・オタ提督:某鎮守府の提督。ひょんなことから提督になった。渾作戦を「ふんどしさくせん」とわざと間違えて読んでいたことで今更ながら長門に怒られた。
・球磨:オタ提督の主な秘書艦。語尾以外は意外と優秀。
・初雪:基本的に面倒くさがりだが、出撃があるのでサボれないのを不満に思っている。意外と真面目だ。
・日向:何かと瑞雲を推してくる困った人。「ここまで読んでくれた皆さんに是非とも瑞雲を進呈したいんだが。どうかな?」
・夕張:冬コミにて『シグルイ』のちゅぱ衛門のコスプレをする提督を見かけるも、見て見ぬ振りをする情けが夕張にも存在した。尚、今回は登場しない。
駆逐艦初雪は鎮守府の多くの艦娘達から怠惰な艦という印象を抱かれている。
実際、その印象は間違っていない。本人の戦意は決して高いとは言えないし、必要がなければ極力自室から出ない、外でみかけても彼女が前向きな発言をしている場面を見ることは稀だろう。
しかし、それはあくまでも印象の話だ。客観的に初雪の行動を観察すると、訓練や演習に出撃といった艦娘へ課された義務は十分に果たしており。日常のそれらの業務をこなしているということはそれなりに活動的な日常を行っているということの証左でもある。
結論を言うと、初雪は怠惰というのはあくまで彼女の言動などからくる印象に過ぎないわけである。非番の日以外ならば鎮守府内で彼女を見かけることは意外と多い。たとえ、本人がそれを望んでいないといえど仕事である以上そうならざるを得ない。
にも関わらず、鎮守府内で初雪を見かけると多くの艦娘はこんな台詞を言うのである。
「あれ、初雪ちゃん。今日は外に出てるのね」
この日、初雪にその台詞を投げかけてきたのは軽巡洋艦の阿武隈だった。初雪は彼女の発言が一方的な印象から来ているものにすぎず、現実との剥離が著しいことを指摘しようかと一瞬考えたが、やめた。めんどくさいからである。
それに、印象とは逆に自分が勤勉な艦娘だと思われるのも不味い。余計な仕事が回ってくる恐れがある。
だから、初雪はこう返答した。
「任務と遠征があったから、仕方なくです……」
「サボってないなら何よりです」
笑顔で言いながら、阿武隈は初雪の向かいに座った。
今、初雪がいるのは食堂である。時刻は昼過ぎ、午前の仕事を終えた艦娘達がぱらぱらと訪れている。珍しいことに、初雪は一人だった。仲の良い吹雪、白雪、深雪などより初雪の仕事が終わる時間が遅かったためだ。
初雪も阿武隈も、今日の昼食はカレーうどんだった。
「他の人はどうしたの?」
「私だけ仕事が遅く終わったんで……」
「そっか……。いつも一緒だから気になって」
「お気遣い無用です。……仲良しだから」
「いいなー。仲良し」
「阿武隈さんも、北上さんと……仲良し」
「ぶふぉっ!」
阿武隈がむせた。阿武隈は重雷装艦の北上とよくじゃれあっているから、なんとなく言ってみたのだが、意外な結果だ。
「わ、私と北上さんは仲が良いわけではないのよ。向こうから一方的に絡まれてるというか……」
「でも、阿武隈さん、いつも嬉しそう……」
「カハッ」
何故か阿武隈がテーブルに頭を叩きつけた。効果は抜群だ。何の効果かわからないが。
「初雪ちゃん、この話はやめましょう。あんまり北上さんのことを話すと、怖い人がいるでしょ?」
「大井さん……怖い」
初雪は恐怖で顔を引きつらせながらコクコク頷いた。北上は同じく重雷装艦の大井と大層仲が良い。それは良いのだが、その大井という艦娘は北上が好きすぎてよく問題行動を起こしているのだ。
「そ、そうだ。初雪ちゃんはもう知ってると思うんだけど」
「なんでしょう?」
口元のカレーうどんを丁寧に拭きながら、阿武隈は聞いてきた。
「吹雪ちゃんの改二が来るって話、本当?」
☆
初雪は鎮守府の廊下を走っていた。驚くべき事態だ。すれ違う艦娘が何事かと立ち止まるが彼女は気にしない。
彼女が走る理由、それは情報だ。
先ほど、食堂で得た情報を一刻も早く仲間達に伝えねばならない。先に仕事を終えた仲間達は、部屋にいるはず。
「グッドニュース!」
勢い良くドアを開けるなり、珍しく大声を出した。
「は、初雪ちゃん、どうしたの?」
「びっくりしたー、そんな大きな声出せるんだな」
「良かった、吹雪いない」
室内にいたのは白雪と深雪の二人だ。誰がいるかも確認せずに叫ぶミスを犯したが、吹雪はいなかった。これは助かる。
「? 吹雪ちゃんなら司令官のところに行ったよ」
「ほっ。良かった」
白雪の言葉に安心すると、深雪が怪訝な顔で聞いてきた。
「それで、何のニュースなんだ?」
「それが、吹雪に改二が来るって聞いて」
「!?」
二人が驚きで身を固くした。
改二。それは一部の選ばれし艦娘に与えられる更なる改装。
改二が為された艦娘はより強力な性能と、個性を手に入れる。
これまでに何人かの駆逐艦に改二が施され、その度に強く、そして個性的になった。
吹雪は、駆逐艦に改二の噂が出まわる度に、ちょっと精神の均衡を失ったり、一喜一憂したりしていた。
この鎮守府に着任した最初の艦娘であり初代秘書艦という立場にも関わらず、微妙に影が薄い存在であることを非常に気にしているのだ。
その吹雪に改二が来るとなれば、一番の仲間である初雪達のとるべき行動は一つしか無い。
「お祝い……しないと」
「そ、そうだね。準備しなきゃ」
「お、おう。私達だけでもお祝いしなきゃな」
「とりあえず、私は間宮さんに行ってくる。伊良湖さんの最中……」
「じゃあ、私は酒保に行ってくるね。深雪ちゃんは?」
「私も酒保に行くぜ、色々買い込もう」
いつに無く素早く打合せた三人は、勢い良く部屋から飛び出して行った。
☆
初雪は駆け足で甘味処間宮に到着した。
狙いは甘味の持ち帰り。今日の彼女にはちょっと一服という選択肢すら無い。
いつにない様子の初雪に驚いた間宮さんが話しかけて来た。
「あら、初雪ちゃん。慌てて来るなんて珍しいですね」
「ちょ、ちょっと急ぎの用件があって。……伊良湖最中とシュークリームを4つずつください」
「あら、そんなに沢山? おやつ券足りるの?」
「引きこもって貯めた分とみんなから預かった分があります」
懐からおやつ券の束を出して言う。間宮さんが驚いた顔で疑問を口にした。
「あらあら。そんなに沢山なにに使うのかしら?」
「ちょっと吹雪にいいことがあったらしいから」
「いいこと?」
「改二、来るらしいです」
その言葉を聞くなり、間宮さんは顔を明るくした。見ていてこちらまで嬉しくなる、朗らかな笑顔だ。
「まあ、それでみんなでお祝いなのね。仲良しで羨ましいわ」
「吹雪、大分気にしてたから」
「ちょっと待っててね、準備するから……あら?」
「どうしました?」
「最中はあるんだけど、シュークリームが」
そこで、話の途中で割って入ってくる者がいた。
「それは先ほど私が頂いてしまったな」
「日向さん! あ、シュークリーム」
遠くから話に割り込んだのは航空戦艦の日向だった。
見れば一人でテーブル席につき、積み上げたシュークリームをむさぼり食べている。
「今日の出撃で私の瑞雲が大層活躍してな。一人静かに祝っていたところだ」
よく見ればテーブルの上に瑞雲が置いてある。日向は隙あらば瑞雲を推してくる人物だ。それが艦載機を搭載できない駆逐艦であろうと例外はない。面白いが、めんどい人だと初雪は思っている。
しかし、今はそのめんどい人と話す必要がある。
「そ、そのシュークリーム」
「話を聞かせてもらった。2つしか残っていないが、良ければ差し上げよう」
「ほんとですか!」
話が一瞬でまとまった。これは瑞雲の活躍に感謝すべきかもしれない。
「今日は良い日だからな。なにせ私の瑞雲が活躍した上に吹雪の改二の話まで聞けた。そうだ、今日の瑞雲の活躍を……」
「その話はまた今度お願いします」
「では、せっかくだからこの余っている瑞雲を進呈……」
「駆逐艦には積めないから遠慮しておきます!」
「そうか、仕方ないな」
言いながら間宮にシュークリームを渡す日向。間宮は心得たもので箱に入れて包装を始めた。勿論、伊良湖最中も一緒だ。
「そういえば、吹雪の改二は具体的にいつになるんだ?」
「詳しくは……」
日向の疑問に答えられない初雪。そういえば、情報ばかり気を取られて、確証を得るのを忘れていた。
「なんだ、知らないのか。だったら提督に確認するといい。もしかしたら吹雪も知らないかもしれないしな」
「お、おう。そですね。聞いておきます」
日向の言うとおりだ。この後、白雪達と合流した後、提督のところに行こうと決める。
「初雪ちゃん、出来たわよ」
「ありがとうございます!」
間宮さんから渡された甘味入りの箱は、丁寧に包装された上、リボンまでつけられていた。ちょっとしたサービスだ。
「いい感じだな。そうだ、ここに瑞雲を加えれば更に彩りが……」
「ありがとうございました!」
初雪はダッシュで間宮から脱出した。
☆
白雪、深雪と落ち合った初雪は、食べ物を部屋に隠してから提督の執務室に向かった。
念のため、吹雪の改二について確認にきたわけである。
菓子と情報、確認する順番が逆な気もするが、もし吹雪の改二が大分先の話だったとしても、お菓子を食べる回数が増えるだけだから問題はない。三人はそう結論していた。
「どうしたクマ? 珍しい三人組クマね」
執務室に入ると、オタ提督(以下、提督)と秘書艦の軽巡洋艦球磨がのんびりコーヒーなどを飲んでいた。見れば提督は片手に薄い本を持っている。ちょうど休憩中だったらしい。
初雪達は提督の持つ本の表紙(肌色全開)をなるべく視界に入れないように気を使いながら、話しかけた。
「ちょっと、確認したいことがあって」
「確認クマか?」
「なあなあ司令官! 教えて欲しいんだけど!」
「なんだ?」
「吹雪ちゃんに改二が来るって本当ですか!」
「…………!?」
その言葉に二人は何故かびくん、と痙攣のような反応をした。
そして無言でコーヒーに口をつける二人。提督など震える手で薄い本を机に置いた。ありえないことだ、イベント後の内容確認に命をかけているはずなのに。
まさかデマか、と三人は戦慄した。これだけ騒いでそのオチはないと思いたかった。
「……司令官、球磨さん?」
白雪の問いかけに、二人はしばし視線を交わした後、
「……この話は提督がするべきクマ」
「うむ……そうだな」
そんな短いやりとりをして、提督が立ち上がった。球磨の方もコーヒーを机に置いて、真っ直ぐこちらを見てくる。
「なんだよ二人共。そんなに改まって」
「もしかして、聞いたら不味い話でしたか?」
「三人共、落ち着いて聞いて欲しい」
「はい」
自身を落ち着かせるためか、少し時間を置いてから提督は話した。
「吹雪の改二の話は事実だ」
その言葉に、三人は胸をなでおろした。少なくとも、デマに踊らされたという最悪の事態は回避できた。
「……良かった」
「あんな反応するから、ガセかと思ったよ」
「それで、いつ頃の話なんですか」
「うむ。いいか、三人共、取り乱すんじゃないぞ」
「もったいぶらなくていい」
初雪の言葉に、白雪と深雪も首肯で同意する。
「先週のことだ、吹雪の更なる改装が可能になった」
「そ、それじゃあ!」
改装可能になっているのに、特に目立った話題にはなっていない。
なにせ吹雪は初代秘書艦だ。ある程度人を集めて改装を行うのだろうか。
そんな無駄な推測が初雪達の中に生まれたりもした。
「そして、その日のうちに改装は行われている」
「え?」
一気に三人の血の気が引いていった。球磨は沈痛な面持ちでこちらを見ている。提督の表情もいつになくシリアスだ。
「あの、それってつまり」
「つまり、今の吹雪はすでに改二になっているということだ」
「そんな。改二っていうのはもっとバーっと見た目が」
「よく見れば変わってるぞ」
「……吹雪、何も言ってなかった」
「本人はサプライズで皆を驚かせてやろうと改二になったんだが……その、な」
「誰も気付かなくて落ち込んでるクマ」
初雪、白雪、深雪の三人は思った。
『これは不味い』と。
「あ、あの、吹雪ちゃんはどこへ?」
「今日も誰も気づいてくれませんでした、と寂しそうにここで呟いてから港の方に向かったぞ。最近はいつもあそこで黄昏れてる」
「司令官、なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ! 吹雪が可哀想だろ!」
「なんかあいつも意地になってるみたいでな。すまん」
「出来れば三人で上手く慰めてあげて欲しいクマ。ほら、提督」
「少ないが、これで美味いものでも食べてくれ」
球磨に促されるままに提督が財布から現金を出した。結構な金額だ。
遠慮無くそれを受け取った初雪が言葉を放つ。
「急いで港に行こう!」
頷いて、三人が港に向かった。
一時間後、三人は港の片隅でひっそりと黄昏れている吹雪を発見。
その後、提督の金で間宮で豪遊した。