」

 

 金剛に言われて吹雪は時計をチェック。

 予定されていた時刻が近づきつつあることに気づく。

 

「あ、そろそろですね。迎えに行かないと」

「オッケー! 先に行ってるデース!」

「金剛さん! もう、私達も仕事があるんですよ」

 

 素早くドアから出て行った金剛に吹雪は抗議する。しかし、彼女は物凄い速さで建物を出て、港に向かってしまった。

 

「まったく、自分に素直なんだから……」

 

 呆れながら、窓の外、港の方を見ると、一隻の船が入ってこようとしていた。

 

 港に入ってきた船には、この泊地の指揮官となる人物が乗っている。

 その功績を認められて出世した上での後方勤務を蹴って、わざわざ最前線の基地にやって来るかなりのアホだ。

 周囲の人間からは相当言われたらしい。わざわざ前線に出るなんて、正気ではないと。

 しかし、本人はそんなことよりも、アニメの録画を気にしているに違いないと吹雪は確信していた。そういう人なのだ。

 

 艦娘としての吹雪の目には、その船を護衛している艦娘達もよく見えた。

 旗艦は軽巡洋艦。球磨型の一番艦だ。どうやら、彼女もここに来ることが出来たらしい。きっと、やってくるなり、そのまま執務室を仕事場にするのだろう。

 

 あの二人がいるのだから、そのうちこの基地は、以前の鎮守府のように賑やかになるかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、港に船が着いたのを確認した吹雪は、館内マイクのスイッチを入れる。

 皆に伝えなければならない。新しい戦いが始まったことを。

 

「提督が鎮守府に着任しました。これより、艦隊の指揮を執ります」


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