オタ提督と艦娘たち   作:みなかみしょう

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登場人物
・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。群馬県出身。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・長門:日本を代表する戦艦。妖怪ウォッチのジバニャンは自爆で戦うヒーローだと提督に吹きこまれている。
・夕張:提督から「結城友奈は勇者である」を日常系バトルアニメと紹介され視聴。後半になるにつれて魂が抜けていった。尚、今回は登場しない。


オタ提督と荷受する艦娘

 戦艦長門は生真面目な艦娘である。

 出撃がなく、訓練を終え、時間が空いた時でも何かしらの仕事を自分で見つけてくる。

 鎮守府前の掃除も、彼女のそんな仕事の一つだ。最初はわざわざ長門がすることではないと周囲に言われたものだが、今では普通の光景として定着し、他の艦娘と掃除している姿もよく見受けられる。

 戦艦娘の代表格である自分が率先して仕事をすることで、鎮守府の規律の維持や艦娘同士の交流の役にたつ。長門自身、そんな生真面目な考えを持っていた。

 

 さて、鎮守府前で掃除をしていると、掃除以外の仕事が舞い込んでくる。

 来客があれば挨拶するし、必要があれば案内もする。一般市民が訪れた場合などは対応に注意が必要だし、偉い人が来た時も同様だ。

 他にも、荷受という仕事が発生することもある。

 特にこの鎮守府のオタ提督(以下、提督)は頻繁にネット通販を利用するので、必然的に長門が荷物を受け取ることが多くなる。

 

「ふむ、特産品か……」

 

 今しがた受け取った荷物を見ながら、長門は思案していた。

 結構大きめのダンボール箱で、ずっしりとした重みがある。

 「特産品」、荷札にはそう書かれていた。

 しかし、長門はこの「特産品」の三文字に苦い思い出があった。

 

 この鎮守府に着任して、しばらくたった頃、同じように提督宛の「特産品」の荷物を受け取った。

 当時の長門は提督の趣味に関してあまりにも理解が浅かった。彼がプライベートでどのような時間を過ごしているか知らなかった。

 だから開けた、「特産品」の荷物を。

 

 そして見た、大量のエロ本(長門は今でも理解できていないが、エロ同人誌)の山を。

 あの場に駆逐艦がいないのが幸いだった。いればきっと精神に傷を負っていただろう。

 幸い、現場にいたのは荷物を受け取った自分と、それを見て慌てて駆け寄って来た提督の二人だけだった。

 情けないことに、肌色満開の本の山を見た瞬間、長門は提督を殴り飛ばしてしまった。当時の自分の動揺ぶりを思い出すと、うっかり主砲一斉発射しなかっただけマシかもしれない。

 普通の人間を普通に殴ってしまったのは、長門にとってあの一回きりである。今でも強く反省している出来事だ。

 きっと、提督も反省しているだろう。その後、三日ほど部屋から出てこなかったほどだし(何故か姉妹艦の陸奥に死ぬほど怒られたが)。

 

 とはいえ、それらは全て過去の話である。

 あれからいくつもの決戦を乗り越え、長門は成長した。今では提督のこともかなり理解しているし、それなりに尊敬できるところもあるとすら思っている。

 例えば先日など、駆逐艦の曙に1時間くらい罵声を浴びせられた後「我々の業界ではご褒美です」と笑顔で言い切る姿を見て、素直に「強い」と感心したものだ。

 実際のところ、趣味と性癖に目を瞑れば能力は十分優秀な男なのだ。

 何より長門も大人である。寛容な精神でもって過去のことを水に流し、この「特産品」の荷物を提督に事務的に渡すべきだろう。

 

 荷物を持って硬直した状態で長考した長門は、何とか自分自身を納得させて、提督のところに向かう結論を出した。

 そんなわけで、掃除道具を片付け執務室に向かおうとしたところで、秘書艦の球磨がこちらにやって来た。

 

「お、来てるクマね」

「む、球磨か。どうかしたか?」

「提督に頼まれて荷物を受け取りに来たクマ」

 

 提督の秘書官を務める軽巡洋艦の球磨は、珍妙な語尾を除けば非常に優秀だ。提督の奇行をそつなくあしらった上で、業務をこなす得難い能力がある。

 今もまた雑務の合間を見て、荷受に来たのだろう。

 

「これのことか? ちょうどいい、頼んだぞ」

「ありがとうクマ。ビッグ7をパシリみたいに使って申し訳ないクマ」

「気にすることはない。掃除のついでだ」

 

 こちらとしても助かる話だ。秘書艦経由で提督に「特産品」が渡るなら安心である。

 

「いつもながら、お仕事お疲れ様クマ。提督も長門さんがしっかりしてるから、鎮守府の規律が保ててると言ってたクマよ」

「そ、そうか。ま、まあ、ビッグ7だからな。皆の規範とならねば」

 

 どうせ褒めるなら直接褒めてくれてもいいのにと思いつつも、長門の中で提督の評価が1ランク上がった。

 

「そうだ。良ければこの荷物の中身、少し貰ってくクマ?」

「なんだと!」

 

 問題発言だ。提督宛の「特産品」を長門に振る舞おうとするなど。正気の沙汰とは思えない。提督の毒が球磨に回ったのだろうか。

 

「提督からの許可は貰ってるクマ。使う前に少しなら配ってもいいって」

「く、配るだと……その中身をか」

「そうだクマ。どうかしたクマ?」

「いや……しかし。あの男、何を考えて……」

 

 提督宛の「特産品」を鎮守府内に配布する。考えるだけでも恐ろしい。鎮守府の風紀が乱れるどころではない、戦わずして崩壊だ。

 

「何って提督はちゃんと皆のことを考えているクマよ?」

「……考えているだと。まさか、我々のことをそういう目で……」

「? そういう目っていうのがどういうことかわからないけど。みんなを大事にしようとしてるクマよ。はっきりとは言わないけど」

「大事に……、そうか、そうだったのか……」

 

 長門は理解した。提督も男だ。艦娘とはいえ若くて器量良しの女性だらけの鎮守府の中で暮らすうちに、理性と知性が暗黒面に突入してしまったに違いない。

 きっと今の彼は現実と妄想の境を歩く、悲しい存在になりつつあるのだ。

 そして、そんな提督の欲望の発露がこうして形として現れつつある。

 今、起きているのはきっとそんな状況なのだ。 

 

「長門さん、いらないクマ? それなら他の子に配るクマよ? さっき第七駆逐隊とすれ違ったクマし」

「……そ、それはいかん!」

「そうクマか。それじゃあ、長門さんに」

 

 箱を開けようとする球磨。長門はそれを慌てて止める。

 

「そ、それも駄目だ!」

「どうしたクマ? そんなに焦って」

 

 ここで提督厳選の春画本など開陳されてはたまらない。人通りがあるし、鎮守府崩壊の序曲が始まってしまう。

 長門が今やるべきこと、それは、どうにかして提督のいる場所に赴き。彼を正しい道に導くことだろう。

 秘書艦の球磨がこうなってしまった以上、これは自分にしか出来ない役目なのだ。

 

「そ、そうだ。まずは提督だ。提督宛の荷物なのだから、彼に確認してもらうのが筋だろうと思ってな」

「はー、長門さんは真面目クマねー」

「真面目でなければビッグ7は務まらんからな! はっはっは!」

 

 背中に冷や汗を流しながら、声高く笑う。どうにか第一の危機は回避できそうだった。

 

「それじゃあ、球磨は荷物を持って提督のとこに行ってくるクマ。ありがとクマ」

「う、いや。せっかくだから私も行こう。荷物を届けてから休憩に入るつもりだったしな」

「長門さんから提督に会いに行くのは珍しいクマねー」

「た、たまには労ってやらんとな。ビッグ7の癒やしだ」

 

 この時、長門は提督にあったら癒やしという名の拳を叩き込むことを決めつつあった。

 

「じゃ、一緒に行くクマー」

「うむ」

 

 そんなわけで、二人は「特産品」の荷物と共に提督の執務室に向かうのだった。

 

 ☆

 

「おう、球磨、お疲れ。おや? 珍しいな、長門か」

 

 執務室に入ると、事務仕事をしている提督が軽く挨拶をした。

 視線も手も仕事に集中している。アニメを見ている時の緩んだ表情と違い、仕事モードだ。

 

「言われた荷物を持ってきたクマ」

「私は提督の仕事ぶりを見に来ただけだ。うむ、しっかりしているようだな」

「そうか、気を使わせてすまないな」

「なに、気にすることはない」

 

 今のところ、提督の様子は普通だ。いや、真面目に仕事をしている姿が普段とかけ離れていてちょっと異様だが、一般的に見るとこちらが普通だろう。

 だが、油断はできない。長門は拳を握りしめ、いつでも殴れる用意をする。

 

「そうだ、せっかくだ、長門にもわけてやろう」

 

 球磨から荷物を受け取るなり、提督は「特産品」の荷物を開梱し始めた。

 

「な、何をする気だ提督! そのようないかがわしい「特産品」など……!」

 

 長門の叫びを意に介さず、提督は開梱作業を続ける。

 一応、長門の声は聞こえているらしく、返事はあった。

 

「いかがわしい? ああ、そうか。前にそんなこともあったな」

「前って何クマ?」

 

 長門の心中とは裏腹に、のんびりした口調で言う提督。

 興味津々といった様子で問いかけてきた球磨に、提督は語って聞かせる。

 

「球磨が来る直前のことだ。友人が「特産品」の名目で極めて特殊な資料を送ってくれたんだ」

「エロ本クマね」

「俗な言い方をするとそうなる」

「そ、そうだ! あの時、私はうっかりその箱を開けてしまった……」

「可哀想クマ、提督の被害者だクマ」

 

 球磨が心底同情の眼差しで長門を見てきた。割と本気で身にしみた。

 

「私はお前に送られてきた特殊な「特産品」で精神に軽く傷を負ったのだぞ! それをまた」

「安心しろ長門。今回の「特産品」はちゃんとしたものだ」

 

 言いながら、提督は箱の中身を手渡した。

 

「ひっ……」

 

 たじろぐ長門の手に渡されたのは、大きく、丸く、柔らかいものだった。

 立派なみかんだ。

 

「故郷から送られて来たものだ。遠方の親戚にみかん農家がいてな」

「じゃあ、少し貰って皆に配ってくるクマ」

 

 どこから取り出したのか、球磨はいくつかの袋にみかんを素早く詰めると、執務室を出て行ってしまった。

 

「み、みかん……。そうか、私の早とちりだったか」

 

 心底安心する長門。全てが勘違いだったのだ。こんなに嬉しいことはない。

 

 提督は小さめの袋にみかんをつめて長門に渡してくれた。

 

「今度から私宛の荷物を見るときは、送り主に気をつけろ。男性の名前だったら開けないほうがいい」

 

 ふと荷札をみれば、女性の名前だった。提督の母だろうか。

 

「そういう見分け方は早めに教えてくれ……」

「今教えたから、勘弁してくれ」

「そのみかんで許そう」

「ビッグ7は心が広いな、この程度でいいのか?」

「なに、十分さ」

 

 みかんを受け取り、穏やかな面持ちで、長門は執務室を退出した。

 

 ☆

 

 執務室に一人残された提督は安堵していた。

 

「……危なかった」

 

 故郷から届いたみかんの荷物には仕掛けがあった。

 箱の底が二重になっていて。エロ同人誌の数々が収納されているのだ。

 エロ同人誌二重底輸送作戦。

 先日、母からみかんを送りたいと連絡があった時に、慌てて考えた作戦だ。

 危なかった。長門が受け取り、この仕掛けに気づいていたら、また殴られて寝込む羽目になるところだった。

 

 同じ作戦は危険だろう、今後もあの手この手を考えよう。

 一人、そんな決意を固める提督だった。

 

 ちなみに、みかんは美味だった。 


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